3話 嫁の可愛さが日に日に強力になっている!
「あ、ひょっとしてあれの件か」
俺が指を鳴らすと、ラウルが無言で頷く。この前から、ちょっと長兄にお願いしたいことがあったんだ。その返事らしい。
そんな感じで俺の方は呼び出しの理由がわかったが、シトエンは思いつかないようだ。
母上が公務以外でシトエンと会う機会ってあんまりないからなぁ。
うちの母上は顔も頭もいいんだが、突然なにを言い出すかわからんところがある。そこに義姉であり王太子妃であるユリアが入ればもう……混ぜるな危険状態だ。
「ご心配なく。王妃陛下はお茶会にシトエン妃をお招きしたいだけのようですから」
俺と同じだけ、母上とのつきあいが長いラウルがそう説明してくれてほっとする。
「そうか。じゃあ、途中まで一緒に行こう」
「そんな。別に大丈夫ですよ? わたしにはモネさんとロゼちゃんがいますから」
シトエンはそう言うが……。王宮内とはいえ、どこにまた賊がまぎれこんでいるかわからない。もちろんモネロゼの腕は信用しているが、できる限り一緒にいたい。
「母上の執務棟と長兄の執務棟は隣同士だ。行く道は一緒だし」
俺がシトエンに手を差し伸べると、シトエンはにっこり笑って手を取ってくれた。
「では、よろしくお願いします」
そう言って、体重も感じさせずにふわりと立ち上がる。
可愛い。
気が付くと可愛い。
座って、立っただけなのに可愛い。
なんだろう。動くたびになんかこう魔法の粉でもふりまいてんのかと疑うぐらい可愛い。
「モネさんとロゼちゃんも一緒に来てもらえますか?」
俺の手を取ったまま、モネロゼに笑顔を向ける。
「はい」「もちろんです」
ふたりは平静を装って答えているが。
……甘いな。俺の目には隠しきれていない動揺がありありと!
モネなんてうっとりとシトエンを見ているし、ロゼも上気した顔をしているではないか!
まずい……。
嫁の可愛さが日に日に強力になっている!
可愛さが増しましている!!
もう男女見境いなしにシトエンの可愛さの虜になっているではないか!
は……っ! それも当たり前か! 人は愛されて輝くという。
シトエンは万民どころか万獣にも愛される存在だ。生きているだけで「愛され数値」は加速度的に上がっていく。跳ね上がっていく!!!
いかん! いまでも無双的可愛さの嫁が、このままでは爆発的に可愛くなってしまう! もはや最終形態は神のみぞ知るだろう!
頭を抱えていると、ドアがふたたびノックされた。
「はぁい。あ、イートンさん!」
ロゼがドアを開けると、そこにいたのはイートンだ。手にはなにやら紙袋を持っている。
「ラウルさんからお茶会のことを聞きまして。急ぎ仕事を済ませ、お茶菓子を用意してまいりました」
イートンは俺にもちゃんと挨拶をして入室する。
……イートンだけだよ、俺を王子として扱ってくれるのはさぁ。しかも、手土産まで準備するとは……。モネとロゼはイートンの爪の垢を煎じて飲むべきだ。
そんなことを考えていたら、イートンはロゼの前で足を止めた。きょとんとした顔のロゼにイートンが注意する。
「ロゼさん、ノックが聞こえてもすぐ開けてはいけません。まずは訪問者が誰かを確認して」
「えー。変なやつだったら殺せばいいんだし。ほら、ナイフあるよ?」
「ロゼさんっ」
「そうよ、ロゼ。殺すのは情報を聞き出してからよ。すぐ殺しちゃダメ」
「さすがお姉ちゃん!」
「モネさん!」
……イートン……。お前も苦労しているんだな……。
熱くなる目頭を押さえていたら、シトエンが話題を変えるようにイートンに近づいた。
「お茶菓子を用意してくれたのですね。イートン、いつもありがとう」
「いえ……。本来はこういうのもそろそろ姉妹に覚えてほしいのですが。いえ、なにも言いません、高望み高望み」
イートンは呪文のように「高望み」を繰り返していたが、ふとシトエンの袖口で視線を止めた。
「お嬢様。袖口に絵の具が……」
「え? あら」
しまった。さっき俺が筆を落としたりなんだりしたから。
どうしようかとまごつくより先に、すぐにモネが水差しを持ってイートンとシトエンに近づいた。イートンは水差しの水でハンカチを湿らせ、シトエンの袖口をポンポンと叩いている。ということは、そこまでひどい汚れではないようだ。ほっとした。
「ねえ、サリュ王子」
気づけばロゼが俺にぴたりとくっついて見上げていた。
「なんだ」
お前はあそこに行かなくていいのか、と言う前に言葉をかぶせられた。
「シトエンさまの誕プレ、決めたの?」
「う」
思わず言葉に詰まる。
そう。
シトエンの誕生日。
それが迫っていた。
「まだ決めてないの? なんなら一緒に選んであげよっか?」
猫みたいな目で俺を見上げ、さらにくっついてくる。こいつ、子どものくせに胸があるんだよな、また「さわった」だの「見た」だのと騒がれては厄介だから、とりあえず適切な距離をおこうとしたら、ラウルががっつり間に入ってきた。
「離れろ、小娘」
「ちょっと! なんで邪魔するのよっ」
がうがうとロゼが吠えたて、ラウルのガードをすり抜けて俺の腕を捕まえる。やっぱり仔プーマだな。俺は苦笑いしながら、その腕をほどいてロゼに尋ねる。
「自分で選ぶからいいんだよ。というかお前はもう決めたのか?」
「うん。教えてあげよっか」
「別にいい」
「え? いいの? 困るんじゃないの?」
「困る? なんで」
「だってさ、かぶったら困らない?」
「かぶる?」
俺がおうむ返しすると、ラウルが「あー……確かに」と応じた。
「団長はともかくぼくは聞きたいな。団でもシトエン妃に誕生日プレゼントを用意しますので」
「そうなのか⁉ 俺の誕生日になんか用意してくれたか⁉」
「毎年、ぼくと一緒に飲みに行ってるじゃないですか」
「団員からは⁉」
「団員の総意を受けて、代表してぼくが」
なんかラウルが面倒ごとを引き受けているようにしか聞こえんが⁉
「それにシトエン妃にはいつもお世話になってますからねぇ。やはり節目節目にはこうやって謝意を」
……ラウル、お前「嫁が欲しい」といいながら、だんだんお前が「嫁化」しているぞ。いや、姑か?
「団員も『こういう時にお礼を伝えたい』と言ってますしね」
やはりシトエンはすごい……。
俺の方が付き合いは長いというのに、がっつりと団員の心をつかんでいる!
俺の団員から、絶大な愛を送られている!
やはり、「まばゆいばかりに輝く可愛いシトエン」の爆誕も近い!!!!
「そっちの団員はなにを準備するの?」
「無難に花束をと思っているけど。好まれる花はかぶるだろう? だから別のものも考えている」
「あ、なるほどね。あたしとお姉ちゃんは、これからの時期にあいそうな上着を縫っているところ」
「そうか! お前ら服が縫えるんだっけ!」
つい大声で言ってしまって、ロゼに「声が大きい」と叱られた。慌てて口を閉じる。
そうだそうだ。
この姉妹、タニア王国で出会ったとき、仕立て屋として近づいてきたのだ。確かにシトエンの衣装一式を仕上げて納品していたな。
「服か……。それは考えてないから、うちとはかぶらないな。ありがとう」
「どーいたしまして」
いつもとげとげしているラウルだけど、こういうときにはちゃんと礼が言える。やっぱりいい男だ。嫁化などせず、ちゃんと婿になってほしい。
「ん? 待てよ。ラウルたちもモネロゼも用意しているってことは、ティドロス王家もなんか用意しているのか?」
「当然でしょう」
ラウルが当たり前だとばかりに言うから焦る。
「俺、別に王太子妃の誕生日になんかやった覚えとかないが」
父上と母上の誕生日はそれぞれパーティーが開かれるからその場で「おめでとうございます」とやるが……。長兄とかその妻のユリアになんてなにもしてない。
「家令さんとぼくがいつも団長名義で出しています。先方もご存じで、『サリュ王子によろしくねぇ、いつもありがとう。ラウルさん、家令さん』と礼状が」
「すまん……ラウル」
いつもありがとう。
よく考えたら父上と母上の誕生パーティーに持参する品もラウルが用意してくれてたな……。ラウルの嫁化は俺のせいかもしれん……。今度からちゃんとやろう。まずは誕生日がいつなのかを把握しよう……。
「礼とかどうでもいいんです。団長が一番気にしないといけないのは、そういった誕生日プレゼントに埋もれないプレゼントを考えることです」
「そだよ。シトエンさま、いま宮廷医師団にもいるじゃん? あっちでも誕プレもらうよ、たくさん。めっちゃ優秀な若手医師とかから」
「ぐ、ぐふう……」
ラウルとロゼの言葉が俺の腹を打つ……。いや、心を、か……。
「候補としてはなにを考えているんですか?」
ラウルに尋ねられ、俺はぼそぼそと言う。
「シトエン、お菓子好きだから……」
「……ケーキとかなしですよ?」
「そんなのいつでも食べれるじゃん!」
ぐ……っ。そうなんだよ……。
「は、花束も一回考えた……」
「誰からももらうでしょう、花束は。無難すぎるから埋もれますよ」
「それこそド定番」
血、血反吐を吐きそうだ……。
「お待たせしました。え? サリュ王子どうなさいました? 具合が悪いのですか?」
言葉のナイフで刺しまくられた腹を抱えている俺を見て、シトエンが駆け寄ってくれる。
「い、いや大丈夫。ごめんごめん。じゃ、行こうか」
俺はぎこちなく笑い、シトエンをエスコートして部屋を出た。




