第四十二話 責任の取り方
三教会の一つ、エグゼクタ教会は教会とは呼べないほど全く異なる様相をしていた。
至る所に篝火や松明が焚かれ、土嚢やバリケードが築かれ、即席のものとは思えない要塞兼野営陣地が出来上がっている。
外征派の神殿騎士たちはここを拠点として市街の制圧を進めていたらしい。
ただ、部隊を分散させているため、拠点といえど残っている騎士の数はそれほど多くはない。
さっき私が襲撃したレーレン大聖堂や市庁舎やロイヴェリク教会など、そこにいた神殿騎士たちより少し多いくらい――だった。
すでに動ける外征派の神殿騎士は一人もおらず、私の歩みを止める者も誰もいない。
『さて。メインディッシュじゃ』
アーニャが耳元でくすくす笑う。楽しくてしょうがないといった様子だ。
さすがアークデーモン。いい趣味してるよホント。
私はエグゼクタ教会の、その大きな両開きの門を押し開けた。
主祭壇へと真っすぐ続く身廊。壁際にある幾つもの蝋燭に火が灯り、今が夜だということを忘れさせてくれる。
外にいた騎士たちを全て片付けた私は、血に濡れた靴底のまま教会の中へと入る。
殺気。
左の物陰からブロードソードを構えた神殿騎士が突きを放つ。
私はちらりと一瞥すると、その切っ先を左の指二本で挟んで止めた。
魔力を喰らい、人に非ざる力を吐き出す義手――いや、アークデーモンの左腕だからできる芸当だ。
「今から大事な人と大事な話をするの。邪魔しないでくれる?」
ブロードソードをへし折ると、唖然とする神殿騎士にストームブリンカーを叩き込んだ。
崩れ落ちる神殿騎士を一瞥してから、主祭壇を目指して身廊を進む。
石床を叩く靴音が響く。
むしろそれだけしか聞こえない。
私の前、主祭壇にいるのは二人の男。
「やはり……お前が来たか……」
相変わらず顎鬚が似合っていない。兜なりなんなりで隠してほしい。
そうすれば、顔を見なくても済むのに。
「こんばんは。ハイラム。できることなら……会いたくなかったけどね」
私の同僚にして昔馴染み、そして今は解呪の儀式を妨害した仇敵であるハイラム・クラインシュミット。
彼は先日会ったばかりだというのに、私のことを懐かしそうな目で眺めていた。
身廊を二人は歩く。
片方はコツコツコツとブーツが石床を叩く。
もう片方は一切の音がなく、それどころか少しだけ浮いていた。
私とアーニャは並び立ち、この動乱を起した馬鹿者たちを真っすぐ見据える。
「解呪の儀式を邪魔せず、さらに聖クネフ教会を襲わなければ来なかったかもね」
ハイラムは疲れ切った表情でむりやり笑みを浮かべた。そこには私がやって来たことに対する驚きも戸惑いも一切感じられない。
「……アルスに押し切られた。部下の手綱さえ握れていなかったみたいだ。しかし、誤算だった。お前、呪いで弱体化していると聞いたはずなのに、騎士団にいるとき以上に強くないか?大隊一つを一人で潰すかフツー」
ハイラムは一旦言葉を切ると、
「なあ、アルスは……斬ったのか?」
私は頷く。
「そうか」
そんな顔をしないでほしい。まるで私が悪者のようじゃない。
「その様子だと、俺の部下は全員やられたようだな」
私は再び頷く。
「うん。大聖堂もロイヴェリク教会も市庁舎も全部落としてきた。ここを最後にした」
「よくわかったな。ここが本拠地だって」
「どこかの馬鹿が、声高らかにエグゼクタ教会は攻め落としていないみたいな風に話したからね。ああ、エグゼクタ教会がバックにいるんだって」
私がそう言うと、ハイラムの背に隠れるようにして立っていた高司祭が、びくりと肩を震わせた。
エグゼクタ教会を治める三高司祭の一人、エーリッヒ高司祭は教会の紋章が描かれた布を垂らして顔を隠しているが、雰囲気から狼狽しているのがよくわかる。
彼もまたこのバカ騒ぎの首謀者である。
「クラインシュミット卿……どうするつもりだ?こ、これでは計画が……」
「エーリッヒ高司祭、残念ながらここまでです。どうやら外征派は壊滅したようです」
無駄な抵抗一つ見せず、ハイラムはあっさりと言う。
てっきり宗教騎士団の在り方について問答でもしなくてはならないかと思ったが、拍子抜けだ。
違和感を覚えずにはいられないほどあっさりとしている。彼からは、憑き物が落ちたようなそんな清々しさまで伺える。
「待て待て待て!ここまでって、儂の立場はどうなる⁉司教になる手はずが!」
「さあ?私が答えるまでもないと思いますが」
「ああ……っ!」
エーリッヒ高司祭はその場にへたり込むと、魂が抜けたように放心状態になっていた。
高司祭の地位だけでなく、教皇庁からも追われるだろう。首謀者に相応しい終わり方だ。
「反乱を起こして、一度はレーレンを掌握した男には見えないね」
「それはレティが昔の俺を知ってるからだろ?」
ハイラムは主祭壇を下り、私の元へと歩いて来る。左腕に通したヒーターシールドを外さず、またロングソードも腰からぶら下げたままだ。
残念だけど、血を流さずにお終いということにはならなさそうだ。
「最後に手合わせをお願いしてもいいか?」
そう訊きながらハイラムはロングソードを抜いた。盾も剣も魔法で強化されている。
レイド宗教騎士団の大隊長に相応しい装備だ。この分だと鎧も魔法がかかっているな。
「最後にって、あんたそういう真似はしないタイプでしょ」
ハイラムは首を横に振る。
「言っただろ?昔の俺と今の俺とは違う。立場も、志も、信念も。ここにいる俺は、お前の知っている俺じゃないんだよ」
「どう見ても昔のまんまだけどね――」
思わず苦笑してしまう。
『レティよ、本気でやりあうのかや?』
隣にいたアーニャが少しだけ不安そうに訊いてくる。
負けるとは思っていない。ただ、本当に彼を斬れるのか?そう訊かれているように思えた。
「あいつがご所望だしね。最後くらい我が儘を聞いてあげるわ。昔から、さんざん我が儘につき合ってもらったし」
私が言い終えるや否や、ハイラムが斬りかかってきた。
アルスと同じように得意の突きで火蓋を切るのかと思えば、上段からの振り下ろし。
意表を突かれたと言えば嘘になるが、予想はしていなかった。
私はそれを切っ先で反らし、さっきの神殿騎士を屠ったように手首を返して逆から斬りかかる。
私が良く使う技だ。
もちろんハイラムは待っていましたと言わんばかりに盾で受け流す。そして、今度こそ必殺の突きを放ってきた。
アルスの突きとは、キレもタイミングもまったく別のそれだ。
『レティ!』
アーニャの叫びが遠く聞こえる。
サーコートが裂け、チェインメイルが裂け、火傷にも似た熱い痛みが腹部に走る。
躱せなかった――というには少し語弊がある。
この突きは当たらない。そう確信していたからこそ、私はストームブリンカーを振り下ろすほうを優先した。
「やっぱり……レティには敵わないな……」
ハイラムがぽつりとつぶやく。
「一回だけならあるでしょ。今の突きを覚えた時に、一回だけ」
私はゆっくりとストームブリンカーを引いた。相変わらず黒い剣身に描かれたルーン文字が、禍々しい光を発している。
ストームブリンカーの刃はハイラムに当たる寸前で止まっていた。
「とどめは刺さないのか?」
私は切っ先をハイラムに向けたまま後ろに数歩下がる。
「太刀筋に迷いがあるの、気付いてた?」
ハイラムの突きが当たらないと確信した理由である。剣を交えただけで殺気がないことに気が付いたからだ。
「そりゃそうだ。後悔しているからな」
は?後悔?
ハイラムはロングソードを放り投げると深いため息をついた。
「別に騎士団の方針なんて……異教徒なんて……どうでもよかった……」
ため息とともに転がり出てきたのは本音。ハイラムの奥底から出てきた本当の言葉だ。
「俺には誇りも信仰も何もない。北伐後、レティは騎士団を去った。だから助けようと、騎士団を去る原因になった異教徒を倒そうと主張しただけだ」
今のハイラムはまるで抜け殻のようだ。私に向けられた彼の瞳にはさっきまでの光はない。
「レティがデーモンにやられて、左腕を無くして、呪いにもかかったんだ。なら、俺が戦うべき相手は異教徒なんかじゃなくて、デーモンと邪教徒だった……」
呆れた。
この男は馬鹿だ。
昔からずっと思っていたけど、本当に馬鹿だ。
誰がそんなことを頼んだ?誰がそんなことを望んだ?
勝手に思い込んで暴走して挙句の果てに、私にてめぇのケツを拭かせるだって?
「……馬鹿も休み休みにして」
「だから言っただろ、もう少し早く知りたかったって。もう止まれないところまで走ってしまったんだよ。解呪の儀式をして力を取り戻してみろ。こんなふうに鎮圧されるのは目に見えている。だから邪魔をした。あいつらを焚きつけたのは俺だ。その俺が降りるわけにはいかない。だから、進むしかなかったんだ。だから――」
ハイラムはふと言葉を切る。今にも泣きだしそうな
「だから――レティに殺されるなら本望と思った」
「ばか」
私は顔を背け、小さく罵倒した。今は、彼にだけは顔を見られたくなかった。
ハイラムは私に向かって手を伸ばし、
『レティ!お遊びはそこまでじゃ!』
うわっ!なんじゃい⁉
いきなりアーニャがハイラムと私の間に割って入る。
『チープなロマンスはそこまでと言っておる』
「チープとか言うな!ロマンスとか言うな!」
ムッとして言い返してみたものの、ようやく気が付いた。アーニャの声が僅かに震えていることに。
『冗談は終わりじゃと言うておる。本質を見失うでない。あれを見よ。おぬしたちの真の敵じゃ』
彼女の指の先を追うと主祭壇よりもさらに奥に設置されたテーブルの上、そこに一抱えほどはあろうかという壺が置いてあった。
隣にはいつの間にかエーリッヒ高司祭が佇んでいる。
嫌な予感がする。
「エーリッヒ高司祭殿、バカ騒ぎはお終いです。投降していただけますか?」
エーリッヒ高司祭は壺の淵を、指の腹でゆっくりと愛おしそうに撫でる。
その仕草に見覚えがあり、背筋にうすら寒いものを感じた。
まさか……いや、ありえない!
「お終い?何を言うか、もう少し付き合ってもらうぞ」
声に抑揚がない。
まるで彼の口を通して、誰かに言わされているような――
壺の中には虚無が広がり、人に非ざる腕が異界より伸びていた。




