第四十一話 神殿騎士として
ステンドグラスを通して、満月の光が教会内を明るく照らしていた。
私が啖呵を切るなり、
「うおおおおおおッ!」
雄叫びを上げて神殿騎士が斬りかかってきた。いかに若くても、神殿騎士というだけあって、その動きは盗賊や傭兵などとは一線を画する。
ただ――敗因は、相手が私だったこと。
神殿騎士の斬り込みは、無駄が一切ないお手本のような斬り込み方だ。
だからこそ、容易くいなせる。
私は振り下ろされるブロードソードを剣先で弾くと、その反動を生かして手首を返し、逆に騎士の腕を剣で打った。
魔剣ではないこの剣では、神殿騎士の籠手を斬ることはできない。しかし、鉄の塊で殴られた衝撃と痛みまでは消せない。
神殿騎士はぐぅッ!と呻いてブロードソードを落とし、たまらず膝を付く。
戦場で足を止めるのは敗北と同義語だ。
私は彼の顔面を思いっきり蹴り飛ばした。鼻血を噴き出しながら神殿騎士は仰向けに倒れた。
「まずは一人!」
私は声を高らかに上げた。
今度は私の方から、近くにいた槍持ちの神殿騎士へと斬りかかる。
慌てて繰り出される槍を、半身を捻って躱す。そして柄を左腕で挟んで動きを止めると、真ん中あたりで切り落とした。
神殿騎士はただの棒きれになった槍を捨て、腰の剣を抜こうとする。
が、それは過ちだ。穂先は無くなってもリーチの差ではまだ勝るのだから、振り回すだけでも剣相手には十分優位に立てるというのに。
「二人めッ!」
私は大きく踏み込むと同時に、剣を斜め下から切り上げた。
鋭利な刃が神殿騎士の首筋を撫でる。
切っ先が首を離れるなり、花が咲いたように血が噴き出した。
渋面の騎士たちの中、特にアルスが顔を歪ませる。
「おかしい、前と動きがまるで別人だ……」
以前、聖クネフ教会の前で私が彼の動きについていけなかったのを見ただけに、あっさり神殿騎士を打ち負かしたのが信じられないようだ。
「あら。さすがハイラムの腹心、それは半分正解ね」
「くっ……馬鹿にしやがって!全員でやれ!」
アルスの号令の下、残る神殿騎士が斬りかかって来る。
だが――
『んぬ。賭けでもどうかと聞こうと思ったが、話になりんせん』
アーニャが八重歯を剥いて、にししと笑った。
言っちゃあなんだが実力に差がありすぎた。
今宵は満月。
レベルドレインの影響を受けない私の前では、いかに神殿騎士とて取るに足りない。
全員を斬り捨てるまでに、さほど時間はかからなかった。
「馬鹿な……」
アルスは目前に広がる惨状を前に呻いた。十人もいた配下の騎士が、たった一人の冒険者に全員倒されるなど悪夢というより他ない。
「その顔、剣を交える前から負けたような面ね」
「そんなわけがあるかッ!」
自分に言い聞かせるようにアルスは叫ぶと、ようやく剣を抜いた。
司祭を刺した時は気が付かなかったが、何かしらの魔法がかかった細身の魔力剣だ。
私は剣を引き、切っ先をアルスの視界から体で隠すように構えた。
たぶんと言うか、確実に私の方が剣の腕で上回っている。ただ変なスキルが付いている魔力剣だったりしたらちょっと困る。油断はできない。
「クラインシュミット卿の同期か何かは知らないが、調子に乗るのもこれまでだ」
アルスは剣を構え、私との間合いを測りながら言う。
ふーん。どうやらハイラムから剣技の手ほどきを受けているらしい。見覚えのある構え方だ。
「調子に乗るも何も、あんたらの鍛錬が足りないだけでしょうが」
数年ぶりに同僚たちと手合わせしたが、質の落ちようにはため息が出る。これじゃあ異教徒に負けるのは当然だ。
「いや、レティがバケモノじみてるだけだぞ……」
司祭を抱き起しているオーゲンさんが、がぽつりとつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。
バケモノじみて強くてごめんね!
「ふん。今回の蜂起で、我ら外征派は他の軍団からも同志が集まっている。騎士だけで大隊規模の人数だ!いくらお前が暴れようとも勝ち目はない。レイド騎士団はクラインシュミット卿のものだ!」
他の軍団……なるほど入管で見たあの荷馬車か。
あの中に何人も隠れてレーレンの街に忍び込んだのだろう。入管の助祭も、まさか騎士団の大隊長がクーデターを起こすとは思ってもよらなかったらしい。
「いかに貴様が卿に一目置かれる剣の腕前としても、このうねりは止められん!もっとも、お前は今ここで俺が倒すがな」
ほぅ、大層な妄言を話すことで。
アルスはこちらを動揺させて隙を伺おうとしているようだ。まあ意味ないけど。
「ふーん。なら相手する人数は問題ないわね」
アルスの顔色が変わる。鼻で笑うように、
「問題ないだ?強がるのもいい加減に――」
「街の主要な施設全部を制圧してるんでしょ。大隊規模の人数で。なら、一ヶ所一ヶ所の人数は大したことないんじゃない?」
アルスの顔色が再び変わる。今度は血の気が引いたように真っ白に。
どうやら兵力の分散に気が付いていなかったようだ。各個撃破の絶好の機会だ。詰めが甘い。
「さてアホのハイラムの頭をぶん殴りに行かなきゃならないんだから、そこをどきなさい」
アルスの顔色が三度変わった。今度は憤怒に真っ赤にさせて、
「卿をつけろこのアマがああああああッ!」
「うるせえええええッ!」
アルスが目にも止まらぬ速さでナイフを投擲した。おそらく牽制だが、私はあえて避けようともしない。
ナイフは私の頭に当たる寸前に、見えない壁に当たったかのように弾かれた。
「その髪飾り、魔術兜か⁉」
忌々しそうに吐き捨てるが、すぐさま不敵な笑みを浮かべる。
「この魔力剣は出血増加のスキルが付いている。鎧を着ていないお前では、いかに強かろうとも掠めただけでお終いだ!」
ご丁寧に自分の魔力剣の解説をしたアルスは、全体重を乗せた鋭い突きを放つ。
なるほど。
たしかに速度と技のキレ、どれをとってもハイラムの腹心を名乗るには十分な腕前だ。
並の戦士では体に突き立てられるまで、反応すらできないだろう。一流でも皮一枚ならもっていかれるかもしれない。
そして、ひとたび傷を入れれば出血増加のスキルというわけか。
しかし、私は突きと同時に踏み込みながら、力任せにそれこそ剣を叩きつけるように振るう。
鋼がぶつかり合い、火花が散り、アルスの剣先が逸れた。
たしかに出血増加のスキルは厄介だし、彼に相応しい嫌らしいスキルだ。
でも――刃が届かなければ意味がない。
私は彼の伸びきった腕を絡み取りながら、足払いをかける。
あ!と短い声とともにアルスの体はいとも簡単に宙に浮く。
そのまま私は剣を逆手に持つと、
「ま、待て――ッ!」
一思いに突き立てた。
その突きはハイラムの得意技だ。
彼を昔から知る私に、そんなもの通用するはずがないのだ。
聖クネフ教会はようやく本来の静けさを取り戻した。
私が斬り倒した騎士たちのうち、息がある者についてはオーゲンさんが治癒の魔法をかけた。 もちろん縛り上げて身動きは封じているが、その慈悲の心はさすがと言わざるを得ない。
「教会を汚してすみません……」
オーゲンさんは主への祈りの言葉を止めると、
「構わん。不可抗力だ。むしろ――よくやってくれた」
顔に疲労の色が濃く表れている。助祭が運んできた椅子に腰を掛けると、大きなため息をついた。
「しかし、あのハイラムが……まさかこんな馬鹿な真似を……」
オーゲンさんはショックが隠し切れない様子だ。この一夜で、また一段と歳をとったように思える。
「レティよ、これからどうするつもりじゃ?」
すでに腹積もりは決まっている。だから私はストームブリンカーを担いで、今オーゲンさんの前に立っているのだ。
「馬鹿をやった同僚のケツを拭きに行きます」
オーゲンさんは多くを語らない。ただ一言、
「行け」
――ありがとう。
踵を返すと、神殿騎士たちによって荒れ果てた身廊を進む。
隣には、いつの間にかアーニャが並んでいた。
『レティよ、容赦はするな。徹底的にやれ。わっちらをこんなバカ騒ぎに巻き込んだ者どもを心の底から後悔させるのじゃ』
「言われなくとも」
扉を思いっきり開けた。
一片の欠けもない満月が、私たちのことを見下ろしていた。




