第四十話 主犯と企み
司祭を刺しても、異端者呼ばわりされてもアルスは顔色一つ変えなかった。
私には狂っているとしか思えなかった。
「馬鹿なことを!」
オーゲンさんは槍をものともせず、刺された司祭の傍らにかがみこんだ。やけに出血の量が多く、みるみるうちに司祭服が真っ赤に染まっていく。
とはいえ不幸中の幸いにも高司祭がいる。高度な神聖魔法を以ってすれば一命はとりとめるはず。
「動くな」
傷口に触れようとしたオーゲンさんの手が止まる。
「神聖魔法を使わせるわけにはいかない。不穏な行動をされるのは作戦全体の妨げになるからな。わかったらそこから離れてくださいませんか?」
アルスは剣を腰へと戻しながら後ろへと下がる。代わりに槍を持った騎士が間へ入る。
神聖魔法を警戒しているようだが、この人数をどうにかできる魔法などない。杞憂にも程がある。
オーゲンさんはちらりとアルスを一瞥すると、構わず呪文詠唱を始める。
「おい!聞いているのか⁉」
今度は視線も向けることなく無視して、詠唱を続ける。これは高位の治癒魔法だ。
アルスは後ろ頭を掻くと、めんどくさそうにため息をついた。
「……はぁ。卿からは傷つけるなと言われていたが仕方がない。信仰のためだ。やれ」
アルスの命に騎士は頷くと、躊躇う素振りすらなくオーゲンさん目掛けて槍を繰り出した。
が、
その穂先はオーゲンさんに届くことはなかった。
オーゲンさんを貫く寸前に、私が槍を掴んで止めたからだ。
騎士はなんとか振りほどこうとするが、全くビクともしないことに狼狽している。女の、しかも左腕すら振りほどけないのだから仕方あるまい。
「さすがにこれは度が過ぎてるんじゃない?」
その間にもオーゲンさんの治癒魔法が完成し、司祭の傷口を柔らかな光が包み込んでいる。
「悪いけど。ここまでされたら私も黙っていられないわ」
メキメキと音を立てて槍をへし折った。
たまらず騎士はその反動で尻餅をつき、チェインメイルが騒々しい音を鳴らす。
すかさず他の騎士が私に槍を向ける。グレートヘルムを被り防御を固めた騎士だ。
「そもそもあんたたち何か勘違いしてない?異教徒相手なら何やってもいいと思ってんでしょ。とゆーか北でも南でもいいから従軍経験あるの?んんっ?」
へし折った槍をその辺に投げ捨てると、私はアルスだけでなくこの場にいる騎士全員に向かって尋ねる。
返事は……どうやらないようだ
まったく呆れたものである。
「なら先輩が良いこと教えてあげる。神殿騎士は修道士にして騎士なの。騎士の誇りもないくせに、何が信仰だ、何が大儀だ。口ばっかりじゃない。外征は結構。でも、これじゃあ北方の異教徒のほうがよっぽど誇り高いし、騎士として相応しいわ」
そして、私はさっきからずっと、ずーっと思っていたことを口にする。
「あんたらは、ただ暴れたいだけのゴロツキなんだ!」
アルスを含めた神殿騎士たち全員の表情がまともに変わる。
私に槍を向けている騎士が激昂して叫んだ。
「我ら神殿騎士を愚弄するつもりかッ!」
「お前らが神殿騎士を愚弄してるんだッ!」
音すら置き去りにして放たれた私の左拳が、騎士のグレートヘルムを捉えた。
拳の形に凹んだグレートヘルムが、教会の壁に当たって跳ね返った。
赤い糸を引きながら床を転がる。
左腕から虫の羽音のような重低音が響く。義手が私の魔力を喰らい始めたのだ。
槍を握ったまま騎士が二、三歩後退った。そして、頭部を失った騎士はそのまま背中から倒れた。
「な、なんつー馬鹿力だ……」
失った頭部からどくどくと流れ出る血を見て、騎士の一人が呻きにも似た掠れ声を出す。
大きく息を吐き、私は辺りを見渡す。
相手はアルスを含めて八人。問題ない人数だ。
「一つ聞くけど、あんたたちに馬鹿なことを命じた首謀者は誰かしら?」
「聞いてどうする?」
私は微笑を返すにとどめる。皆まで言うまい。
アルスは口元にうっすらと笑みを浮かべて、
「クラインシュミット卿さ」
一瞬誰かと思った。そして、それが誰なのかを理解するなり、彼の名を口走っていた。
「ハイラムが⁉」
信じられない。
あいつがこんな馬鹿な真似をするわけがない。何かの間違いか、よく似た人物が煽動しているだけでは?
しかし、アルスはそのどれもを否定する。
「クラインシュミット卿は日々、騎士団の有様を憂いていらっしゃった。しかし、卿は一つの答えを導き出し、同じく迷える我々を導いてくださったのだ!クラインシュミット卿が騎士団を掌握することで、レイド宗教騎士団は新たに生まれ変わる。異教徒にも負けない最強の軍団が出来上がるのだ!」
返す言葉が見つからない。
ハイラムが若い騎士を焚きつけて何がしたいのかわからない。
騎士団を憂う?あいつが?
あいつはそんな殊勝なことを思うような男ではない。
少なくとも私が知っている限りは……。
激しく動揺しているのを上手く隠せている自信など、微塵もなかった。
「おまけにもう一つ教えてやる。お前の呪い除去の申請、あれをうやむやにしたのもクラインシュミット卿だ」
「嘘ッ!」
「いいや、本当だ。この聖戦に牙を向けられては困ると、卿はおっしゃっていた。その時は意味が分からなかったが……今になって卿の判断が正しいというのが分かった。邪教の呪いで弱まっているとはいえ、騎士二人を倒せるのだからな」
してやったりとばかりに、アルスは唇を捻じ曲げた。
しかし、今はアルスのことなどどうでもいい。それよりもハイラムだ。
何が「解呪の件を進言する」よ。カッコつけたくせに。
まるっきり私の邪魔をしてるじゃない。
どうして私の周りにいる男どもは、こうも馬鹿ばっかりなのか……。
気付けば私の隣にアーニャが戻っていた。いつもは目を細めて愉快そうにしている彼女だが、この時ばかりは鋭い視線をアルスへと向けていた。
『レティよ。さっきは逃げよといったが、あれは取り消しじゃ。ああいう輩は今ここで処分せねばならん。放っておけば不幸が広まる。流さなくてよい血が流れる』
「……うん」
『認めたくないのはわかるが、おぬしの古い知り合いが主犯なのはまず間違いない。ならば、それを止めるのもおぬしの役割ではないのかや?』
役割と言われると少し違う気もする。しかし、この湧き上がって来る静かな怒りを抑えるには、アーニャの言う通り私が全てを止めなければならないのかもしれない。
私は大きく息を吐いく。今、腹を括り終えた。
「そうね。一発ぶん殴ってやんないと私の気が済まないわ」
たった今頭を吹き飛ばした騎士の腰から、私は剣を引き抜いた。柄に意匠を凝らしており、実用性一辺倒の冒険者のそれとは異なる。
「我らに歯向かうという、という認識でいいのだな?」
苦虫を数匹まとめて噛みつぶしたようにアルスは言う。
彼もまた呆気なく騎士が倒されたことを認めたくはないのだろう。何かの間違いであってくれと。
私は拝借した剣を構えると、
「御託は十分。まとめてかかって来なさい。その捻じ曲がった性根を叩きなおしてあげる」
戦いの鐘を思いっきりぶっ叩いたのであった。




