第三十九話 異端者
私はなおも隠れて様子を窺う。
「教会を血で汚したな?」
オーゲンさんは怒りに声を震わす。握った拳は力が入りすぎて白くなっている。
視線を動かすと、教会の入口のところで倒れている助祭の姿が見えた。
抵抗しようとしたのか棒を握っている。しかし、事切れているのは遠目でも明らかだ。
「オーゲン高司祭、我らの靴はすでに異教徒の血で汚れております。ご容赦ください」
神殿騎士たちのうち、リーダー格と思しき若い騎士が気取ったように答えた。
ちょっと待って。この声、どこか聞き覚えがあるような……。
「何がご容赦だ。この信仰が足りん不届きものめ!賊なら賊らしく要求くらい言わんか!」
若い騎士は芝居がかった仕草で肩をすくめる。
「賊とは人聞きの悪い。私たちは、私たちこそ信仰のために動いているというのに。おっと――そこで盗み聞きしている鼠がいるな」
ぎくりと肩を震わせる。まさかこの距離で気が付いただなんて。
若い騎士は傍にいる槍を持った騎士に向かって、顎をしゃくって指示を出す。別の騎士が槍の穂先をオーゲンさんに向けて突き付けた。
「出てこないとオーゲン高司祭に危害が及ぶぞ」
……聖職者を人質に取るなんて卑怯な。
隙を伺って、後ろから襲い掛かるつもりだったが仕方がない。私は立ち上がると両手を上げて階段を降りていく。
『レティよ。いざとなれば自分の身だけを守るんじゃぞ』
渋い顔をしてアーニャはそう言うが、果たしてどうだか。
階段を降りきったところで、私は抵抗の意思がないことを表すため、奪った剣を足元に捨てた。
「ふん……どんな鼠かと思えば、白鼠だったとはな。神殿騎士崩れの冒険者、騎士団の恥さらしめ」
若い騎士は剣を持って現れた私の姿を見て、軽く驚いたようだ。畳みかけるように罵詈雑言が飛んでくる。
彼はハイラムの配下の神殿騎士であるアルスであった。彼の金髪と、神殿騎士にしては線が細かったのが印象に残っている。あと言動が鼻について人をイラつかせるところとか。
しかし、恥さらしとはいやはや。
「あら。今じゃあんたの方が恥さらしだと思うけど。神の使徒が教会を襲うとか前代未聞よ」
アルスは顔を歪め、露骨に不快感を表した。
「ふんっ。口の減らない女め」
私は槍の穂先に追い立てられながら、オーゲンさんたちのもとへと連れていかれた。
「待て。二階にはエドゥが確認に向かったはずだが」
「ああ。素手に負けてるようじゃ、最近の神殿騎士の実力も落ちたものね」
とだけ返しておく。
他の騎士が、私が捨てた剣に気が付いたようだ。拾い上げて柄の部分をまじまじと見る。
「同志アルス。これはエドゥのものです」
「くっ……未熟者め」
ふふふっ。くやしそうだねえ。
「で、何でこんなことすんのよ?とうとうレイド宗教騎士団も血迷ったってこと?」
他の木っ端騎士にではなくアルスに尋ねた。こういう場合は敵の頭とだけ話せばいい。
アルスは歪んだ表情を戻すと、
「そうだな。我らが騎士団は、たしかに血迷ったな。我々は大いなる目的の説明をし、そして助力を求めに来たのだよ。もっとも、あんたじゃなくて高司祭様にだけどな」
どうやらもったいぶってずっと黙っている、ということはなさそうだ。話が早いのは助かる。
しかし、助力と言うのが解せない。教会を占拠した武装集団にいったいどう助力しろと?
「先に言っておくが教会都市レーレンはすでに我らが手中に落ちた。ロイヴェリク教会、レーレン大聖堂を制圧し、先ほど主要な官公庁舎も全て押さえた。我らに恭順していただくのが賢明だと思います」
ロイヴェリク教会を押さえた?レイド宗教騎士団の拠点を?
……なるほど。ようやく構図が見えてきた。
オーゲンさんはふんと鼻を鳴らす。話にならんという風だ。
「何が賢明か。ロイヴェリクを制圧した?そういうことか。お前たちは反旗を翻した騎士団の外征派か。まさかこんな強硬手段にでるなど……」
アルスは嘆かわし気にため息をつく。こいつの仕草はいちいち芝居がかっていて鼻につく。
「そもそも総長殿が、対異教徒の方針を転換するのが間違いなのですよ」
つまり、このアルス以下の騎士たちはレイド宗教騎士団の紋章を掲げてはいるが、実際のところ騎士団の方針変更に反目した輩たちなのである。
オーゲンさんが昼間に教えてくれた、穏健派による南征と北伐の中止。これを覆さんと、再び異教徒への改宗戦争を続けんと、外征派が反乱を起こしたのだ。
「これじゃから最近の若いもんはと揶揄されるのじゃ……」
オーゲンさんのつぶやきはなるほど、立ち並ぶ騎士たちを見て妙に納得がいく。
皆、何事にも感化されやすい年頃の若い騎士たちだ。熱意と信仰に溢れていると言ってもいい。
しかし、上が気に入らないから暴力で訴え出るなど、巻き込まれる側としては迷惑極まりない。しかも人死にまで出して。
こういうのは穏健派と外征派が椅子を並べて、円卓の上で片付けてほしいのだが。
「我々は騎士団を憂う者たちで構成されている。我々は信仰を広め、信仰により邪悪を一掃しなければならないという大義がある。敗北が続いたからと言って異教徒に尻込みし、尻尾を撒いて逃げるなど言語道断だ」
アルスは両腕を広げ、まるで歌手か何かのように宣った。芝居がかった仕草というよりも、これは自分に酔っているというのが正しい気がする。
『ふん。豆のように青臭い輩よ』
見ればアルスの隣でアーニャが心底呆れたような顔をしていた。しかも、小指で鼻までほじっている。はしたないからやめなさい。
『何が信仰じゃ。結局のところ腰の剣と流れる血の量で解決するつもりのくせに』
彼女は吐き捨てるように言った。異界の住人には、彼の考えは到底理解できるものではなかったようだ。
無論、私だって同じなので、そこに異界も現世も関係ないのだろう。
驚いたことに、オーゲンさんの後ろにいた司祭が、ずいと一歩前に出た。
荒事を経験したことがないらしく、目には恐怖の色が滲んでいる。
しかし、そこには場を同じくして勇気も伺える。
「だからといって教会を攻めるなんて教理に反する行為だ!自分が何をしているのか分かっているのか⁉」
「わかっているからこそですよ。背教者じゃあるまいし」
「だったら――邪教徒と戦うことだって異教徒と戦うのと同じことじゃないか。どうして反目する必要がある?」
瞬間、アルスが言い淀んだのがわかった。
「我々は異教徒と戦う軍団だ。邪教徒など他の者に任せればいい」
「それは違うでしょうに。神殿騎士は入団の儀の際に、邪教徒との戦いも宣言するはず」
その通り。司祭の言う通りだ。
だからアルスの言うことは間違っている。邪教徒を放って異教徒だけを攻める道理などない。
それに邪教徒に襲われた村がどうなるのかを知っていれば、そんな言葉なんて出ないはずだ。おそらく邪教徒やデーモンと相対したことがないのだろう。
司祭は入り口付近で倒れている助祭を指差す。
「あの者はお前たちの襲撃を知らせに来てくれた者だ。彼は言っていたぞ、お前たちが総長や司教様を始めとする要人暗殺や幽閉を行っていると!」
アルスのこめかみが僅かに動いた。しかし、表情は努めて冷静を保っているのが不気味だ。
「大義など、そんなものどこにもないぞ!」
「うるさいなあ」
そういう否や、司祭の身体を剣が貫いた。
「あっ」
アルスが剣を引き抜くと、司祭は傷口を押さえながら横に倒れた。
「何をする⁉」
オーゲン司祭は倒れた司祭に寄ろうとするが、それを槍の穂先が妨げる。
アルスはポケットから布を取り出すと、赤く濡れた剣身を拭いた。
「大義はある。だから我々が立ち上がったのだ。騎士団を本来あるべき姿に立て直し、今一度、南北の異教徒どもに信仰の御光を見せつける。そのためには騎士団を掌握し、教会都市を掌握しなければならない。オーゲン高司祭殿、ご理解いただけますかな?」
アルスは右手を差し出した。
オーゲン高司祭はじっとその右手を見つめる。そして、
「理解できるか、この異端者め」




