第三十一話 汝ここを通るべからず
開いた口が塞がらない。
まさかレベルドレインの解呪どころか、レーレンにも入れないなんて。
アーニャが小難しい顔をして私を見てくる。
なんだ?何が言いたいんだ?
『やはり酒やら肉やらを平気で食うレティが、修道士というのは認められなんだか……』
おい、そこ。何勝手なことを言ってるんだ!
誰がどう見ても清貧、貞潔、従順でしょうが。
『清貧というよりはただの貧じゃし、貞潔なのは浪費癖じゃし、まあ金の前では従順じゃな』
はあああ?あとで覚えとき、絶対に泣かしてやる。
というか、どう考えても理由はアーニャでありレベルドレインである。
以前、巨人の指でレッサーデーモンや眷属が、術者の命を無視して攻撃するのを躊躇ったことがある。デーモンどもが私の中にアークデーモンの気配を感じたからだ。
思うに、同じようなことが邪気感知でも起こったのではなかろうか。
アーニャはふわりと助祭のところまで飛んでいき、彼を眺めながら何やらうんうん頷いている。
『人間どもの魔法の感度がどれくらいかわからんが、三下でも感じ取ったのじゃ。感知魔法に反応しても、おかしくはないじゃろう』
こやつもそれほど魔法を使えるというわけではなさそうじゃしの、とアーニャは続ける。聖職者に向かってなんと失礼な物言いか。
たしかに若くて経験や実力はあまりなさそうな下っ端ではあるけれど。
しかし、困ったものである。
このレベルドレインを解呪したいがためにレーレンに入りたいのに、これが原因で入られないとは。
私は鹿皮のケープをめくり、サーコートに描かれた紋章を見せる。
「あのぅ、一応レイド宗教騎士団の神殿騎士なんですけど……。長期任務からようやく帰って来て……もちろん神聖魔法も使えますけど……それでもダメ?」
長期任務という名の出奔ですけど。
「あー……すみません。騎士様でもちょっと……。ほら、最近色々と厳しくて責任問題になっちゃいますんで。申し訳ございませんが、お引き取りを」
言いたいことは十分わかるが、マニュアル上認められない。助祭の顔にはそう書かれていた。神殿騎士を騙っているかもしれないし、邪法の類で実は洗脳されているかもしれない。
入管の助祭の立場では、首を縦に振れないのは痛いほど理解できる。
ただ、助祭の指示に従う気は毛頭ない。そんな覚悟でレーレンに来たわけではない。
強行突破やむ無し。
私の脳裏を物騒な考えが過ぎり始めた頃、
「おい。いったい何を揉めている。いつまでたっても入られないではないか」
まるで言葉が何もない空間に書かれているかのような、はっきりとした声であった。
助祭が、いや助祭だけでなく隣の衛兵までが身を固くした。視線は私の後ろ。
何事かと思い振り返る。
暑苦しそうなマントを羽織り、どこかで見たことがある紋章が描かれたサーコートを着ている男がちょっと怒ったような顔をして立っている。
白地に灰十字。
レイド宗教騎士団の神殿騎士だ。しかも、見る限り一般の騎士ではない。ちょっと豪華なバッチみたいなものが付いている。
普通の騎士のように従士を束ねるのではなく、あれは騎士たちを束ねているに違いない。つまり偉いさんだ。
『レティよりもよっぽど騎士といった感じじゃのう』
「うっさい」
しかし、偉いさんにしてはかなり若い。畏まったしゃべり方をしているが、たぶん三十を少し超えたくらいだと思う。
背が高く精悍な顔つきの男だ。短く刈った髪に、薄く生えた髭は……正直似合ってない。無理やり伸ばしてますよ感が強い。
神殿騎士は眉間にしわを寄せ、尊大な態度で腕を組む。
「我々は任務帰りでまだ食事もとっていない。市壁を見ながら携帯食を食べるというのは、御免こうむりたいのだがな」
なるほど、一声かけたくなる理由がわかった。私の後ろには旅人数人に加え何台か荷馬車が並んでいたのだが、その全てにレイド宗教騎士団の紋章が描かれている。物資か人員の運搬か。
うむむ。面倒なことになりそうだ。
助祭は縮こまり、しかし状況を説明しようとする。私のことを指差すと、
「申し訳ございません、クラインシュミット卿。この者に邪気感知をかけたら芳しくない結果が出まして。退去指示を出したのですが、従おうとはせず……」
うわ!この助祭、私のことを売りやがった!
いやまあ確かにごねているのは私のほうなんだが、それでもこんな状況でそんな言い方をするのはどうかと思う。
現にクラインシュミットと呼ばれた神殿騎士は、露骨に表情を変えて――
……ん?んっ?
クラインシュミット……卿?
「もしかしてハイラム?ハイラム・クラインシュミット?」
私は眉を顰めて、なんだか遠い昔に聞いたことがあるような無いようなできれば口にしたくないような知り合いの名前を言ってみる。
「む。冒険者のくせに初対面でなんと馴れ馴れしい。まるでどこぞの恵体白髪の我が儘じゃじゃ馬問題児騎士ではあるまい……か……あ、いや今のやっぱなしで」
クラインシュミット卿は口元を手で隠して、顔を背ける。まるで閃光の如き一瞬の早業だ。
「おい。今、小声でヤバっとか言ったでしょ?」
「言ってない」
クラインシュミット卿改めハイラムは、検問所の柱の影に隠れようとする。
「お前、同僚のことそんな風に思ってたの?あと恵体ってどういうことだ?んん?」
「……エッ……?思ってない……ないッ」
そのマントを私はぐいっと左手で掴む。親切心から編笠を脱いで、よく顔が見えるようにしてあげる。
「ハイラム、おいハイラム。私の同僚だったハイラム」
「あのぅ……レティシア、もしかしてめっちゃ怒ってます?」
先の精悍な顔つきはいったいどこへ行ってしまったのか。
彼の名前はハイラム・シュミット。私がレイド宗教騎士団で北の異教徒の改宗をしていた頃の同僚であり、同期の神殿騎士である。
まあ仲は……今みたいな関係である。腐れ縁というか古い知り合いというか。まあそんなのだ。
補足だけど、入団時期が一緒なだけあって私の方がずいぶん年下だから!従士の頃からずっと一緒だっただけであって、私はまだまだ三十路ではない。
そこんとこ勘違いしないでほしい。
「いや別に。ン年ぶりの同僚がなんだか偉くなって、わたしゃ嬉しいよ」
「あ、それはどうも……ありがとう」
若干怯えた様子なのがちょっと腹立つ。
「あのぅ、クラインシュミット卿?」
置いてきぼりになっている助祭がおずおず声をかける。関わり合いになりたくないと表情が物語っている。
ハイラムは自然な動きでマントを掴む私の手を退ける。むぅ。
「あ、いや、すまん。で、なんだっけ?」
「邪気感知の件ですが……」
ハイラムは後ろ頭を掻きつつ、空いた手で私のことを指差した。
「ああ、そうだな。大丈夫だ。彼女はレティシア。立派なレイド宗教騎士団の神殿騎士だ。大丈夫、彼女のことは私が保証しよう。通行許可を出したまえ」
助祭は戸惑いの表情を浮かべながらも、
「承知いたしました」
ハイラムが言うだけで事がすんなりと進んで行く。
むぅ。こちとら騎士団の紋章を見せても渋られたというのに……。なんだか納得がいかない。
『通れたんじゃから、それで良しとしんす』
アーニャにまで言われる始末だ。
「それはそうだけど……」
どこか腑に落ちないものを感じつつ、通行書を受け取り私は入管を抜けていく。
市壁の向こうには、数年ぶりのレーレンの街が広がっていた。




