第二十八話 強襲と企み
「そろそろ邪魔者を排除したころか?」
港で賑わいを見せる港湾都市ディンケルにも他の都市と同様、貧民街のようなものがある。
今呟いた男がいるのもそういったところにある、少し古びた石造りの三階建ての家屋だ。
一階に入り口、また外から二階へと繋がる階段もある。有事の際には、二ヶ所の出口から人を送り込める設計になっている。
外にはカモフラージュのため、全然関係のない看板が立てかけられている。
一見しただけでは、ここがケーニッヒ・ファミリーのアジトであることはわからないだろう。
その二階の一室で、キツい酒が入ったグラスを傾けて男はいやらしい笑みを浮かべていた。身なりからしておそらく彼がボスだろう。
室内には他に部下らしき男たちが五人ほどいる。
「でもボス、たかだか女一人始末するのに魔法使いまで送る必要があったんで?」
ボスはグラスの中身を一気に飲み干した。ボトルから新しく注ぎつつ、
「こういうのは見せしめの意味があんだよ。始末するだけが目的じゃねえ。他の馬鹿どもにも、変な気を起すとどうなるかってのを見せつける必要がある」
ふーん。なるほどね。
「さすがボス。おれらじゃ考えらないことを思いつぶべらぁ!」
室内へと勢いよく吹き飛んできた入口の扉が直撃し、部下その一を問答無用で黙らせた。
奇妙な沈黙がその場を支配した。あるいは嵐の前の静けさか。
突然のことにボスを含め、その場にいる盗賊全員が口をパクパクとさせて浮足立つ。
「あんね。あいにくだけど、全然見せしめになってないからね」
扉がなくなった入口から、私は堂々と入り込む。扉を殴り破った左拳を僅かに開けた。
二階の半分以上を占めている共同の部屋全体をぐるりと見渡す。ここにいるのはボスらしき強面の男が一人と部下が五人ほど。うち一人は床で伸びている。
うむ。聞いていた通りだ。
実のところ、中の様子はアーニャのおかげですべて把握している。人数から配置、そして何を話していたのかもだ。
アーニャは私の隣に立つと、ちょっぴし不機嫌に口を曲げている。
『壁をすり抜けたりなどするのは不本意じゃが、今回はまあ仕方あるまい』
これからもアーニャにしかできないことを、私のために役立ててくればいいのだよ。ふふふ。
「貴様……小娘の用心棒か⁉まさかあいつらを返り討ちにしたのか……?」
信じられないといったように、ケーニッヒ・ファミリーのボスが呟く。
話からするにあの刺客は盗賊団の中でもかなりの手練れだったのだろう。酒が入ったボトルを火事場の枕よろしくずっと持っていることから、そうとう動揺しているのは確かだ。
「まあね。お節介かもしれないけど、もう少し実戦経験を積んだほうがいいんじゃない?」
いくら名前が大層でも所詮は盗賊団だった、ということだ。
さてこいつらは観念して白旗を上げてくれるのかな?
それとも、
「チッ、まさかアジトにカチコミかけてくるとは思わなかったが――」
ボスは椅子にふんぞり返ると、ようやくボトルをテーブルに置いた。それから実に尊大な態度でグラスを一気に呷る。
「女、何事も思い通りにいくとは思うなよ。直に上からも下からも、他の部下どもがやってくるんだ」
盗賊たちが次々に得物を抜き放った。
「数の怖さと、ケーニッヒ・ファミリーに喧嘩を売ったことを後悔させてやらぁ!お前ら、やっちまえ!」
ボスの号令とともに、盗賊たちが各々武器を抜いて襲い掛かってきた。
私は不敵な笑みを絶やさず――
「そこを動くなっ!」
背中から鋭い静止の声が突如として轟いた。
間髪入れず、武装した男たちが入口や窓を問わずなだれ込んでくる。金属製のヒーターシールドを構え、剣の切っ先を向けて、まるで鋼の濁流のように部屋を埋め尽くす。
「な、なんだ⁉何がどうなってるんだ!」
ボスが驚きに目を見張る間にも、盗賊たちは次々に取り押さえられていく。グラスが手から落ち、中身を零して床に転がった。
『まったく、おぬしは本当に神殿騎士かや?アークデーモンのわっちですら、こんなあくどい手段は思いつかんぞ』
呆れたような感心するような、両方が混じり合ったような苦笑をアーニャは浮かべる。
デーモンのわっちですら……ね。最大限の褒め言葉として受け取っておこう。
私はピースサインを向けて、
「ふふん。言ったでしょ。組織相手に真正面から喧嘩はしないって」
『喧嘩はしないと言ったが、公的権力に喧嘩をさせるとは言わなんだ』
「数には数をぶつけんのよ」
まあ、さぞ神殿騎士らしかぬ黒い笑みをしていたに違いない。
今突入してきた人たちは、れっきとした衛兵さんたちである。その証拠に盾や鎧には、港湾都市ディンケルの都市紋章がでかでかと描かれている。
刺客による襲撃の後、私は駆けつけた衛兵たちに包み隠さず事情を全て説明したのだ。もちろん嫌がるクララも無理やりに供述させたけど。
すると、あっさりケーニッヒ・ファミリー摘発に快く応じてくれたわけである。あとは衛兵の数の暴力に任せるだけ。
私の手をほとんど汚さず事が進んで、ニヤニヤと口元が緩む。
衛兵さんに組み伏せられながらケーニッヒ・ファミリーのボスは唖然とした顔で私のことを見上げる。
「待て待て待て。なぜ参事会の狗どもがここにいる?なぜ、お前と一緒にうちへカチコミに来てるんだ?」
この状況が信じられないといった風で、少し違和感を覚える。
こういう場合、普通は悔しそうにするものなのでは?わしが倒れても第二第三のボスがお前のことを、みたいな感じで。
今にも連行しようとする衛兵さんを制止し、私は眉を顰めながら会話に応じる。
「そりゃクスリ絡みだもん。ちゃんと全部話したら、すぐにこれだけの人数を派遣してくれたわ」
私がそう言うなりボスも何やら違和感を覚えたようで、組み伏せられているというのに器用に首を傾げた。
「いやだから、そもそもウチとあの小賢しい小娘との間の話だろ?衛兵が出張ってきたらお前らも困るだろ?」
話しが見えなくなってきた。
どうやら、私とボスとの間で齟齬が生じている。異端審問官ならちょっとご遠慮願いたいけど、衛兵がやって来たところで私は何も困らないんだが……。
「まさか、肉を切らせて骨を断つなんて馬鹿なこと考えたんじゃないよな……?」
ちょっと待って。
急に嫌な予感が私の脳裏を過ぎる。
私は何か大きな思い違いをしているのではないか――と。
少し前のボスの言葉を思い返す。
小賢しい小娘。
あの世間を舐めた我がまま自己中娘が?
『のうレティ』
黙りこくる私に、アーニャが声をかけてきた。何やら小難しい顔をしている。
『もしかしてじゃが……そもそもの前提が間違っておったんじゃないかや?』
「前提?」
『うむ。というのも――』
アーニャが話す内容に耳を傾けて私は、さもありなん、とばかりに頷いたのであった。




