第二十七話 襲撃と報復
教会の鐘はとうの昔に鳴り止んだ夜更け。
皆が寝静まり、闇色に染まった港湾都市ディンケルは昼間の喧騒がまるで嘘のようであった。
しかし、
夜の静寂を、突然の爆発音が切り裂いた。
宿屋の二階からもうもうと黒煙が上がる。
煙の割には爆発の規模は一室が吹き飛んだ程度だ。幸いなことに火の手は上がっていない。
魔法使いの腕がいいのか、攻撃魔法の威力が上手く調整されているらしい。もちろん中に人がいればお陀仏だろうけど。
暗がりから黒っぽい服装に身を包んだ男たちが顔を覗かせる。盗賊らしき男が一人と、フードを被った杖持ちが一人だ。
「くくくっ。我々の取引を邪魔するからこうなるのだよ」
「ケーニッヒ・ファミリーに楯突いたらどうなるか、あの世で思い知るがいい」
「ふーん、どうなるのかしら?」
「うわっ⁉」
いきなり聞こえた声に、男たちが弾かれたように顔を向けた。顔を隠しているせいで表情は読めないが、目と声で驚愕しているのは大体わかる。
「な、なぜ!?」
満月の月明かりが届かない路地の暗闇、そこから姿を現したメイスを握る私に向かって男たちがたまらず声を上げた。
「なぜ宿にいないのかって言いたいのかな?そりゃもちろん部屋に戻るふりして隠れていたに決まってるじゃない。あんたら盗賊団ってすぐに報復しようとするもんね」
「くっ……読まれていたか……」
悔しそうに言葉を滲ませるが、なんてことはない。アーニャですら今日の夜くらいに報復が来るじゃろな、と言っていたいくらいである。
やっぱり盗賊団ってのはこういうところが単純だ。
「でも、まさかいきなり攻撃魔法を撃ち込んでくるとは思わなかったけど」
見せつけるようにわざとらしく肩をすくめてみせる。
小さな欠伸をしながらアーニャがふわりと頭上から降りてきた。こんな夜だというのにずっと見張りをしてくれていたのだ。さすが私の幻覚。
『レティ、無駄話はそれくらいにしなんし。さっさと刺客どもを縛り上げてアジトを吐き出させるんじゃ』
言われなくてもそのつもりだ。
私は姿勢を低くすると石畳を蹴って駆け出した。男たちとの距離を一気に詰めにかかる。
慌てて魔法使いが呪文詠唱を始め、それから一拍遅れて盗賊が迎え撃つために前に出る。手には刀身を黒く塗りつぶし、光の反射を抑えたブロードソード。
私と盗賊との距離は二人の得物が交差できるほどに縮まる。
盗賊はブロードソードを振り下ろし――
「なっ⁉」
ブロードソードを握った腕が振り下ろされる前に、私は左手でむんずと掴んで止めた。
――盗賊はそれをみてどう思ったのだろうか。
翡翠色をした紛い物の左腕が、夜の闇の中で淡い輝きを見せ、虫の羽音のような低い音を発する。
私のものではない、息を呑む音が聞こえた。
「なんだよ……なんだよその腕⁉それにこれ、女の力じゃねえだろ⁉」
ほとんど悲鳴に近かった。
盗賊は、自分の腕を掴む義手を振り払おうと力を込めるが、悲しいほどにビクともしない。
私はそんな盗賊の腹に向けて、メイスを叩き込んだ。
「んグぁ!」
くの字に折れて崩れる盗賊を後目に、今度は魔法使いへと肉薄する。が、先に呪文詠唱が終わった。
魔法使いは攻撃魔法を放とうとし――私はメイスを大きく振りかぶり、投擲した。
「うおわああああッ!」
まさか得物を投げつけてくるとは思わなかったようだ。魔法使いは慌ててよけ、しかもそのまま崩れた態勢で魔法を放ってしまった。
氷の矢が数本放たれるが、狙いも定まっていない魔法がこの私に当たるわけがない。
易々と躱し、私は魔法使いの顔面目掛けてひねりを入れた右拳を叩き込む。
鼻血を噴き出しながら白目を剥いて、魔法使いは仰向けにぶっ倒れた。
この様子では、意識は当分の間戻らないだろう。
「さて、尋問といきましょうか」
というわけで、私は腹を押さえて倒れる盗賊の前に立った。
メイスで殴りつけた瞬間に手加減はしたから、痛いけどしゃべられないってことはないでしょ。
転がっているブロードソードを遠くへ蹴り飛ばすと、盗賊の背中を踏みつけた。
「……お、おれはしゃべらんぞ」
息も絶え絶えに、盗賊は開口一番そう言った。
『ほぅ。ちょっとは気概のあるやつみたいじゃな』
アーニャがにやりと笑みを浮かべる。
血のように赤い目も相まって、この子がそんな表情を浮かべたら、それはそれで怖い。あいにく盗賊には彼女の姿は見えないのだが……。
「ふーん。てことはアジトの場所は知ってるのね」
私の言葉に、盗賊の顔色が露骨に変わる。
ばっかじゃない。自分から知ってますよと言ったようなもんじゃないの。
「……ぐぬぬ。う、裏切者が……薄汚い手を使っておれたちをはめるとは……」
あーね。やっぱりクララのこと、裏切者扱いになってるみたい。ちょっとかわいそうだけど、これは身から出た錆ということで。
あと、薄汚い手はさすがに言い過ぎだ。夜中に襲撃してくるほうがよっぽど褒められた手法じゃないと思うんだけど。
「はいはい。負け惜しみは結構。問答無用できりきり吐いてもらうからね!」
「その前にあたしが死にそうなんですけどおおおお!」
顔を黒い煤で汚したクララが、ご近所めーわくなドでかい声で文句を言いながら走り寄ってきた。目の端にはちょっぴり涙まで浮かべている。
「大きな音がして飛び起きたら、隣の部屋が吹き飛んでるんですけどー!あたしの部屋も半壊してるし、いったいどうなってるんですかぁ⁉」
クララは噛みつかんばかりにキャンキャンとうるさく咆える。
なんだと言われてもねえ。私はアーニャと目を合わせると首をすぼめる。
「……初めに説明した通りなんだけど」
「爆破なんて聞いてませんよ!」
「あのね……何が起こるかなんて私にもわからないの。だから、あなたの家じゃなくてわざわざ宿屋に留まったんでしょうが」
そもそも同じ宿の隣の部屋にしたのは、片方だけ襲われるのを防ぐためだ。ただ、魔法攻撃は予想外だった。クララの部屋に撃ち込まれなくてよかったなあと、ほっと胸を撫でおろしたのは内緒である。
そうこうしていると、さすがに爆発なんて起こったからか周りが騒がしくなってきた。明かりがぽつぽつと灯されていく。
「とにかく。ちょっと派手にやりすぎたみたい。衛兵には昼間に渡した荷物の剣と絡めて説明すれば不問にしてくれるでしょ。ちゃんと渡してきたよね?」
「もちろん荷物は衛兵の詰所の前に置いて来ましたよ」
大層な理由でもないのに、クララは鼻の穴を膨らませドヤ顔で……ん?
聞き間違いだろうか?
一瞬、クララが何を言っているのか理解できなかった。
置いて……きた……だって?
「いやいやいやなんでよ⁉ちゃんと説明してきてって言ったじゃん!」
慌てふためく私に対し、クララは唇を尖らせると、
「えーだって怖いんだもん。運び屋と勘違いされたら嫌だしー」
「勘違いじゃなくお前も運び屋じゃぁぁぁッ!」
心からの叫びと一緒に放った私の右拳が、クララをノックダウンさせたのであった。




