第二十六話 誤解と過ち
「……助けてくれちぇありがとうございましゅ」
風情をぶっ壊すゴロツキどもを全員殴り倒した後、私と助けた女の子はちょっとお洒落なカフェに場所を移した。
タイミングよくお客は私たち以外に誰もいない。多少の混み入った話をしても問題ないだろう。
とにもかくにもクララ・ヘーニングと名乗ったこの娘、たぶん歳は私よりももう少し下で二十歳そこそこだと思う。
肩まで伸びた亜麻色の髪に愛嬌のあるえくぼが特徴的なかわいらしい女の子である。
ただ、ごろつきだけでなく勢い余ってクララもぶん殴ってしまったせいで、頬が腫れて滑舌が悪くなっている。
大丈夫。ほっときゃ治るから。
「ほんと、乱暴される前で良かったね。私はレティシア。レティでいいわ」
「れてぃさん、しょれを殴った人が言いましゅか?」
せっかく助けてあげたというのに責めるような視線を向けてくるのはどういうことだ。最近の若い子(私も若いけど)は礼儀がなってないぞ。
私は軽く肩をすくめると、
「はいはい、治癒」
回復の魔法をクララにかけてあげると、見る見るうちに腫れが引いていく。今の私の神聖魔法でこんなに回復するんだから、それだけしょぼい怪我ってことである。
「おお!治った!すごーい!」
クララは自分の頬を撫でて目を丸くしている。若干私の方に見せつけているような気がしなくもないが……まあいいや。
「で、なんでごろつきなんかに絡まれてたの?もしかして、ここってそういう人攫いが多いの?」
ティーカップには湯気の立つ紅茶がなみなみと注がれている。お代はクララ持ちなのでジャムがこれでもかとたっぷり入っている。
クララは腕を組み、記憶を思い出すように首を傾げる。
「うーん。人攫いは少ないと思います。帝国から兵隊さんが来てから治安も良くなりましたし……まあ、ああいう人たちは減らしても勝手に増えますけどー」
……なんか癖のある子だなあ。
「じゃあ、偶然通りがかったところをごろつきに襲われたってことね」
そうなるとあとは衛兵のお仕事だ。適当なところで話を切り上げて観光に戻らせていただくとしよう。
冷めないうちにティーカップに口を付ける。うーん美味しいい。
あ!と声を上げて、クララは胸の前でポンと手を合わせた。
「もしかして待ち合わせ時間に遅れたからかも!二時間くらい遅れて荷物を持って行ったら、あの人たち持ち逃げがどうのこうのとかいきなり怒鳴り出したんですよー。ひどいですよねー」
思わず紅茶を全部吹き出してしまった。
「ぎゃー!汚い!なにしてるんですかレティさん!」
顔面から紅茶を滴らせながら悲鳴を上げるクララだが、構わず私は声を荒げる。
「うっさいわ!何か⁉あんた、ごろつきの荷物運びをやってたって言うの⁉」
「しーっ!しーっ!声が大きいですって!」
「大きくもなるわ!ごろつきに襲われてるから助けたのに、あんたもその一員のようなもんじゃない!」
「一つ間違いがあります!」
ムッとしたようにクララは声を張る。
「あの人たちはこのディンケルで裏家業を取り仕切るケーニッヒ・ファミリーという大きな盗賊団なので、ごろつきじゃありませんよ」
「なおさら悪いわぁぁぁ!」
私の右ストレートが顎に決まり、悶絶するクララ。
まずいまずいまずい。
私の立ち位置が非常にまずいことになっている。
『そんなにまずいことかや?』
声と共に、空中に水滴を落としたかのように波紋が生まれた。騒ぎが気になったのか怪訝な顔をしてアーニャが現れる。
そりゃそうよ。私はクララを助けただけだと思っているけど、その盗賊団からしたら私が取引をぶっ潰したようなもんである。
しかもごろつきは放置したので、荷物の持ち逃げも疑われるかもしれない。
『所詮盗賊なんじゃ。神殿騎士の相手ではないじゃろうて』
「一対一ならね。相手は組織なんだし、今の私で何十人も相手なんてできないわよ」
数の差というのが組織力の怖いところである。大きな規模で考えた時、個の戦闘能力では勝っている宗教騎士団が南北の異教徒に負けるのも、数が大きな要因だからだ。
目の端に涙を溜め、顎をさすりながらクララは言う。
「大丈夫ですって。レティさんは荷物の持ち逃げを疑い尋問してきた盗賊たちをぶっ飛ばして、あたしを助け出してくれただけですもの」
「だからそれがマズいって言ってるんでしょうが……!」
この女、本気で自分が言っていることを理解していないのだろうか。
とはいえ喧嘩を売ってしまったことには変わりない。クララを身代わりに何とか穏便に済ませられないものか……。
私は頬杖をつき、あきれ顔で尋ねる。
「そもそも何で取引時間に遅れたの?自責の念とか?」
クララは私に視線を合わせようとはせず、明後日の方向を向きながら後ろ頭を掻く。
「えー、だってぇー、家を出るのがめんどくさくてぇ……アハハ」
私は一つの事実を悟る。
――ああ、こいつ、馬鹿なんだ。
『まったく。わっちが目を離すとすぐに面倒ごとに巻き込まれとる。もう少し落ち着いて旅をできんのかや?』
できることならやりたいって!
こんなん不可抗力も甚だしいじゃない!
『やってしまったことは仕方がない。次に生かしんす。で、この小娘がもっておる荷物はいったい何かや?』
アーニャが机の端に置かれた荷物を視線で指し示す。片手で持てるくらいの小さな包みだ。
……あえて聞くことを避けていたというのに。
自然とため息が出てくる。しかも大きいのが。
「ねぇクララ。中身は何なの?」
意を決して私は尋ねた。大丈夫、こんな市民を騙して運ばせるものなんだから、どっかの裏帳簿とかそんなレベルのものだろう。
「えー、知りませんよ。このまま渡されて、指定の場所まで運ぶよう指示を受けただけなんですもん」
……一気に不安になってきた。
私は無言で荷物の包みを解いた。
出てきたのは口を固く結んだ麻の袋だ。解くのも面倒なのでナイフを取り出すと紐を切る。口を開けて中を覗き込んだ。
自分でも表情が凍り付いたのがよくわかる。
「えっとねクララ……」
「はい?」
「これ、確実にヤバいやつ。確実にヤバい葉っぱ。まじであかん葉っぱ」
具体的には非合法的なお薬の原料。遠征先の熱砂の異教徒たちが、恐怖を散らすために好んで使っていたのが印象に残っている。
なるほど、港湾都市を利用して密輸して来たということか。
葉っぱという言葉を聞き、クララの顔色が真っ青を通り越して真っ白になる。彼女もまさかこんなものを運んでいたなんて知りやしなかったのだろう。
「えぇ……レティさん!どうするんですか!」
「知るか!私に聞くな!とゆーかなんでこんなもん運ぶの引き受けたのよ⁉」
「だっていっぱいお金貰えるから」
だああああぁあああぁぁっ!こいつの頭の中は空っぽか⁉
怪しいとは思わなかったのかと頭が破裂するまで問いただしたい!典型的な手段じゃん!
頭を抱えて叫びたいのを堪えつつ、冷静さを取り戻そうと深呼吸を繰り返す。
オーケーオーケー。
この子が世間を舐めてる自己中我がまま女だということは理解した。
「薬かぁ……今まで何回も運んでたんだけど知らなかった……」
クララが神妙な顔をしてぽつりと何か恐ろしいことをつぶやいた気もするが、聞こえなかったことにする。
「まあ少なくともそのケーニッヒ・ファミリーがあんたをぶっ殺してでも荷物を奪い取りに来ることが確定したわね」
「な、なんで⁉」
クララに怯えの色が再び戻る。悲鳴にも似た声だ。
「それだけの代物ってことよ」
「助けてくださいよぉ!」
「ふぅん。いくら出せるの?」
「お金取るつもりですかぁ⁉」
当たり前でしょうが。そこまで私はお人好しじゃない。
『十分お人好しでありんす』
うるさい。
「薬が絡むんだもの、衛兵だけでなく帝国駐留軍すら動くわよ。どうする?」
「ううっ。命には代えられません。わかりましたぁ……」
「よろしい。とりあえず、今からダッシュでこれ持って衛兵の詰所に行きなさい。んで、事実を洗いざらい全部話すこと。いい?」
涙目になりながらも、かくかくとクララは素直に頷く。
よし、拒否するほど馬鹿ではなかったようだ。
さて、これから相手がどう出るのだろうか……。それだけが心配である。




