第二十五話 港湾都市ディンケル
私の瞳と同じ色の青い海が一面に広がり、私の髪と同じ色の白波が打ち寄せる。嗅ぎなれていない潮の香は、旅で荒んだ心を浄化してくれているかのよう。
ああ主よ!久しぶりに感謝いたします!
今日はお祈りをサボりません!マジで!
『……のう、レティ。やけにテンション高くないかや?』
感動に震えながら天を仰ぐ私に向かって、白い視線を向ける者が一人いた。
乾燥した昆布のように黒く長い髪に、ヒトデのように赤い瞳をもつ自称アークデーモンのアーニャである。
とはいえ、どーせレベルドレインで心神喪失している私が見ている幻覚だろう。だってほら。ちょっと透けてるし、胸も薄いし、樽に腰掛けてるけど浮いてるし。
そんな彼女は無粋にも、感動に打ち震える私に水を差してくるのだ。
あーやだやだ。
『待て待て、なんじゃその説明の仕方は⁉もっとこう……上手い言い方があるじゃろ!』
と、ご機嫌斜めなようである。
ふむ。何処がお気に召さなかったというのか?
昆布もヒトデもみんなみんな生きているんだ友達なんだ。
「アーニャにはわからんのよ。私がどれだけこの街に来たかったのかを!」
私は握り拳なんかを作って高らかと掲げてみせる。
ここは港湾都市ディンケル。ほんとうは皇帝都市なのだが帝国一の港湾設備があるため、みんな港湾都市と呼んでいる。
青い海、数多の白い帆船が停泊する港、赤い屋根で統一された市街地がバランスよく内地に向かって広がる非常に景観の良い街だ。
この街には二か所の有名スポットがある。
一つはもちろん巨大な港。ここでは毎日たくさんの海の幸が水揚げされる。
おかげで海の幸も豊富で、ラグナデナンでは食べられないような美味しいご飯も食べられる。果物も魚も安い。
そして、もう一つは街の中心にそびえるヴェルキン大霊廟だ。
というか、これを見たいがために旅路を変更したと言っても過言ではない!
過言ではないのだぁ!
『あそこに見える成金趣味丸出しの建物のことかや?』
うわぁ……さすが自称デーモン、罰当たりにもほどがある。
ヴェルキン大霊廟は何代か前の教皇が趣味で建設した霊廟で、金銀過剰な装飾と真っ白な壁が無駄に荘厳で神聖な雰囲気を醸し出している。
ちなみに教会と霊廟というのはあんましシナジーがない。だからこの霊廟には教会関係者は誰も眠っていない。
そこから転じて、外は立派だが中身が伴わないことの暗喩にも使われる。
みんな、ちゃんと覚えておくように。
『いや。たぶん、それ、悪口じゃと思うんだが……本当にそんなところに行きたかったのかや?』
「もちろん!神殿騎士として当たり前よ!」
カッと目を見開き仁王立ちで立つ私のすぐ前で、ひときわ大きな波が高く上がる。しょっぱい水が顔に当たって冷たい。
『そういやそうじゃったな。おぬし、神殿騎士じゃったな。祈ってる姿を見たことないんで忘れとったわ』
アーニャはポカンとした顔でぬけぬけと言ってのける。
そりゃまあ毎朝と毎晩のお祈りはちょっとサボり気味だけど、旅をしてるんだし仕方がないじゃん。あとベッドの魔力には逆らえませんわ。
「ふふふ。今の私は機嫌が良いから聞かなかったことにしてあげるね」
もし幻覚ではなく実体があったなら海に蹴り落としていただろう。
潮風に飛ばされないよう編笠を被りなおし、桟橋に立つ私は食い気味に振り返る。
そもそも、だ!
ぶわーっと広がる赤屋根と白壁のかわいい市街地を前に、テンションを抑えられるだろうか?
いいや無理だね!テンション爆上げだね!
それに、街に着くなり脇目も振らず海へと駆けたせいで、街の中をちゃんと見ていない。今から私のスーパー観光タイムが幕を開けるのだ。
「まずは市場を見るでしょ。ついでに小物とか見て、そしてヴェルキン大霊廟!しかも今日は満月だし、夜の海と相まってステキに決まってる。ふふふ。資金がもつ限り滞在しちゃうんだから!」
『ほんとおぬし、テンション高すぎじゃぞ……』
あきれ顔でアーニャは頬を掻く。
「むしろテンション低い方が失礼ってもんよ!」
『んあ……もう少し低くして、ちょうどよいくらいだと思いんす』
アーニャがぶつくさ言うが、とりあえず無視しておこう。
さあいざ行かん港湾都市ディンケルよ!ヴェルキン大霊廟よ!冒険者にて神殿騎士にして絶世の美女のこの私、レティシア・モンフィスがようやくやって来たのだぁ!
自然に上がる口角をそのままに、大きく一歩を踏み出そうとし――
「やめてください!」
いきなり聞こえたのは若い少女の声だった。そこには怯えと恐怖が色濃く表れている。
「そういうわけにもいかねえんだなこれが」
「悪ぃけど大人しくしてもらうぜ。乱暴されたくなかったらな」
顔を向けてみれば並び立つ白亜の建物の合間、日は当たらないが映える路地に一人の少女と彼女を囲む何人ものガラの悪そうな男たち。
…………。
あー……。
雰囲気台無しなんだけど。
アーニャが額に手を当て、天を仰ぎ見た。わりかし大きめで嘆かわしそうなため息をつくと、次の瞬間にはどろんと消える。我関せず、ということらしい。
所詮幻覚、消えてくれたくらいがちょうどいい。
それよりも!
私は笑みを絶やさぬまま、少女とごろつきのもとへと真っすぐ近寄っていく。
気配に気が付いたごろつきの一人が怪訝な顔をする。
「あん?何見てんだよ。痛い目に合いたくなかったらあっち行ってな」
野良犬でも追い払うかのように、しっしと手を振る。
よくもまあたかだかごろつき如きがこの私相手に言えたものである。あるいはこの格好がはったりか何かだと思ったのか。
…………。
今さらどっちでもいいか。
とにかくこういう輩は、誠意を込めて改宗してやらねばなるまい。
私は警告もなくメイスを引き抜いた。
ギョッとするごろつきたち。
「いやちょっと待てや!何でいきなり凶器抜いてるんだ⁉」
冷や汗なんか流しながらごろつきが叫ぶがもう遅い。
私はニィと口の端を歪めると、
「もちろん、私の心の平穏のためよ。おらぁ!歯ぁ食いしばれッ!死ねやあああ!」
港湾都市ディンケルの港に、いくつもの鈍い音と同じ数だけ悲鳴が響いたのであった。




