第二十四話 朝日が昇って
朝日が目に染みる。
「ふあああぁ……」
ワームの血に濡れたロングスピアを肩に立てかけ、私は大きな欠伸を一つ。
夜通しワームと戦っていたせいで眠くて仕方がない。戦いと言えるような戦いは無く、ひたすら無抵抗なワームを突く作業だったけど。
立ち上がり見下ろしてみる。
幾重ものバリケードと乱杭の合間に、何十匹ものワームの死骸が転がっている。最初に私がこの教会を訪れた時に見た光景より、もっとえげつない。
「ご苦労様です。あとでお茶でもお出ししましょうか?」
疲れた表情を浮かべて管理人もとい、この状況を作り出した全ての元凶が何やらほざいている。
こいつは自分の立場ってもんがわかってないのだろうか?
タコ殴りにされても文句は言えないぞ。
「いやあのそんな目で見ないでくださいって。ほら、共に肩を並べて戦った戦友じゃないですか。ね?」
こんな輩が戦友とか冗談でもやめてもらいたい。元はと言えば、ちゃんと檻に鍵さえかけていれば防げた事態だというのに。
まあでも、過ぎたことをうだうだ言っても始まらない。
「ミルクとジャムをたっぷりでお願いね」
槍を足元に転がすと背伸びをする。バキバキと景気の良い音が聞こえてきて不安になる。
「あと他の実験ワームも、主の名において全部焼却処分するんでよろしく!」
「いやそれはちょっと……」
私はぎろりと睨みつけ、
「あん?あんたに拒否権あると思ってるの?」
「そんな殺生な……」
管理人はがっくりとうなだれる。
危険物を廃却するのは当然のことだ。それが研究成果だろうが何だろうが関係ない。人様の迷惑になってはならないのだ。
ほんと、今回の件も大事に至らなかっただけ幸運だと思って貰わないと。
「それにしても――よく二ヶ月もワームと戦ったわね」
こういう小悪党は普通自分の手に負えなくなったら、さっさと逃げると思っていたのに。ちゃんと駆除する気概はあったのと、それを実行に移している分だけまだマシというべきか。
でも、焼却処分は覆らないから。
「そりゃそうでしょ。クイーンをどうにかしない限りどんどん数が増えていきますし。放っておくと、餌を求めて町にも行くでしょうから。誰かが食い止めないと」
真面目な答えが返ってきた。研究データを取りたかったとか、そういうゲスい答えだと思っていたので意外である。
「ふぅん。自分一人でね」
「いけませんか?」
「いえ。ぜんぜん。だって町に行ったら捕まっちゃうもんね。あなた、リューハイムで指名手配されているでしょ?」
今度こそ、管理人は驚きに目を見開けた。口をあんぐりと開けて、しかし言葉が出てこないといったように唖然としている。
「……知っていたのですか?」
やっと出てきたのはそれこそ絞り出したような声だ。
「町の飯屋にまで手配書があったしね。」
従業員のおばちゃんに話しかけられながら、何気なしに見ていた手配書の数々。
思い返せば、なんだかこの男とよく似ているものがあったのだ。百パーセントの確信はなかったが、鎌をかけるほどには自信があった。
結果、大当たりだったという。
「で、わざわざ教会に陣取って、ワームをおびき寄せる罠まで作って。こうして全滅させたわけだけど。どうして?贖罪のつもり?」
この男が何をして指名手配されたのかまでは知らない。大方こういう実験が原因だとは思うけど。
だからこそ、実験結果を抱えて一目散に逃げるものだとばかり思っていたのだが……。
「おかしなことを言いますね」
ぽつりと管理人がつぶやく。
おかしいこと……ね。いったいどこがおかしいのでしょうかね?
返答次第ではもう一度その横っ面をぶん殴ってやろうと、管理人の方を向き――
「自分の不始末は自分で片付ける。自分の尻も拭けないで研究なんてできませんよ」
私は、そこに予想外のものを見た。
管理人がこちらに向けた表情は、清々しいほどの笑顔。
「当然のことをしたまでです」
バックパックを背負い、網笠も被ると私は廃教会を後にする。
大量のワームの死骸が残ったままだけど、それは管理人が責任を持って全部処分するとのこと。実験動物を全部燃やされて廃人みたいになっていたけど、どこからやる気が湧いて来るのかちょっと気になる。
もちろん火をかけたのは私だが。
隣を見るといつの間にかアーニャがいた。夜明け前くらいに『眠い!』と言って消えてから、ようやくのお出ましである。
『あやつ、官憲に突き出さなくていいのかや?』
出て早々ごもっともなことを言う。
アーニャが言う通り、善良な一般市民として本来ならばこのままレンゲンの町に引き返して、最寄りの衛兵の詰所に行くべきなんだけど……。
「ま。別にいいでしょ」
私は軽い感じで言った。
『本気かや?』
「多少は改心した様子だったしね」
それからウインク一つを添えてみる。
アーニャはおかしそうに目を細めて喉を鳴らす。
『無理やりにな』
この話はこれでお終い。そう口に出す代わりに網笠を目深にかぶり、管理人から教えてもらった下山する道を進む。
旅はまだ半ば。
まだまだ面倒ごとは続きそう――そんな予感を感じる今日この頃。
次章へ続く




