第二十三話 女王
聞き間違いだろうか?
女王の排除をしろと言われたような気がする。
蠢く何十匹ものワームの間を縫って肉薄し、ロングスピアで突いて来いと。
ぶっちゃけ倒すこと自体、やぶさかではない。やぶさかではないんだけれど……やっぱりわからん。
「で。あんた、なんでそんなにここのワームに詳しいの?とゆーかたしかワームって、そんな女王蟻みたいな存在なんていないはずだけど」
さすがにロングスピアは向けないけれど、代わりに私は睨みつけるようなキツイ視線を送る。
のらりくらりと言い逃れすることは許さない。そう言外に伝えるように。
「え、いや、そんなもんですよ。ワームなんて、ええ」
管理人は今までの口調とは打って変わって早口となる。こっちを見ようともしない。
うむむ。わかりやすいやつだ。
『んぬ。あからさまに何か隠しておるの。どうじゃ、槍を向ける相手を変えてみては?』
などとアーニャは過激なことを提案する。それも悪くない気がする。
でも、ここは穏便に済ませようと思うのだ。ここで仲間割れなんてしようものなら押し寄せるワームの大群を一人で処理しなくちゃならなくなるし。
「いやいやいや。ほとんど自分から白状してるよーなもんなんだけど。クイーンに率いられるワームなんて聞いたことないような話もだし、ワームの好きな臭いを用意できるってこと自体、ありえないことなんだけど」
「うっ……!」
短いうめき声を出し、管理人が固まる。どうやら本気で気が付かないとでも思っていたようだ。
「話さないんだったら話す気にさせるだけなんだけど。どうする?」
「わかりましたわかりました!全部話します!話しますからクイーンの駆除をお願いしますよ……」
「わかったから。で、あんたとこのワームの関係は?」
ロングスピアを突く手を止めて、管理人はゴホンと咳払いする。そして私の顔色をうかがいながらぼそりぼそりと話始めた。
「二ヶ月前の話なんですけど……」
ん?たしか山から奇妙な声がどーのこーのという噂が流れ始めたのも二ヶ月くらい前な気が……。
「私、こう見えて魔法使いでして……あ、研究肌なんで攻撃魔法は一つも使えないんですけど。この廃教会に実験室を構えて、魔法が生物に及ぼす影響を研究してたんです……」
道理で松明に混じって魔法の明かりもあるわけだ。
「ある激しい嵐の夜でした。私が飼育していたクイーンこと実験番号八番が、嵐に紛れるように逃げ出しまして――」
「いやこれあんたのせいかあああああああ!」
足元にあった握りこぶしほどの石を思わずぶん投げる。
管理人は紙一重でそれを躱すと、
「ふ、不可抗力なんです!寝ぼけて檻の鍵を掛け忘れたせいなんです!」
「なおさら悪いわあああああ!」
「あ、ちょっと待って暴力反対!グぇ!」
今度は狙い違わずどたまに石が当たり、管理人は悶絶する。
てことはつまり、こいつが逃がしてしまった実験用のワームがこの山で繁殖してしまったと。
ヤバいことになりそうだから二ヶ月かけて教会周りを迎撃拠点に改造して、ワームをおびき寄せる罠も作ったと。
んなアホな話があってたまるか!
アーニャがこれ以上もなく呆れ返った顔で私の隣にやって来た。
『で、どうするんじゃ?あのたわけの尻拭いをするのかや?』
「やるっきゃないでしょ。あれを倒さないと増え続けるんだから。レンゲンの町まで降りてきたら笑い事じゃ済まないし」
ぜんぜん気乗りしないけど!
『カカッ。わっちとしては愚かな人間どもの町の一つや二つ、どうとなっても問題ないんじゃが。まあレティの好きなようにするが良い』
「言われなくても!」
私はロングスピアをその場に置くと、メイスを拾う。口の片端をニィと吊り上げると――バリケードを飛び越えて駆け出した。
ワームの攻撃を避け、さらにバリケードを一つ、二つと飛び越える。
杭の横を抜けて、そこでようやく止まる。
クイーンが、ワームの女王が鎌首をもたげた。
こうして近づいてみると、彼女のなんと巨体なことか。これをメイスで殴って殺すのは骨が折れるだろう。
メイスを構えてクイーンと対峙する。クイーンのおよそ外観に似つかない黒点のような円らな目が真っすぐこちらを見据えるのだから、私も視線は絶対に外さない。
『レティ、もう少し左じゃ』
私とクイーンとの間くらいに降り立ち、アーニャは言う。
どうやら私の意図を理解しているらしい。さすがは私に取り憑く幻覚である。
ゆっくりと左に動きながら間合を測る。勝負は一瞬だ。
『そこで迎え撃つが良い』
アーニャに言われて、足を止める。
腰を落とし、低い姿勢を取る。
「さあこい芋虫め!鳥の餌にしてやる!」
私が咆えるのと同時に、ぬらりとテカる牙を剥いてクイーンが突っ込んできた。
私はその場を動かない。固く握ったメイスを振り上げ、喉笛を噛みちぎらんとするクイーンの突撃に合わせる。
無数の牙が迫る。
振り下ろせばメイスの切っ先が掠める距離まで引き寄せ――
寸前、
大きく横に跳ぶ。
端っからメイスで殴り合う気など、私にはなかった。
クイーンにしてみれば獲物がいきなり消えたように見えたことだろう。そして、巨体での突撃はそう簡単には止まらない。
鋭く尖った杭の先端。
勢いそのままにクイーンは自ら杭へと突っ込み、他のワームと同様に頭を貫いた。
顎を抜け、反対側まで杭が飛び出した。夥しいほどの体液が吹き出る。
クイーンは巨体を蠢かせ脱しようとするが、藻掻けば藻掻くほど深く刺さり、さらには傷口が大きく縦に裂けていく。
「別にレベルドレインを受けて戦闘能力は弱体化したって言ってるけど。うん、やっぱこういう作戦というか戦法を思い付くかどうかは関係ないわね」
目に見えて動きが弱弱しくなっているクイーンに私は近寄る。幾つもの足が顫動し、身体は蠕動を繰り返す。
ようやくそこでメイスを振り上げると、
「往生せいやあっ!」
渾身の力で頭を殴りつけた。
肉が潰れる嫌な音がした。
殴られた衝撃で杭が突き刺さったところを起点とし、クイーンの頭部が二股に裂ける。
世にも醜い二頭の芋虫となったクイーンは、体液を撒きながらビクンビクンと大きく痙攣し――やがて動かなくなった。
「ざっとこんなもんよ」
ニカッと笑いアーニャに向けててピースサインを送る。
『ぬしの作戦を見抜いたわっちの誘導あってのことじゃぞ』
えらく尊大な態度を取るアーニャである。どや顔で腕を組み、これでもかとその薄っぺらい胸を張る。
とはいえ彼女のおかげということには変わらない。
「そうね、ありがと」
するとアーニャは大きな瞳をさらにまん丸にして、ぷいとそっぽを向く。
『んあ。わ、わかればよいのじゃ。んぐ』
なによ。歯切れの悪い。こっちの調子が狂っちゃうじゃない。
しばらく不思議そうにアーニャのことを見ていたら、ちらりと片目で私のことを見て、
『い、いつまでそこに突っ立っておるつもりじゃ。芋虫どもはまだおるぞ。さっさと槍で突く作業に戻りんす』
せっかくクイーンを倒したのにその言いようはどうかと思う。
私はため息をつき、肩をすくめ、
「はいはい。害虫駆除に戻らせていただきます」
『うむ。それがよい』
屈託のないアーニャの笑顔を横目に見つつ、私はもう一度大きなため息をついたのだ。
顔を上げると、管理人がバリケードを越えたワームに追い詰められて悲鳴を上げている。
仕方がない。神殿騎士として、いくばくかの御心で助けてあげようか。
そして朝が来る。




