第二十二話 迎え撃つは異形
『起きんかああああ!』
「うへああああああ!」
突然耳元で大声を出されて、私は悲鳴を上げながら飛び起きた。
なんだなんだドラゴンでも攻めてきたのか⁉
『これが夢ならドラゴンで正解じゃろうな』
顔を上げれば暖炉の火を背中に背負い、こちらを見下ろすアーニャの姿。彼女のその幻想的な姿こそまるで夢のようだ。
どれくらい眠っていたのだろうか。たぶん真夜中には違いないと思うけど……。
ぼさぼさの頭を掻きながら、いつの間にか掛けられていた毛羽だった毛布をどける。椅子に座って眠っていたせいで体のあちこちが微妙に痛む。
「で、そんな大声出してどうしたの?」
ふああぁ……と大きな欠伸をしてしまう。
目の端に浮かぶ涙を腕でぐりぐりと拭きながらアーニャを問いただす。おしっことか言うたらぶん殴るぞ。
あ。幻覚だったっけ?
『管理人の姿が見えん』
言われて周囲を見渡すが、たしかに管理人の姿形はない。机の上にしおりが挟まれた本だけが残っている。
『それに外から物音がする。物騒な物音じゃ』
耳をすませばアーニャの言う通り、外から何か聞こえてくる。それがなにかまではわからないが……なるほどね。平穏非ざる物音には違いない。
チェインメイルを着たままにして正解だったわけだ。
『捨てられた教会だというのに、妙な加護が働いておる。実体がないわっちの身体でも壁をすり抜けることができん』
顔をしかめてアーニャは言う。
ふーん。だから通り抜けて偵察することを嫌がったのか。
私は壁際に置いてある自分の荷物へと近寄る。一応は置いたままの状態だ。
荷物の中から干し肉を取り出し、口の中に放り込む。それからメイスを掴むと、私は足音を殺しながら部屋の外へ出る。さすがに状況確認はしなくてはならない。
さっき通った細い廊下を通ると、暗がりの中、突き当りに裏口と思しき扉が見た。
扉をゆっくりと押し開ける。
出迎えたのは煌々と輝く、しかし大きく欠けた月。
そして降り注ぐ月光に混ざって、魔法と松明の明かりがぽつぽつと周囲を照らしていた。
『レティ、気を付けよ』
言われるまでもない。
血の臭いだ。
私は教会の壁に沿って外周をぐるりと回る。
「おや、ようやくお目覚めですか」
聞き覚えのある声に足を止めた。
魔法の明かりに照らされて、管理人が振り返る。
「ほんとちょうど良いタイミングに起きてくれましたね。少し手伝って頂けます?」
そう言う彼は、血に濡れた槍を肩に担いでいる。
「私からしたら、全然ちょうど良くなんかないんだけど。これ、いったいどういうこと?説明してくれる?あとあんた魔法使えたの?」
私の目前に広がる光景はちょっと理解しがたいものだった。
何十匹ものワームが教会に押し寄せているのだ。
こういうのを地獄絵図って言うんじゃないかな?なんて頭のどこかで冷静な自分が言っている。
あるモノはバリケードに阻まれ、あるモノは後ろから押し出されたせいで杭に縫い付けられている。
至る所でワームが絡まり合い、蠢いていた。何を血迷ったか自分から鋭く尖った杭に突き刺さりに行くものもいる。
そして管理人はバリケードに阻まれて身動きがとれないワームに向けて、無心でロングスピアを突き刺している。
モンスター退治というよりは駆除と言ったほうがいいだろう。
「それはもちろん。伏せる理由がありませんしね。魔法ももちろん。さっきも言いましたけど、私は神父じゃありませんから」
管理人が言い終えるや否や、彼の脇を小さい影が抜けた。
他の個体より一回りも二回りも小さいワームだ。それが私目掛けて飛び掛かって来る。
「うぎゃああああ!」
反射的に手が動いた。
左拳がワームを空中で殴りつける。翡翠色の義手を通して何やら柔らかいものが潰れるような、気色の悪い触感が伝わってきた。
『うわぁ。しばらくわっちに近寄るでないぞ』
「うっさい!」
私は足元で蠢くワームを踏み潰す。あとで革の手袋もブーツも洗わないと。
キッと管理人の背中を睨みつけ、
「夜中にこんなイベントが開かれるなんて聞いてないけど」
「昼間にね、やっと完成したこいつらが好む臭いを撒いたんですよ。結果は上々、この山に住むワームのほとんどが引っかかってくれました。だからこの機を逃さず一網打尽にしますよ」
「ちょい待てや。説明になってないんだけど!」
管理人は振り返りすらしない。
「要するにワームの駆除を手伝ってください。さすがにこの数は対処しきれないんで。逞しい冒険者さんがやって来てくれて渡りに船。後ろの壁に槍を置いてるんで、ぷすぷすとやっちゃって下さい」
だから説明になってないんだけど。
私はため息をつき、アーニャの方を見た。アーニャも状況に困惑しているようで、私の視線に気が付くと肩をすくめる。
冒険者なので、こういう仕事をするんだったら依頼料を貰わないと商売あがったりなんだけどなあ。とはいえ眼下に広がる地獄絵図を放置する気にもならない。
私はメイスを壁に立てかけ、ぼろっちいロングスピアを掴む。
『お人好しめ』
アーニャがくすくすと笑うが無視しておく。言われなくても自覚してるわい!
「で、私にどうしろっていうのよ……」
「ありがとうございます。そっち側から来るのを駆除してください」
管理人が指差す位置に陣取ると槍を構える。剣やメイスばっかり振るってたから、あまり槍の扱いは得意じゃないんだけど。
そう思いつつも私はロングスピアを振るう。バリケードに行く手を阻まれ、団子になって蠢くワームを次々刺していく。
魚を手製の銛で突くよりも簡単だ。魚は避けるがワームは避けようとしない。
こいつらの好きな匂いと管理人は言ったが、いったいどんなものを撒いたのだろうか。ワームの集まり具合を見るに、非合法的な成分が混じってそうで怖い。
しばらく無心でワームを突いていると、
「いやあ、白騎士と肩を並べてモンスター退治なんて光栄です」
ロングスピアを振るう手が止まる。
「私のこと、知っていたの?」
魔法の明かりで照らされる管理人の横顔には、笑みが見て取れた。
「貴女、有名人ですから。白い髪の女神殿騎士。噂では聞いてましたけど一目見た瞬間にビビっと来ましたよ」
まあ別に隠すものでもないからいいけど……。ラグナデナンから遠く離れているのに私の噂が届くなんてちょっぴし驚いたけど。
「噂だとトロルも道を譲るほどの筋肉もりもりマッチョマンのバーサーカーって印象でしたけど、実物は可憐なお嬢さんですね」
「おい待て。私の噂っていったいどんな内容なんだコラ」
絶対悪意を持って流しているだろその噂。
おのれ、こんな麗しい美女をトロルかミノタウロスみたいに言いやがって。絶対に許さん!
「おっと、レティさん」
「何よ?」
こちらを見る管理人の表情が引きつっているが、多分気のせいだろう。何もビビる要素なんてないもんね。
……ね?
「あのぅ、めちゃくちゃお怒りなところ大変恐縮なのですが、もう少し頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」
「ああん?」
なぜかとても丁寧な言葉遣いをする管理人。不思議だなあ。
「あそこに一際大きいのいるのわかります?」
管理人が指差す先を私は目を凝らして見てみる。
たしかに。他のより大きいワームがいる。トロールくらいの大きさをひと際の一言で片づけるのは良いかはわからないが。
あと顔の周りの突起というか、形状が若干違っていてさらに特別感を出している。
で、そいつがどうしたというの?
「あれ、ここらのワームの生みの親なんです。便宜上、クイーンとでも言いましょうか。あいつを倒さないとワームは増える一方です」
……ワームの生態ってそんなだっけ?
「はあ……クイーンね。それは大層なお名前で」
私が首を傾げていると、さらっととんでもないことを管理人は言ってのけた。
「あれの駆除を速やかにお願いしますね」
…………。
え。
……マジ?




