第十七話 ドラゴン
「というのは建前。100パーセント私の趣味ですわ!」
「へ?」
あれれ?おかしいな?
教会の歴史編纂室とか出てきたし、なんだかとっても堅苦しい話になりそうだなと思っていたら一転したんだけど……。
リリアーヌさんは椅子を蹴倒して立ち上がると両腕を大きく広げる。
さらにはおっきな瞳をキラッキラに輝かせ、
「太古の昔に存在したドラゴンと呼ばれるスゥゥパァァかっちょいい伝説の生き物!だって空を飛んで火を吐くんですのよ!くぅぅぅぅぅっ!それが本当はどんな姿でどんな形で古き人間どもと関わっていたのかを知る!まさに浪漫んんんんっ!」
…………。
さっきとは別の意味でドン引きしてしまった。
たとえるなら……そう、男子児童が魔剣について語るかのような熱さを感じた。
もしやこの人、けっこうアホなのかもしれない。
『レティ、こやつ大丈夫なのかや?』
ずっと静かに漂っていたアーニャですらたまらず訊いてきた。
んなもん私にも分からん。さっきまでの淑女みたいなリリアーヌさんはどこにもおらず、鼻息荒く自分の趣味をさらけ出す女児しかいない。
あー……ドレイクさんが制止もせずにじっと佇んでいることから、もしやいつものことなのかもしれない。
まさかとは思うけど。歴史編纂室が協力しているとのことだが、単にドラゴンについて語りたい者同士のたまり場になってるんじゃないだろな……?
「おっと失礼。熱くなってしまいましたわ」
ようやく落ち着きを取り戻したようで、リリアーヌさんは居住まいを正した。
いやまあ……うん。趣味があることはいいことだと思います。ハイ。
「あとで私のオリジナルなイラストも見せてあげますわ」
「いや、別にいいです」
丁重にお断りをしておこう。なんだか一日中拘束されそうな気がしたから。
でもまあロマンか。悪くはない響きである。
「レティシアさんは浪漫を感じることはなくて?」
あのぅ、隙あらば沼に引きずり込もうとしてません?
「……ドラゴンの骨には……感じないですね。本当にいたかどうかも分かりませんし」
「――まだいるとしたら?」
リリアーヌさんはぽつりと言う。
「高度な魔法を以って、人に紛れて生活しているとしたら?」
それにはさすがの私も笑ってしまう。よっぽどこの人はドラゴンのことが好きで仕方がないらしい。彼女の妄想の話をされても返事に困る。
ちらりとドレイクさんを見ると、申し訳なさそうな顔をしていた。どうやら止めてくれそうにはない。
私は少し考えこみ、
「それこそないでですって。もしリリアーヌさんの言う通りだとすると、あんな骨を前にして居ても立っても居られないはずです」
「どうして?」
「自分たちは滅んでいない、自分はまだ生きている、自分たちを忘れないでくれ――そう主張すると思うんです。だから、もういないと思います」
あくまでドラゴンという生き物が存在していて、あの骨群がドラゴンとして、という前提の話だけどね。
「そもそも別の生き物の骨かもしれませんし。あーでも、見る目は少し変わりそうですけど……今んところ……」
「あら残念ですわ」
言葉以上にあからさまにがっかりするリリアーヌさん。まるで手で絞った後の雑巾のような表情をする。
「あ、でも他の人なら感じるかもしれませんよ!うん!そう。そうなんです!私がロマンを感じるのはコカトリスレースくらいなんで!」
慌てて言い繕う私をアーニャがジト目で見る。
『運命力を試すのではないのかや?』
ええい!細かいことを気にするんじゃない!
「あらコカトリスレースを嗜むのですか?」
一変、リリアーヌさんはさっきまでのお嬢様感を取り戻す。まさかコカトリスレースに食いついて来るとは思わなんだ。
「まあ。少々……」
「となるとリューハイムでは是非ともレースを観戦なさってくださいね。ラグナデナンよりレース場は大規模なんですの」
なぬ⁉それは聞き捨てならん!久しぶりに私の運命力を試さなくては!主に仕える神殿騎士として!
リリアーヌさんはニコニコしながら両手をポンと合わせると、
「ついでにレース場にお越しになるときは、うちの鳥に賭けてくださいね」
……ん?
なんだかトンデモないワードが聞こえたような気がした。
「うちの……鳥……ですか?」
「ええ。うちの鳥ですわ。長い直線が得意なんですの」
鳥主なのか……この人。たしかコカトリスレースの鳥って家一軒くらいの値段なんだけど……。
やっぱりお金持ちの考えることはよくわからん。
私はティーカップを傾け、最後の一滴まで飲み干したのであった。
リリアーヌさんたちはあの場で調査をするというので、お礼だけ言って私は先へ行くことにした。
ただ、街道をそのまま行くのではなく、ちょっと寄り道をする。
丈の短い草が延々と続き、巨大な骨が鎮座する合間を縫って歩いている。
時間はかかるけど今はそういう気分である。
頭上からアーニャのくすくすという笑い声が降ってきた。
『あのドラゴン大好き小娘の影響かや?』
かもしれない。
気だるげに顔を上げると気を利かせたつもりか、ふわふわと目線の高さまで降りてきた。
『そうかそうか。では、わっちも多少つきあってやろう』
私の半歩前を漂うアーニャだが、ここをしみったれた場所と言う割には視線をいろんな方向へ忙しなく向けている。
がっつり観光を楽しんでいるように見えるのは気のせいか?
ふと彼女の視線が止まる。
『のうレティよ、あれは何かや?』
そう言って指差したのはドラゴンの骨とはまた違う、子供の背丈ほどはあるだろう石の塊だ。
不思議なことにその石の周囲数メートルの窪地には草が一本も生えておらず、剥き出しの土であった。
「あーあれね。石碑ってやつね」
ここにリリアーヌさんがいたら正確な答えを返してくれたかもしれない。いない人の話はさておき、私はアーニャを伴って石碑へと近寄る。
竜の背骨には骨だけでなく、こういう剥き出しの地面から生えた石碑がいくつかある。これもそのうちの一つだ。
ほらこっち、とアーニャを手招きする。石碑の片側に回ってみれば文字が一面に彫られている。
『ほぅ、碑文じゃな』
「そそ。全部の石碑にこんな感じで書かれてるらしいよ。でも、何が書かれているかは誰もわからないんだって。だから正式にはどうか知らないけど、巷じゃドラゴン語で書かれているって言われてる」
このドラ語、ここらへんで使われている文字の体型とも違うし、南方の異教徒や北の蛮族たちが使っていた文字や言語とも一致しない。とことん謎の文字だ。
いったい誰がどういった理由で建てたのか、あと何が書かれているのかは長年の謎である。
アーニャは腕を組んでじっと石碑を見つめる。時たま顎をなで、うむむと小さく唸っている。
「何やってんのよ。どうせ何かいてるのかわからないんだし、さっさと行くよ」
『読めるぞ』
ん?読める?
『うむ。わっちならここに書いとることがわかりんす』
石碑に難しい顔を向けたままアーニャは言う。
えー……ほんとぅ?
半信半疑どころか疑惑の目をアーニャに向ける。私が読めないのに私の幻覚がドラ語を読めるってどういうこと?
『だからわっちはアークデーモンじゃと言うておるじゃろうが。まあ確かに、人間どもが誰も読めんというのはわからんでもないのう』
振り返り、うんざりしたように訂正してくるアーニャ。まあそこら辺の真偽はさておき、だったら何が書かれているか教えてもらおうじゃないの。
『うむ。まあわっちも学がある方じゃないんでな。大雑把な意訳とでも思ってほしい』
「わかったわかった。どうせ話半分にしか聞かないから。で、なんて?」
若干わくわくしつつ私は催促する。アーニャはコホンと咳払いをすると、
『簡単に言うとじゃな……喧嘩に負けて悔しんす。次は絶対にぶっ倒すから首を洗って待っておれ』
「はい?」
ちょっと意味が分からない。つまり……どういうこと?
『つまり、石碑いっぱいに恨みつらみが書いておるの。よっぽど女々しい奴じゃな。こんな石碑を残されてはこっちが恥ずかしくなるのう』
アーニャはカカッと笑う。
「いや、笑い事じゃなくて……そんなしょうもないことしか書いてないの?」
『うむ。他のはどうかわからんが、これはそうでありんす』
身もふたもなくアーニャは肯定した。
何というか……もしそれが本当だとするとドラ語は永遠に謎のままの方が良いのでは、とさえ思えてくる。
少なくともリリアーヌさんが知ったら卒倒しそうな内容である。
結局ロマンはロマンのままにしておいた方がいいってことか。
その時だった。
「――その石碑を読んだのか?」
突然、背後から声をかけられたのは。




