第十六話 骨か遺物か
はたと気づけばドラゴンの巨大な骨が転がる草原の真ん中に、椅子とテーブルがそろっていた。
暖かな薄黄色のテーブルクロスの上には、見るからに高そうな白いカップが二人分。おそらく陶磁器。
リリアーヌさんはすでに椅子に座り、しかも真っ白なパラソルまで立っている。
ここは邸宅の庭先か何かか⁉と叫びたいのを堪え、私は編み笠とバックパックを机の脚に立てかける。恐る恐るリリアーヌさんの対面に座った。
しかも、これらの準備を執事のドレイクさんは私が視線を外した一瞬のうちに揃えてしまったのだ。
恐るべき早業である。私でも見逃してしまったぞ。
――この人、ただ者じゃない!
私が呆けた顔で座っているとドレイクさんは一礼し、
「本当なら暖かいお茶をお出ししたいのですが、場所が場所です。今朝より作り置きした水出し紅茶をお注ぎいたします」
優雅な所作でティーポットを傾ける。
カップの中には薄オレンジ色の紅茶が八分目まで注がれた。水出し紅茶なのに華やかな香りが鼻をくすぐる。
いやほんと何者なんでしょうかこの人は?
半ば驚嘆しながら私はカップに口を付け――うーん、これは美味。草原のど真ん中だというのにカフェテリアにさえ思えてくる。
リリアーヌさんは優雅な所作は言わずもがな、カップを持つ手の小指がピンと立っている。
そして次にドレイクさんが持ってきたものを見て私の目は点になる。
皿に乗って出てきたのは、真っ白な小麦のパン。
確信する。
やっぱりこの人、かなりのお金持ちに違いない。
私だってコカトリスレースで大勝ちした日にしか食べたことないぞ。こんな高級品なんて。
釘さえ打てそうな硬い黒パンの日々を過ごしてきた私にとっては、もはや毒に近い。このお茶会の後、果たして元の旅生活に戻れるだろうか……。
二頭の馬はそこら辺の草を食んでいる。御者はたまにこちらを見ながら、労うように馬にブラシを当てている。
「――レティシアさんはこれからどこに?」
話しかけられたことに気が付くまで、たっぷり十秒ほど要した。
あ、いや、小麦のパンに目を奪われていたからじゃないから。ほんと。
「教会都市レーレンに。リューハイムを経由してさらに南下するつもりです」
「あらそうなんですの。でも、あそこは冒険者が行く街ではなさそうですけど」
リリアーヌさんが不思議そうな顔をするのも無理はない。冒険者が好き好んで教会勢力の中心都市に行くほうが珍しい。
お堅い都市よりは規律の緩いほうが、自由業にとっては仕事がしやすいだろうし。
もちろん、高位のデーモンの呪いで弱体化したんで呪い除去をしてもらいに行く途中なんですぅ、なんて馬鹿正直には話さない。
『ん。誇っても良いのじゃぞ』
アーニャが耳元で囁くが無視無視。
私は再びティーカップに口を付けると、
「まあ里帰りみたいなもんです。ほら、わたしこう見えて神殿騎士なんで」
鹿皮のケープの隙間から、レイド宗教騎士団を表す白地に灰十字の紋章をちらりと見せる。
「あらあら。それはそれは厳しい里帰りになりそうですね」
と、リリアーヌさんは目を細めた。
まあ距離はちょっとあるけど、そこまで厳しい旅ではないと思う。
あ、でもリリアーヌさんの荷馬車だと大変に違いない。だって、人気のない道を行くたびに、ひっきりなしに盗賊に襲われそうだもの。
「別に二ヶ月くらいの旅路、屁でも何でもないわ」
これが全て野宿で山々や森が待ち構えている。とかなら大変だろうが、ちゃんと街道はあるし、リューハイムを始めとした都市もいくつかある。だから強がりではない。
できれば一瞬でレーレンに行けるような魔法があれば助かるのだけど。
「そういえばリリアーヌさんは竜の背骨なんか通ってどこへ?もしかしてラグナデナンですか?」
一瞬脳裏に雑多な街並みと冒険家組合が蘇る
私の質問に、リリアーヌさんはふわりと笑顔を浮かべた。冷ややかな印象が一瞬のうちに融けて消えた。待ってましたと言わんばかりである。
「ふふふ。もう着いてますわ。私の目的地はここなんです。竜の背骨」
竜の背骨が目的地⁉そんなもの好きがいるなんて……。
声には出さないけど。
「あら。今、ここが目的地だなんて物好きな人と思いましたね?」
思いがけない言葉に、ぎくりと身体を強張らせた。
……これじゃあ「はい、そうです」と言っているのと同じだ。
「ふふふ。隠さなくてもいいんですのよ。だって、これを言うたび皆さん同じようなリアクションをするんですもの。さすがに見分けられるようになりますわ」
リリアーヌさんは特に気を悪くした様子もなく、むしろより明るい笑顔を見せてきた。
なら……聞いても大丈夫そうかな?
「じゃあ、どうして竜の背骨に?草原と骨しかないですよ、ここ」
ピクニックで行くにしても微妙なところだ。周りに村も町もないし。
「……知りたいですか?」
え?
「知りたいですか?知りたいですよね!興味が湧きましたよね⁉この竜の背骨に!」
ひ……ひえええぇええええ……ッ!
リリアーヌさんはいきなり身を乗り出すと、鼻先を私の顔に押し当てんばかりに近づける。
あらやだまつげがとっても長い……じゃなくて、声も若干興奮したように上ずり気味になっている。
あと、瞳孔が開いたガンギマリフェイスなのもちょっと怖い。
突然の変わりように、さすがにさすがの私ものけ反っていると、
「リリアーヌ嬢、レティシア様が引いてらっしゃいます」
「あら申し訳ございませんわ」
すかさずドレイクさんがフォローする。リリアーヌさんは落ち着きを取り戻すと咳払いを一つした。
「草原と骨だけとおっしゃいましたが、私たちからしてみればむしろ骨があるというのが重要なのです。そうですね。あれらを骨としてみるか遺物としてみるかで別れますね」
遺物?
ちらりと横目で骨を見る。
たしかに古すぎて若干石化しかかっているけど……。よくよく考えればどえらいとこでお茶しているな、私たち。
「レティシアさんはこの骨の主をご存じで?」
「え、あー……ドラゴン……って言われてますね」
急に訊かれて一瞬どもってしまった。
「そう。ドラゴンと呼ばれる太古の生物のものです。火を吐き、空を飛び、高度な魔法を操ったとされる最強の生物。およそ……千年ほど前にいたと言われ――」
リリアーヌさんは一旦話を区切ると、唇を濡らすように紅茶をひと啜りする。
「――滅んだ。そして過去を伝える遺物として、骨と彼らを記した文献のみが残っています」
ティーカップを置き、リリアーヌさんは視線を草原へと向ける。
なるほど。それで骨と見るか遺物と見るかということか。
悠久の時を見てきたはずのドラゴンの骨は何も語らない。語らないならこちらから尋ねるまでのこと。
「それら強力な生き物がどのようにして滅んでしまったのか。教会の歴史編纂室の協力のもと、私たちは調査しておりますの」
お金持ちの道楽か何かと思えば、いやはや。まさか教会がバックにいるとは。
「はぇー……すっごい」
小麦のパンを頬張りながら、私は頭の悪い子供みたいな感想しか出てこなかった。




