第十五話 お嬢と執事
馬車を囲むのは五人組の盗賊だ。皆一様に顔に布を巻いて顔を隠している。
槍持ち二人が馬車の動きを止めて、残る三人が斧や剣を持って何やら怒鳴っている。御者は困惑した様子で、手綱を握ったままおろおろとしている。
さっきの牛車とは違い、幌付きの荷台なんてめったにお目に掛かれない高級品。
とてもお金の臭いがする!
『……レティよ』
……いや。
こんなものを護衛もなしで走らせるなんて、襲ってくださいと言わんばかりだ。なんて不用心なのだろう。
あーほんとこれは誰かが助けないとなー。お礼は気にしないけど。近くいにいる誰かが颯爽と助けないとなー。
『……おぬしは本当に民草を守る騎士かや?』と疑惑の視線を投げるアーニャ。
うっさい。
さて。見る限り、まだ血は流れていないようだ。
私は草原の方に回り込み、姿勢を低くしながら盗賊たちへ近づく。
目の前の獲物に夢中で、忍び寄る私に誰一人として気が付いていない。
勝機。
ある程度近づいたところで、私はダッシュで駆け寄る。盾を構え、メイスを引き抜いた。
そして一番手前にいる盗賊に、無警告で背中から殴りかかる。
「ぐぇ」
と蛙が潰れたような声を出して盗賊が崩れ落ちた。
そこで、ようやく馬車を襲撃した自分たちが、逆に襲撃されていることに気が付いたらしい。
「うわああああ!盗賊だあああ!」
「盗賊はあんたらでしょうが!」
アホなことを叫ぶもう一人をさらにメイスで殴って昏倒させる。
――殺気。
「とったッ!」
迫る白銀の刃。
「じょーだん!」
それを鼻先すれすれで躱す。
この盗賊、一人だけ剣を持っている。ボスかそれとも腕に自信があるのか。
「女、なかなかやるな!」
盗賊は剣の切っ先を繰り出してくるが私はそれを盾で受け流す。
「盗賊に言われてもッ、嬉しくない!」
さらに一歩踏み込む。剣の間合のさらに内側に入り込むと、メイスの柄で盗賊の腹部を突いた。
密着状態からの技術もクソもない力任せの突きで、盗賊の身体がくの字に曲がる。
残る盗賊は槍持ち二人。
実は一番厄介なのは槍持ちなんだけど、すでに三人倒されたとあっては戦意もなくなるわけで。へっぴり腰からの槍の突きなんて、駆け出しの戦士でも優に躱せる。
あとは間合に入り込んでメイスで殴るだけ。
あっという間に盗賊は全員戦闘不能となった。
『ほぅ、さすがじゃの。レベルドレインで並み以下になっておるのに』
アーニャが言うように、いくらレベルドレインによって戦闘能力がカスになっているとはいえ、盗賊に後れを取るほどしょぼい鍛え方はしていない。
腹筋は未だバキバキだ。
「あの!ロープか何か、こいつらを縛れるものってあります?」
呆けたような顔をしている御者に向かって声をかける。
しばらくして自分に向かって言っているのだと気が付いた御者は、
「ちょ、ちょっと待ってください!」
声を裏返してそう言うと御者台のすぐ後、幌付き荷台の小窓を開けた。
二、三言交わすと、すぐに荷台から別の男が降りてきた。
四十から五十くらいの寡黙そうな男性で、髪には白いものが多少なりと混ざっている。背筋も伸び、服の上からでも引き締まった体格がわかるナイスミドルだ。
私の要望通りロープと、そしてナイフを持っている。
「これを使ってください」
うーん。見た目通りの渋い声だ。
私はロープを受け取ると、昏倒している盗賊を一人ずつ縛り上げる。全員終えたところで道の端に転がしていっちょ終わりだ。
あとは通りすがりの官憲がどうにかしてくれるだろう。
では本題に入るとしようかな。
特に助けてくれなんて依頼は受けてないけど、ここは恩の押し売りでいくばくかの報酬を貰うとしよう。
実に冒険者らしいことを考えながら私はナイスミドルに向き直ると、
「危ない所を助けていただき、ありがとうございます」
今の声は私が話しかけようとしたナイスミドルではない。
女性の、凛として澄み渡る声だ。
『荷台からもう一人やってきおったぞ』
アーニャに言われて視線を動かせば、そこには若い女性が一人立っていた。たぶん私よりも年下で二十歳くらい。
『ほぅ。赤毛で快活な娘と思いきや、歳の割には目つきが鋭いのう』
アーニャが評する通り、肩まで伸びた燃えるような真っ赤な赤毛が特徴的で、しかし与える印象は髪色と異なりどこか冷たい。
上はひらひらとした服で、下は動きやすそうな革のパンツ。どこかいいところのお嬢さんといった感じだ。
「困ったときはお互い様って言うでしょ」
なるほど。交渉相手はナイスミドルではなく赤毛の彼女のようだ。
彼女は私のすぐ前までやって来ると軽くお辞儀した。
「リリアーヌと申します」
むう。かなりの美人さんだ。私も負けず劣らずだけど。
てか、何を食べたらそんなきめ細かな肌になるんだ?
「レティシアよ。レティでいいわ」
リリアーヌさんは首を横に振る。
「恩人の名前を略せませんわ。レティシアさん。改めてありがとうございました。貴女が助けてくれなければ、いったいどうなっていたことか」
有り金どころか文字通り何もかも奪われていたじゃろうな。とアーニャがゲスいことを言いながら軽快に笑う。
ええい!あんたはちょっと黙っとれい!
リリアーヌさんは不思議そうな顔をして私のことを見る。
「気にしないで。うん。気にしないで……」
「あらそう。まあ、いいですわ。本当ならお礼がしたいのですが何分私どもも旅する身、それほど持ち合わせに余裕がありませんの……」
頬に手を当て、リリアーヌさんは悩まし気に吐息を漏らした。
うーん、残念。無いものを無理やり貰おうとするのはさすがに私も気が引けるので、というか盗賊行為なので素直に引き下がるとする。
だが、それを引き留めたのは彼女の方である。
「いえ、ここで何もお礼をしないのは我が家の沽券にかかわりますわ!」
は、はあ……。沽券ですか。ちょっと呆気にとられる。
急に声を張り出したリリアーヌさんは、胸の前で両手をポンと合わせる。そして良いことを思い付いたと言わんばかりに、
「レティシアさん、お食事は済ませまして?」と尋ねた。
――旅人たるもの食事に誘われたとあれば、たとえ食べていたとしても首を横に振らなければならない。なぜなら、限りある手持ちの食料を譲ることは最大の厚意であるからだ。
古巣の宗教騎士団から出奔した際に同僚から言われた言葉である。何年も前のことだが私は今でも律義にそれを守る。
「いえ、まだです」
「あらちょうどよいですわ!ドレイク、私たちの恩人のために食事とお茶の用意を。それから馬車を道から草原の方に回してちょうだい」
「仰せの通りに」
ドレイクと呼ばれたナイスミドルは荷台から一抱えほどあるカバンを取り出し、先に草原の方へと歩いていく。
どうやらドレイクさんはリリアーヌさんに仕える執事のようだ。
「レティシアさんもこちらへいらして」
リリアーヌさんは笑顔で手招きする。
その様子はとてもじゃないが、さっきまで盗賊に襲われて馬車に閉じこもっていたなんて思えない。
とゆーか、さっき簀巻きにした盗賊たちはまだそこらへんに転がってるし。
この人、見た目とは裏腹にかなり豪胆な性格なのかもしれない。やはり金持ちのお嬢様(想像だけど)はあなどれないとゆーことか?
『で、どうするんじゃ?先を急ぐのかや?』
別に大して興味はないが一応形だけでも訊いてやろう、そんな感じがアーニャの言葉からありありと伝わって来る。
食べることも飲むこともできない彼女からしたら、わからなくもない。
とはいえ所詮私の幻覚なのだ。ちょっとくらい寄り道には付き合ってもらおう。
「んにゃ。お呼ばれするに決まってんじゃん」
私は軽い気持ちでそう答えた。それから、こちらを向いて待ってくれているリリアーヌさんに会釈をし、彼女の後を追って草原へと入る。
ただ、
私の後を少し遅れて付いて来るアーニャは、なぜかリリアーヌさんたちにずっと怪訝な目を向けていた。




