第十四話 竜の背骨
当面の目的地は、迷宮都市ラグナデナンから歩いてだいたい一週間くらいのところにあるリューハイムという皇帝都市だ。
その道中、親切な御者のおっちゃんが、途中までなら牛車の荷台に乗っても構わないと言ってくれた。これぞ渡りに船である。
しかし、だ。
この私、レティシア・モンフィスは冒険者にして神殿騎士である。
そう――騎士である!
馬ならまだしも、騎士が牛車の荷車に乗るわけにはいかない!体裁的な意味で!
というわけで。
牛車の荷台に揺られながら、私はうつらうつらと船を漕いでいた。
『いや。結局乗るのかや』
そう鋭い指摘をしたのは齢十半ばほどの少女。黒く長い髪に、ここら辺ではまず見かけない褐色の肌。
そしてルビーのような真っ赤な瞳は見る者の視線を吸い込んでしまうかのよう。欲を言えばもう少しボンキュッボーンならなあ、と思わなくもない。
先に言うが、アーニャと名乗るこの褐色の少女はただのつるぺたお子様ランチじゃない。
荷台に座る尻はやや浮いて、その姿はうっすらと透けていた。
「そりゃそうでしょ。冒険者たるもの常に体力はマジ温存しなきゃ。これだから初心者は困るんよー」
私は声を潜めて言い返す。
アーニャは私にしか姿は見えず、声も聞こえない。自称アークデーモンとかなんとか言ってるが、たぶん幻覚と幻聴だろう。
そんなのと話しているところを見られるわけにはいかない。
可哀そうな人を見るような目で見られるのはもうこりごりである。
『おぬし、都合の良い時だけ冒険者になるのう。神殿騎士の矜持はどこにいったんかえ?』
アーニャは呆れているけど、ふつーに考えてほしい。重い荷物を持って歩くのと、荷車に乗って楽するのとどちらがいいのかを!
ええ。そうでしょう、そうでしょう。言わずもがなではないでしょうか?
「矜持?そんなのバッグに詰め込んじゃった」
テキトーなことを言い私は荷台にごろんと横になる。荷物に埋もれるようになりながら見上げた。
私の瞳と同じくらい青い空が広がり、私の髪と同じくらい白い雲が流れていく。
『その言い方は傲慢よのう。ふふ。わっちらデーモンより傲慢じゃ』
「どこが傲慢なのよ。ほれ、よく見てみ。この蒼い瞳と白い髪。負けず劣らずでしょ」
私が白騎士などと呼ばれる所以である髪を、指先でいじくる。野宿が続いていたせいか毛先にかなりのダメージがある。
むぅ。どうしたものか。
『髪なんぞテキトーじゃテキトー』
「いや。そういうわけにもいかないっしょ」
髪に思いを馳せていたら牛車が止まった。
ふと視線を感じたので上体を起こして振り返る。
こっちを見る御者のおっちゃんの顔が、気味の悪いものを見てしまったなと物語っていた。
どうやら知らず知らずのうちに声が大きくなっていてたらしい。私とアーニャの会話を聞かれてしまったようだ。
「あー……冒険者サンが言っていたのはこの分かれ道だな。竜の背骨はあっちの方向だ」
どこか白々しい説明口調で分かれ道を指差した。一面に広がる丈の短い草、その真ん中を二股に分かれた道が通っている。
言い訳する暇ももらえないようだ。
誤魔化すように愛想笑いを浮かべ、私は荷物をまとめた。そして荷台から降りると、お礼を言う。
「強く生きるんやで……」
そう言い残しておっちゃんは逃げるように牛車を走らせた。
……なんだろう。
悪いことしていないはずなのに、めっちゃ罪悪感がある。
『これがレベルドレインの本領じゃ。わっちを貫いた罪を思い知るが良い』
うるさい。このつるぺたお子様ランチめ!
私は無責任に無い胸を張るアーニャを左腕でぽかりと殴る。もちろん実体がないのですり抜けてしまうのだけれど。いくらダンジョン産の義手でも幻覚は殴れないのだ。
『ほれ、冒険者なら己の二本の脚で歩くが良い』
……歩かない奴に言われたくないんだけど。
道の真ん中でぽつんと立っとくのも嫌なので、ため息をつきつつ草原の中の道を進む。
木々もないので見晴らしも良く、風が心地いい。これがピクニックならとてもいいだろう。牛車の楽さも手放したくなかったけど。
しばらく歩いていると、周囲の様相が変わってきた。
基本的にはずっと草原が広がっているのだが、ある所から異様なものが鎮座するようになる。巨大な白い物。
アーニャは私が背負うバックパックに腰を下ろした。顔は見えないが観光客独特の、心が逸る表情を浮かべているに違いない。
『巨人の指は教えてもらわねばわからんかったが、これはわかるの。背骨。要するにここにあるもの全て骨か』
竜の背骨。
ラグナデナンからリューハイムへと繋がる街道にある一部の地域のことを、旅人はそう呼んでいる。
その草原の中を貫くように伸びる街道には、巨大な骨がいくつも地面の上に露出している。人や家畜やそこらのモンスターなんて目じゃないほどの大きさだ。
今アーニャが見ているものは、頭から尾の先まで十メートルを優に超えている。肋骨はまるでトンネルのようで、人一人が立ったまま通れるほど。
これらほぼ石化した骨たちは、大昔にいたとされるドラゴンと呼ばれる生き物のものと言われている。
あの空を飛んで火を吐くでっかいトカゲのことだ。
『本当かや?』
「さあ。知らない」
もちろん大昔のことなので真偽は不明だ。でも、頭骨は細長いし、爪っぽいものもあるし、尻尾もある。明らかに腕ではない骨があったりする。
少なくとも大昔にトロルやオーガよりもっと大きな生き物が、この地上をのっしのっしと歩いていたのは確かだ。
『まあドラゴンの真偽はどうでもよい。わっちはなんだかこの骨は気に入らん。しみったれた空気は気に入らん。さっさと去りんす』
ちょっぴり不機嫌そう。
意外だ。てっきり巨人の指みたいにウキウキで観光するものだとばっかり。
ふーん。
「残念でした。この道めっちゃ続くから。背骨もずっとあるから」
ふぁ⁉とアーニャが間抜けな声を上げて飛び上がる。
『……聞いとらんぞ』
「おいおいおい。幻覚にいちいちお伺いする必要はないんだもん。ちなみに今さら迂回なんてできないんでよろしく」
『むぅ。嫌がらせかと思うたわ』
アーニャは頬を膨らませて視線も合わせない。
たかだか骨が気に食わないだけで面倒な幻覚サマである。でも、彼女の言う通りどこかしみったれた、物悲しいような雰囲気は辺りに漂っている。
だからだろうか。あんまし旅人や冒険者がこの道を使いたがらないのは。
『レティ』
でもそれはそうとしても、どうして私が幻覚のご機嫌とりをしなくちゃならないのか。おかしな話である。
『のう!レティ!』
「うっさいうっさい!聞こえてるって!」
『あれを』
アーニャが指さす先、目を凝らしてみれば小さな人だかりがある。路上販売に群がる旅人――ではないようだ。
どうやら、ただごとではない雰囲気なのは確かみたいだ。
私は気配を殺しながら、なるべく速足で近づいていく。
御者が乗った二頭立ての馬車が一台、幌付きの大きくて豪勢な荷台を引っ張っている。
それを囲むのは人相の悪い男たち。手に槍や斧を持って今にも襲い掛からんとしている。
ああ、なるほど。これはどこからどう見ても――
「盗賊だーッ!」




