第十三話 悪夢覚めて
私はストームブリンカーを構えてグレーターデーモンと対峙した。
グレーターデーモンも、目の前に立つ私が自分を滅ぼそうとする者だと察したようだ。
突き刺すような敵意と、飲み込まれるようなプレッシャーが襲ってくる。
それでも、仕掛けたのは私が先だ。
一気に距離を詰めてストームブリンカーを振り下ろす。
私の必殺の一撃を、グレーターデーモンはグレイブを交差して受け止める。魔剣同士がぶつかり合い、相互に魔力干渉を起す。
私はこのまま押し切ろうとストームブリンカーを握る腕に力を込め――呪詛が聞こえた。
とっさに私は大きく後ろへ跳んだ。瞬間、先ほどまで私がいた地面がばっくりと抉れた。不可視の衝撃波を放ったのだ。
グレーターデーモンはタイミングをずらしつつ左右からグレイブを振るう。
一撃目を弾き、二撃目を弾く。剣を通してびりびりと振動が走る。
さすがに人とデーモンとでは技量云々の前に、腕力に差がありすぎる。刃の軌道を反らすので精一杯だ。
私は歯を食いしばり、グレーターデーモンの猛攻を耐える。
――さて。
デーモンを相手する際に最も効果的な事は何か、と聞かれたら?
私はこう即答する。
度胸。短期決戦。意表を突く。
串刺しにせんと振り下ろされるグレイブの刃を掻い潜り、私はグレーターデーモンの間合いのさらに内側へと飛び込んだ。
サーコートが裂け、チエインメイルが削れる金属音が聞こえるが些細なことだ
目と鼻の先にグレーターデーモンの赤い目があった。
この距離で長柄は振れまいッ!
片目を瞑り、私は早口で呪文を唱える。
神殿騎士は修道士にして騎士である。神聖魔術を使えないわけがない!
「聖光!」
至近距離から神聖魔術をグレーターデーモンの鼻先へと放った。
アンデッドなら一撃で消滅させることができる聖なる光が、ダメージは通らなくてもグレーターデーモンの視界を一瞬奪う。
私も片方の視界が白く染まるが、そこで瞑っていたもう一方の目を開けた。
光の残滓の中、そこには目を灼かれ無防備な胴を晒すグレーターデーモンの姿。
漆黒の切っ先が魔術的な弧を描く。
確かな手ごたえを感じた。
腹を大きく薙がれ、どす黒い血を吹き出しながら、上下に分かれたグレーターデーモンは仰向けに倒れる。
まだだ!
さらに私は倒れたグレーターデーモンの首目掛けてストームブリンカーを振り下ろす。
血反吐をまき散らしながら、頭が投石機の弾丸のように吹き飛んだ。
別に恨みつらみがあるからではない。デーモンの、しかも上位の個体の生命力は侮れない。
こうでもしないとグレーターデーモンは復活しかねないからだ。
肩で息をする私のもとに、アーニャが寄ってきた。どこか物悲しそうな横顔だ。
彼女は死骸を見下ろしながらぽつりとつぶやく。
『人間にこき使われるとはデーモンの名折れじゃ。このバカ者どもめ……』
彼女らには彼女らの道理があるのだろう。あえて私は口を挟まない。
そうこうしているうちに、グレーターデーモンの身体が変色し、灰化していく。異界の住人は、たとえ死骸であってもこの世に残ってはならないらしい。
ただ、彼が使っていたグレイブのみが残るだけであった。
これで目下の障害は全て取り払った。
ストームブリンカーを仕舞うことなく私はゆっくりと顔を向ける。
ダグラスがひっ!と息を呑んだ。
私とアーニャは、肩を貫かれて動けないでいる彼に歩み寄る。
手を伸ばせば届く距離。
ストームブリンカーをまっすぐ振り下ろした。
地面を転がっていたデーモン召喚の壺が、いとも容易く真っ二つに割れた。
元凶は破壊した。これでもうデーモンとその眷属は呼べまい。
私は倒れないようストームブリンカーを地面に付き刺した。そして両の手で無理やりダグラスを立ち上がらせる。
ぎゃっ!と短い悲鳴。肩から血が吹き出ようが今さら関係ない。
私は右手でダグラスの襟首をつかむと、その鼻っ面を義手で殴りつけた。およそ人とは比較にならない硬さの拳で。
重く、水っぽい音が響いた。
私はさらに左拳を引き、
殴る。
殴る。
殴る。
翡翠色の義手が真っ赤になるころには、ダグラスの顔は見るも無残な有様であった。
「た、たしゅけ……」
血と涙を流しながらダグラスは命乞いをする。
「とどめは、刺さないから」
そう言い切り、私は襟首を離した。
呆けた顔をして尻餅をつくダグラス。
一瞬でも助かると思ったのかもしれない。
「神殿騎士は慈悲深いの。でも邪教徒は別。特に悪逆非道の限りを尽くした邪教徒ならなおさら」
私はストームブリンカーを引き抜き、そのまま数歩下がった。
「そして、貴方の罪を裁くのは私の仕事じゃない」
ダグラスの目が大きく見開かれた。独りでに、歯がガチガチと金物のような音を鳴らす。
私が下がるに合わせて前に出る者たちがいたからだ。
手に手に鍬や棒を持ち、夫を妻を子供を親を大切な者たちを失った村人たちがダグラスを囲むようにゆっくりと迫る。
憎悪、憤怒、怨嗟、悲哀。
負の感情が、村人の数だけ湧き出てくる。
私は微笑む。
それは、およそ神の使徒とは思えない微笑であったに違いない。
「そんなに腫れた顔じゃ、ろくに魔法も発声できないでしょ?」
ダグラスは震えながら、しかし金縛りにあっているかのように身じろぎ一つできない。
怯えた様子で私を見て、何か言おうと口を開け――
それを村人が鍬を振るって黙らせた。
身の毛もよだつ叫声。
私は捨てた鞘を拾うと、ストームブリンカーを戻した。
顔を上げる。
そこにはアーニャの姿があった。
月光に照らされるアーニャは、とっても幻想的でため息が出るほどキレイ。
身体が鉛のように重い。私はその場に腰を下ろすと小さく息をついた。
暗黒神官の絶叫は、一晩中途切れることがなかった。
次の日、私とアーニャは丘の上に立っていた。コボルトを倒し、ヨンパの村を見つけたあの丘上である。
雲が風に流され、私の瞳と同じ色の空が現れては消える。
一夜経ち、私の左腕はあれから動くことはなかった。そして、ストームブリンカーも抜けなくなっている。レベルドレインが再び私の身体を蝕んでいるのだ。
「後味が悪い……」
ぽつりとつぶやいた。胸のうちにとどめておくことができなかった。
『そうじゃな』
アーニャは私に寄り添うようにして立っている。彼女のつま先は地面から少しだけ離れていた。
『ああいう輩はいっぱいいるのかえ?』
わかり切ったことをアーニャが訊いてくる。
「いっぱいいるよ」
『そうか、そうか。そうじゃな……うむ。できる限り多く倒したいの』
デーモンと同意見っていうのはなんだか癪に障る。
でも、
「そうね。倒したいね」
編笠を被りなおし、私は頷く。
彼は安心して眠れているのだろうか。できることならもう一度会って尋ねてみたいが、それはもう叶わないだろう。
巨人の指が、その名前に負けないほど長く大きな影を、森の上へと伸ばしていた。
私たちは丘を後にする。旅はまだ始まったばかりなのだ。
二章終わり




