第十二話 白騎士
「なんだその剣は……?」
ダグラスの視線は黒い刃に飲み込まれ、その言葉尻は震えていた。
神殿騎士が持って良い魔剣ではない――昔、誰かが言ったのを覚えている。
私は逆だと思う。
こういう混沌とした武器こそ、神の使徒である自分たちが治めるべきなのだ。
ストームブリンカーを両手で構える。切っ先は低い位置に、身体を僅かに前傾姿勢にする。
アーニャが顔をしかめて自分を貫いた剣を見ている。
ストームブリンカーが抜けない魔剣と呼ばれるには理由がある。
この魔剣は使用者を選ぶのだ。
並大抵の人間ではこの魔剣を引き抜くことができず、できたところで技量が伴わなければ全てのスキルを引き出すことができない。
故に抜けない魔剣。
レベルドレインの影響下にある私では、この剣を抜くことすらできなかった。
しかし、今は違う。この瞬間は違う。
私は今、この魔剣のすべてのスキルを引き出していた。
地面を蹴った。
『あいかわらず、早いのう』
どこか懐かしそうにアーニャが言い終える頃には、
眷属二匹の首が、闇夜に高く舞っていた。
名前の通り、嵐が瞬いたかのよう。
「ま、待て。今のはな――」
状況を理解できていないダグラスが叫ぶが、遅い。
私はレッサーデーモンの間合に飛び込んだ。
さすがにデーモン、反射的とはいえ眷属とは違い風を切る音と共に二股の槍を繰り出す。
が、私は半身をひねるだけでそれを躱すと、逆に槍の柄を義手でつかんだ。
虫の羽音のような重低音。
私の魔力を燃料に、義手が人を超える握力を吐き出し、握り潰し、いとも容易く槍をへし折った。
槍の穂先を投げ捨てる。
次の一振りで、レッサーデーモンは上体と下半身とが真っ二つに分かれていた。
呻き声すら上げることなく袈裟懸けに斬り捨てられたデーモンは、噴き出す自分の血に沈んだ。
私はストームブリンカーを、重量を感じさせることなくぴしゃりと振るう。刃には一滴の血も残っていない。
「小娘一人を引き裂くのに……なんだっけ?」
私は薄く笑う。
ダグラスは一歩後退ろうとし、背中が祭壇に当たった。
私とデーモンが交差する間、無意識のうちに二歩も三歩も下がっていたことに、彼は今ようやく気が付いたようである。
「き、貴様……思い出したぞ。思い出したぞ!」
怨嗟にまみれた様相で、ダグラスは失礼にも私のことを指差した。
「その白い髪、その黒い魔剣……!そうか、どうりでか……。貴様ッ、ラグナデナンの白騎士だな⁉」
誰が呼んだか、迷宮都市ラグナデナン最強の神殿騎士。
“白騎士”レティシア・モンフィスを前に、暗黒神官は絶望の色を濃くさせたのであった。
揺らめく松明の照り返しが、ストームブリンカーの黒刃をより一層映えさせる。
「ご名答。ラグナデナンの外なのに、私も意外と有名人みたいね」
暗いダンジョンでは私の白髪は良く目立つ。どうやら私の戦いを見た人には、この白さがとても印象に残るらしい。
故に白騎士。
「どうして貴様がこんな辺境の村なんぞに……」
「さて、一体どうしてなんでしょうね」
そう言って私は斜め上を見る。
アーニャは微笑み、しかしぷいと顔を背けた。
私はストームブリンカーの切っ先をダグラスに向ける。
「ほれ、ご自慢のデーモンは全て倒したんだから、降参する?降参よね」
ダグラスは自身に向けられた切っ先を、それから抱える壺に視線を落とす。
うーん。どうやら、白旗を上げる気はまだなさそうだ。
「まだだ、まだ終わらんぞ!」
案の定ダグラスは咆えると、再びデーモン召喚の壺を発動させる。
正直、今の私にレッサーや眷属など何匹向かってこようが敵ではない。
しかし、これ以上暗黒神官の相手をするのも癪だし、なによりヤケを起して村人に襲い掛かっては元も子もない。
私はストームブリンカーを構え直すと、召喚されるよりも先にダグラスの首を落とそうと――
「来たれ、遥か異界の地より、我が血の盟約のもと門をくぐりて顕現せよ!」
詠唱だと⁉
さっきのレッサーデーモンとは異なる召喚方法に思わず足が止まった。
その間に、壺より物理法則を無視して“それ”が這い出てきた。
レッサーデーモンよりもなお大きく鈍重な人型だ。オオトカゲに似た爬虫類の頭部に、四本の剛腕。
その腕二本ずつで怪しげな魔力の輝きを放つグレイブを握っている。
血のように真っ赤な双眸が私に向けられる。
「グレーターデーモンを召喚したの……?」
一口にデーモンといっても、レッサーとグレーターの間には犬と狼ほどの差がある。
魔力、知力、腕力、そして生命力とそのどれもがレッサーデーモンを優に上回るデーモンだ。
ダンジョンにおいて、こいつを討伐するには一流の冒険者が集まったパーティーではないと無理だ。冒険者からしたらそれほどの難敵である。
そして、グレーターデーモンなど、暗黒神官が召喚できるデーモンの域を超えている。
「いかに白騎士とはいえ一人でグレーターに敵うものか!」
ダグラスは勝ち誇ったように言う。
「残念。こちとらアークデーモンを倒してんのよ」
そう強がってみたはいいものの、まずは相手の様子を窺う。
レッサーや眷属のように、すれ違いざまに一刀で斬り伏せるなんて真似が通用する相手ではないのは明白だ。
気合を入れなおさなきゃ。
「行け!グレーターデーモンよ!デーモンの恐ろしさを見せつけてや……」
勢いづくダグラスの言葉が途中で途切れた。
いつの間にかグレーターデーモンが私の方ではなく、ダグラスをじっと見つめていたからだ。いかに召喚者とはいえ本能的な恐怖を感じたのだろう。
「ど、どうした……?」
返事は言葉ではなく、グレーターデーモンの太い腕がダグラスを薙ぎ払った。手加減は一切ない。
吹き飛んだダグラスは祭壇を巻き込んで、倒しながら悲鳴を上げる。
割れた祭壇の木片が彼の肩口を貫いていた。じわりじわりと赤く染まっていく。
アーニャはダグラスを指差し、カカカッと軽快に笑う。
『あやつ、とうとう制御に失敗しよった!あのグレーターデーモンは召喚者の言うことをもう聞かぬぞ。レティ、無垢の村人を守りたければさっさと片付けるがよい』
「りょーかい」
アーニャが言うなら確かなのだろう。大方、うるさかったから羽虫を払うようにダグラスを黙らせた、といったところか。
それにしても、自称アークデーモンが同族を「さっさと片付けろ」なんて言うとはいやはや。
だけど、不思議と意外には思わなかった。
おぬし、ではなくレティ……か。
なんだかんだで私も気に入られているようである。
ほんと、迷惑な話だ。
幻覚のくせに。
でも、こんな状況だというのに――自然と口元に笑みが浮かぶ。
相手にとって不足なし。いっちょ揉んでやるとしますか。




