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第十一話 魔剣ストームブリンカー

 途切れ途切れな薄雲の空の下、迫真の表情でダグラスが命を下す。


 しかし、


 レッサーデーモンと眷属はぴくりとも動かない。


 いや待てや。

 あれほど自身満々に言っておいて制御失敗してるじゃない!


 おかしいな?調子悪いんか?と首を傾げながらダグラスはデーモン召喚の壺をぺちぺちと叩く。

 たぶんだけど、そんなことしても直らないぞ。


「おいどーしたデーモンども?ニートか?ニートさせるほど俺に余裕ないぞ」


 遠目に見ても分かるくらい額に汗を滲ませてダグラスはデーモンたちに声をかける。

 マジで故障なら、待っているのは召喚者に牙を剥くデーモンたちである。

 それはそれで無差別に襲い掛かるからヤバい。

 いったいどうなってんの?


『いや、襲ってこないというわけではない。襲えないんじゃ』


 まるで私と並び立つように浮かぶアーニャが、腕組をしながら解説してくれた。


 ますますわからない。

 要するに、なんで?


『あ奴らは戸惑っておるんじゃ。おぬしの中にわっちの気配を。アークデーモンの気配を感じておる』


 あーなんとなく言わんとしてることがわかってきたかも。

 つまり、自分たちより格上のデーモンであるアーニャ(私)を恐れているってことね。


「じゃあ、もしかして戦わなくて済みそう?」


 アーニャは首を横に振って私の甘い幻想を粉々に粉砕する。


『んにゃ。あ奴ら眷属は馬鹿じゃからな。そんな気配など気のせいだと思ってすぐに襲って来んす』

「……じゃあレッサーの方は?」

『あ奴も戸惑っておるの。じゃが、直に襲って来んす』


 なんでよ?


『眷属よりは賢いからの。おぬしがアークデーモンではないとすぐに理解するからじゃ』

「ダメじゃん!」


 んぬ、と頷きアーニャはちょっとバツが悪そうにする。


 もとより戦うつもりだったし、そんなに気にはしていないけどさあ……。

 結局誰かがこの世界に呼び出された異物を駆除しないといけないのだ。適役は私しかいないだろう。


 そうこうしているとアーニャが言う通り、レッサーデーモンと眷属が息を吹き返したかのように急に動き出した。

 眷属二体を前衛に、Vの字を形作るように私へと向かってくる。


 さて、そろそろ腹をくくらないといけないようね。

 私は左腕に視線を落とす。

 革手袋と袖の合間から翡翠色が垣間見える。

 この義手でどこまでいけるかはわからないけど――


『のう、レティ』


 改まったようにアーニャが話しかけてきた。


「何よ。忙しいからお喋りは後にしてくれる?」


 アーニャはふわりと私の前に立つと真剣な表情で真っすぐ見てくる。


『逃げるんじゃ』


 そんな言葉、一体だれが想像しただろうか。


「え?」


 思わず訊き返してしまった。


『おぬしにかかったレベルドレイン、忘れたわけではなかろう?』


 アーニャが言う通り、今の私の戦闘能力は全盛期には遠く及ばない。


 アークデーモンが滅びる間際にかけた呪いによって、戦士としての腕は並みかそれ以下だ。つまり、眷属と一対一で戦えるほど強くはない。レッサー相手ならなおのこと。

 しかし、それを自称とはいえ当の本人が言うことなの?


『おぬしはこの村と何の関係もないんじゃ。逃げたところで誰も文句は言うまい』


 おかしなことを言う幻覚である。


「じゃあそこまで言うなら解除してよ。そしたらすべて丸く収まるんだけど」


 もちろん私の教会都市へ行く、という目的も。

 アーニャは苦虫を数匹まとめて噛みつぶしたような顔をし、それはできんと呻くように言う。


「なら、無理な話ね」

『おぬしは、命が惜しくないんかえ?』


 なおもすがるように言うアーニャ。

 思わず乾いた笑いが出た。


「この際だから自称アークデーモンの幻覚サマに教えてあげるわ」


 私は迫りくるデーモン、そして暗黒神官をメイスで差し示す。


「邪悪を前にして神殿騎士に後退の二文字はないの。それに、神殿騎士じゃなくても逃げたりなんかしない。助けてくれと懇願する人をむざむざ見捨てるほど、人間ってのは冷酷非情にはなれない」


 昔聞いた言葉が、私の中で幾度となく流れる。

 私は一歩踏み出した。すれ違うアーニャの横顔。


「人の本質は誰かを守るために戦うこと。そのためなら不可能でも可能にできるわ。だからこそ、人はアークデーモンを倒せた。忘れたの?」


 雲の切れ目から光が伸びる。私の影はまっすぐデーモンたちに向かって伸びた。


 それに今日は――眩しいほどに満月だ。


 呆気にとられたようにアーニャは目をまん丸にしていた。

 次第に、

 くふふ、とアーニャの形の良い唇から吐息にも似た笑いが漏れる。


『……そうじゃな、そうじゃな。わっちとしたことが、どうやら長く生きると物忘れが激しいようじゃ。愚かな人間よ、わっちにその思いの強さとやらを見せてくりゃれ』


 まったく、どうしてこの世のものではない輩はこうも人間を舐めるのか。棒で叩かないとわからないのかしら。

 そもそも、この私が無為無策なわけがない。

 だから、見せてあげる。


「どうした一人でぶつぶつと。命乞いでもするのか?」


 ダグラスが口の端に卑しい笑いを浮かべる。


「冗談。あんたのツキのなさを笑っていたのよ」


 私はメイスを放り投げた。

 次に左腕に固定した盾の金具を外し、その場に落とす。

 ダグラスが不審な表情を向ける。次々と武器を捨てる私がいったいどういうつもりなのかわからないようだ。


 私は両手を広げて全身で月の光を背負う。


「暗黒神官サマならお忘れではないでしょうに。満月の夜はデーモンの魔法が弱まることくらい」


 それは――レベルドレインも同じこと。


 私は空を指差した。

 ダグラスがつられて視線を動かす。

 雲の隙間から垣間見えるのは煌々と輝く丸い月。そこには一片の欠けもない。

 一瞬だけ、ダグラスの表情に影が映った。


「それがどうした?小娘一人引き裂くのにデーモンの魔法が必要とでも?一匹の狼相手に軍隊を出動させるわけもあるまいて」

「あら残念。神殿騎士なら一匹の邪教徒相手に宗教騎士団全軍を動かすのに――」


 一瞬、この世から音が消えた。


 そして不協和音。


 この世に非ざる軋む音。


 私の左腕がビクンと跳ねた。

 狂ったようにすべての球体関節が独りでに動き出す。


 ダグラスはギョッとし、次いで気味の悪い物でも見るかのような目を左腕に向ける。

 私は窮屈な革手袋を外した。袖を乱暴に捲り上げる。

 月明かりに照らされて翡翠色の無機質な義手が露になる。

 その義手が月光によってではなく、それ自身が淡い光を放っている。乾いていた魔力が満ちていく。


 今宵は満月。


 アークデーモンの呪いが弱体化したことで、私を戒める鎖はなくなった。

 今、私はレベルドレインの影響から脱しているのだ!


「今日この日に、私と出会ったことを後悔させてあげる」


 背負っていた魔法のグレートソードを正面へと持ってくると、私は一思いに鞘から引き抜いた。

 投げ捨てた鞘が地面を跳ねた。

 現れたのは漆黒の剣身。

 そこにはびっしりとルーン文字が刻まれ、魔剣と呼ぶにふさわしい禍々しい魔力の光を放っている。

 混沌を法で制した剣。


 人はこの剣を、抜けない魔剣ストームブリンカーと呼ぶ。

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