↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/46

第十話 デーモン

 とうの昔に日は沈み、自分の影が溶け込むほどの夜。

 ただ、ヨンパの村の中心は並び立つ松明の明かりのおかげで目が眩むほど明るい。

 昼間の丘から何も知らずにこれを見たなら、きっとステキな光景だっただろう。


 なるほど。

 村人総出で帰りを待ってくれるというのは、あながち間違いではないらしい。


「おや、お早いお帰りですね」


 私が帰ってきたことに気が付いたらしく、ひと際大きな篝火の前に立つダグラスさんが振り返る。

 予想していたより早かったせいか、彼はちょっとだけ驚いた様子である。


「さすが神殿騎士様ですね。ゴブリン程度、苦もないご様子で」


 そう言って彼は笑いかけた。


「あら、言葉に感謝の意がこもってないけど」


 私は歩みを止めない。

 荷物は置いてきた。編笠も鹿皮のケープも。盾とメイス、そして魔剣ストームブリンカーを背負うのみ。

 夜風がチエインメイルの上に着たサーコートを撫でる。


「何をおっしゃいますか。感謝しているからこそ、こうして村人総出でお祝いの準備をしているんですよ」


 ふぅん。お祝い、ね。


「じゃあ聞くけど、いったいそれは誰に――ナニに向けてのお祝いなのかしら?」


 既に抜いたメイスを肩に乗せて私は問う。


 村の中心、広場を円形に囲うように建てられた松明。その脇に並び立つ老若男女問わない村人たち。総出というわりには疑問が残る人数だ。

 そして、中央には大きな篝火が二つ。それらに挟まれるようにして白と赤の二段からなる祭壇。

 一番下層には数人の村人が折り重なるように横たわっている。

 皆一様に喉元を掻っ捌かれ、流れ出た夥しい血で祭壇を染め上げている。男も女も子供も関係なく。

 咽返るような血臭に思わず眉を寄せる。


「もちろん、我らが暗黒の神にですよ」


 黒いローブを羽織ったダグラスさん――いや、ダグラスは血で濡れたシミターを祭壇の中央に突き立てた。

 篝火の照り返しの橙と血の赤が混ざり合い、吐き気を催す色味を映す。


「黙りなさい。この薄汚い邪教徒め」


 風が、私の真っ白な髪を揺らめかせる。


 この世には、異界の住人であるデーモンを信奉する不届き者がいる。

 俗にいう邪教徒である。

 このダグラスという男は村長の息子でもなければ村人でもない。デーモンを信奉する邪教徒の、しかも暗黒神官なのだ。


 それを証明するように、彼の両隣には異形の生物がいた。


 右隣に立つのは鈍重で大柄の獣。面長の顔に見るからに固そうな灰色の表皮、鼻先から生えるネジくれた角が印象的だ。

 左隣に立つのは一回り小さな獣。ミミズクのような身体だが羽はなく、代わりに二対の触手がうねっている。


 もちろんこんな輩がまともな生き物であるはずがない。

 こいつらは眷属と呼ばれる、デーモンが使役するバケモノである。


『簡単に説明すると、わっちらの兵隊兼奴隷じゃな。こっちの世界の生き物をまねて合成した紛い物じゃ』


 紛い物と言えど、強さは本物だ。

 恐ろしいことに、駆け出し冒険者パーティーなら一体を相手するだけで全滅は必須なのだ。

 アーニャは眷属たちを眺め、おかしそうに喉を鳴らす。


『しかし、下手くそな出来栄えじゃのう。わっちならもっとうまく作れる。それこそもっとかっこよくてセンスがあふれるヤツをの』


 実際そうであったから困る。

 本来デーモンや眷属は、迷宮都市ラグナデナンのダンジョンにのみ生きる。しかし、こいつら暗黒神官は生贄と触媒を用いて彼らを召喚し、使役するのだ。

 ここでいう生贄というのは祭壇で事切れている村人たちのこと。

 そして触媒は、おそらくダグラスが左手で後生大事に抱えているルーン文字の書かれた禍々しい壺だろう。


 胸糞悪い話である。


 そもそもおかしかったのだ。

 本来あるべきはずの教会の紋章がなく、アーニャが恐怖の牧場と称するほどの空気の重さ。

 あれは邪教に教会を追われ、さらには絶対的な支配を受けて抑圧された者たちが纏う空気。

 そして「彼」が言った村を襲った災厄。


 ヨンパの村は、私が訪れるずっとずっと前から暗黒神官により支配されていたのだ。


「惨たらしいことを……」


 顔をしかめる私とは正反対に、ダグラスはおどける様に肩をすくめてみせる。


「ひどい言い方ですね。貴女のために捧げた生贄なのに。あ。これ以上の生贄はダメですよ。だって、もう村人の半分以上を捧げているのですから」


 どうりで村の規模に比べて今ここにいる人数が少ないわけだ。

 ……このクソ野郎が。

 罵倒は心の中にとどめ、代わりの言葉を口にする。


「で、眷属と強制的に改宗した村人を従えて王様気分ってわけ?」


 私は鼻で笑い飛ばす。


「あんた馬鹿じゃないの?新しい信者増やすより殺してどうすんのよ?」

「ふふ。1は必ず0より多いですよ」


 真面目な顔をしてダグラスは言う。


 あーね。邪教徒の考えなど、そもそも理解できるものでなかったみたいね。


 さて。

 こんな盛大な祭壇を用意して、村人を用意して、さらには眷属まで用意して。いったいどんな催しごとをしてくれるのかしら?

 どうせろくでもない事でだろうけど。


 ダグラスは小脇に抱えた壺を祭壇に置いた。それから少年のように目を輝かせ、両手をパンと合わせた。


「もちろん、神にとびっきりの生贄を!清らかな乙女を生贄にすればさぞ喜んでいただけるに違いない!しかも神殿騎士なら折り紙つきではないかッ!」


 彼の口調は話すたびにどんどん興奮したものとなっていく。

 対する私はというと、どんどん不快感と嫌悪感が増していく。やっぱり宗教騎士団の掟に間違いはなかったようだ。


 すなわち、邪教徒は一匹残らずぶっ殺せ。


 私は盾とメイスを構えると不敵に笑ってみせる。


「あいにく。こちとら清らかでもなければ、すでにアークデーモンの呪いを受けていてね」

「構わんさ」


 急にダグラスが落ち着きを取り戻す。

 再び壺を手に取るとまるでコレクションを見せつけるように、ゆっくりと輪郭を人差し指でなぞる。妙な薄気味悪さがそこにあった。


「生贄なんて所詮雰囲気さ。そう、ライブ感。大事なのは触媒とそれを発動し、御しきれるだけの神官としての腕。これはより高みを目指すための儀式なのだよ」


 さっきまでとは雰囲気が異なる。

 どうやら……私が今まで相対してきたデーモンに心酔しきった暗黒神官たちとは、少し毛色が違うようだ。

 暗黒神官でありながらデーモンに対する畏敬や信仰がない。

 頭の中で警鐘が鳴る。この手の輩は厄介だ、と。


『気を付けるんじゃ。あやつ、まだ呼ぶつもりじゃぞ』


 アーニャの声音は固く、様相は険しい。

 何を、とは聞かない。私も気づいていた。彼の周りに邪悪な魔力が渦巻いていることに。

 ダグラスが持つ壺、触媒とかなんとか言ったがおそらく魔法道具。それもデーモンを召喚する邪悪で危険なアイテムに違いない。

 すると、壺が怪しく怪しく発光した。阻止する間もない。

 空間が揺らめくようにブレ、収まるころには新たな影が現れた。


 私の隣で漂うアーニャが「ほぅ」と感嘆の声を漏らした。


『レッサーデーモンを呼ぶか。あ奴。意外とやるのう』


 御羊に似た頭部をもつ大柄な人型の異形が、混沌と共に現れた。手にする二股の槍は妖しい輝きを放っている。

 眷属とは違う、本物の異界の住人、本物のデーモンである。

 その強さはフィジカルでも魔力でも、一般的な人の力を凌駕する。


 レッサーデーモンはデーモンとしてはアーク、グレーターと続く最下位の位階だ。

 しかし、いかに最下位とはいえ場数を踏んだ戦士や魔法使いでも、徒党を組まなければ惨殺待ったなしの正真正銘のバケモノだ。

 頭の良さも眷属とは比べ物にならない。


 私はふと横にいるアーニャのことを見る。彼女の目はルビーのように赤く妖艶で、そして召喚されたばかりのレッサーデーモンの目も同じく赤い。

 認めたくは、ない。


『のう、一つ聞きたいんじゃが』


 アーニャが急に訪ねてきた。私は慌てて視線をそらし、


「なによ?」

『んぬ。あの壺からデーモンが這い出すとき、壊すとどうなるんじゃ?』

「出てるところと出てないところで真っ二つになるけど」

『う、うぬ……』


 彼女の口元が引きつった。今訊く必要があったのか甚だ疑問である。


 さて――


 ダグラスが堪えきれないといった風に笑い声を漏らした。これから始まるであろう惨劇が狂おしいほど楽しみらしい。

 眷属二匹に加えてレッサーデーモンだ。驕るのも無理はない。


「さあデーモンたちよ。召喚者が命ずる。あの女の清らかな血と臓物で、祭壇を鮮やかに変えてやれ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。