36 リースの妹
11/21 ソラリスのルナへの呼称をルナに統一しました。
「今回の依頼はソラリス様から、パーティ《フィレンツィア》への指名依頼で、内容はラカーンより北のミステラへの護衛、報酬は金貨二百五十枚です」
二百五十枚って、護衛にしては美味いな。
「ミステラってたしか」
「はい、魔術学院ミステラがある街です」
魔術学院ミステラとは魔術師ギルドが設立した教育施設。
年齢と身分の制限はなく、魔術適性と金があれば誰も入れる学校であり、この国の高位の魔術師は大体そこの出身か関係者である。勿論、身分の制限がなくとも、平民では学費を払えないから結果的に平民は圧倒的に少ない。
そしてミステラの郊外には魔法と神秘の神マエステラの使者と呼ばれる真理の双龍が作った《マエステラの大機関》というダンジョンがある。
「なるほど、たしかリースも妹がそこに勉強しているって言ったっけ」
「そう言ってたね」
すると、フェリさんが目を見開いた。
「モモ・クマモト様に続いて州長様を愛称と、まさか指名護衛の理由は……どうやら私はまだフィレンさんを侮っていましたね」
「どういう意味だそれ」
「いいえ、お気になさらず」
フェリさんは何か誤解をしているようだ、それとなぜか席を動かして俺から距離を取った。
なんかフェリさんの中に俺への評価が嫌な方向に伸びてきてる気がする。
しかし姉さんはそんなのお構いなしに話を進めた。
「では、依頼の内容は家族に会いに行くのかな?」
「いいえ、それはソラリス様にご確認してください、ただ」
「ん?」
フェリさんはなにか言い淀む。
「私が知る限りでは、ソラリス様には妹さんがいないはずです」
「え?」
何か事情があるかな、てか事情ありすぎるだろうあの家族。
となればここで妹がいるって言ったのはまずいかもしれない、しかしあの時リースは自分から妹の話を切り出したし、全然そんな風には見えなかったよ?
「フェリさん、その」
「分かります、他言はしません」
「どうもありがとう」
知らないとはいえ、人んちの事情をバラしてしまったし、あとで謝ろう。
「ところで、指名依頼を受けるのは初めてなんだけど、よくあることなのか?」
「そうですね、地域によりますが、少なくとも今までの州長家は指名依頼を出したことがありません」
「なるほど、では受けるかどうかは依頼主と話してから決めていいか?」
「勿論いいですよ、ただし今日から三日以内に返事をくださいね」
三日か、リースは忙しそうだし、会ってくれるかどうかわからないな。
「わかった、すぐ話を聞きに行く」
「はい、では」
俺たちはフェリさんに見送られて、ギルドを出た。
州長家に赴いて、《フィレンツィア》が会見を求むって言ったら、どうやら事前通達があるらしく、すぐ中に通された。
談話室で暫く待ってたら、ロザミアさんが入ってきた。
初対面の時と違って鎧は着ていないが相変わらずすごい迫力だ、身体の端から武人としての自信が滲み出る。
「久しぶりです、ソーラレイさん」
俺と姉さんはすぐ立ち上がって挨拶をした。
ロザミアさんはそれを手で止めた。
「いや、リースには名前で呼んでいるだろう、私にもそうして構わん、お互いそういうほうが性に合うだろう」
「はい、ではロザミアさん、あの時以来ですね」
「ああ、そのことだが、私は君たちに礼を言わねばならない」
そう言って、ロザミアさんは力強く頭を下げた、あまりの力強さに風を起こしたのではないかと思ってる。
「あの時は不覚を取り、君たちがいなければ、危うくこの手でリースを殺めてしまうところでした、本当に感謝する!」
「え、いや、頭を上げてください」
「リースを守るのは私の使命であるはずなのに、この私が害を為すなど片腹痛い、それを助けて頂いた上で事件を解決に導くとは、一体どう礼を言えばいいとやら!」
「お、おう……」
ど、どうしよう、十歳近く年上の人から九十度くらい頭下げられてんだぞ。
俺は狼狽えて姉さんを見るが、姉さんはニッコリして無視した。あれか、可愛い弟を崖から突き落とせ的なあれか!?
「と、とりあえず頭を上げましょう、ロザミアさん、このままじゃ話しにくいし」
「あ、すまん、配慮が足りなかったな」
「いや別にいいよ、まず腰掛けて話しましょう」
ようやく頭を上げたロザミアさんに席を勧めた後、俺たちも腰を下ろした。
「では改めて礼を言おう」
「それはいいですって」
また頭を下げそうなロザミアさんを必死に止めた。
ロザミアさんが咳を一つして、ようやく話を進める気になったようだ。
「お二人が来るのはリースの依頼で?」
「はい、そうです」
「リースは今人と会っているから、暫く待って頂きたい」
「ええ、わかりました」
「それで、前に言っていたヴァンパイアとの戦いの話だが」
そういえばダンジョンから帰ったら話すって約束したな、あの時はいろいろありすぎたから忘れたけど。
「そうですね、もし良ければ話しましょう」
「是非頼む」
俺はロントとの戦いを話した。
勿論ありのままではなく、大きく改竄してロントを大幅に弱化、こっちは罠で嵌めて、運と口八丁でなんとかロントを説得して引いて貰ったと説明した。
「まあ、こんなとこかな」
「なるほど、素晴らしい機転だな」
なんだか感心してるようなロザミアさん。
「必死なだけですよ」
「ヴァンパイアと遭遇して必死になるのは当然だ、たとえそれでも並の探索者では到底助からない、君たちはそれを誇るべきだ」
「あ、ありがとうございます」
「やはり君たちを指名したリースの判断は間違いないようだな」
「それについてですが……ミステラへ行くのにわざわざ護衛を雇るのは何故ですか?」
ミステラはここからだと五日くらい掛かるが、別に危険地域ではない、そもそもリースとロザミアさんは二人でもっと遠くからラカーンに来ていたし、護衛を雇る必要はどこにもないはずだ。
「そうだな――」
「それは私から説明いたしましょう」
っと、談話室の扉が開いて、入ってきたのがリースだ。
「御機嫌よう、フィレンさん、レンツィアさん。一週間ぶりですね」
「ええ、こんにちは」
「リースは元気そうで何よりだ」
「ええ、お蔭さまで。最近は何かと忙しいですが、ロザミアさんもいますから助かってます」
聞くと、ルシウスがチェンジェリングだと判明した後、故州長アイン・ラッケンの配下を徹底的に洗い出し、幾人のチェンジェリングを発見した。どうやらルシウスとその一味は結構好き放題やってたらしい、私腹を肥やしてモンスター素材と高価な魔道具も大量に買い集めていた。彼が持ってる杖、一日一回最高位喚起魔術《禍星天墜》が使える《天星杖》もその一つだ。
ルシウス残党の取り調べ、買い漁ったもののリストアップ、新しい人の雇い入れや仕事の引き継ぐなど、リースのやるべきは山ほどある。
それをこなしてきているのはリース自身の才覚であり、ロザミアさんのおかげでもある。
「当然のことをしたまでだ」
「ふふ、それならお客が来る時のおもてなしも覚えてくださいね」
「む、それは失念したな」
リースは人を呼んでお茶と菓子を用意してくれた。
お茶を啜りながら、依頼の内容を説明してくれそうだ。
「今回の依頼は、私たちがミステラまでの往復の護衛です、妹がミステラの魔術学院にいるのはご存知ですよね?」
「ああ、それが、その……」
「なんでしょう?」
「ギルドで依頼の事を聞いてる時、リースに妹がいるのを喋っちまった、ごめん」
俺は頭を下げてリースに謝った。
しかしリースは疑問に思うように少し頭を傾げて、やがて何か思いついたように小さく笑った。
「ふふふ、そういうことですか、全然かまいませんよ?」
「というと……?」
「恐らく、私に妹なんていないはずって言われましたよね?」
「ああ、そうだが」
「妹――ルナは父の養子です」
リースの話によると、ルナ・ラッケンはアイン・ラッケンが昔の知人から頼まれて貰った養子である。
しかしあのアイン・ラッケンは子供に愛情を注ぐわけもなく、三年後、ルナに魔術適性があると発見したら魔術学院に送ってあとは知らんぷり。
だからラカーンの人々はルナの存在自体も知らない、恐らく学院側も知らされていないだろう。
それでも、リースは三年間くらいルナと一緒に過ごしてたからかなりの仲良しで、今でも盛んに手紙を交わしている。
「今回魔術学院は伝染病のせいで一時休校になりまして、それでルナを迎えに行きたいと思ってます」
「伝染病? あれは北方地域の話じゃ」
この国は東西南北の四つの地域と中央地域に分かれて、中央以外の各地域は王直属の州一つと貴族領の州がいくつ、そして中央地域は全部王に属している。
ラカーンとミステラは中央地域にあるから、伝染病ブラックデスが跋扈している北方地域とは関係がないと思うが。
しかし、リースは首を振った。
「すでに中央の北縁の町にも患者が出ております、ミステラも万全とはいえないでしょう」
「そんなに……」
「ええ、ですから学院も二週間後に休校と決めております」
「しかし、失礼ながらソラリスさんとロザミアさんなら護衛は必要ないのでは?」
姉さんの質問は最もだが、なぜかロザミアさんが眉を顰め、リースもなんだか心配そうな表情している。
「普段ならそうなんですが、実はこの前ゲゼル教国の話を聞いてすこし調べましたら、幹部の一人が北方から中央地域に移動したとの話が」
「ゲゼル教国の幹部!?」
「ええ、ソーエンという女性の魔術師です。長い間行方を晦ましたが、まさか北方に居たなんて」
なるほど、道理で二人とも深刻そうな顔してる。
北方に居て、この時期に中央に来るなんて、それはつまり、
「やはりゲゼル教国はブラックデスと関係があったのか?」
「この前はあくまで噂って言いましたけど、今の状況を鑑みますと、その可能性は高いです」
「きな臭い話になってきたな……」
「ええ、ですから事態が収まる前に、ルナにはラカーンで暮らしてもらうつもりです、これを機に対外的にルナの存在を知らせるのもいいかもしれませんね」
まあ、今のラッケン家の実質の家主はリースだしな、その決定に異を唱える人もいないだろう。
しかし、どうしよう。
普通なら別に依頼を受けてもいいが、俺たちはロントの一件でゲゼル教国に睨まれた可能性があるからな。
あのロントが人間に手こずったと素直に教国に報告するわけがないと思ったけど、それでも俺たちの存在を仄めかしたのかもしれない。
ここで教国と接触するのを避けるほうが良いのでは?
「そういう事情ですから、何か予想外のことに備えて、信頼できる探索者である二人をお願いしたいと思います」
「うーん」
「二人の腕なら問題ないとギルドも言ってましたし、それに父の言葉もあります」
「ん?」
アイン・ラッケンの言葉? どういう意味だ?
俺は訝し気にリースを見ると、リースは眼鏡をかけたまま、魂も取られそうな微笑みを見せた。
「ええ、父は最後の言葉に、私をフィレンさんにお願いしたのではありませんか」
「え?」
そんなの言ったっけ?
あ。
「いや、リースを頼んだってのは中毒して気を失ったリースを助けろっていう意味で」
「あら、そんなのは父にしかわかりませんわ。むしろ娘の私から言わせれば、これからの事も頼んだとの意味合いのほうがありえますのよ?」
さっきまで天使のようなリースの微笑みが急に悪戯っ子に見えるのは何故だろう。背中にニヤリって見えそう。
これは墓穴を掘ったのかもしれないな。
確かにアイン・ラッケンの最後を語れるのは俺だけなのだが、一度アイン・ラッケンの言葉になった以上、もう俺には解釈権がないのだ。
「えっと……」
「ね、ところで」
「はい、なんでしょう、レンツィアさん?」
「そのソーエンっていうのはどういう魔術師なの?」
「凄腕な魔術師です、高位魔術のいくつを行使できるのを確認しています、それに」
リースは少し言いにくそうに言い淀む。
「それに?」
「あくまで噂ですが、重力魔術も扱える、と」




