35 指名依頼
一週間後、俺たちはギルドに赴いた。
この一週間に、俺たちは療養という名目で宿に籠り、ギルドへの報告をサボっていた。
実のところ、俺は混合獣のアンデッド化の調整に時間を費やして、そして姉さんは情報収集をしていた。
混合獣は一撃で心臓が潰され即死したため、死体の状態は極めて良好。あの後聞いてみたら、俺が食人鬼の死体を欲しがりそうに見てたのを気付いて、あえて良い状態の混合獣を残してくれたって姉さんが言った。まったく弟冥利に尽きるぜ。
数日を掛けてゆっくりと心臓の部分を魔力で補填して、今日はようやく最後の段階、死者創造を唱えるのだ。
勿論こんな血生臭いことは宿にできるはずもないので、毎日こうやって夜中に都市の離れまで来ている。
「――――――これより汝の形骸には我が意志を、我の足跡には汝の歩みを、死者創造。と、こんなもんかうおおおおおお――ッ!?」
詠唱が終わった瞬間、かつてないほどの膨大な負のエネルギーが俺を通じて流出し、まるで雪崩のように溢れだすエネルギーがじりじりと俺の生命力を削り取る、このまま枯渇にならないかと心配している時、それがぴったりと止んだ。
「はあ、はあ、はあ……なんだ今のは?」
肩を上下して、ロクに立ってはいられない俺の前に、さっきまで横たわっていた混合獣の死体はゆっくりと動き始める。
しかしその姿は一変した。
身体を覆ってる赤い龍鱗から色素が抜けて真っ白になり、逆に獅子の鬣と牙と爪とが黒に染まり、より凶悪な形をしている。
黒い爪は四肢と釣り合わないほど大きく、一つ一つがまるで大鎌のように地面を抉り、
黒い牙は長く、無造作に口から突き出し、もはや獅子というよりサーベルタイガー。
山羊の黒い角も一回り大きくなり、黒い棘が万遍なく生えている。
なにより、全身から禍々しい黒い霧が漂っている。
「これは……」
言うなれば、姉さんの屍霊化の時と似ている、いや屍霊は身体が斑模様でしかも半霊体化しているから違うか。
『デスガーディアンだ』
隣についてきた八骸の番人のシーちゃんが言った。
なんちゃってネクロマンサーの俺なんかより、長年ソクラテの側に仕ってきたこいつのほうがよほどアンデッドに詳しいから、今は俺の相談役になって貰ってる。
スーチンの魂の中に残っている黒翡翠の情報と照り合わせて、色々な助言してくれるから結構ありがたい。
「シーちゃん、知っているのか?」
『うむ』
『懐かしいだね~』
シーちゃんの話によると、デスガーディアンとは、人型ではないデスナイトだ。
元々死者創造は死体を動かせる魔術、相手は心を失う代わりに、生前より優れた筋力と速度を手に入れる。
心を失うってことは、勿論いろんな能力も失うことになる、魔術師の死体を動かしても魔術を唱えないのがいい例だ。
だから死者創造は基本的に力強いモンスターにやるものらしい、たとえば食人鬼だ。
しかし、死体の内包している魔力に応じて、負のエネルギーを注入して体を作り変えれば、いくつの新しい能力を獲得できる、言わば死霊術師がカスタマイズした忠実なる騎士、それがデスナイトまたはデスガーディアンだ。
勿論魔力は魂と共にありってのが通説だが、ダンジョンにはドラゴンの魔力が溢れているように、生物の肉体にもある程度の魔力を内蔵している、それが《龍晶石》を保有している、ハーフドラゴンの混合獣となれば猶更だ。
今回はせっかくの良い素材だからって、シーちゃんとリアちゃんがやけに躍起して、魔法陣まで書いてくれたのはこのためか。
「あのぉ、そういうことなら前もって言ってくれてほしかったなー」
『む? 言ってなかったのか?』
『忘れたのかもー?』
「死ぬかと思ったんだぞ……」
『すまぬ、マスターでは特に負担と感じられておりませんでした故』
「あの人と比べられてもなあ」
例え同じ死霊秘法の所持者でも、死霊魔術師としての格が違いすぎる。
ちなみにシーちゃんとリアちゃんは今でもソクラテの事をマスターと呼んで、俺のことはフィレン殿と。
「で、結局そのデスガーディアンは何ができるのだ?」
『デスガーディアンはあらゆる能力の上昇と、創造主、つまりフィレン殿が提供したエネルギーによって生前の能力を再現また進化できる、たとえばブレスだ』
試してやらせてみれば、蜥蜴の首から黒いブレスを吐き出せ、掛かれた草木はまるで砂のようになっている。どうやら奪霊の牙と似ているのだが、広範囲で生命力を散らせるらしい。一般人が掛かれたら皺くちゃになるのかな。
「他にもいろいろできそうだな、これからは要検証ってことか」
山羊の頭と蛇の尻尾もかなりの変貌を遂げているし、もはや混合獣とは言えないな。
『勿論それを維持するには負のエネルギーが必要だから、通常のゾンビのように半永久的に行動することはできん』
『研究室にも元々デスガーディアンがいっぱい居てね、それがどんどん減っちゃって……』
黒翡翠の力が衰退しているからか。
死霊秘法からの負のエネルギーが未だに底が見えないくらいだから大丈夫だろう。
「それより、これも便利袋に入るのか、さすがに嵩張るなあ」
八骸の番人は人よりやや大きいくらいだからいいけど、こいつは馬車一台くらいあるから。
『いや、その必要はない、デスガーディアンは主との繋がりが強いの上に、私たちと同じで体の大部分がフィレン殿の魔力で出来ているから、《闇夜のマント》に入ることができるはずだ』
つまりこの《闇夜のマント》はある意味使用者の魔力が鍵の便利袋で、使用者の魔力を纏っているアンデッドだけが出入りできるってことか。
姉さんが入れないのは俺の魔力が注入してないのと、姉さん自前の魔力があるからかな。
『それより、名前を与えよう』
『新しい子を作ったらまず名前を付けるのだよ』
「そうだな、うーん」
姉さんに見せる前に名前を付けないと、白いからシロちゃんとか、白黒だからシマウマちゃんとか呼び出しそう。
俺は雪のように白い龍鱗と黒い鬣を見て、ふっと、
「そういや、なんとか地方では真夜中になっても薄明い、太陽が沈まないと聞いていたな」
『ほう、それは面妖だな』
「白夜っと呼ばれている現象だから、この子の名はビャクヤにしよう」
『ビャクヤちゃんよろしくー』
俺はビャクヤを呼んで、《闇夜のマント》に入らせた。試しに尻尾だけを出して振ってみたら、白蛇の尻尾は二、三回で樹木を圧し折れるくらい力強かった。
これは中々有用性が高いだな、見た目からはアンデッドだと分からないし、実際ファントムの魔眼を浮かべて暗殺者たちを眠らせた時も魔道具だと思われた。これからはビャクヤを積極的に使っていこう。
新しい仲間、デスガーディアンのビャクヤを連れて、俺は夜の内に宿に戻った。
俺がビャクヤを調整してた頃、姉さんは情報収集に励んでいた。
通信を百回使えるの魔道具遣いの鳥を購入して、ヴァイトさんから定期連絡を受けるようになった。
しかしレーザと《ホワイトレイブン》は本格的に行方を隠してるようで、東門から出たという目撃情報以外何もわからなかった。これ以上探すとなればこの都市を離れるしかない。
さすがにそこまでやることでもないから、姉さんは依頼の報酬を渡した。これで依頼は完了になったけど、ヴァイトさんたちはこれからまだ何か分かったら連絡するって言ってくれた。
そしてこれからの方針だが、姉さんのお蔭でいくつの凄腕の探索者か騎士をリストアップしてあるけど、リースの状況を思うと、欠片の適合者は必ずその能力によって有名になるとは限らない。そしてそういう人なら、少なくとも州長なんかより殺しやすいじゃないかと思ってる。だからナタボウを持って各地を漫遊するのもいいかもしれない。
勿論、一番手頃な適合者――リースを獲るのも一つの選択肢だが。
そして今日、ギルドから連絡があって、そのリースからの指名依頼がある、と。
「久しぶり、フェリさん」
「あら、《フィレンツィア》のお二人さん」
半月ぶりのフェリさんに挨拶をした。
今日は依頼を聞くのと、前の依頼を報告するのもある。経過については、一応リースとフィリオさんたちに報告して貰ってたけど、ルール的には俺たちの話も聞いておかなければならないらしい。
「ではラッケン家の依頼についての報告をお願いしますね」
「ああ、それがな」
俺はほとんどありのまま報告した。
翡翠龍の迷宮の三層で黒姫を撃破、帰り道に襲撃に遭って分断され、もう一つの階段から戻ろうにも餓龍に遭遇。
なんとか逃げ帰ったけど今度は州長家のいざこざに巻き込まれる、あとはご存知の通り。
「っと、いうことさ」
「はい、分かりました、《デトネイター》とソラリス様との報告とほぼ差違ありません。しかし、お二人は本当にどういう星の下に生まれたのでしょう、餓龍に二回も遭遇するなんて」
こっちが訊きたい。
ちなみにバラーグ魔道具屋に触発治癒を買いに行くときはアニラさんにドン引きされた。
どんだけ死に急いでますかって。中々酷い。
「そろそろ本格的に討伐隊を召集するほうがいいのでは?」
姉さんが提案してみた。
「はい、すでにいくつのパーティに声をかけていますが、相手が蛇龍、しかも餓龍となると皆の返事も渋くて」
「まあ、仕方ないか」
姉さん全身の蹴りとアダマンティウムの《斬り丸》を合わせても掠り傷しか作れないから、凄腕の探索者パーティでも苦戦は必至だろう。
「ええ、ですからどこか優秀な探索者が参加してくだされば……」
そう言って、チラッチラッと俺たちを見ているフェリさん。
「……とりあえず依頼の話に戻ろう、これでラッケン家の依頼は達成でいいよな?」
「はい、これが報酬の金貨250枚です」
フェリさんは小さく溜息して、25枚の白金貨を渡してくれた。
250枚か、触発治癒のことを考えれば大赤字もいいところなんだけど。
「それとこれは黒姫の《龍晶石》の代金の半分、金貨450枚です。二人はもう一体のハーフドラゴンの《龍晶石》と他の素材を持っていますよね、換金なされます?」
《デトネイター》と山分けした緑のハーフドラゴン種の《龍晶石》、黒と緑の二種類の龍鱗、それと黒姫を撃破したのは姉さんでしたから譲ってくれた黒姫の角。
どれも売れば一財産だけど、
「うーん、どうする?」
俺は姉さんに訊いた。
「まずバラーグさんに見て貰いましょう、何かいいもの作ってくれるかもしれないわ」
「そうだな、前回は留守だったしね、じゃ換金は後回しにしよう」
別に金に困ってるじゃないしな。
「分かりました、では次はソラリス・ラッケン様の依頼の話をしましょう」
「ああ、頼む」




