34 決着
「小賢しい虚勢を……やりなさい!」
ルシウスの言葉と共に、混合獣と暗殺者たちが同時に動く!
だがもう遅い。
俺の召喚はすでに完了した。
全方位から襲い掛かる暗殺者たちが見たのは、《闇夜のマント》から浮かび上がる、数十対の金色の魔眼――――
「なっ」
「これは、呪い!?」
「魔道具かっ」
次の瞬間、三分の一の暗殺者が崩れ落ち、三分の一が石化か麻痺に掛かった。
今回は手加減無用だから、睡眠、麻痺、石化全部使わせて貰う。
「神秘を司るマエステラの名の下に命じる、邪の鎖よ砕け散れ、呪詛解――」
「万象の力よ我が手に集え、我が放つ、我の命じるままに、立ち塞がらんとする愚か者を貫く矢となれ、極大魔力の――」
「させるか!」
暗殺者たちもただではやられないようで、いくつの呪文を唱え始めた。
だが死霊秘法を持つ俺から見れば、詠唱なんて遅すぎる。
三体のスカルドラゴンが影から飛び出し、詠唱してる奴を押し倒した。
「ぐわああああ」
「ネ、ネクロマンサーだと……」
さっきまでの得意気がどこ行ったか、ルシウスの表情が引き攣り、信じられないように言った。
「さて、数勝負なら負ける気はしないぞ。言ったよな、一人も生き残ると思うなっと」
次々と部屋の隅から這い出たファントム、グール、スケルトンが空中と地上構わず大部屋全体を包囲した。
中には三体のスカルドラゴンが暴れ回ってる。
噛みつくと傷跡が残るから打撃と手足を折るのに止まるけど、暗殺者たちが全滅するのも時間の問題だろう。
一方、混合獣は俺に飛び掛るが、横から姉さんに蹴り飛ばされた。
素手でハーフドラゴン種を投げる姉さんの蹴りを喰らい、混合獣は転んで部屋の柱を圧し折れた。
「姉さん、あまり家壊さないでね」
「テヘ」
小さくベロを出して、混合獣に追撃する姉さん。
毒が効かない姉さんはブレスだけに注意を払って、三つ首の攻撃を捌きながら《斬り丸》で龍鱗を切り裂く。
しかし混合獣は極めて再生能力が高いモンスターだ、斬った側から傷が塞がっていく。
混合獣を殺すには、あの龍鱗を貫いて、一撃で致命傷を与えなければならない。
しかし今すぐ混合獣を殺す必要はない、要は邪魔さえさせなければいい、だって時間が経てば、アンデッドたちが姉さんに加勢出来るから。
だから姉さんは混合獣の尻尾を落とす、足を裂く、首を刺す、混合獣を翻弄しつつ抵抗する気力を奪っていく。
「さて、形勢逆転かな、どうする?」
形勢不利にもどうにか俺にナイフを投げる暗殺者たち。
スカルドラゴンの尻尾でそれを弾き、俺はルシウスに問う。
「この、死体を弄ぶ狂人めが――っうわあああ」
俺の問いに気取られ、天井伝いに接近した二体のグールに組み付かれたルシウス。
腰の後ろから杖を取り出そうとしてるから魔術師だろうが、こうなれば詠唱もままならないだろう。
「どう? 噛まれたらグールの仲間になれるのよ?」
実は召喚されたアンデッドに伝染能力はないのだが、元々不死召喚はかなり珍しい魔術だから知っている人はそうはいない。
案の定、ルシウスの顔は一気に青くなった。
「は、はは、このくらい我が主に治してっ」
言いかけてハっとなって口を閉じたルシウス。
やはり後ろには本当の黒幕がいるのか。
「心配するな、拷問はしない、お前にはここで死んでもらう」
「わ、我々に仇成すなど愚の骨頂、疾く自害するほうが痛い目に会わなくて済むぞ」
「それ、主の名前を言わねば意味がないぞ?」
相手も知らないのにどう怖がるっていうのだ。
「無駄だ、お前は私の口から何も得ることはない!」
「そうか、じゃ仕方ないか」
グールは俺の命ずるままに、ルシウスの首を折った。
「で、お前はどうする?」
暗殺者たちを粗方片付いて、二体のスカルドラゴンは赤い混合獣に組み付き、姉さんが《焔螺子》と《二の打ち要らず》を併用してトドメを刺した。
俺は残りのアンデッドを率いて、アイン・ラッケンを包囲させた。
俺が暗殺者を殺してる時も、ルシウスが死んだ時も、アイン・ラッケンはまったくの無感動だった。
夢を見ているようで、ただどこか遠くのところをじっと見ている。
彼にとってこの世界は夢と変わらないのだろうか。
「言っとくけど、俺はドラッグの事もリースの事も関係なく、一身上の都合でお前を殺すつもりだ」
アイン・ラッケンはムカつくやつだけど、殺すほどじゃない。
ドラッグをばら撒いて、ヴァイトさんの仲間を含めて多くの人を苦しめたけど、俺が裁くことでもない。
俺は俺の勝手でこいつを殺す。
だが、その前に、
「だが一つ、お前に選ばせてやる」
俺は周りのグールを指差して、
「お前は一度アンデッドに負けた、今も勝てないだろうが、諦めたまま死ぬかどうか選べ」
「……」
「魔術でもなんでもいい、戦いたければ最後まで付き合う」
「……私は諦めたその時から死んでいた、今更殺されてもそう変わらぬ」
「ちなみにお前を殺した後、いずれリースも殺す」
「……ふっ」
自虐のように笑ったアイン・ラッケン。
「どうでも良い」
「そうか」
俺はアイン・ラッケンの心臓を貫いた。
奴の顔は一瞬苦痛に歪ませた。
そして本当に詰まらなそうな目をして、息絶えた。
すると、紫の光がアイン・ラッケンだったものから溢れだし、ナタボウに吸い込まれる。
これで欠片はフォー=モサに帰るのかな。
「――ふぅ」
「お疲れ、フィー君」
「ああ、これで一歩前進かな」
「大丈夫?」
姉さんは俺の頭を胸に抱き寄せ、優しく撫でている。
そういえば、姉さんに撫でられるのはいつぶりなのかな。
「ああ、大丈夫だ、それよりリースとロザミアさんを起こそう」
今ならリースを殺すのは造作もないんだが、彼女がいなければアイン・ラッケンを摘発できる人がいなくなる。そうしたら俺たちがアイン・ラッケンを殺した正当性もなくなる。
「そうね、どうやって説明すればいいかしら」
「そうだな……」
結局、俺はリースとロザミアさんを起こして、大体の経過を話した。
勿論ネクロマンサーのことは隠してる、それと混合獣のことも。
ルシウスさんが死んだからか、ロザミアさんは正気に戻って、自責の念に堪えないようだ。
一部始終を見てなかったけど、リースは気を失う前にアイン・ラッケンとルシウスが現れたのを見ていたから、黒幕であることを疑える要素がない。
ちなみにアンデッドたちは痕跡を残してないから、大量の暗殺者たちの死体を見て、ロザミアさんは俺たちの実力に慄いたようだ。
事情をすべて説明した後、リースが俺に訊いた、もっとも訊かれたくなかったことを。
「父は、最後に私のことついて何か仰られましたか?」
「……リースは頼んだっと」
俺はリースの目を見てそう言った。
リースは目を見張って、上目遣いで俺を見ている、青と緑の瞳は期待と疑いを込めている。
「本当なんですか?」
「ああ、どうやら君を殺すのを最後まで反対していたらしい」
「そう……なんですか」
リースは下唇を少し噛んでいて俯く、父を偲んでいるか、無責任な親を恨んでいるのか、よくわからない表情だ。
この娘はどのように父の死と向き合うのか、それは俺が介入するべき事じゃない。
それでもこれは俺の勝手だ、アイン・ラッケンの最後を語れる人は俺しかいない以上、それを俺の望んだままに歪曲するのを責められる人はいない。
「……ありがとうございます」
暫くして、リースは俺と姉さんに礼を言い、深く頭を下げた。
足元にはぷつり、ぷつりと小さく滲む雫。
この事件について、他に二つの成果があった。
死体を検めると、ルシウスという男は、チェンジェリングであったことを判明した。
チェンジェリングという種族は、人間と写し怪の末裔だ。
写し怪はモンスターだが、あらゆる生物の姿に変化する能力を持ち、人間と子をなすこともある。
そして長く血を混じることによって、写し怪ほどじゃないが、ある程度変容できる能力を持つ種族ができた、それがチェンジェリング。
ある意味人間の亜種で、翼を持ってる人間ラプターランと同じだが、チェンジェリングは悪い意味で名高い。
彼らの多くは奪心魔と共に行動するからだ。
奪心魔は種族であり、厳密的にモンスターではないが、彼らの主食は人間の精神、思念、記憶などと、彼らに「食われた」人間は廃人か狂人になる。
だから大体の場合はモンスターと見做されてる。
多くのチェンジェリングは変装して人間を拐かし、奪心魔に食べさせる、その代りに魔術に長けてる奪心魔に保護されている。
ルシウスがチェンジェリングだってことは、その後ろに奪心魔がいる可能性が極めて高い。
州長家のお金でモンスター素材とか買い漁ったのもそのためなのだろう。
もう一つの成果は、フィリオさんたちのほうが倉庫街の拠点を制圧して、大量のハートショットを発見した。
どうやらそっちは本当の拠点らしく、ルシウスの手下も数人捕まった。
これでルシウスとドラッグの関連性を証明できた。
対外的には、家宰が勝手に暴走して薬に手を染まる所に、州長のご息女であるソラリス・ラッケンに暴かれ、その場で殺された。
王直属の領地だから調査官も派遣されたけど、ルシウスがチェンジェリングだったこともあって、総ての罪を背負わせるのは容易いことだ。
州長のアイン・ラッケンは病死と発表した。
それでも分かる人には分かるのだろうが、あえて皆何も言わないのが政治って言うヤツらしい。
結局州長家はルシウスを切り捨てることで体面を保っている。
ハートショットが都市から消えたことで、ある程度の治安回復も望める。
ラカーン都市に毎日を生る人々にとっては、そっちのほうがよほど重要だ、遠くないうちにアイン・ラッケンは人々の話題から消えるのだろう。
王にとっても、アイン・ラッケン個人より、ラッケン州の安定を維持できるラッケン家のほうが重要なのかもしれない。
州長の座はアイン・ラッケンの弟、ツヴァイ・ラッケンが継ぐと決めている。
だがそのツヴァイ・ラッケンは今、他国で探索者をやっているから呼び戻すまではソラリス・ラッケンが代理として州政を執り行う。
リースはミーロ騎士団に暫く休みを取っているようだ、ロザミアさんもその隣にいて、二人は毎日忙殺している。
こうやって、アイン・ラッケンの一件は一応の落ち着きを見せた。
これで二章は終わります。
最初の生贄を捧げて、これからも進むしかない。
しばしの休憩を得た二人は、これから新しい出会いと別れを経験することになる。
次章、死に至る病。




