37 黒姫の使い道
リースの話によると、《圧潰の魔女》と呼ばれるソーエンは、喚起系と変化系魔術、特に土に関連する範囲魔術に長けている。山ほどもあるの岩を空から落とし、町一つをまるごと囲い込む城壁を作り出す、まるで大量虐殺に特化してるような魔術師だ。彼女が関わったテロ事件は、どれも犠牲者の数が桁違い、ゲゼル教国の中でももっとも危険視されてる一人だ。
しかしその一方、彼女は常に神出鬼没、いくつの犯行現場に目撃されてたが、普段がどこにいるのが分からない、そのせいで色んな噂が流れている、その中には二つほど気になったのがある、曰く、彼女は国に秘匿されてる空間魔術を掌握している。曰く、彼女が失われた重力魔術の使い手だ。
「重力魔術と、空間魔術か……」
空間魔術とは、空間を超える、空間を作り出すユニーク魔術だ。今はもう空間魔術を扱える人はいないが、その応用として二つの技術が残っている。一つは便利袋と《闇夜のマント》みたいな、空間を作り出す技術。もう一つは転送門みたいな、空間を超えて二つの場所を繋げる技術、しかしこれを扱えるのは国が認める一握りの魔術師だけだ。
そして重力魔術とは、重力を操るユニーク魔術だ。
なんの説明にもなってないが、そもそも重力とは何なんだ、そこから理解できない俺は説明のしようもない。きっと大体の人も俺と同じで、重力魔術とはなんだと訊かれても上手く答えないだろう。
昔、重力魔術の体系化に成功した大魔術師が居て、その人は多くの重力魔術を自由に行使できるが、現存する重力魔術は唯一つ、浮遊だけだ。しかも浮遊はただ人や物体を空に浮かべるだけで、自由には動けないのだ。それなら少し魔力の消耗が激しいが、変化系魔術の飛行のほうが遥かに汎用性が高い。つまり現代では重力魔術を有用に使える人がいないのが常識なのだ。
あくまで噂だが、重力にしろ空間にしろ、ソーエンが失われたユニーク魔術の使い手である可能性がある、つまり、適合者である可能性があるってことだ。
そしてもしゲゼル教国の幹部が適合者であるのなら、殺しても法に裁かれないというメリットもある。
こう考えれば、やはり受けるべきか。
まあ、この依頼はあくまでリースの護衛だから、そもそもゲゼル教国とかち合わない可能性だってある。
「わかった、そこまでの危険人物なら引き受けよう」
「ありがとうございます、これからもよろしくお願いしますね、ふふふ」
子供のように顔を綻ばせるリース。それを暖かく見守るロザミアさん。
「では、俺たちはそろそろ」
「あら、もうですか? もう少し話をしても宜しいのでは?」
俺たちが椅子から腰を上げると、なんだか残念そうにリースが止めてくれた。
「これからは用事があるので」
「そうですか、ではミステラに出発するのは一週間後になりますので」
「わかった、じゃその時にまた」
「時間があればいつでも良いので家に訪ねて下さいね? フィレンさんとレンツィアさんなら大歓迎です」
「ああ、私からもお願いするよ、それに私も二人と手合わせたいからな、ここ最近ずっと座りっぱなしで身体が鈍りそうだ」
リースもロザミアさんもお世辞を言っている様子はない、どうやら本当に歓迎しているそうだ。
「そう言ってもらえると嬉しいです、では時間があればまたお邪魔しますね」
「ああ、いつでも来てくれるといい」
リースとロザミアさんに別れを告げ、ラッケン邸を出た俺たちは、バラーグ魔道具屋に来ていた。
「いらっしゃいませー! え、フィレンさん?」
「こんにちはー」
「よう」
扉をくぐった俺を見て、アニラさんは顔を引き攣った。
「ま、まさかまた触発治癒を?」
「なぜそうなる」
「だってフィレンさんはうちに来るたびにそればっかじゃないですかー」
「そんなバンバンと使うわけないだろう」
「一か月内に二回も使った人が言うセリフではありませんよ? 《死に急ぎ》のフィレンさん?」
アニラさんは片眼を閉じて、ポニテを揺らしながらお茶目な感じてビシッと俺を指さす。
「ってなんだその縁起の悪い二つ名は」
「あたしがつけた」
「つけたのアニラさんかよ!」
「こらアニラ、客を揶揄うな!」
「いたっ」
アニラさんと冗談交わしてる内に、バラーグさんが奥から現れて、アニラさんに軽くチョップ入れた。
「こんにちは、バラーグさん」
「ああ、どうだ、俺が作った武器は?」
挨拶もそこそこで、バラーグさんはさっそく感想を求めて来た。
すると、姉さんは満面の笑みで頷いた。
「ええ、《斬り丸》はとっても優秀な子ですよ、作ってくれて本当にありがとうございました」
「ははは、そうだろうそうだろう」
バラーグさんは胸を張って高笑いしたが、すぐしゅんとなっった。
「まあ、アダマンティウムのお蔭ってのが難しいところだが」
「普及されるのは無理ですねえ」
姉さんとバラーグさんは腕を組み、何か難しそうな事を考えてるような顔してる。
この二人なんか気が合いそうだな。
ヤキモチヤイテナイゾ。
「まあ、それは追々考えることだ、それより俺に用事があったって?」
「ええ、これらを見て頂きたくて」
「何か作れるものないですか?」
俺たちは素材をカウンターに並べた。
アイン・ラッケンを殺した翌日、俺たちはすぐにバラーグ魔道具屋に来たのだけど、バラーグさんが留守だったから、触発治癒だけを購入して、またソクラテの魔道具の一部を換金した。
バラーグさんはカウンターに並べられた龍鱗、龍晶石と黒姫の角を一つ一つ手に持って眺めて、15分くらい考えた後、
「この角の硬度はかなり高い、ハーフドラゴン、それも最近悪名高い《黒姫》のものだろうな、君たちが討伐したものか?」
「はい、《デトネイター》と協力して討伐したものです」
「あの《黒姫》を……!」
吃驚したアニラさんをよそに、バラーグさんは続いた。
「ふむ、加工はできるが、このまま衝角として、コーターに装着するのもいいと思うが?」
コーターとは肘の防具のこと。
しかし肘での攻撃は限られてるし、《斬り丸》ほどの活躍は望めないだろう。姉さんのほうを見て、やはり姉さんも首を振った。
「籠手に装着して、使う時にガシャンって突き出せるとかはできないんですか?」
「そういうギミックは衝撃に弱いからな、それを解決したくて《斬り丸》を作ったんだが」
確にギミックはなくなったが、それで金属自体の硬度が落ちたら意味ないだろうが。
「うーん」
「短剣にも作れるが、君たちには無用か」
角の長さは五十センチくらいだから、短剣としては長いほうだが、俺も姉さんも短剣使わないからな。
あ、いや、これは使えるかも?
「いいえ、それでお願いします、できれば突き重視のヤツで、鍔はいりません」
「む? まあ、君がそういうなら、知り合いの武器職人に任せよう」
バラーグさんは角をカウンターに戻して、龍鱗を手に取った。
「これなら簡単だ、龍晶石と合わせて《乱壊鎧》を作ればいい、少人数のパーティなら持っていて損はない」
《乱壊鎧》とはシリウスさんの鎧のことだ。キーワード一つで無数の刃の暴風と化して周りの敵を切り刻む。
数秒で元に戻るけど、対多数の時は使いやすい。
「龍鱗の鎧だと防御力と切り味は段違いになるし、これくらいの龍晶石を動力源にすれば持続時間も伸ばせるだろう」
魔道具の動力源になるのが、龍晶石の主な用途だ。
遣いの鳥のような魔道具は使用回数が限られて、内蔵している魔力が尽きたら捨てるしかない。
しかし龍晶石は魔力を生み出す、まるでそれ自体が一つの生物のようだ。
だから龍晶石で作った魔道具は、出力や回復スピードによって一日の使用回数は限られるけど、使い捨てにはならない。ルシウスの《天星杖》も強力の龍晶石で作られた魔道具である。
「じゃこれはフィー君の鎧にしよう」
「そうだな」
姉さんなら鎧が動きの邪魔になるし、そもそも《霊装鎧》があるから。
数々の戦いで今着ているブレストプレートもそろそろガタがきているし、丁度良いから買い換えるか。
「結構な量の龍鱗があるから、いっそフルプレートアーマーにしたらどうだ?」
「それだと重すぎないか?」
「龍鱗はミスリルほどじゃないが、鉄より軽いからな、それにフリューテッドという手もある。まあ、詳しいことは防具職人と相談しなければならないけど」
「フリューテッド?」
バラーグさんの説明によると、フリューテッドとはプレートに溝状の凹凸を打ち出し、軽量化しながら硬度を維持する技術だ。それに見た目も良い。
ふむ、どうしよう。
「フィレンさんは触発治癒を使い過ぎますよ、もう少し防御力を重視するほうがいいのでは?」
「……ではフルプレートでお願いします」
結局アニラさんの一言で決めた。
「ところで、これは《黒姫》の龍晶石ではないよなぁ?」
全部の素材の使い道を決めた後、バラーグさんは龍晶石を手に取って鑑定してるように眺めている。
「ええ、随伴に二体のハーフドラゴン種がいるから、その一つです」
「ハーフドラゴン種三体を一遍に倒したか、末恐ろしいな」
「本当ですねえ。店長、いっそ二人を《バラーグ魔道具屋》の看板にしたらどうですか!先行投資ですよ!」
「アホ、伝統ある我が《バラーグ魔道具屋》がそんな商売人みたいなことできるか!」
勢いよく小ジャンプして提案するアニラさんを一喝するバラーグさん。
「むー店長は考えが古いのですよー」
バラーグさんはむくれてるアニラさんをカウンターの裏に押し入れて、俺たちに振り返った。
「ふむ、《黒姫》の龍晶石があれば、もっと面白いものが作れるかもしれないぜ?」
バラーグさんは口元を吊り上げて不敵に笑う。
「どういうことですか?」
「なに、昔の技術にはエネルギーを塊にして飛ばすっていう魔道具があるからな、安定にして強力なエネルギー源があれば優秀な飛び道具になるじゃないかな、見たところ君たちは遠距離の攻撃手段に欠けてるだろう?」
それは確かに。俺も姉さんも近接戦闘タイプだ、ファントムの魔眼は距離が離れても使えるが、効かない相手も多いし、そもそも安易に出せるものじゃない。
生者探索のお蔭で索敵範囲がかなり広がったし、遠距離から敵を減らせる手段があれば、それに越したことはない。
「しかし、もうギルドで換金しちゃいましたよ?」
「なに、君たちは討伐者だ、最優先で購入できるはずだろう?」
「……バラーグさん、その技術とやらを試したいだけですよね?」
「君たちの力になるのを保証しよう、これぞウィンウィンの関係だぞ?」
俺は姉さんのほうを見ると、姉さんに頷かれた。
これからのことを考えれば、戦力増強は最優先事項なのは間違いないだろう、実際もう何回死にそうな目に遭っていたし。
幸い前回もいくつの魔道具を売り払ったお蔭で、まだまだ余裕がある。
「はぁ、じゃそれを含めて全部いくらになりますか?」
「おい、アニラ」
「がってん! えっと短剣と龍鱗の《乱壊鎧》、それとあのヘンテコな杖、素材は全部持ち込みで……金貨1000枚になります!」
「ヘンテコ言うな、先人の智慧の結晶だぞ! っと、俺の良き理解者である君たちとは良い関係を築きたいから、負けて900枚にするけど、どうだ?」
龍晶石を買い戻すの分を入れても、《斬り丸》二つ分には届かないかもしれない。
いかにアダマンティウム武器が高価であるかよくわかる。
「何日かかります?」
「そうだな、《銃》の製作は俺しかできないから、五日かな」
五日か、リースの依頼は一週間後だから問題ないか。
ていうか《銃》ってあの飛び道具とやらの名前か、なんかパっとしないな。
「じゃそれでお願いします」
「よし! じゃまずその《黒姫》の龍晶石を取って来い、話はそれからだ!」
「了解、じゃあとで」
俺たちはバラーグ魔道具屋を出て、その足でギルドへ赴いた。
バラーグさんの言った通り、討伐者は最優先で素材を買い取れるが、さすがに換金と同じ値段で買い戻すにはいかない、結局金貨1200枚で《黒姫》の龍晶石を購入した。
ついでにリースの依頼を受ける手続きをお願いしたら、フェリさんが「その日のうちに州長と会えるなんてやはり……」とブツブツと呟きながらしてくれた。
バラーグ魔道具屋に戻ると、バラーグさんはもう意気揚々と奥で道具一式を用意してるようで、アニラさんに素材と前金を渡して店を出た。




