38 ミステラへの旅路
五日後、俺たちはバラーグ魔道具屋に来ていた。
黒姫の角で作った短剣《黒棘》は、短剣というより長めのダガーである。黒光りした剣身の長さは四十センチ、分厚くて切っ先が鋭利で、一本の血溝が通っている刺突向きの武器だ、そして注文の通り鍔がついてない。
これはビャクヤの尻尾に装着する予定である。ビャクヤの白蛇の尻尾は三メートルくらいもあるから、デスガーディアン化の要領で尾骨を作り直して短剣を骨に食い込ませれば、中距離の刺突武器として運用できる。
ちなみにビャクヤを姉さんに見せたら、姉さんは恰好可愛いと言って抱きついた。
ウラヤマシクナンテナイゾ。
勿論動物みたいな触感はなく、龍鱗と剛毛の鬣しかないが、むしろそこがいいって言った。よくわからない女心である。
龍鱗で作った《乱壊鎧》、改め《龍装鎧》は白く仕上げた、派手すぎないかと思ったんだけど、どうせ外には《闇夜のマント》があるから目立たないでしょうと姉さんが言った。龍鱗で作ったプレートにはびっしりと縦の溝が入っており、装飾のラインにも見える。鎧に魔力を通してキーワードを叫んだら刃の暴風を解放できる、持続時間は10秒と普通の《乱壊鎧》よりやや長い。フルプレートだけあって全身を覆う安心感がある、気になる重量は元のブレストプレートの倍くらいに収まってまだ許容範囲、しかし身体の重心が微妙に前と違う感じがするので慣れが必要か。
そしてバラーグさんお薦めの一品、高価な黒姫の龍晶石で作った待望の飛び道具というと――
「なんですかそれ」
態々ギルドの練習場を借りて武器のテストを行う俺たちの前に、長さ二メートル強の杖――というか金属の棒に機関部分と取っ手二つ、あと先端に補強と重心調整用のフレームがついてるだけの代物である。
これぞ現代に失われた技術、《銃》ってものだと、バラーグさんが生き生きとした様子で、自慢げに説明してくれた。
「まず龍晶石がここに入ってるから、ここに手を置いて、少しだけ魔力を流すと、龍晶石の魔力が勝手に集束する、ほら」
バラーグさんが機関の部分を指して、後ろの取っ手に手を置くと、銃全体が微かに青白く光ってる。
「そして右手でしっかりと握て、左手で中央の取っ手を取り、腰の横に提げて、先端を標的に向いて――」
バラーグさんは銃の先端を練習場の向こうにある人型の的に向いた。
「《貫け》」
爆ぜる閃光と爆音と共に、稲妻の光束が銃の先端から目にも留まらない速さで的まで一瞬で駆け抜け、的のすぐ横に雷撃の爆発を起こした。
空気の振動がこっちまで届いて、ぴりぴりと肌に刺さる。
「へぇー」「わーい」
「と、まあこんな感じ、キーワードを喋ると雷のエネルギーが射出され、標的に突き刺さって爆発する」
「刺さってないけどね」
「もっと練習すれば当たるさ!」
たしか精度に難ありかもしれないが、爆発の威力は確かだ、命中してないのにも関わらず、的は余波だけで破壊されたからな。
「今のはブレスと近い感じですね」
「お、鋭いな。この《銃》は元々ブレスに使うはずのエネルギーをジャベリンのような塊に圧縮して、それを飛ばすだけの魔道具、技術自体はシンプルだから元のハーフドラゴン種のブレス以外のエネルギーを出せないが、雷は飛び道具との相性がいいから丁度いい」
なるほど、黒姫は雷のブレスだからね。
たしかに雷のブレスは一番射出速度が高いから避けにくいって聞いたことがある。
「広範囲のブレスを一点集中ですか、今の威力なら食人鬼でも直撃すれば一発で潰せますね。元が雷のブレスなら痺れ効果もついてるでしょう?」
雷のブレスの厄介なところは、たとえ直撃されなくても、場合によっては二、三秒麻痺することがある。
「勿論さ。ただな」
「うん?」
「エネルギーを集束するのに余分の魔力を使うから、十発撃ってりゃ一時間休ませないと」
「それは……結構ピーキーですね」
ていうかバラーグさんピーキーなものしか作ってないじゃない?
遠距離の先制攻撃に使う予定だから白兵戦の距離になるまで十発も撃つ暇なんてないと思うけど、弓手か魔術師がいるパーティならその十発のためにわざわざ買う必要はないかもしれない。
そもそも黒姫の龍晶石の大出力がないと、その十発にどれくらいの価値があるか。
「ねえねえ、私にもやっていいですか?」
興味津々な感じで目を輝かせる姉さん。
「ほらよ、重いから気を付けてな」
「りょーかい」
二メートル強の金属棒をひょいと構える姉さんにバラーグさんが目を見開いた。
俺たちは便利袋があるからいいけど、これ持ち歩きには向いてないし、そもそもよほど力持ちじゃないと上手く照準できないよね。
今更だが、フィリオさんがバラーグの作品を「微妙に使いづらいもの」と評した理由がよくわかった気がする。
「《貫け》、あはは、たのしー、《貫け》、わーい、当たった!」
そんな俺を余所にパカパカ撃ち続けてる姉さん。
「じゃそれは姉さんが持っていて、便利袋も渡すから」
「本当? やったー」
姉さんはまるで玩具を貰った子供のようにはしゃぐ。
まあ、姉さんが喜んでくれるようだし、いいか。
「それより、この魔道具の名前はなんですか?」
「今はこれ一本しかない出回ってないから、俺は《銃》って呼んでいる」
「なんかジャベリンみたいなエネルギーを飛ばしてるから、《投槍器》が良いと思いますわ」
姉さんが提案してくれた、だが却下で。
「外まで響く音ですから、《霹靂》でいいじゃありませんか?」
っと、そこで後ろからフェリさんの声がした。
「お、いいじゃない、じゃフェリさんの案で……あれ?」
「フィレンさん、レンツィアさん、バラーグさん、ここは魔術実験場ではないのですよ、うちの備品を片っ端から壊すのやめてください。あと、うるさいです」
ジト目のフェリさんに睨まれて、俺たちは何度も何度も頭を下げた。
あれから二日後、俺たちとリース、ロザミアさん四人は、馬の上で揺れながらミステラへと旅立った。
ミステラまでは五日かかる、そして学院の休校日は一週間後、特に急ぐ必要もないから俺たちはゆっくりと道を進んでる。
リースとロザミアさんは初対面の時と同じ白い鎧とローブを着て、それぞれ杖と剣を背負っている。
リースの杖は《電光石火の杖》という、一日三回で神術を無詠唱で発動できる魔道具。
そしてロザミアさんの剣は魔道具ではないが、龍鱗で作った剣らしい。
「素敵な鎧ですね、フィレンさん」
「ありがとう、リースの鎧も綺麗だよ、聖騎士の装束なのか?」
「ええ、これが聖騎士の正装です、ただし私は聖騎士になったばかりでまだ慣れていなくて」
「とても似合ってるよ」
「ありがとうございます」
和気藹々と会話していると、急にルシウスが言ったことを思い出した。
「そういえば、ルシウスがミーロの聖騎士には即死回避の加護がついてるって」
「ええ、私は生まれながら持っていますが、ミーロ様の聖騎士となる者は即死効果のある毒と魔術には極めて高い耐性を授かれます」
「なるほど、リースはフェイバードソウルだから生まれつきだね」
「リースはフェイバードソウルでこの年で既に一流のプリーストと並ぶくらいの神術使い、しかも剣術も優れているから、教会史上最年少の聖騎士となったのだ」
「ロザミアさん……」
リースは恥ずかしそうに俯いたが、ロザミアさんが何故か誇らしそうだ。
確にリースの神術にはフィリオさんも感心していたし、あの杖で暗殺者二人と渡り合えるくらいだから武術もそれなりに出来るだろう。
「ところで、二人はどうやって知り合ったの?」
「ロザミアさんは私が騎士団に入った時からの指導騎士ですから」
「指導騎士とは、新人に騎士団のしきたりを教え込む、そして武術と集団戦闘の訓練をつける人だ」
「あの頃のロザミアさん、すごく厳しかったですね」
「ははっ、若くして騎士団に入り天狗になっている若者は沢山見てきたからな、その鼻っ柱を折るつもりだったが、まさかへとへとになりながらも全部の訓練メニューをこなしてきたとはな」
「ふふふ、訓練は厳しかったけど、ロザミアさんはずっと気にかけてくれましたし、知らない事も熱心に教えてくれましたから」
「指導騎士として当然だ」
二人とも出会い頃のことを思い出してるようで穏やかな表情で微笑んでいる。
「へぇ、先輩後輩の関係なんだね」
「ええ、ロザミアさんは凄く頼りになる先輩で、剣術も凄いのですよ」
「確に凄いな、一本も取れなかったよ」
この数日中ロザミアさんと何回も手合わせしたが、ロザミアさんの剣は堅実で隙がない、姉さんは互角以上に戦ってるが、俺は手も足も出なかった、まるで要塞と戦ってる気分だった。
「いや、二人とも私の若い頃より数段強かったぞ、特にレンツィアさんの体術は凄まじいの一言、あと数年もすればうちの団長とも渡り合えるのだろう」
できれば騎士団にスカウトしたかったなっと漏らすロザミアさん。
俺も姉さんも笑うしかなかった、太陽神の騎士団に入るアンデッドなんて笑えない冗談にも程がある。
話してるうちに、道の前方から一台の屋根付きの荷馬車が見えた。
俺たちは荷馬車とすり違った、その途中で、中から数人の姿が見えて、そのどれも手枷をつけられてる。
奴隷商人か。
この国において奴隷は特に珍しくもない、戦争捕虜か、借金に潰された人たちが奴隷になる。力のない一般人は手枷に自由を奪われ、鉱山などの劣悪環境に働かされる。力のある元探索者と見目麗しい女性は高位の心霊系魔術に心が縛られ、ある程度の環境は保障されるが、もちろん仕事を選べないし、個人財産も持ちえない。
これはまだいい方だ、買い手が国で、働く場所も決まっているから。
戦争奴隷の場合は当然雇い主が国になるが、借金奴隷の場合は国か奴隷商人に買い取られる。しかし国が奴隷を買い取る時は定価だ、国の都合で上下することもあるが、奴隷の借金が十枚でも百枚でも買い取り価格は変わらない。
それに対して奴隷商人は奴隷の商品としての価値、つまり能力や容姿に応じての金を出す。債権者としては勿論金をできるだけ多く回収したいから、借金が多いの人は国ではなく奴隷商人に売られる事が多い。そしてそんな奴隷商人の商売相手は、所謂危なげな仕事をしている人が多い、そういう人に買われると財産どころか命の保証もないのだ。勿論奴隷とはいえ、殺したら相応の罰則がついているが、事故死なら国も介入しにくいから、そういうことは後を絶えない。
正直、ソクラテの死体の入手手段って、奴隷だという線の可能性がかなり濃厚だと思ってる。
「ソラリスさん」
荷馬車とすり違ったあと、姉さんがリースに声をかけた。
深刻そうな顔して、どうしたのかな。
「なんでしょう?」
「さっきの荷馬車から、たくさんの血の匂いがしている」
バラーグさんの銃は銃身が一つだけのガトリング砲をイメージして書いてます。
勿論実際ガトリング砲は手で持ったりはしないでしょうが、怪力のお姉ちゃんですから




