26 三層へ
ソラリスさんの話によると、ミーロ教会は今回のこと自体重要視していないようだ。
たしかに十数年ぶりにヴァンパイアが現れたが、二人の若い探索者に腕切り落とされるほどの間抜けなら恐れるに足りない。
だから実動部隊を動かすつもりはなく、元々ラカーン市に向かう予定のソラリスに一人付けるだけで済んだ。
ソラリスさんはできるだけオブラートに包んで言ってるけど、要はそういうことだ。
ゲゼル教国についてはそもそもヴァンパイアと手を組む証拠がなかったし、ヴァンパイアが人間に与するのも理解しづらい話だから、結局ゲゼル教国には警戒しているが、それはいつものことだ。
「なるほど、そうなんですか」
俺は目を閉じて小さく息を吐いた。
少し落胆したが、こんなのは予想できる範囲と言えなくもない。
これはガーリック村のことを隠しておいて正解だったな、もしありのまま報告したら狂人と思われるかも。
「じゃ、そのヴァンパイアが奪い取った《黒翡翠》というものについて何か知ってますか?」
「いいえ、教会からは特に、私も聞いたことありません」
「そうなんだ……」
「ご期待に添えず、本当に申し訳ありません」
ソラリスさんがそう言って、深々と頭を下げた。
俺は慌てて止めた。
「いや、ソラリスさんのせいではありませんよ!」
「そうですよ、それにソラリスさんとロザミアさんも来てくれたし、十分ですのよ」
「そう言っていただけると助かります」
「しっかし、話を聞くと、もし本当だったらここより北のほうがやばいじゃないか?」
フィリオさんが眉を顰めて心配そうに言った。
「北の方というのは?」
「ブラックデスですね」
ソラリスさんが代わりに答えくれた。
「現在北の州ではブラックデスという伝染病が広まって、いくつの町も滅びました、そろそろ冬になりますけど、都市にも病人が出始めていますし、教会も正直そっちに構い切りで人手が割けません」
「ああ、そのブラックデスがゲゼル教国の仕業って噂もあるしな、こんな時に奴らがあの黒翡翠とやらを手に入れたら大変じゃないか?」
「ゲゼル教国の仕業というのはあくまで噂なのですが、確かに彼が力を手にするとロクな事になる気がしませんね。はぁ……」
ソラリスさんは目を伏せて、微かに溜息をついた。
「結局、俺たちの情報は何も役に立たなかったですか」
「いいえ、お二人のお蔭で、今私とロザミアさんがラカーンにいます、必ず情報を突き止めて、ゲゼル教国の好きにはさせません」
ソラリスさんは真っすぐに俺を見つめて、銀色の眼鏡の下からは意志の強さを感じさせる異色なる瞳。
「ああ、何があったら言ってくれ」
「はい、その時は頼りにさせて頂きます」
一転して笑顔になり、やはりこの人には不思議な魅力があるなと思った。
四日目、道中が予想以上に順調だったから、俺たちは予定より早く三層への階段に辿り着いた。
二層から三層への階段は、横が六メートルくらい、緑色の大蛇のように湾曲してゆるりと続く長い石段。
階段を下りるにつれて、両側の壁が段々高くなり、やがて狭い谷底を歩いてるようになる。
フィリオさんは階段の前で俺たちを呼び止め、
「ここからは気を付けろ、特にこの階段には」
「――――分断トラップ」
ダンジョンは作り手の性格をよく反映する、トラップだらけの嫌らしいダンジョンもあれば、ほぼないのダンジョンもある。翡翠龍の迷宮はその中間で、二層まではトラップがないが、この三層への階段には最初のトラップが潜んでいる。
その最初のトラップが地味に最悪なのが、意地が悪いと言えなくもないが。
そしてここが、俺たちがレーザに裏切られた場所だ。
「ほう、二回目なのによく知ってるな」
「ああ、前の時にちょっとな」
淡々と肯定してる俺に、フィリオさんは何か察したように頷き、言葉を継いだ。
「この階段にはパーティを分断するためのトラップが存在している、しかもトリガーとなる場所は毎回違うから質が悪い、熟練のシーフやスカウトなら見つけるが、俺たちには無理だろう」
「ここの地形は奇襲されやすいですね、もし分断されましたらかなり危険です、どうします?」
ソラリスさんが周りを観察しながら尋ねた。
横幅六メートルはあるが、それでも数体のモンスターで塞げる、加えて上、つまり二層から飛び降りればこちらの陣形を攪乱できるからな。
実際今も数体のモンスターが生者探索に引っかかってる、たぶん俺たちがトラップに掛かるのを待っているのだろう。
「召喚獣に先行させてもらおう、皆よく固まって動くように」
フィリオさんは動物召喚を唱え、数匹の馬を呼び出した。
俺たちは馬たちの後ろ十メートルでその足跡を辿り、小さく固まってゆっくり進んだ。
十分くらい進んだ頃、先頭の馬がトリガーを踏んだのか、急に魔力の流れを感じて、見えない壁が階段を横断して、馬の列を分断した。
これは喚起系魔術力の壁と同じで、物理的な攻撃が一切通じない隔壁。
「よし発動したな、数分で切れるはずだからそれまで待機すればいい――っと、その前に」
騒がしい雄叫びと共に、十数体のモンスターが後方と上方から現れた。
恐竜のモンスター迅猛獣が五体、半分しか実体を持たない明滅犬が八体、あと迷彩で姿を消してる密踪虎が一体。
それなりの数だが、
「レンツィアさん、同時に行こう」
「ええ、わかったわ」
たしかに狭い場所で、見えない壁のせいで退路もないが、それは敵が来る方向も限られてるってことだ。
「いくぞ!」
「放ああああああ!!!」
姉さんとシリウスさんが同時に飛び出し、戦技を放った!
放出系戦技《破山砲》と《斬潰》が押し寄せるモンスターを薙ぎ払う!
「フォックスさん、上!」
「あいよ!」
その隙に、密踪虎が上から後衛へと飛びかかるが、俺とフォックスさんの連携で叩き落した。
「汝、五月雨の如く射貫く矢となれ、多数魔法の矢!」
狭い戦場での乱戦のため、広範囲魔術ではなく、ターゲットを不可視の矢で貫く魔術を唱えたフィリオさん。
魔力の密集掃射を浴びて、前線のモンスターたちがさらに切り裂かれた。
やがてシリウスさんが最後のモンスターを斬り倒した頃、背後の見えない壁も消えた。
「よし、三層いくぞ」
三層に一夜を過ごして、五日目にして俺たちはようやく笹蟹織女の縄張りに踏み入れた。
ここに生息してるモンスターは笹蟹織女と、火を噴く犬型モンスター地獄犬だ
前者は毒、後者は火のブレスが厄介だから全員がソラリスさんに対毒、対火の神術を掛けて貰った。
いくつの小規模の戦闘を経ち、俺たちは外縁部から徐々と中心に近づく。
その時、俺の生者探索に巨大な生物が引っ掛かった。
それも、三体。
数秒後、
「来る!多数!」
「なっ」
フィリオさんが声を上げ、視力がいいの姉さんがその後すぐに敵を見つけ、驚嘆を発した。
巨大な蜘蛛の上に、女性の上半身が生えており、禍々しい複眼で獲物を睨んでいる。
そこまでは普通の笹蟹織女と変わらないが、ハーフドラゴン種は同類より倍も高く、さらには全身を緑色の龍鱗で覆った。
身長こそ食人鬼と同じだが、蜘蛛型の笹蟹織女はその体積も体重も食人鬼の数倍になるだろう。
あの龍鱗、生半可の攻撃じゃ通じてなさそうだな。
それが、二体。
さらに、緑色のハーフドラゴン種の後ろにいるのは一際大きく、禍々しい黒い斑模様の笹蟹織女だ。
黒い龍鱗に、体中には棘が生えており、頭上にもドラゴンのような角が一本。
「あれが、黒姫……」
「おいおい、ハーフドラゴン種は一体じゃなかったのかよ、ギルドの連中がくそ仕事しやがって」
シリウスさんが愚痴をこぼした。まったくの同意見だ。
三体のハーフドラゴン種は二十体ほどの同族を率いている、側面には地獄犬が五体、そしてお馴染みの呪猟犬が二体。
数十体のモンスターがゾロゾロと距離を保ちながら、俺たちを包囲するように動いている。
「火対策は完璧だ、まず通常の笹蟹織女から片付くぞ」
フィリオさんは冷静に指示を下す。
フォックスさんは背中からもう一つの白い大盾を取り出す。
姉さんはいつものように、戦闘の時だけ見せる微笑みをしている。
ソラリスさんは強張った表情で、ぎゅっと杖を握る。
「ギィィィィィ―――――ッ!」
そして、蜘蛛たちの鳴き声と共に、戦いの火蓋は切られた。




