25 ダンジョンに再チャレンジ
「皆さん、少しお待ちください。――我が誓う、光威を示すものなり、《喩世明言》」
ダンジョンに入る前に、ソラリスさんが呪文を唱えて、俺たちにサポートの神術を掛けた。
微かだが、筋力が上昇するような気がする。
「あらゆる基礎能力を上げる神術です、効果は低いけど長時間持続します」
「なるほど、しかし詠唱が早いですね、さすがはフェイバードソウル」
「そんな、大した事じゃありませんわ」
フィリオさんがソラリスさんの神術の腕を褒め上げた。
ほぼ無詠唱で魔術を放てるロントと比べるのは酷だが、ソラリスの神術詠唱も十分に早い、一流の神術使いと比べても遜色ないだろう。
さりげなく姉さんと視線を交わし、やはりミーロの神術はアンデッドに効果が及ばないのようだ。
これは気を付けないとな、神術の中にはアンデッドを問答無用と灰にするものもあるから、フレンドリーファイアーで散るなんて笑えないからな。
今は屍僕強化が掛かってるから、たぶんレジストできると思うけど、さすがに試したくない。
ダンジョンに入ってから、俺たちはフィリオさんの指示で前三後三の陣形を組んでいる。
前方にいるのはハルバードを持つシリウスさんと俺と姉さん。
後方にいるのは魔術師であるフィリオさんと神術使いのソラリスさん、そして二人を守る役の、大盾を持つフォックスさん
やや物理寄りのメンバーだが、その分多少敵が多くても前衛だけで対応できるからフィリオさんは魔力を温存できる。
実際ダンジョンに入ってから二時間、何度もモンスターに遭遇したけど、大体はシリウスさんと姉さんとが飛び出して軽く蹴散らしてきた。
あれ、俺いらなくない?
順調に進むこと数時間、第一層の山岳蛮人の縄張りに入った。
俺たちの目標はあくまで第三層なので、経験豊富な《デトネイター》が比較的に安全なルートを進ませているが、それでもここは少し厄介な場所だ。
これまでの開いた場所と違って、人の数倍もある碧色の岩と石柱が林立して、視界が悪い上に固まって戦わねばならない。
山岳蛮人は力強いだけの人型モンスターだから、数は多いがそれ自体には脅威にはならない。
しかしダンジョンの中には縄張りとか無視するモンスターもいる。単独行動を好むタイプ、たとえば蛇龍、それとよく他のモンスターと手を組むタイプ、たとえば呪猟犬。
山岳蛮人は探索に長ける呪猟犬と手を組むことで、奇襲するのも可能だ。
「右後方、今度は少し多いぞ、一群だ」
一群というのはモンスターが十匹以上のこと。
フィリオさんが使い魔を通じてモンスターを発見したようだ。
俺も生者探索を使っているが、知らせるにはいかないので、今はフィリオさんの使い魔のフクロウたちが斥候を務めている。
俺たちが陣形を組んだまま転向すると、碧色の石柱群の後ろからモンスターが現れた。
呪猟犬が二匹、山岳蛮人が十二、それと四メートルくらいの大きさを持つ食人鬼が二匹だ。
食人鬼はよく他のモンスターを従えて狩りをするモンスター、力も頑丈さも山岳蛮人の比べじゃない。
「デカブツもいやがったな」
「後衛は投石を気を付けろ!」
フォックスさんと俺は防御を固める。一方、ソラリスさんはどこか珍しそうに食人鬼を眺めている。
「あれが、食人鬼ですか」
「汝、その両手を震わせることなかれ、その両足もまた留まることないと知れ、加速!」
フィリオさんのサポート魔術と共に、姉さんとシリウスさんが飛び出す!
数で劣ってる状況は敵を減らせるのが先決、魔術で一時的強化されてる二人は爆発的なスピードで山岳蛮人を屠っている。
その時、風きり音が響いて、二つの投石がフィリオさんに襲った!
「おらぁ!」「おっせーわ!」
投石はそれぞれ、俺とフォックスさんに防がれた。
人の頭もある石を食人鬼の怪力で投げられたのだから、生身の人間なんてもし当たったら爆散する未来しか見えない。
二匹の食人鬼は投擲した後、石の斧を持って走ってくる。
どうやら姉さんとシリウスさんは子分に任して、先に魔術師を潰すつもりだ。
もちろん、そうは問屋が卸さない。
「我が誓う、三千の光威を射するものなり、灼熱の輪!」
「汝、焚焼を受ける苦痛を知れ、火の球!」
食人鬼がこっちに辿り着く前に、二人の攻撃呪文が炸裂!
火達磨になっても雄叫びを上げながら猛進する食人鬼に、俺とフォックスさんが迎撃する。
石の斧を流す、往なす、足元を攻撃して牽制。
戦場の状況を把握しながら、後衛の安全距離を稼ぐ。
自分の倍以上もある巨人の前に、俺たちは人間らしくずる賢く攻撃を繰り出す。
足の腱を狙ってチクチクと神経を逆なでするよう攻撃を入れて、精一杯嫌がらせする
「汝、焚焼を受ける苦痛を知れ、火の球!」
フィリオさんの呪文に、最後の山岳蛮人が倒れた
「参ります!」
それとほぼ同時に、姉さんが地面を蹴る。
歩法に分類する《瞬歩》、戦技の《突進》、全身のバネを用いての跳躍から魔力で回転を速める、一気呵成に行われた動きはまるで一つの芸術のような。
「はあああああああああ!」
ガシャンっと《斬り丸》の凶悪の衝角を突き出せ、強力なねじりを加えて、全身を乗せた我流のドロップキック――《焔螺子》!
凶刃が、城壁のような屈強な食人鬼を大きく食い破り、二匹目の胸元に突き刺さった。
素早く身を回転させ、《斬り丸》で食人鬼を切り裂いた姉さんは危なげなく着地、一匹目の食人鬼が崩れ落ちた頃はもう十分な距離を取っている。
「GAAAA、UUUURYAAAA――!!!」
手負いの食人鬼が姉さんを追いかけようとしたが、後ろからフィリオさんに左足を飛ばされ、為すすべなく転んでるところに俺がトドメを刺した。
「ふぅ、おつかれ」
「いやあ凄かったね、レンツィア君」
「いいえ、お二人さんの呪文のお蔭で長引きせずに済んだのですよ」
風穴が開いていた巨人の胴体を眺めながら、フィリオさんは姉さんを褒めた。
食人鬼は極めて再生能力が高いモンスターだが、身体が火に包まれる内に再生はしないから、二人も躊躇なく火を使ったのだろう。
それでも、頑丈さが特徴の食人鬼をこうも早く倒せるのは驚異に値する。
「それにしても、あの食人鬼を一撃で仕留められますとは、さすがですね」
「バラーグさんが作った武器のお蔭ですよ」
ソラリスさんの言葉に、姉さんは《斬り丸》でスパッと食人鬼の首を斬り落としながら答えた。
食人鬼の頭蓋骨は素材になるから回収する、状況の良い死体があれば死者創造で戦力増やしたいけどなぁ。この場でやることでもないから素直に売るか。
ちなみに複数のパーティが協力する場合は一箇所に集めて換金したら山分けするのが普通だ。
今回は依頼側でもあるソラリスさんの便利袋に預けた。
「凄まじい切れ味だな、その輝き、もしかしてアダマンティウムか?」
魔術師のフィリオさんはアダマンティウムを知っているようだ。
「ええ、そうなんです」
「それに妙な形しているな、ゴーレムか、あのバラーグまたヘンテコなもの作りやがった……」
「知り合いなんですか?」
「ああ、シリウスのハルバードも刃の部分だけはアダマンティウム入りの合金だからな、その時に。あの男、いっつも先人の技術とか言って微妙に使いづらいものを作って、探索者に押しつけるんだよ」
苦笑いする姉さん。
たしかに《斬り丸》はアダマンティウム製じゃなければ微妙に使いづらいどころか、使い道が見つからないかもしれないな。
「武器に対する情熱だけは認めるがな」
「ええ、素晴らしい職人ですよ」
「ほほう、あーいうのがお好みで?」
「いいえ弟一筋です」
「はははっ、まったくフィレン君が羨ましいな」
最高の笑顔を瞬答した姉さんの冗談を軽く笑い飛ばしたフィリオさん。
その後ろからシリウスさんに尻を蹴り上げられた。
「おいフィリオ、お前回収サボってナンパとはいい身分だな」
「はっはっはー、役割分担だと言ってくれ」
「お前大したことしてないじゃん!」
「ほらほら、食人鬼に時間取らせちまったな、さっさと行くぞー」
「またそうやって誤魔化しやがって」
そう言いながら、俺たちはもう一度陣形を組んで改めてダンジョンを進めた。
その日、食人鬼戦以上の戦闘もなく、いたく順調に第一層の半分まで進んだ俺たちはテントを張った。
翡翠龍の迷宮はかなり規模のデカいダンジョンで、最短ルートで行っても第三層までは五日かかる。
もし宝や素材の探索をしながら進むのなら、その三倍もありえる。
今回はみんな便利袋持ってるから食糧と飲水は心配しなくてもいいが、でなければ軽くサバイバルだ。
「しかし、翡翠龍の迷宮って本当に広いですね」
俺たちは火を囲んで食後のコーヒーを啜っている。豆はソラリスさんの自前だ。どうやらよほどのコーヒー党らしい。
姉さんのつぶやきに、フィリオさんが反応した。
「そういや君たちは来たばかりだな」
「ええ、元はセレストの町に、《黒曜の井戸》っていうところを潜ってました」
フィリオさんが首を傾げた。
結構離れてるから知らないのも無理はないか
「黒曜か、ここより小さいのか?」
「十三層もありますけど、井戸みたいに一階一階が狭いのです」
「まあここは町幾つも入れるくらいバカ広いだしな」
「ところで、フィレンさんたちは探索者を始まって何年目になるのですか?」
俺の横に腰を下ろしたソラリスが訊いた。
「俺は四年目ですね、姉さんは俺より一年長いくらい」
「その割に二人の動きは凄くいいですね、どこで武術を学んだのですか」
「いや俺たちは施設の出で、そこの元探索者に教わっただけです」
「すみません……」
顔を曇らせるソラリスさん。
「いいえ気にしないでください。それよりソラリスさんこそ神術も動きも凄いですね?」
「団の皆さんがよく指導してくださったからですよ、でも正直小規模の団体戦は実戦経験が少ないですから自信がなくて」
「そんなことないですよ、俺は言うのもなんですけど、十分ダンジョンで通用するレベルです」
実際ソラリスさんは神術も一流だが、動きも後衛としては悪くない、乱戦での立ち回りも上手くできてるし、ダンジョンは初めてって言ったけど、騎士団でそれなりの経験を積ませたのかな。
「ありがとうございます、フィレンさんにそう言われて嬉しいです」
顔をほころばせるソラリスさん、屈託のない表情はこの時だけ年相応の幼さを残っている。
なんだかモモを思い出させるような素直さだ、きっとそこが皆を惹きつけるのだろう。
「なんなら明日でも探索者になります?」
「ふふふ、考えておきます」
「お、フィレン君やるねー美人の姉の横でナンパかあ?」
フィリオさんが話に加わった、なんだかテンションがやや高い、コーヒーに酔うタイプかな。
俺は小さく笑って答えた。
「そんなじゃないですよ」
「いけませんよフィレンさん、レンツィアさんみたい綺麗な女性を疎かにするなんて」
ソラリスさんが冗談っぽく言った。
これが普通の女性の口から出たのなら、きっと皮肉に聞こえるのだろう、だがソラリスさんの言葉からは一欠けらの悪意も感じられない。
「まあたしかに姉さんは綺麗だけど」
「そこかい」
フィリオさんは呆れたように言う。
姉さんもなんだか嬉しそうに肩をぐいぐい寄せて来てる。
「そうだよフィー君、もっと私を大事にしてー構ってー」
「いつも大事にしているじゃないか」
「もっと構えるのだー」
「姉さん何コーヒーで酔っぱらてんの!?」
可愛く絡んでくる姉さんを往なしているうちに、気付くとソラリスさんと《デトネイター》の人たちが微笑ましく俺たちを見ている。
姉さんのブラコンぶりにも困るものだな、ははは。
「二人とも本当に仲がいいですね」
「ええ、大事な家族ですから」
と、出発する前にソラリスさんとボレミアさんの対話を思い出した。
「そういえば、教会もヴァンパイアの件で動きがあるって聞きましたけど、教えて貰えますか?」
「そうですね、皆さんにも知って頂いた方が良いかと」
ソラリスさんが座り直して、真顔になって喋り始めた。




