24 ソラリス・ラッケン
その日の朝、俺たちは州長家に訪ねる前に、ギルドで《デトネイター》と合流した。
《デトネイター》は男の三人組、リーダーはフィリオという魔術師装束のナイスミドル、金髪と顎髭が良く整えており、動きも様になっていてタキシードが似合いそうな人。
「フィリオ・ロッソだ、よろしく。こちらはフォックスとシリウス」
「フィレン・アーデルです、よろしくお願いします、こちらは姉のレンツィアです」
俺たちは握手を交わした、すると、フィリオさんが悪戯っぽく微笑んだ。
「ああ、知っているさ、《ヴァンパイア殺し》のアーデル姉弟」
「む」
俺は眉を寄せた、まさかこんなふざけた二つ名が出てくるとは。
勿論俺たちはロントを倒していない、噂が尾びれ背びれがついてそうなるのは可笑しくはないが、俺たちの状況を考えれば、これはどちらかというと皮肉の類だろう。
「大袈裟ですよ、ヴァンパイア殺しなんてできるわけないじゃないですか」
俺が淡々とした口調で否定すると、フィリオさんがまるで子供のように笑い出した。
「はははっすまんすまん、揶揄うつもりはなかったんだが、予想以上に君たちが若かったんだから、つい」
「フィリオ、今のは初対面の人に言っていい冗談ではないぞ、俺なら殴ってた」
後ろの長身の戦士――シリウスさんがフィリオさんを咎めた。
フィリオさんが手を合わせて思いっきり頭を下げた。勢いありすぎてこっちがびっくりするくらい。
どうやら紳士風に見えても中身はなかなかノリがいい人みたい。
「いや本ッ当にすまん、俺は勿論君たちの話を信じてるよ」
「あ、ああ、いいえ気にしないでください」
「そもそも証拠がなければ、ギルドも教会も動くはずがないさ」
「教会はもう動いたのですか?」
「ああ、それはこれからソラリスの嬢さんに聞くといい」
「そうですね、分かりました」
俺たちは州長家を訪ねたが、使用人がお嬢様はすでに出発の準備を整え、州長様と一緒に裏側の扉にて待っていると。
裏側に回ったら、そこには四人の男女が居た。
いや、恐らくほとんどの人間は、最初に彼女以外のものに気づくわけがないだろう。
ソラリス・ラッケンはそれほどに鮮烈で、どうしようもなく、目立つ。
シニヨンと結びあげた、雪と見間違うほど白い髪と、銀色の鎧から僅かに覗く、白磁のような肌に楚々とした端麗な顔。
とにかく色素の薄い娘だが、熟れた果実みたいな唇は紅なんて引いてなくても十分に瑞々しい。
何より異様なのはその両目、色が近いためわかりにくいが、左目が青、右目が緑なのだ。
それにフレームの細い銀色メガネを掛けている、左目の下の泣きぼくろと合わせてミステリアスな雰囲気を醸し出す。
十七歳の女の子としては平均的な身長、しかしその纏っている空気でどこか大人びているように見える。
生まれつきの魔術効果を持つ目、魔眼というものがある。
だとすればその眼鏡が魔眼を強化する魔道具か、十分にありえるが、ソラリスさんが魔眼持ちという情報は聞いてない。
しかし、それにしても、
(これは、美人ってレベルじゃねぇぞ……)
姉さん一筋の俺でも軽く目眩むくらいだ、一般人なら男女区別なく魅了されるだろう。
チラと姉さんのほうを見ると、そっちも目を見張って驚嘆してるようにソラリスさんを見ている。
フィリオさんたちはさすがに見たことはあったか僅かしか動揺してない、すぐに取り繕って痩せている男に頭を下げた。
「お初にお目に掛かります、ラッケン子爵州長閣下、《デトネイター》のフィリオ・ロッソです」
フィリオさんにつれて、俺たちも頭を下げた。
貴族への挨拶とかよくわからないが、とりあえず真似すればいいだろう。
ソラリス・ラッケンの横に立っている男――アイン・ラッケンはひどく痩せている、話によるとまだ三十代のはずだが、いぶし銀のような髪と骨張った顔が五十と言われても可笑しくない。そしてその目――黒く濁るその目は、ソラリスを見つめている。
軽く頷いただけの州長に代って、後ろのもう一人の男――家宰なんだろうか――が前に出て会釈してくる。
「ようこそいらした探索者の方々、ラッケン家家宰ルシウスと申します、この度ソラリスお嬢様の護衛の任を受けて頂き、誠にありがとうございます」
「いいえこちらこそ、お嬢様の高名は兼ね兼ね承っておりまして、光栄の極みでございます」
ナイスミドルのフィリオさんが卒がなく対応しているのを横に、俺はマントの下で、予め触れやすい所に固定しておいたナタボウの柄に、指先だけ触れた。
すると、アイン・ラッケンの心臓の部分、そしてソラリスの左目から微かに紫色の光が透けて見える。
周りは気付く様子がない、どうやらその光を見えてるのは俺だけだ。
なるほど、フォー=モサが言ってた「ナタボウを手にして適合者をこの目で見れば自然に分かる」というのはこの事か。
そしてやはりソラリスさんの目には何かがあるようだ。
しかしまさか親子ともに適合者とは、どういう家系だ。
俺はナタボウから手を離すと、紫の光も見えなくなった。
暫くして、ルシウスさんとフィリオさんの挨拶が終わり、ソラリスさんともう一人の女性がこっちに来て握手を求める。
「初めまして、ミーロ教会第三騎士団、ソラリス・ラッケンと申します、どうぞよろしくお願いします」
それは静かな微笑みとともに、落ち着いた静かな声で、雪を彷彿させる容姿を溶けるような暖かさを秘めている。そこにいるのはとてもその年では考えられないくらい、柔らかい雰囲気を持ってる女性だ。
なるほど、これは慕われても可笑しくはないか。
ソラリスさんの後に、もう一人の女性も一礼する。こちらはソラリスさんと同じ鎧を着ている二十代後半の女性。騎士というより武人に近い精悍かつ鋭い気性が現れている人だ。
「同じく、ロザミア・ソーラレイです」
「初めまして、《デトネイター》のフィリオ・ロッソです、こちらこそよろしくお願いします。ソラリス様におかれまして――」
「ふふ、堅苦しいのはいいですよ、私もそういうのに慣れてませんもの」
「ははは、そう言ってもらえると助かります、何せ私たちは作法も分からぬ武人、もし粗相がありましたらご容赦を」
「構いませんわ、武人は率直なのが好ましいですよ。それと、こちらは……?」
ソラリスさんの視線がこっちに向けた。
「初めまして、《フィレンツィア》のフィレン・アーデルです、こちらは姉のレンツィアです、どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。……たしか《フィレンツィア》はヴァンパイアを撃退していましたパーティなんですよね?」
「撃退とはとても言えませんが、確かにヴァンパイアと遭遇しました」
ロザミアさんが一歩前に出た。
「ではあの腕を切り落としたのも君たちなのか」
「はい、そうです」
「その若さで大したものですね、是非その過程を」
「ロザミアさん、私たちには任務がありますのよ?」
放っておいたら肩でも握るくらいの勢いで近寄ってくるロザミアさんを、ソラリスさんの声が止めた。
「う、うむ、では」
「帰りましたらいくらでも話しを聞く機会があります、そうでしょうフィレンさん?」
ぐっ、名前呼ばれただけで至上の美酒を飲んでるようにぐらつきそう。
情けない、俺としたことが……ッ!
心の中で姉さんに謝ってる俺に代って、姉さんが返事をした。
「ええ、こちらとしてもヴァンパイアとゲゼル教国の話を伺いたくと思っておりますので」
「そうですね、貴方達もそれを知る権利があると思います。その話も、いずれに」
「ではソラリス様、それと探索者の方々、ご武運を」
ロザミアさんは一歩下がって、軍人らしい敬礼をした。
え、ロザミアさんは行かないのか?
俺の疑問を見抜いたのか、ロザミアさんが答えた。
「私は別件でここに派遣されましただけです」
「そうですよ、ロザミアさんは自分の役目に頑張ってください」
「はっ、必ず」
「では挨拶も済みましたし、そろそろ出発いたしましょうか?」
俺たちの話が済んだのを見て、フィリオさんが言った。
「ええ、そうしましょう」
そうして、終始一言も発せずに居たアイン・ラッケンと家宰のルシウスに見送られて、俺たちは翡翠龍の迷宮へ向かった。
向かったのはいいが、とある目立つ要素の塊のお蔭で、迷宮に至るまでの道中はかなり注目されてた。
そんな中でまるで気にせずに、ソラリスさんが俺に話しかけてた。
「フィレンさんたちはこの都市に来たばかりと聞いています、翡翠龍の迷宮は初めてですか?」
「今回が二度目になりますね、ほとんど初回と変わらないですが」
一度目は死にそうな目に遭ったていうか死んだし、姉さんが。
「ダンジョンにはよくお入りになります?」
「まあ、探索者ですから、それなりに」
「さすがですね、お若いなのに」
潜らねば生きていけないからな。
と、姉さんが横から会話に加わった。
「それを言うなら、ソラリス様こそお若いのにすでに聖騎士様ではありませんか」
「あら、それはミーロ様のご采配であって、私は何もしておりませんわ」
ご謙遜なことで。
「それと、私の事は様なんていりませんわ、ソラリスか、リースと呼んでください」
「わかりました、ソラリスさん」
「ええ、フィレンさん」
なんだか距離感がやけに近いの人だな。
まさか初対面の人、それも身分高いの女性からいきなり愛称呼びを求められるとは。
「それでね、実は私、ダンジョンは初めてですわ」
「騎士団ではそういう経験がありませんか?」
「アンデッド討伐なら幾度ありましたけど、ダンジョンは領主様の管理下ですので」
「ああ、そういうことですか」
ダンジョンはその地の領主の財産とされている。そしてアンデッドは利益がまったくないただの害悪だが、モンスターは金になる、だから溢れ出すまで教会の介入を嫌がる領主も結構居そう。
「ですからダンジョンでの作法をご教授していただけないでしょうか?」
「それならフィリオさんたちのほうがベテランですし、ここのダンジョンにも詳しいはずですよ」
実際今度の依頼ではソラリスさんは護衛対象になっているし、名目上での引率はフィリオさんだ。
「そうですね、フィリオさんたちのような歴戦の猛者が居てくれると心強いです」
「おうよ、若人にはまだまだ負けませんよ」
「ふふふ」
フィリオさんが腕を上げて筋肉をアピールするかのようなポーズをしている、あんたは魔術師だろうが。
それを見てソラリスさんが可笑しそうに口元を押さえて笑っている。
喋ている内に、翡翠龍の迷宮の入り口が見えて来た。




