23 前準備
夜になると、俺たちはフェリさんの地図を手にして《折れ折れ亭》へと向かった。
大通りから外れた細い路地に分け入って数十分、曲がりくねった路地はまるで迷路のようだ。それに加えて暗く雑然とした建物とドブの臭い、どうやらあんまり治安がいいの場所とは言えないだろう。
道を尋ねながらようやく《折れ折れ亭》に辿り着いた頃、ヴァイトさんと《猛る者》はすでに中にいた。
薄暗い酒場の奥のテーブルを《猛る者》の人たちが占拠している。静かに飲んでるけど、酒を楽しめているとは言えない顔だ。
前に会ったから十日とちょっとしか経ってないけど、ヴァイトさんは少し老けたように見える、顔の影も増えた。
まあ、こんなところに飲んでるくらいだから、懐事情も推して知るべしって所だろう。
「久しぶりだね、ヴァイトさん」
「……何の用だ?」
「では率直に言おう、ヴァイトさんの仲間の借金、俺たちが肩代りにしてやろっか?」
「ふん、下らん冗談だ」
ヴァイトさんたちがまともに取り扱わないのも当然だ、金貨1200枚は決して駆け出しの探索者二人が用意できるものじゃない、普通ならば。
「そう思う?」
俺はヴァイトさんたちにしか見せない角度で、便利袋から革袋を取り出した
袋の中にはたった数十枚の白金貨だが、大事なのは普通の探索者が決して手が届かないはずの便利袋だ。これだけで金貨数千枚は下らない。
ヴァイトさんたちが動揺しているのを見て取れる。
「どういうことだ?」
「言葉通り、そっちの借金を俺たちが肩代りする、担保も利子も要らない、これで仲間を助けるんだろう?」
勿論手形は切って貰うけどね、と付け加えた。
すると、ヴァイトさんは何か理解しがたいものを見ているように眉を寄せて、やがて長い溜息を吐いた。
「目的はなんだ?」
「まず一つ、レーザ及び《ホワイトレイヴン》を捜したい」
「人探しなら――」
「ギルドには通じたくない。もう一つは、お仲間さんがハマってるドラッグ――ハートショットの出所と州長家との関係を探って欲しい」
「俺たちは兵隊じゃないぞ」
「兵隊じゃないから頼むのだよ。勿論これらには報酬も出すぞ」
「報酬は?」
「合わせて金貨百枚だ、ただし俺たちが依頼したのは秘密にして貰いたい、だから依頼の契約を結ぶことはできない」
「そっちを信じろと?」
「金貨1200枚でからかう気はないさ」
「……すこし、仲間と話し合いたい」
「いいけど、できれば今晩で決めてほしいな」
「ああ、一時間くれ」
「了解、そっちで待ってるから」
俺たちはヴァイトさんたちのテーブルを離れて、カウンターに行って注文を取る。
正直姉さんは食べれないし俺も満腹、そもそもこの店にはロクな料理があるとは思えないけど、食べないわけにもいかない。
予想を裏切らずに、まずい摘みと気の抜けたビールを仕方なく飲んでる俺に、ガタッと一人の男が立ち上がって、大股で近寄ってきた。
「おい、《フィレンツィア》だな?」
バラーグさんじゃないが大男だ、薄汚い黄色の髪と探索者装束、腰には二本の剣が下げている。男の顔を見れば酔いが回ってるのは明らかで、後ろには座ったままの三人の仲間がニヤニヤしてこっちを見ている。
また面倒なのに絡まれたなあ。
「ああ、そちらは?」
「ヴァンパイアとやらを見たってのはてめえらか?」
やっぱりか、新参の俺たちを知ってるのは、そういうことだろう。顔までは知らなくとも、若い男女の二人組はそう多くない。
参ったな、ここは舐められないようにするか、それとも穏便に行くか。
っと、悩んでる内に姉さんが答えた。
「ええ、見てたわ、ギルドから聞いたでしょう?」
「はっ、ガキが。どうせゾンビとかでも見てビビッてただけだろ? ヴァンパイアとか抜かせやがって」
「そう言われて騙されるようなギルドじゃないでしょう?」
「ギルドの無能共をこましたろうが、俺はちげぇんだよ!」
いきなり逆上した男が、ハンマーのような拳でカウンターに強く叩いた。
酔っ払いの相手なんてしたくないし、普段ならさっさと退散したいけどヴァイトさんたちの決断を待ってるしな。
ヴァイトさんたちのところに一瞥して、眉を寄せて介入するか迷ってるようだ。
「ひでぇ目に遭わねぇ内にこのガルマ様に嘘こいたことを謝れ! 金出せば許してやら!」
言いがかりも甚だしいな、てか金取るんかい。
「はぁ、酔っ払いと付き合ってられないわ」
姉さんは頬に手を当てて溜息を吐いた。
こっちを挑発して喧嘩になったら身ぐるみを剥ぎ取ろうするのが見え見えで呆れる、酔っぱらってるのも半分演技なんだろう。
さすがに姉さんにこんな男と話させたくないから、横から腕を引いて酒場の外に退避しようとする時。
「何スカした顔しやがんだメスガキ、ひん剥いて犯すぞ!」
「あん?」
「なんだガキ、シメるぞ? さっさと金出さねぇとてめえの前で女をマワしたろうか?」
「上等だ、表に出ろ」
男の目は計画通りと嬉しそうにギラつく、脂光りする口元も吊り上げた。
「おいお前ら、そこのメスガキを見張れ、一番槍は俺のもんだからな!」
仲間に指示を飛ばして大股で扉に潜った男を追って店を出た。
外はすでに真っ暗、こんな治安悪そうな場所に灯籠も深夜までやる店もあるはずがない、あるのは濃い影から伝わってくる人か獣の呼吸音だけだ。路地の隅からいくつの目がこちらを伺ってる、きっとどっちが倒れてもあいつらの餌食になるだろう。
男は剣を抜いて、路地の外側からこっちの退路を断つつもりか立ち塞がってる。
「おいガキ、今ならまだ許してやらなくもねぇ、さっさと金目のモン出せ、てめえも自分ん女が大事だろう?」
「……」
「びびってねぇって口開けろ、動けねぇってんなら趣味じゃねぇが俺がひん剥いてやらぁ、女の前にてめえを使うのもわるかねぇ、がははは――」
「しゃらくせぇんだよ三下が」
俺は低姿勢で一気に距離を詰めた。
やはり酔ってるのは演技か男の反応も悪くない、すぐ剣を振って脳天に切りかかる。だが予想通りだ、この姿勢で真っ正面から接近すれば攻撃できる箇所は自ずと限られる。
俺はギリギリの所で剣を避け、マントを翻して剣に纏わり付かせ――ように見えるが、《闇夜のマント》の下で潜んでるスケルトンが思いっきり剣を引っ張った。
「うおおっ!」
マントの下で何か起きてるか分からないままバランスを崩した男の手首を取って転ばせ――る前に、そのまま一回転して手首を壊した。
「ぎゃああああああ!」
自分から転んだ男を足先で鼻を潰す、もっと甚振ろうかと思ってるけどこいつの仲間と姉さんがまだ中に残ってるから踵で延髄に一撃、それでもまだピクピク動いてるからコメカミにも蹴りを入れ、仕上げに股間を踏み抜いた時にはもう動いてなかった。
一仕事終って店に戻ったら、ちょうど姉さんが三人目を沈めた所だった。
姉さんが男たちを店の外へと運び出してる時、俺はカウンターへ行って迷惑を掛けたのを謝り、ついでに白金貨一枚を渡した。これでこの店から俺たちへの不利の証言は出ないはず。
たとえ官憲でも探索者の間のいざこざにと関与しないのが普通で、そもそもこんなところに兵隊が来るわけないけど、念のためだ。
全部片付いた頃、ヴァイトさんたちも結論が出たのかこちらを手招きした。
「その話、受けようと思ってる」
「それは良かった、では明日の朝で商会に手形立てて貰おう、返済についての詳細はそちらが決めていいから、その時で話そう?」
州長家の依頼と同じ、商会では魔術的に強制力を持っている契約を結ぶことができる。今は金に困ってないから、かなり長めのスパンで返済計画を立てて貰えばいいだろう。
別に善人のつもりはないが、余裕がある時は人助けするのも悪くない。人を助ければその分自分の心に余裕が生じる、というのは姉さんの言葉だ。
見ればヴァイトさんも、その仲間たちもどこか重荷を下ろしたような表情している。
「ああ、仲間を助け後すぐ動く」
「ちゃんと薬抜きしておけよ、何ならその分の金も貸すか?」
「心配ない、それくらいの金はある」
さすがに薬中の人を連れ回るのは無理だし、ヴァイトさんたちが行動する間は監禁施設と治癒術師が必要だ。どれもそれなりに金掛かるが、ヴァイトさんたちも多少の蓄えがあるってことか。
「そっか、ところでヴァイトさんたちはこの都市の生まれ?」
「ああ、そうなんだが?」
「じゃソラリス・ラッケンことを教えてくれないかな?」
「州長の娘か、そういや州長家に取り入りたいって言ったな、だがそいつはやめとけ」
なんだか誤解されたみたいだ、別に娘をどうこうして州長家に取り入るつもりはないけどね。
「あら、どんな女の子でもフィー君にかかればイチコロよ?」
「姉さん話をややこしくしないで」
「ふーん、そんないい男には見えないけどねー」
ヴァイトさんの後ろにいる魔術師の人が言った。姉さん睨まないで、目がマジなんだから、どうどう。
「別にそんなつもりはない、ただどういう人か知りたいだけだ」
「ふむ、聖騎士であるのは知ってるか」
「ああ、それは聞いている、フェイバードソウルだってな」
「ああ、あの州長も凄腕だったが、娘も大したものだ、十五で騎士団に入り、今年十七で聖騎士になったんだ」
十七か、騎士団のことはよく分からないが、きっと異例的な抜擢だろう。
エリートの騎士様か、なんとなくやりづらそうけど大丈夫かな。まあ護衛する必要がなくなるのは楽だけど。
「年下か、残念だったねフィー君」
「何がだ」
たまに姉さんの言う事が分からなくなる、そういう年頃なのか。
「俺も直接会ったことないが、偉く別嬪さんで人気があって、騎士団でも慕われていると聞いている」
「何か実績でもあるの?」
「さあな、第三騎士団はここにはいないからな」
有事の際に備えて、ミーロ教会の騎士団は各地に駐屯している、ラッケン州にいるのは第五と第六騎士団。彼らのメインの仕事はアンデッドの討伐だが、たまに国の要請に応じてモンスター討伐にも駆り出されているから地元の人たちには頼れる存在だ。勿論、助けられない人もいるけど。
「ラッケン州には……第五と第六だっけ? なんでわざわざ遠いところの騎士団に入らせるんだ?」
「可愛い子には旅をさせろっていうだろう?」
「まあ、分からなくもない」
本当にそれだけなら理解できなくもないが、わざわざ遠いところに旅させたのに、箔をつけるために呼び戻すのはどうも不自然だ。
勿論依頼の内容を話すわけにもいかないから適当に話を合わせた。
「しかし聖騎士ってことは神術が使えるだろう? 州長のような魔術師じゃないんだ?」
「どうだろ、魔術の腕は特に聞いたことないから、少なくとも州長レベルじゃないはずだ」
魔術と神術は異なる力で動かすものだから、両方操れる者は少ないし、大体どっちも中途半端なものが多い。
「そっか。まだ何かあるか?」
「ふむ、お前らはどうだ?」
ヴァイトさんは仲間のほうに振り返る、すると魔術師の女の子が手を上げた。
「あたしは一度だけ見たことあるわ」
「何か気になることが?」
「そうだねー、まだ子供なのにすごく美人で……あ、お洒落なメガネをしているの」
「眼鏡?」
眼鏡とは、治癒魔術がまだ普及してない頃の名残だ。今じゃ一部の地域もしくはファッションでつけてる人もいるけど、戦闘の邪魔になるから、それを生業にしている者たちは余程の酔狂でも無い限りに付けようとは思わない。
「たぶん魔道具かな、そんな魔道具聞いたことないけど」
魔道具なら自動的に装着者の体にフィットするから、ほぼ落ちることないだろうけど、しかしそれでも態々メガネの形にする理由がない。
「そうか、色々ありがとう、じゃ俺たちはそろそろ戻るよ」
「ああ、こっちこそ、ありがとうな」
「何か情報あったら通信で知らせてくれ、こっちからは返事できないが」
通信は喚起系の魔術、名前と顔を知ってる相手に短い言葉だけ届ける魔術だが、その範囲は途轍も広くて情報伝達の手段としては極めて優秀。
回数を限られるが、同じ効果の魔道具もあるみたいだ、今はまだ購入する必要はないと思うけど。
「彼女は魔術戦士じゃないのか?」
ヴァイトが姉さんのほうを見るが、俺は肩をすくめる。
わざわざ手の内晒す必要がないのだ。
「……わかった、じゃ明日また会おう」
「ああ、またな」
俺たちは暗い路地をもう一度分け入って宿に戻った。
途中姉さんが訊いた。
「ね、フィー君、どうしてドラッグのこと調べるの?」
「相手は一応州長だからな、もし本当にヤることになったら何かの理由を付けて失脚させてからのほうがいいだろう」
「ふーん、悪い人ならやりやすいとかはないの?」
「ないな、たとえドラッグの元締でも、前の俺たちなら放置か精々情報流すくらいだろう?」
「そうだね」
「ヤるのは、あくまで俺たちの都合だ」
「不器用だね、フィー君は」
姉さんはそう言って俺の腕に絡めてくる、俺は深呼吸して姉さんの匂いを肺に一杯吸い込む。
今日はいろいろあったけど、これでやるべき事は一応済ました。あとは契約を結び、武器を受け取り、そして州長家に行って殺すべきか見定めるだけだ。
三日後、結果から言うと、州長アイン・ラッケンとその娘ソラリス・ラッケン、二人とも適合者である。




