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第93章:希釈作戦と帝国の新株狂騒曲

第93章:希釈作戦と帝国の新株狂騒曲


前回の「国債引き受け」から一週間。

帝国国債の実に五十パーセントを個人名義で保有し、実質的に「ゲスハルト帝国の国家財政の生殺与奪権を握る影の支配者」となってしまったハインリヒ大公の精神状態は、日を追うごとに見るも無残な領域へと追い詰められていた。


朝、ルーセン工科大学の学長室。

ドアが弱々しく開き、入ってきたのは、全身を分厚い毛布ですっぽりと包み込んだハインリヒ大公であった。

その顔は土気色を通り越して青白く、目の下には消えない漆黒の隈が張り付き、足元は生まれたての小鹿のように生まれたてのおぼつかなさで震えている。


「カ、カロン殿……。今日も……今日も無事に朝を迎えられたぞ……。まだ帝都の近衛兵団は儂の首を刎ねに攻め寄せてきてはおらんようじゃ……」


ソファへ倒れ込むように腰を下ろした大公の手には、例の「帝国国債券・保有証明書」の入った頑丈な鉄の小箱が、まるで今にも爆発する時限爆弾であるかのようにガタガタと音を立てて握りしめられていた。


ヒュドールによる『超耐久・神性生体強化』のおかげで、大公の胃壁は竜の鱗の如く強靭で、激痛や胃潰瘍とは無縁である。しかし、内臓が痛まないがゆえに意識は常にクリア極まりなく、気を失って現実逃避することすら叶わない。

「国を実質的に買収してしまった恐怖」という名の純粋な精神的重圧が、二十四時間休むことなく大公の脳髄を焼き続けていたのだ。


「大公閣下、少しは眠れましたか?」

カロンが温かいハーブティーを差し出すと、大公は両手でカップを震わせながら啜り、涙目で首を横に振った。


「眠れるわけがなかろう……! 昨夜もエレノアが夢に出てきてな……『あなた、近衛兵が来ましたわ! ギロチン台の切れ味はいかがかしら!』と叫ぶのじゃ! 子供たちも儂の顔を見るたびに『お父様、明日はまだ生きてる?』と怯えておる!

儂は……儂はただの地方領主でいたかっただけなのだ! 国家を半分握るなどという大逆の真似、恐ろしくて心臓が保たんわい!!」


ガタガタ、ブルブルと毛布の中で激しく痙攣する大公の姿。

カロンはその痛々しい様子を真剣な面持ちで見つめ、小さく息を吐いた。


(……これはまずいな。このままでは、胃袋は無事でも大公閣下の精神が先に完全に崩壊してしまう。

大公閣下が握ってしまった『国債五十パーセント』という支配力を、なんとしてでも安全な水準まで薄め(希釈し)なければならない……)


だが、ただ市場に国債を放出すれば、信用失墜による大暴落とハイパーインフレを引き起こす。

必要なのは――国家の財政破綻を招くことなく、国王自らに「自発的に、大喜びで国債を買い戻させる」ための、圧倒的な原資(キャッシュ)を王宮へ生み出させることであった。


カロンの頭脳の中で、近代金融と産業工学の歯車が超高速で噛み合っていった。


「……大公閣下」


「な、なんじゃ、カロン殿……? 遺言状の書き方なら、もう三回清書したぞ……」


「遺言状は暖炉にくべてください。……解決策を思いつきました。閣下のその恐ろしい国債の保有比率を、合法的に、かつ劇的に薄める作戦です」


大公がガバッと毛布から顔を跳ね上げた。

「な……何じゃと?! ほ、本当か?! 儂をこの地獄から救い出してくれるのか?!」


カロンは立ち上がり、黒板の前に立ってチョークを走らせた。


「ええ。名付けて――『第三者割当増資・国家引き受け&国債買い戻し大作戦』です」


カロンは黒板に、帝国の全土図を描き出した。


「いいですか、大公閣下。現在、ルーセンと帝都を結ぶ『帝国中央第一高速道路』、そして『ルーセン銀行局』と『冒険者ギルド』は、いずれも爆発的な利益を叩き出しています。

しかし、その事業エリアはまだ『ルーセン』と『帝都』という点と点に過ぎません。

そこで――この三大企業の事業規模を、一気に帝国全土へと拡張する大規模な建設計画・事業展開計画をぶち上げます」


カロンはチョークで次々と矢印を書き足していく。


帝国高速道路の全国延伸:


帝都からさらに北の穀倉地帯、南の港湾都市、そして西のドワーフやエルフの国境地帯へと続く、総延長二千キロメートルの「第二期・第三期高速道路網」の建設。


ルーセン銀行局の全国支店展開:


帝都支店に続き、帝国全土の主要十都市に一挙に直営支店を開設し、全土の為替と預金を一網打尽に掌握。


冒険者ギルドの全国株式会社化:


ルーセン単体だった警備輸送の法人化を、帝都本部および全国五十都市の地方ギルド支部へ一気に統合・拡大。


「これだけの巨大な事業拡張を行うとなれば、当然、膨大な追加資金――すなわち『巨額の増資(新株発行)』が必要となります」


大公が目を白黒させる。

「ぞ、増資……? 新しい株を山のように刷るということか?」


「そうです。そして――その新しく発行する新株の権利を、先日、国債を売って懐がホクホクになっているセルセデス3世国王陛下に、丸ごと買い取ってもらうのです」


カロンは不敵な笑みを浮かべ、作戦の核心を突いた。


「国王陛下は今、国債を売却して得た莫大な金貨を国庫に抱えています。その遊休資金を、この『全土に拡大する超有望企業の株』へと投資させるのです。

国家が直接大株主となり、全土のインフラが拡張されるとなれば、企業の信用力は天井知らずに跳ね上がり、株価は間違いなく大暴騰します。

そして――株価が跳ね上がって大きく儲かったその利益を使って、国王陛下に『大公閣下が持つ国債』を買い戻してもらうのです!」


カロンは黒板の「大公:国債50%」という文字を指差した。


「国王陛下が儲けた金で閣下の国債を買い戻せば、閣下の保有比率は五十パーセントから、安全圏である十パーセント程度へと一気に薄まります。

大公閣下は国家を実質支配する重圧から完全に解放され、国王陛下は巨額の株式売却益と配当を手に入れて大喜び。誰も血を流さず、誰も損をしない、完璧な資本の循環です」


「お……おお……っ! おおおおおおおっっ!!」


ハインリヒ大公の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。

大公は毛布をかなぐり捨て、床に膝をついてカロンの作業着の裾にすがりついた。


「カロン殿ォォォッ!! 天才じゃ、お主は本物の救世主じゃァァッ!!

やる! 直ちにやるぞ! 儂の全財産を投げ打ってでも、その計画書を今すぐ帝都へ持って行こうぞォォッ!!」


安堵のあまり号泣する大公を抱き起こし、カロンは早速、緻密な事業目論見書と増資引き受け契約書をまとめ上げ、再び銀色のEVで帝都へと向かったのであった。


同日午後、帝都王城・玉座の間。

国債を売却して得た金貨の山を前に、ここ数日ずっと機嫌よく鼻歌を歌っていた国王セルセデス3世は、カロンとハインリヒ大公から提示された「事業拡張と新株引き受けの提案書」を食い入るように見つめていた。


「……何と。あの高速道路を帝都からさらに全土へ伸ばし、銀行とギルドも全国組織として再編するとな?

そして、その新株を……余の国庫にある金で引き受けろと申すか?」


「はい、陛下」

カロンが恭しく一歩進み出た。


「先日、国債の売却で得られた資金をただ金庫に眠らせておいては、金は一銭の富も生み出しません。

その資金を、帝国の動脈たる高速道路、金融、治安インフラの新株引き受けに充てるのです。

国家が筆頭格の出資者として名を連ねれば、国民も商人も絶大な安心感を抱き、帝国の威光は大陸中に轟くことでしょう。もちろん、将来の配当収入も国庫へ直接入ってまいります」


セルセデス3世の喉が、ゴクリと鳴った。

高速道路がもたらした驚異的な時間短縮と、銀行局の莫大な利益は、国王自身が身をもって知っている。それが全土に広がり、その大株主になれるというのだ。


「うむ……! 断る理由など微塵もないわ! 直ちに国庫の資金を動員し、その三社の新株を余が全て買い取ってくれよう!!」


国王の即断即決により、前代未聞の「国家による大規模第三者割当増資の引き受け」が電撃的に成立した。


そして、その翌週――。

ルーセン証券取引所の立会場は、開場以来かつてないほどの、天地を揺るがす大爆発を迎えることとなった。


午前九時。

開場の大鐘が鳴り響いた瞬間、フロアを埋め尽くす何百人もの場立ちたちが、絶叫とともに狂乱のハンドサインを天へ突き上げた。


「買いだァッ! 帝国高速道路の増資株、全額成り行き買い!」

「ルーセン銀行局、帝都および全土進出決定! 買い気配が止まらないぞ!」

「冒険者ギルド株式会社、全土統合! 売り手ゼロ、買い注文が十万株を突破したァッ!!」


『事業規模の全土拡大』という圧倒的な将来性。

そして何よりも、『ゲスハルト帝国政府と国王陛下が直々に巨額の出資を行い、筆頭株主となった』という究極の国家保証(ソブリン・クレジット)。


この二つのメガトン級の好材料が市場に投下された瞬間、国内外の豪商、貴族、そして市民たちの投資資金が、津波のように押し寄せたのである。


カシャカシャカシャカシャッ!! チーン!!

機械式回転計算機が火を噴かんばかりの勢いで回転し、黒板係のドワーフたちが脚立から落ちそうになりながら数字を書き換えていく。


株価は、連日連夜のストップ高を記録。

わずか十日間の取引で――

増資された新株を含む関連銘柄の株価は、公募価格から「実に六倍」という、天文学的な暴騰を叩き出したのである。


「あ、上がりすぎだ! このままでは株価が高すぎて、一般の市民や職人が一枚も買えなくなってしまうぞ!」

取引所フロアから悲鳴が上がった。


カロンは即座に特別措置を発動した。

「場立ちの皆さん、慌てないでください! 直ちに『株式分割(一株を五株に分割)』を実施します! 既存株主の権利はそのままに、市場での売買単価を引き下げ、取引の流動性と買いやすさを維持します!」


このカロンの迅速かつ近代的な株式分割の処置により、市場の過熱感は適度な流動性へと整えられ、暴落を招くことなく、盤石な高値圏が維持されることとなったのである。


そして――カロンが描いた「真のシナリオ」が、完璧な形で結実する瞬間が訪れた。


帝都王城、特別財務評議の間。

セルセデス3世は、財務官から手渡された「王室保有株式の時価評価および売却可能益一覧表」を見つめたまま、文字通り言葉を失っていた。


「……な……」


王の唇が、小刻みに震える。


「な……なんじゃ、この金貨の桁は……?

余が……国庫から出した資金が……わずか十日余りで……六倍に膨れ上がっておる……?

幻か……? 余は今、天界の宝物庫の帳簿を見ておるのか……?」


「陛下、現実でございます」

控えていたカロンが、静かに微笑みながら進み出た。


「今、この高値の市場において、国王陛下が引き受けられた新株のごく一部――全体の二割程度を市場へ売却なさってください。

それだけで、手元には元本を遥かに超える、天文学的な純利益(キャピタルゲイン)が現金として国庫へ残ります」


「う、うむ……! それで、その金を使ってどうするのじゃ?!」


カロンは、隣で祈るように手を組んでいたハインリヒ大公を手招きした。


「その有り余る売却益を使って――ハインリヒ大公閣下が保有されている帝国国債の『四十パーセント分』を、市場価格で即座に買い戻す(繰り上げ償還する)のです」


カロンの言葉に、セルセデス3世の目が輝いた。

「おおっ……! そうか! 国債を買い戻せば、余がハインリヒに毎年払わねばならんかったあの鬱陶しい利子の支払いが、一気に四割も消えてなくなるではないか!!

しかも、それでもまだ国庫には莫大な利益が手元に残り、手元に残した株からは未来永劫、莫大な配当金が王室へチャリンチャリンと入ってくる……!

余の借金が消え、金が残り、収入が増える……そんな美味い話があってよいのか?!」


「すべて合法的な資本主義の果実でございます」


「ハインリヒィィィッ!!」

セルセデス3世は玉座から飛び降り、床を蹴って大公へと駆け寄った。

そして、威厳も王冠もかなぐり捨てて、大公の手を両手で力強く握りしめ、顔をくしゃくしゃにして大粒の涙をボロボロと流したのである。


「すまなんだハインリヒ! 余は一瞬でもそなたの忠義を疑い、金を巻き上げてやろうなどと浅ましいことを考えておった!

それなのに、そなたは儂にこれほどの富と名誉をもたらし、国の借金まで綺麗に片付けてくれた……!

真の忠臣じゃ! そなたこそ我が帝国の至宝、余の無二の兄弟じゃァァッ!!」


「へ、陛下ァァッ……! ありがたき幸せにございまするゥッ!!」


大公もまた、別の意味の嬉し涙を滝のように流して玉座の間に崩れ落ちた。


(助かった……! 助かったのじゃァァッ!!

これで儂の国債保有比率は、危険極まりない五十パーセントから、わずか『十パーセント』の安全圏へと引き下げられた!

国家を実質支配する恐怖から、ついに解放されたのじゃァァッ!!)


国王は泣いて喜び、大公は生還の喜びに震えて泣く。

二人の男が抱き合って号泣するその横で、国王はカロンの肩を何度も何度も力強く叩いた。


「カロン学長! 感謝する、心から感謝するぞ! そなたの知恵は、帝国の十個軍団の軍事力よりも遥かに尊い!

望むものがあれば何でも申せ! 帝国最高の栄誉と特権を、そなたに永久に授けてやろうぞ!!」


「恐縮に存じます、陛下」

カロンは優雅に一礼し、心の中で深く安堵のため息をついたのであった。


そして――この「全国展開に伴う株価六倍の暴騰」と「株式分割」の恩恵を、最大限に浴びて狂喜乱舞していたのは、事前にカロンの言葉を信じて高速道路やギルド、銀行局の株をガチガチに握りしめていた「身内たち」であった。


株価が六倍になり、さらに株数が五倍に増えたのだ。

彼らの資産価値は、前回の狂乱を遥かに超える、天文学的な領域へと跳ね上がっていた。


その夜のルーセンは、至る所で「壊れた大人たち」の歓喜と祝杯の雄叫びがこだましていた。


【ギルバートのアパート:完全無欠の大富豪】

「ガハハハハハハッ!! ざまあみろってんだァッ!!」

ギルバートの部屋では、ギルバートが上着を放り投げ、イグニと肩を組んでテーブルの上で踊り狂っていた。


「見たかイグニ! 冒険者ギルドが全国組織になって、株価がまた六倍だぞォッ!

食堂の無料開放で破産するどころか、向こう五十年分の飯代を前払いしてもビクともしねえ大金が転がり込んできちまった!

おいイグニ! 明日は帝都の最高級酒場へ殴り込みだ! 樽ごとヴィンテージワインを飲み干して、店ごと買い取ってやるぜェッ!!」


「おうギルバート! てめえ最高だぜ! 炎の神の俺が認めてやる、お前は天界一の太っ腹だァッ!!」

赤髪の荒神と元Aランク冒険者が、ワインを浴びるように喉へ流し込み、夜通し大笑いしていた。


【ゲオル商会:女傑の覇道確立】

「ふふ……あははははっ! 完璧ですわ、カロン……!」

会頭執務室で、マリアベルは計算機の弾き出した数字を見つめ、美貌を紅潮させていた。


「銀行局の全国展開に伴い、我が商会の全土物流網の価値が完全に独占的な地位を確立いたしましたわ。

帝都の保守派商会の買収どころか、ルートリード皇国やドワーフの諸都市の商業ギルドまで、我がゲオル商会の傘下に収める資本が整ってしまいました……!

もう誰にも私を止められませんわ! 大陸の全ての富は、我が手のひらの上で転がるのです!」

冷徹な女傑の仮面を完全にかなぐり捨て、マリアベルは極上のシャンパンを一人で飲み干していた。


【新工房区の酒場:ドワーフ親方衆のゴールドラッシュ】

「「「うおおおおおおおおっ!! カロン万歳! 株万歳じゃァァッ!!」」」

酒場では、父ガイルとバログ大親方が、机の上に金貨の袋をピラミッドのように積み上げていた。


「ガイルよ! 儂らの株がまた六倍じゃぞ! 分割とかいうやつで、手持ちの株の紙切れが五倍に増えおったわい!」

「おうよ大親方! 最新の魔導旋盤どころか、ガロニアとガイゼンに新しい溶鉱炉と巨大プレス工場を丸ごと新設できるぜ!

職人全員に純金のツルハシを配ってやる! 今夜はルーセン中の白ビールを全部飲み干すぞォッ!!」

ドワーフたちがジョッキを床に叩きつけ、髭を泡まみれにして歌い踊っていた。


【大学タワー四階:生物学者の予算天国】

「……信じられない……」

マルクス学部長の研究室では、マルクスが震える手で顕微鏡を抱きしめ、涙を流していた。


「ペニシリンの大量培養プラントの予算どころか……帝国全土に『バイオ医薬品研究所』を十箇所新設できるだけの金が、口座に振り込まれている……。

ボルト先生……! 私たち、もう学会の予算申請書で頭を下げなくていいんですね?! 好きなだけ試薬を買い、好きなだけ寒天培地を使えるんですね?!」


隣のソファで、高級葉巻を咥えたボルト副学長が、煙の向こうで至福の笑みを浮かべていた。

「うむ……マルクス君、これが『資本主義の愛』というやつじゃよ……。研究室の床を全部大理石に張り替えさせようかのう……ふふふ……」


【大公邸の執事室:老執事の完全なる昇天】

「おお……神よ……天界の五柱の至高神よ……!」

老執事セバスチャンは、机の上の通帳を押し戴き、正装のまま床に平伏して咽び泣いていた。


「大公閣下の国債の危機が去り、私めの資産はまたしても六倍に膨れ上がりました……。

もう裏紙など使いません……! 明日からは、領主邸の帳簿の表紙をすべて純金箔で装飾し、執事室の羽根ペンをすべてフェニックスの尾羽に変えさせていただきますぞ……ううっ、生きていてよかった……!」


【東門警備本部:騎士の黄金伝説】

「親父……信じてくれ……俺の株が、また六倍になったんだ……」

ガース卿は、昨日暖炉にくべ損ねた父親への手紙に、震える手で追伸を書き殴っていた。


「『段々畑の舗装どころではない……クロル村の周囲に、ルーセンと同じ外郭城壁を築き、村人全員に純銀の甲冑を配れるほどの金が手に入った……。近々、メガEVバスをチャーターして村人を全員ルーセンの高級ホテルへ招待するから、首を洗って待っていてくれ……』」

ガースは自らの佩刀を掲げ、神速で富をもたらした工科大学のタワーへ向けて深々と敬礼を捧げていた。


【リアリスの一軒家:エルフの聖地化計画】

そして、住宅街の一軒家。

リビングで通帳を開いたリアリスは、息を呑んだ後、ふふっと妖艶な笑みをこぼした。


「……六倍。シルフ様のアイス十年分どころか、街中の高級カフェを丸ごと三軒買い取れるわね」


隣のソファで、絵本を読みながらイチゴパフェをスプーンで突いていたシルフが、目を輝かせて見上げてくる。

「リアリスさん、またすっごくご機嫌ですねぇ? お顔がキラキラしてますぅ!」


「ええ、とってもご機嫌よ、シルフ様。明日からはね、毎日パフェを三段重ねにして、金箔を散らして召し上がっていただきますわね」

「ふぇぇ……! きんぱくのアイス……! すっごく楽しみですぅ……!」


誰もが富を手に入れ、誰もが破滅の淵から生還し、未来の繁栄を確信していた。


深夜十一時。

大聖堂裏手のアパート、二階の自室。


カロンはいつものように、自慢の電気温水器から完璧な四十一・五度に沸かされた湯船に、肩まで深く身を沈めていた。


「……ふぅぅぅぅぅ……っ」


湯気の中に吐き出されたため息は、これ以上ないほどの安堵と達成感に満ちていた。


国債の買い戻しにより、ハインリヒ大公の保有比率は安全な十パーセントへと低下。国家転覆の謀反疑惑は完全に消滅し、大公一家の胃と精神には平和が戻った。

国王は借金を減らし、巨額の株式益と配当を手に入れて泣いて喜んだ。

そして、全国へと延伸される高速道路、銀行局、冒険者ギルドのネットワークは、ルーセン工科大学が誇る近代工学の果実を、帝国全土の隅々にまで行き渡らせる盤石のレールを敷き終えたのである。


(……大公閣下の命も救え、帝国のインフラも整い、市場も健全に拡大した。

これ以上ない、完璧な軟着陸(ソフトランディング)だな)


カロンが目を細め、湯船の中で手足を伸ばした――その時であった。


バアアアアアンッ!!


案の定、一切のノックなしに脱衣所の扉が開け放たれ、湯気の立ち込める浴室のすりガラスの向こうから、黄金の髪を揺らした人影がドカドカと乱入してきた。


「カロン〜〜ッ!! また株ってやつが六倍になったんですってねぇぇぇっ!!」


「わっ!? メリス様、だから入ってくるなと何度言えば……!」

カロンが湯船の中で身を縮めるが、駄女神メリスは満面の笑みで浴槽の縁に両手をバンッとついた。


「聞いたわよ! 王様も大公も、街のみんなも大金持ちになって大騒ぎじゃない!

ってことはよ……! 私の『一日特盛パフェ五杯計画』、何の問題もなく永久フリーパスってことよね?!

明日はね、帝都の高速道路のサービスエリアに新しくできた、あの『メガ盛りプリンアラモード』を食べに連れてってちょうだい! 車を時速百四十キロでぶっ飛ばして行けば、おやつの時間に間に合うでしょ?!」


「……はぁ。高速道路は、あなたの買い食いのために作ったのではないのですがね」


カロンは深い、深いため息をつきながらも、どこか口元を緩め、手桶の湯をすくって自らの頭からザバリと被った。


「まあ……明日の午後の会議が早く終われば、考えてあげましょう。ドアをノックして部屋に入ることができたら、ですがね」


「やったー! カロン大好きーっ☆ 明日はプリンよーっ!!」


夜空の下、窓の外を眺めれば――

ルーセンから帝都へ、そしてその先の地平線へと向けて真っ直ぐに伸びる白銀の高速道路が、魔導街灯の光を帯びて美しく輝いていた。


富と知恵、そして少しばかりの狂騒を乗せて。

学園都市ルーセンは、また一つ、誰も見たことのない新たなる近代の地平へ向けて、力強くその歩みを進めていくのであった。

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