第76章:凱旋の美酒と三神の教団
第76章:凱旋の美酒と三神の教団
天蓋山脈の険しい国境を越え、シルフの優しい神風に背中を押されて西武幹線街道を矢のように駆け抜けた「第一号試作型メガEVバス」。
茜色と紫紺のグラデーションに染まる帝都グランツの西門を抜け、夕暮れの市街地を静かに滑走した十トンの巨躯は、そのまま王宮の内郭へと進入し、白亜の王城本館前の大広場に滑り込んだ。
プシューーーッ!
エアブレーキが小気味よい排気音を響かせ、前後の乗降扉が開く。
運転席から降り立ったカロン、助手席のガース隊長、そして後部座席から続々と降りてくる三柱の神々と屈強なドワーフ親方衆。
出迎えた近衛騎兵隊と王宮の文官たちは、埃一つなく磨き上げられた鉄の巨獣と、全員が無傷で帰還した遠征隊の姿に、割れんばかりの歓声を上げた。
「カロン学長、神々の皆様方! よくぞご無事で!」
近衛兵の先導を受け、一行は直ちに王城二階の「謁見の間」へと通された。
すでに室内には、玉座に座る国王セルセデス3世、イザベラ王妃、ハミル第一王子、セレスティア第一王女、そして新宰相に就任したハインリヒ大公、帝都に残って大学と商業の復興を取り仕切っていたマルクスとマリアベルが勢揃いしていた。
カロンは深々と礼を取った。
「国王陛下。このような日没後の慌ただしい時間にお目通りをいただき、恐縮に存じます。……アストル神聖教国への特命潜入任務、ただいま完了いたしました」
「おお、カロン学長! 堅苦しい挨拶などよい! まずは全員の無事な顔を見られたこと、これ以上の喜びはないぞ!」
セルセデス3世が身を乗り出す。
カロンはアイテムストレージから、金箔で美しく縁取られ、真新しい「青地に銀の百合」の国璽が押された重厚な親書を取り出し、恭しく国王へと捧げた。
「陛下。アストル教国を裏から操り、帝都のクーデターを扇動していた教皇ならびに十二枢機卿は、メリス様の神罰とブルネジ伯爵率いる改革派貴族の手により、完全に無力化・拘束されました。教国の旧体制は解体され、信仰の自由と法治主義を掲げる新国家――『ルミナス共和国』が樹立されました。こちらは、初代大統領に選出されたブルネジ殿より託されました、陛下への直筆の親書でございます」
国王は震える手で親書を受け取り、ハミル王子と共に視線を落とした。
書面には、旧教皇庁による帝国侵略工作に対する正式な国家謝罪、帝都クーデターに関与した首謀者の身柄引き渡し、そしてゲスハルト帝国との間における「恒久的不可侵条約」ならびに「関税撤廃を含む自由通商条約」の締結を強く希望する旨が、誠実かつ格調高い筆致で記されていた。
読み終えたセルセデス3世は、深く、深く天を仰ぎ、重厚な安堵の吐息を漏らした。
「……おお……! 我がゲスハルト帝国が、建国以来百年にわたり頭を悩ませてきた西の狂信国家の脅威が……跡形もなく消え去ったばかりか、友好的な平和国家として生まれ変わるとは……! カロン学長、そして神々の皆様方、そなたたちは帝都のみならず、帝国全土の未来を救ってくれたのだ!」
国王は立ち上がり、玉座の階段を下りてカロンの手を固く握りしめた。
その瞳には、一国の主としての深い感謝の光が満ちていた。
「おい王様! お礼の演説はもう十分よ! それより、約束のアレはどうなったのよ、アレは!!」
感動の余韻を容赦なく切り裂いたのは、玉座の間の大理石の柱に寄りかかり、お腹をさすっていた駄女神メリスであった。
「私ね、教都でも美味しいものはいっぱい食べたけど、王宮のシェフが腕によりをかけた『特大ケーキ付きのフルコース』を食べるまでは、胃袋が納得しないのよ! 早くしなさいよね!」
「ははは! 相変わらずの健啖ぶり、実に頼もしい!」
セルセデス3世は豪快に笑い、控えていた王室筆頭料理長へ合図を送った。
「直ちに大食堂の晩餐を開け! 王室秘蔵の飛竜肉の熟成ロースト、王立ワイナリーの最高級ヴィンテージ、そしてメリス様のための特製三段イチゴタワーケーキを、厨房総出で運び込むのだ!」
「きゃあああああっ! 話が分かる男は大好きよーっ!!」
メリスが歓喜の悲鳴を上げ、大食堂へと先陣を切って突撃していった。
大食堂の豪奢な長テーブル。
運ばれてくる芸術品のような宮廷料理の数々を前に、メリスはフォークとナイフを両手に持って猛烈な勢いで平らげ、シルフはセレスティア王女に取り分けられた色鮮やかなフルーツタルトを「おいひいですぅ」と頬張り、トーラ神はバログ大親方たちと大杯のエールを酌み交わしていた。
そんな喧騒の片隅で、カロンの隣に、真新しい深紫の宰相ローブをまとったハインリヒ大公が腰を下ろした。
「カロン殿……改めて、無事の帰還を祝すぞ」
大公が、静かにワイングラスを傾けながら微笑みかけた。
「ありがとうございます、宰相閣下。帝都の留守をお預かりいただき、感謝いたします」
ハインリヒ大公はグラスを置き、声を潜めてカロンの耳元へ囁いた。
「……ところで、カロン殿。クロル村での一件……諜報網を通じて、儂の耳にも入っておるぞ」
カロンのこめかみがピクリと跳ねた。
「……どこまでご存知で?」
「皆殺しにされた村の男たちが、二十名以上、傷一つなく生き返った件だな」
大公は苦笑いを浮かべ、自らの胃のあたりを軽く叩いた。
「安心しろ、カロン殿。君が人間業を遥かに超えた至高の蘇生魔導を使ったなどと世間に漏れれば、帝都の教会や貴族どもが君を『生き神』として崇め立て、ルーセンに押し寄せて収拾がつかなくなる。……ゆえに、儂の方で国王陛下と謀り、『クロル村の悲劇に心を痛められた慈愛の女神メリス様が、神の奇跡によって村人たちを黄泉の国から連れ戻された』という公式記録にすり替えて、中央神殿と公文書館に根回しを完了させておいた」
「……っ! 宰相閣下……!」
カロンは心底から胸を撫で下ろした。
もし「ドワーフの工科学長が死者を蘇生できる」などと公になれば、世界中から不治の病や死者を抱えた陳情者がルーセン工科大学へ殺到し、学問どころではなくなってしまうところだったのだ。
「流石は宰相閣下です。完璧な政治的配慮、痛み入ります」
「ふっ、儂と君の仲ではないか。君の胃袋と平穏を守るのが、この新米宰相の最初の仕事というものよ」
ハインリヒ大公は悪戯っぽく笑うと、視線を少し離れた席で直立不動のまま宮廷料理を恐る恐る口に運んでいる男――東門警備隊長ガースへと向けた。
「そしてな、カロン殿。もう一つ、極めてめでたい話がある。……ガース隊長のことだ」
「ガース隊長ですか?」
「うむ。今回のクーデター鎮圧における電撃作戦の先導、クロル村での盗賊団壊滅への貢献、そして何より、誰も知らぬ山岳の抜け道を案内して教国への無血進駐を成功させた功績……。一介の地方警備隊長の手柄としては、あまりにも破格だ。……余の推薦により、国王陛下が彼を『帝国直参・騎士爵』へと昇爵させることを決定されたのだ」
「騎士爵……! 平民から貴族への取り立てですね!」
カロンの顔がほころんだ。
「そうだ。君の意見も聞きたいと思ってな。どうだね、カロン殿?」
「賛成以外の言葉がありません。彼は命を賭けて私たちと帝国を守ってくれました。相応しすぎる栄誉です」
二人は顔を見合わせ、満足そうにグラスを合わせたのであった。
翌朝。抜けるような青空の下、王宮の大謁見の間において、厳粛なる「叙任式」が執り行われた。
真紅の絨毯の前に進み出たのは、仕立て直された白銀の近衛甲冑に身を包んだガース隊長であった。
いつもルーセンの東門で「また神様を連れてきたんですかァッ!?」と絶叫していたあの男が、今は緊張の極みに達し、全身の関節を小刻みにガタガタと震わせながら、国王セルセデス3世の御前へと跪いていた。
国王が立ち上がり、帝国の聖剣をガースの両肩へと静かに当てた。
「東門警備隊長ガース。そなたの忠勇、機知、そして祖国と故郷を愛する不屈の魂、誠に見事であった。国家の危急を救いしその勲功を称え――余は帝国法に基づき、そなたをゲスハルト帝国直参『騎士爵』に叙す! 今後は我が帝国の誇り高き騎士として、民と領地を守る剣となるがよい!」
「は……ははぁっ……!!」
ガースは床に額を擦り付けた。
その瞳から、大粒の涙がポロポロと絨毯へと零れ落ちる。
「あ、ありがたき仕合わせにございます……! この身、この命尽きるまで、帝国と……そして我が愛するルーセンのために捧げ尽くす所存にございます……!!」
式典を見守っていたカロン、リアリス、ギルバート、そしてドワーフ親方衆から、割れんばかりの温かな拍手が巻き起こった。
バログ大親方が「ガースの小僧、立派になりおってからに!」と目頭をゴシゴシと拭っている。
式典の後、控室の廊下でカロンに歩み寄ってきたガースは、まだ赤く腫れた目を擦りながら、照れくさそうに頭を掻いた。
「学長……本当に、何とお礼を言えばいいか分かりません。平民の警備兵に過ぎなかった俺が、貴族の端くれである騎士になれるなんて……」
「あなたの実力と忠誠が勝ち取った栄誉ですよ、ガース卿。……胸を張りなさい」
カロンが微笑むと、ガースは力強く頷き、懐から真新しい羊皮紙を取り出した。
「はい! ……さっそく、早馬の飛脚を頼んで、クロル村の親父に手紙を書きます。『親父、俺は帝国の騎士になったぞ!』って……親父、きっと腰を抜かして喜んでくれるはずです!」
誇らしげに手紙を握りしめる元隊長――新しきガース騎士の姿は、朝の光を浴びて誰よりも眩しく輝いていた。
叙任式が終わり、王宮の中庭のテラスで開かれた茶会の席上。
紅茶を楽しんでいた国王セルセデス3世が、ふと思いついたように、同席していたシルフとトーラ神へ向き直った。
「……ところで、至高の神々の皆様方。余から一つ、国家の宗教行政に関わる重大な提案がございます」
「む? 何だ、王よ」
トーラ神が分厚いクッキーを摘みながら問う。
シルフもおずおずとカップを置いて耳を澄ませた。
セルセデス3世は居住まいを正し、真剣な眼差しを向けた。
「現在、我が帝国において国家が公認する教団組織は、メリス様を主神と仰ぐ『メリス教団』のみでございます。しかし……先日のルーセン行幸、そして今回のクーデター鎮圧を通じて、風の主神シルフ様、大地の主神トーラ様が、どれほど深くこの国の民草を慈しみ、守ってくださっているかを、余は痛感いたしました。
……にもかかわらず、風の神様を祀る公認教団が存在せず、大地の神様に至ってはガロニアのドワーフ諸部族が『トール様』と呼び間違えたまま土着信仰に留まっているというのは、国家の礼理としてあまりにも片手落ちではないでしょうか?」
国王は身を乗り出し、力強く告げた。
「そこで余は、王室直轄の勅令をもって――メリス教団に加え、新たに『シルフ教団』ならびに『トーラ教団』の二大教団を国家公認の正統宗教として正式に立ち上げ、帝都ならびに全国の主要都市に大聖堂を建立し、神々の偉大なる功績を永遠に後世へと語り継ぎたいと存ずるのですが……いかがでしょうか!」
「………………………………」
テラスの空気が、一瞬だけ止まった。
シルフはエメラルドグリーンの瞳を白黒させ、両手を胸の前でパタパタと振った。
「ふぇぇ……!? わ、わたしのお名前の教団ですか……!? そんな、教会だなんて……お祈りされるの、恥ずかしいですぅ……っ」
トーラ神も顎髭を撫で、困惑気味に唸った。
「うーむ……我はただ、土を耕して若者の研究を手伝っておるだけの身。形式張った教団など作られて、祈祷文などを唱えられても、性に合わんのだがな……」
二神ともに、突然の「宗教法人化」の提案にひどく複雑な表情を浮かべていた。
しかし――神々としての本質的な部分において、自らを慕う人々の純粋な信仰や敬意そのものは、決して不快なものではなかったらしく、「まあ……悪くはないか」「風を大切にしてくれるなら……」と、まんざらでもなさそうに頬を緩ませていた。
だが――この提案に、神々本人たち以上に猛烈に狂喜乱舞した集団がいた。
テラスの隅で待機していた、バログ大親方をはじめとするドワーフ親方衆である。
「「「な……なんじゃとおおおおおっっっ!?!?!」」」
ドガァァァァンッ!と大親方が石のテーブルを叩き割らんばかりに立ち上がった。
白銀の髭を逆立たせ、両目から滝のような涙を流して叫ぶ。
「き、聞いたか野郎どもッ!? 国王陛下が、我が祖神トーラ様の正統教団を認めてくださるそうじゃぞッ!!」
「うおおおおおっ! トール様……いや、トーラ様の教団じゃァァッ!!」
「今までガロニアの薄暗い地下神殿でコソコソ拝んでいた祖神様が、帝国の表舞台で堂々と崇められるんじゃッ!!」
親方衆が抱き合い、飛び跳ね、広間を揺るがす大歓声が巻き起こった。
そして、大親方は即座に腰のミスリル槌を掲げ、目を血走らせて叫んだ。
「決まりじゃ! 帝都とルーセンに建つトーラ大聖堂の本尊――祖神トーラ様の巨大純金・白銀ブロンズ像は、我らガロニア鍛冶ギルドの親方衆総出で、魂を削って彫り上げてみせるぞッッ!!」
「おおおっ! 儂が右腕を彫る!」「儂は腹筋の割れ目を担当するぞ!」「高さ十メートルの巨大像じゃァァッ!」
「おいおい、勝手に像を巨大化させるな……」
トーラ神が苦笑いして額を押さえるが、ドワーフたちの燃え上がる信仰心と彫刻熱は誰にも止められそうになかった。
こうして――
ゲスハルト帝国の歴史上初めて、メリス、シルフ、トーラの『三神公認宗教体制』が正式に成立したのである。
(※なお、この三神信仰の調和の教えは、後に対岸のルミナス共和国へと伝播し、国境を越えた平和の象徴として両国の民衆の心に深く根付いていくこととなる)
茶会の後、カロンはマルクスに伴われ、文教地区にそびえ立つゲスハルト帝国大学のキャンパスへと足を運んだ。
クーデターの傷跡が残っていた古いレンガ造りの校舎群は、帝都の職人たちと学生たちの手によって美しく修復されていた。
何より変わっていたのは、キャンパスを行き交う教員や学生たちの「表情」であった。
かつての陰湿な貴族主義や派閥抗争の空気は完全に一掃され、誰もが晴れやかな顔でノートやフラスコを抱え、真理の探究に目を輝かせていた。
総長室に通されると、新総長に就任したクリフ教授が、書類の山から顔を上げて満面の笑みで立ち上がった。
「おお、カロン学長! マルクス君! よく来てくれたね!」
「クリフ総長。新体制の立ち上げ、お見事です」
カロンが一礼すると、クリフ総長はマルクスの肩をポンと叩いた。
「いやあ、すべてはこのマルクス君のおかげだよ! 彼がルーセンから持ち込んでくれた『シラバス(講義計画書)』の概念や、研究室ごとの客観的な予算配分システム、さらにはルーセン工科大学との『学術単位互換協定』……どれも目から鱗が落ちるような画期的な改革ばかりでね。おかげで、旧態依然としていた教授会も完全に生まれ変わり、新学期の準備は完璧に整ったよ!」
マルクスは眼鏡のブリッジを押し上げ、照れくさそうに笑った。
「いえ、私は前世で……おっと、ルーセンで中山……カロン学長から教わった大学運営の基礎をそのまま移植しただけに過ぎません。これからは帝都大学の基礎科学と、ルーセン工科大学の応用工学が手を取り合い、帝国を学問の力で牽引していく番です」
「うむ! 頼もしい限りだ!」
二人の学者が固く握手を交わす姿を、カロンは一歩後ろから温かな眼差しで見つめていた。
(……さすがは佐藤教授だ)
前世の国立大学時代、理学部の生物学科で幾多の派閥争いを持ち前の調整能力と論理的な説得で調停し、常に研究室の環境を最高に整えていたかつての同僚。
異世界に転生し、若き俊英マルクスとして生まれ変わっても、その卓越した教育行政の手腕と学者としての高潔な魂は、何一つ色褪せていなかった。
(無機の物理工学を極めんとする私と、有機の生命科学を育む彼。……彼がいてくれて、本当によかった)
カロンは心の中で友の背中を称賛し、これからの学術都市ルーセンの更なる飛躍を確信するのであった。
激動のクーデター鎮圧と、隣国の政変、そして帝都の復興を見届けた帝都滞在の三日間は、瞬く間に過ぎ去った。
そして迎えた、運命の帰還の朝。
初夏の爽やかな青空の下、王城本館前の広場には、点検と急速充電を完璧に終えた青と白の「第一号試作型メガEVバス」が堂々と鎮座していた。
車内には、行きとは比較にならないほど賑やかで、多彩な面々が乗り込んでいた。
カロンの運転席、助手席には騎士爵の銀の佩刀を誇らしげに腰に下げたガース卿。
最前列には、王宮の厨房からテイクアウトした巨大な木箱入りの焼き菓子を抱え、「あー美味しかった! また来なきゃね!」と満足げに鼻歌を歌う駄女神メリス。
二列目には、セレスティア王女から贈られた新しいドレスを着て嬉しそうに耳を揺らすシルフと、リアリス。
中央には、新宰相としての政務用具を積み込み、「早く妻に宰相就任を伝えたい!」とソワソワしているハインリヒ大公。
その隣には、帝都大学の改革を軌道に乗せてルーセンの研究室へ復帰するマルクス。
後方には、帝都支店の開設を大成功させ、山のような契約書と特産品をトランクに詰め込んだゲオル商会のマリアベル。
そして最後尾には、祖神トーラ神を囲み、「早くルーセンに帰って像を彫るぞ!」と腕を鳴らすバログ大親方とドワーフ親方衆。
定員八十名のバスの座席はほぼ満席となり、床下のトランクルームには、国王一家から贈られた天文学的な量の褒賞金、最高級のワイン、美術品、そして各地へのお土産の木箱が満載されていた。
王城の階段の上には、国王セルセデス3世、王妃、王子、そしてクリフ総長らが見送りに整列していた。
セルセデス3世が右手を高く掲げ、朗々と響く声で見送りの言葉を送った。
「ハインリヒ宰相、カロン学長、そして至高の神々の皆様方! 帝国の至宝たるそなたたちに、天の最大の加護があらんことを! ……ハインリヒよ、何かあれば直ちにその鉄の馬車で駆けつけるのだぞ!」
「ははっ! 承知つかまつりました、陛下!」
ハインリヒ大公が窓から身を乗り出して敬礼を返す。
カロンがメインスイッチをオンにした。
ピピッ――♪
床下の「雷氷複合魔石バッテリー」が静かに励磁音を響かせ、天井の「カロン・クール」から心地よい冷気が吹き出す。
「全員、シートベルトを締めろ! ルーセンへ向けて発車するぞ!」
プシューーーッ!
カロンがアクセルペダルを踏み込むと、十トンのメガEVバスは、滑空する巨鳥のように滑らかに前進を開始した。
王宮の正門を抜け、帝都の中央大通りへ躍り出る。
沿道には、救国の英雄たちを一目見ようと、何万人もの帝都市民たちが押し寄せていた。
「カロン学長ーっ!」「大公閣下ーっ!」「神々様、ありがとうーっ!」
舞い散る色とりどりの花吹雪と地鳴りのような大歓声の中、バスは堂々たるパレードのように都を駆け抜け、西門の跳ね橋を越えて東部幹線街道へと飛び出した。
「シルフ様、お願いします!」
カロンが声をかけると、シルフが両手を窓の外へかざした。
「は、はいっ! 風さん……みんなを、おうちに連れて帰ってください……!」
ヒュオオオオオォォォッ!!
清らかな神風がバスの巨体をふわりと押し出し、速度計の針が時速八十キロ、百キロへと跳ね上がる。
車窓を流れる緑の平原、初夏の陽光にきらめくライネス川の支流。
車内は、お互いの土産話と笑い声で満ち満ちていた。
大公は家族への報告の言葉を何度も呟き、マルクスは手帳に新しいバイオ研究の構想を書き留め、マリアベルは計算尺を弾き、ドワーフたちは酒盛り歌を合唱している。
(……帰ろう。私たちの愛する、あの街へ)
カロンはステアリングを握りながら、穏やかに目を細めた。
クーデターの危機を粉砕し、隣国に平和の光を灯し、数え切れないほどの絆と栄誉を積み込んで走る、青白き奇跡の鉄車。
地平線の遥か彼方――エレン見晴らしの丘の三基の風車が白い影を落とし、鉄とコンクリートの摩天楼がそびえ立つ、世界最先端の学園都市ルーセンへ向けて。
近代工学と神々の奇跡を乗せたメガEVバスは、希望に満ちた初夏の風を切り裂きながら、誇り高き凱旋のハイウェイを力強く疾走していくのであった。




