第73章:隊長の故郷
第73章:隊長の故郷
帝都グランツの城門を抜け、沿道を埋め尽くした何万もの民衆による熱狂的な歓声と花吹雪に見送られてから数時間。
カロンの握る「第一号試作型メガEVバス」は、西へとまっすぐに伸びる舗装街道をひたすらに疾走していた。
アストル神聖教国の国境までは、帝都からおよそ三百キロメートル。
その道のりの前半は、ゲスハルト帝国の豊かな穀倉地帯を貫く平坦な直線路であった。シルフの優しい追い風の加護を受け、時速百キロメートル近い巡航速度で快調に距離を稼いだ十トンの青白き巨躯は、昼過ぎには平野部を抜け、空を突き刺すようにそびえ立つ白銀の連峰――「天蓋山脈」の前衛丘陵地帯へと差し掛かっていた。
ここから先は、文明の整備された道路網とは完全に隔絶された、過酷な山岳地帯であった。
「学長、ここから先は急激な登り勾配と九十九折れの難所が続きます。道幅も馬車二台分がやっとですから、くれぐれも慎重に!」
助手席に座る東門警備隊長ガースが、緊張した面持ちで前方の山道を指差した。
その言葉通り、視界に広がるのは鬱蒼とした針葉樹林を縫うように刻まれた未舗装の砂利道。岩盤を削って作られた急坂は、まるで巨大な大蛇がのたうち回るかのように激しく蛇行し、上へ上へと続いていた。
もちろん、現代地球の山岳道路のように転落を防ぐガードレールなどという親切な構造物は、この世界の街道には一切存在しない。
右手の車窓のすぐ外は、苔むした鋭い岩肌が切り立つ断崖絶壁。そこから数百メートル下には、雪解け水が激しく渦を巻く白波の渓流が、豆粒のような小ささで見え隠れしている。一輪でも脱輪すれば、十トンの鉄塊と乗客全員が谷底へと真っ逆さまに叩きつけられる極限の悪路であった。
「了解した。速度を落とし、低速トルク重視の全輪駆動モードへ切り替える」
カロンはステアリングを握り直し、床下のセレクターレバーを操作した。
「雷氷複合魔石バッテリー」から四輪のインホイールモーターへ送られる電流の波形が切り替わり、低く唸るような重厚な駆動音が車内に満ちる。
グッ……と車体が沈み込み、ガンドルゴルの強靭な樹液で焼き固められた大径タイヤが、滑りやすい浮き砂利を力強く鷲掴みにした。
急カーブの手前で回生ブレーキを利かせ、ヘアピンコーナーをミリ単位の精度で旋回していく。
車内では、最前列のメリスが「きゃあ、スリルがあって楽しいじゃない!」と窓に張り付いていたが、後部座席のドワーフ親方衆は「おいおい、崖の下は見ん方が身のためじゃぞ……」と生唾を飲み込んでいた。
過酷な山道を進むこと約三時間。
幾重もの峠を越え、深い谷間を抜けたメガEVバスの視界が、ふとパッと開けた。
切り立った岩山に四方を囲まれた、すり鉢状の小さな盆地。
豊かな湧き水と清流に恵まれ、段々畑や素朴な木造平屋の民家が十数軒ほど寄り添うように立ち並ぶ、静かな寒村であった。
「……あそこです」
ガース隊長が、どこか懐かしさと誇らしさを滲ませた声で呟いた。
「あれが私の生まれ故郷、『クロル村』です」
急坂を慎重に下り、村の入り口にある木造の粗末な門をくぐったところで、カロンはバスを停めた。
山道の連続運転で酷使した神経を休めるため、ここで小休止を取る手筈であった。
プシューーーッ!
エアブレーキの排気音が、静まり返った谷間に異様なほど甲高く木霊した。
しかし、その音に対して、誰一人として民家から顔を出す気配がなかった。
畑には鍬が打ち捨てられ、放し飼いにされているはずの鶏や山羊の鳴き声すら聞こえない。漂ってくるのは、清々しい山の空気ではなく、春の生温かい風に乗って鼻腔を突く、濃厚で生々しい「鉄錆の臭気」であった。
「……おかしいぞ」
後部座席でスコップを抱えていた大地の神トーラが、琥珀色の瞳を鋭く細めた。
リアリスも瞬時に愛用の弓を手に取り、腰を浮かす。
「誰もいないわね……それどころか、ただ事じゃない気配がするわ」
ガース隊長は青ざめ、バスのステップを転がるように駆け下りた。カロンやメリスたちも後に続く。
村の広場へ足を踏み入れた瞬間、全員の息が止まった。
石畳と黒土の上には、至る所に夥しい血飛沫が飛び散り、どす黒い染みを作っていた。
打ち砕かれた木製の扉、引き裂かれた荷車、荒らされた穀物倉。
そして――広場の中央や民家の軒先に、粗末な野良着を着た村の男たちが、刃物で無残に切り裂かれ、折り重なるようにして物言わぬ骸となって転がっていたのである。
「な……何だ……これは……!?」
ガース隊長の喉から、掠れた悲鳴が漏れた。
ガースは狂ったように駆け出し、村の奥にある、ひときわ大きな民家――村長の屋敷の前へと突進した。
その玄関先で、一人の白髪混じりの屈強な老人が、胸を槍で深く貫かれ、血だまりの中に仰向けに倒れていた。
「と……父上ぇぇぇぇぇっっ!!!!」
ガースはその場に膝から崩れ落ち、老人の冷たくなった遺骸を抱きかかえて絶叫した。
その全身は、激しい怒りと絶望によって小刻みに震えていた。
「父上……! 目を開けてくれ、父上!! くそっ……誰が、一体誰がこんな真似を……! 父上はこの村の村長として、誰よりも村人を愛し、争いを避けて生きてきたお人だぞ……!!」
血涙を流して慟哭するガースの姿に、バログ大親方や父ガイルも固く拳を握りしめ、言葉を失って俯いた。
山あいの平和な隠れ里を、理不尽な暴力が一方的に蹂躙した爪痕。
その凄惨な光景の真ん中で、腕を組んでいた駄女神メリスが、眉をひそめてカロンの肩をトントンと叩いた。
「ねえ、カロン」
「……何ですか、メリス様。今ばかりは、あなたの不謹慎な冗談に付き合う気には――」
「違うわよ、バカ。アレを使えばいいじゃない、遠くから」
「……あ」
カロンはハッと目を見張り、自らの掌を見つめた。
怒りと凄惨な光景に気を取られ、前世の近代工学者としての「死生観」に囚われていた。だが、ここは神話と魔導が息づく異世界であり、自らの手の中には、かつてダンジョンで習得した常識外れの至高魔導が存在していたのだ。
「ガース隊長、皆さん! 全員、遺体の傍から離れて、家の外へ下がってください!」
カロンの鋭い一喝が広場に響いた。
何事かと涙顔を上げるガースを、リアリスとギルバートが両脇から抱えて後退させる。
カロンは村の中央に立ち、大きく深呼吸をした。
体内の全魔導回路を、神聖治癒と生命再生の極限周波数へと同調させる。肉体の細胞を修復するだけでなく、肉体を離れかけた魂の記憶を強制的に繋ぎ止める、超高難度の蘇生術式。
「――失われし命の輪郭を紡ぎ、大地の器へと魂を呼び戻せ――『リザレクション(広域死者蘇生)』ッ!!」
ボオオオオオォォォォッッ!!!
カロンの両手から天へと放たれたのは、目も眩むほどの黄金と白銀が混ざり合った神聖な光の柱であった。
光の奔流は上空で巨大な天蓋となって広がり、柔らかな光の雨となって、村中に倒れ伏す男たちの遺体へと降り注いだ。
ジュワァァァァッ……と、切断された筋肉や血管が目にも留まらぬ速さで接合され、裂けた皮膚が元の滑らかな肌へと塞がっていく。
そして――。
「……う、ぐ……っ、ごほっ、ごほっ……!」
ガースの父――村長が、大きく息を吸い込み、激しく咳き込みながら上半身を起こしたのである。
「と……父上……!?」
ガースの目が、こぼれ落ちんばかりに見開かれた。
それだけではない。
広場のあちこちから、「う……ここは……?」「俺は、死んだはずでは……」と、胸や腹を斬り裂かれて絶命していたはずの村の男たち二十名以上が、まるで悪夢から覚めたかのように、一人、また一人と体を起こし始めたのだ。
「カ……カロン……お前……」
ガース隊長は、腰を抜かしてカロンを指差した。その指先はワナワナと震えている。
「お、お前……死んだ人間まで、生き返らせることができるのか……!?」
カロンは額の汗を拭い、照れくさそうに一応コクリと頷いた。
「ええ、まあ……魂が完全に霧散する前で、肉体の損傷が原型をとどめていれば、理論上は細胞の再活性化と魂の再結合が可能ですので」
工学的な解説を試みるカロンに対し、ガース隊長は呆然とした後、天を仰いで大笑いした。
「はは……ははは! そうか……そうだったな! お前はあの、鉄の塔を建てて、風車を回して、神様を何人も手玉に取る『カロン』だったな!!」
ガースは立ち上がり、涙をボロボロと流しながら、生き返った父親へと駆け寄り、その逞しい体を力いっぱいに抱きしめた。
「父上! 父上ぇぇぇっ!!」
「おお……ガースか……! なぜお前がここに……儂は、一体……」
奇跡の光景に、ドワーフの親方衆も「カロンの坊主、神業にも程があるわい!」と歓声を上げ、広場は一瞬にして涙と歓喜に包まれたのであった。
生き返った村長と男たちを村の集会所へ集め、カロンが持参していた高栄養のレーションと清潔な水を配りながら、事の真相の聴取が始まった。
村長は、痛む頭を押さえながら、怒りに声を震わせて語り出した。
「……昨日、山狩りに出ていた村の若者が、国境の裏街道で見てしまったのじゃ。アストル教国の正規軍の輜重兵どもが、山中の悪名高い『黒蜘蛛盗賊団』の連中と密会し、大量の軍用武器や金貨の詰まった木箱を手渡しておる現場をな……」
カロンの眉がピクリと跳ねた。
「教国の兵が、盗賊に物資を横流ししていた……?」
「うむ。若者は慌てて村へ逃げ帰ってきたが、口封じのために盗賊どもが村へと雪崩れ込んできたのじゃ。奴らは『教皇庁の密命を嗅ぎつけたネズミどもめ、一人残らず血祭りにあげてやる』と叫び、武器を取って抵抗した儂ら男たちを容赦なく切り捨てていった……」
村長は悔しげに拳を床に叩きつけた。
「さらに……さらに恐ろしいことに、奴らは村の若い娘や子供たち、女たちを全員縄で縛り上げ、手篭めにして奴隷商人に売り飛ばすと言って、山奥のねぐらへと連れ去ってしまったのじゃ……!」
「何だと……!?」
ガース隊長が再び怒髪天を衝く勢いで立ち上がった。
その時であった。
ガタ……コト……。
集会所の隣にある、小さな崩れかけた農家の床下から、微かな物音が響いた。
トーラ神が歩み寄り、分厚い床板を軽々と持ち上げると――
そこには、埃と涙にまみれた、七、八歳ほどの小さな人間の少女が、膝を抱えて震えながら丸まっていた。
「あ……あ……」
怯える少女の前に、リアリスが優しく歩み寄り、目線を合わせて抱き起こした。
「大丈夫よ、もう怖い人はいないわ。怪我はない?」
少女はリアリスの胸に顔を埋めてしゃくりあげながら、途切れ途切れに話してくれた。
この家は母子家庭であり、昨日の昼、突然押し入ってきた盗賊たちに気付いた母親が、とっさに少女をこの隠し床下へと押し込み、「何があっても、絶対に音を立てて出てきては駄目よ」と蓋を閉めたのだという。
母親は、そのまま盗賊たちに引きずり出され、連れ去られてしまったのだ。
「おかあさん……おかあさんを、助けて……っ!」
少女の悲痛な叫び。
ふと広間を見渡した少女は、さっきまで死んでいたはずの村長や村の男たちが元気そうに座っているのを見て、「え……? おじちゃんたち……おばけ……?」とひどく困惑した表情を浮かべていた。
その光景を静かに見ていた駄女神メリスが、ゆらりと立ち上がった。
その顔には、先ほどの陽気さは微塵もなかった。黄金の髪が怒りのプラズマを帯びてパチパチと音を立て、琥珀色の瞳が絶対零度の殺気を放っている。
「……へえ。女子供を誘拐して奴隷に売る? 私の信徒である善良な村人を皆殺しにした上に……?」
メリスの周囲の大気が、メキメキと音を立てて軋み始めた。
「許さないわよ……絶対に許さないわよ!! あの下劣なクズども、全員魂ごとミンチにして豚の餌にしてやるわ!! どこよ! アジトはどこにあるのよッ!!」
「め、メリス様、落ち着いてください! アジトの場所を特定するのが先決です!」
カロンが必死に宥めようとした、その時。
「――場所ならば、我が疾刻突き止めたぞ」
どっしりとした重低音とともに、大地の神トーラが立ち上がった。
トーラ神は集会所の土間にしゃがみ込み、岩のような太い掌を地面へとペタリと密着させていた。
「大地はすべての足音を記憶しておる。……ここから北西へ五里(約二十キロ)、岩山の尾根を越えた先のカルスト地形に、地下水脈が穿った巨大な鍾乳洞がある。そこに、百名を超える邪悪な気配と、囚われた数十名の怯える魂が集まっておるぞ」
「さすがはトーラ様! 大地探査の解像度が段違いです!」
カロンが快哉を叫ぶ。
カロンは村長に向き直り、力強く告げた。
「村長さん、私たちは今からその洞窟へ乗り込み、連れ去られた女性や子供たちを全員無傷で奪還してきます。村の皆さんは、近くの帝国の守備隊へ早馬を出し、救援と盗賊の引き渡し部隊を要請してください!」
「お、おお……! 恩人よ……どうか、どうか村の家族たちを頼みます……!!」
村人たちの祈りを背に受け、カロンたち討伐隊は、険しき山奥の盗賊のアジトへと向けて出撃したのである。
洞窟へと続く山道は、メガEVバスの車幅では到底通れない、人一人がやっと歩けるほどの険しい獣道であった。
そのため、カロン、メリス、リアリス、シルフ、トーラ、バログ大親方、ギルバート、ガース隊長、そしてドワーフ精鋭十名は、バスを村に待機させ、徒歩で山中を行軍することとなった。
シルフの風が足元を支え、疲労を感じさせない神速の行軍。
約5時間ほど険しい尾根を登り詰めたところで、巨岩の裂け目にぽっかりと開いた、禍々しい漆黒の洞窟の入り口が姿を現した。
入り口の両脇には、毛皮のベストを着て抜き身の曲刀を持った見張りの盗賊が二名、退屈そうに欠伸をしていた。
「おいおい、早くあの女どもを運んで金に換えようぜ……」
「へへっ、教国の旦那方がたんまりと金貨をくれたんだ、当分は遊んで暮らせるぜ」
下品な笑い声を上げる二人の男。
カロンが合図を出すよりも早く、後ろから優雅に歩み出てきたメリスが、冷ややかな視線を送った。
パチン。
微かな指鳴らしの音。
見張りの盗賊二名は、言葉の途中で白目を剥き、立ったままの姿勢から糸が切れたようにバタリと地面へ倒れ伏した。
「よし、突入するぞ!」
ギルバートが大剣を構え、洞窟内部へと足を踏み入れる。
内部は、天然の鍾乳洞を拡張した広大な地下迷宮であった。
松明の薄暗い灯火が揺れる中、曲がり角を曲がるたびに、巡回中の盗賊やサイコロ博打に興じる無法者たちが現れる。
「誰だてめえら――」パチン。
「敵襲――」パチン。
その都度、メリスが機械的な正確さで指を鳴らし、現れた盗賊たちが次々と白目を剥いて泡を吹き、床の上へと転がっていった。
カロンは隣を歩きながら、心底から戦慄していた。
(……恐ろしい。以前のダンジョン探索の時のように、リアリスやギルバートが前衛で命を削って剣を振るう必要が全くない。彼女の機嫌さえ損ねなければ、どんな軍団だろうと一瞬で無力化できる……)
しかし、数グループを無力化したところで、メリスが心底から退屈そうに大きなため息をついた。
「はぁ〜あ……もう面倒くさいわね! いちいち小出しに出てくるんじゃないわよ!」
「え? メリス様、何を――」
メリスは洞窟の通路の中央に仁王立ちになると、両手を広げ、天界の主神としての圧倒的な神聖力を解き放った。
その金髪が眩い閃光となって洞窟内を真昼のように照らし出す。
「洞窟の中に潜む、邪悪なる羽虫どもに告ぐ――『全域静謐』!!」
ドォォォォォォン……ッッ!!
目に見えない超高密度の神聖パルスが、洞窟内の岩肌を透過し、網の目のように広がる空洞の隅々、最深部の部屋に至るまで、津波のように一瞬で駆け抜けていった。
バタバタバタバタバタバタッッ!!!!
遥か奥の広間、見張り台、寝返りを打っていた寝所。
洞窟内にいた百名を超える盗賊団の構成員全員が、一瞬の例外もなく、同時に意識を刈り取られて床へと叩きつけられたのである。
「ふう、すっきりしたわ! 一週間くらいは絶対に目を覚まさないように、強めに設定しておいたから☆」
メリスは前髪をパッとかき上げ、何事もなかったかのように微笑んだ。
カロン、リアリス、ギルバート、そしてドワーフ親方衆全員が、引きつった笑いを浮かべながら、完全に言葉を失ったのは言うまでもなかった。
一行は、気絶した盗賊たちの絨毯を跨ぎながら、洞窟の最奥部にある巨大な広間へと到達した。
広間の中央には、豪華な毛皮の敷物の上に、筋骨隆々たる巨漢が一人、豪奢な貴族風の絹のシャツを着崩したまま、口から泡を吹いて転がっていた。この『黒蜘蛛盗賊団』の首領、通称「首狩りのボルド」であった。悪名高い凶悪犯も、神の御前ではただの無様な肉塊に過ぎなかった。
そして、その首領の背後にある岩棚を見上げた瞬間、カロンの表情が凍りついた。
そこには、山積みになった真新しい木箱の数々が並んでいた。
木箱の表面には、アストル神聖教国の国章である「三叉の聖杭」の焼き印が鮮明に押されている。
箱をこじ開けると、中には帝国軍の装甲をも貫通する最新鋭の「教国製・魔導クロスボウ」が数十挺、上質な軍用保存食、そして――
ズシ……と重い革袋を開けると、眩いばかりの純金が溢れ出た。
刻印されているのは、ゲスハルト帝国の通貨ではなく、アストル教国教皇庁の刻印が入った『教国純金貨』数千枚であった。
「……動かぬ物的証拠だ」
カロンは冷徹な眼差しでそれらを見つめた。
「帝都のクーデターと完全に連動している。教国内部の強硬派は、帝都で内乱を起こすと同時に、国境地帯の盗賊を手先として買収し、帝国領内の補給路や村落を混乱に陥れようとしていたんだ。これで、教皇庁の関与は完全に言い逃れができなくなったな」
カロンは自らのアイテムストレージを展開し、これらの教国製武器や金貨の山を、動かぬ証拠物件として丸ごと内部へと収納した。
「皆さん、こっちです! 奥の鉄格子の中に、人がいます!」
リアリスの声が響いた。
広場の奥にある天然の牢屋。
頑丈な鉄格子の向こうには、猿ぐつわを噛まされ、手足を縄で縛られた三十名ほどの村の女性や子供たちが、恐怖に震えながら身を寄せ合っていた。
「今助けます!」
バログ大親方がミスリル槌を一閃させると、分厚い鉄格子が飴細工のようにへし折られた。
ガース隊長とリアリスが飛び込み、手際よく縄を切り、猿ぐつわを外していく。
その中から、一人の若い母親が泣き叫びながら駆け寄ってきた。
「あ……あなた方は……!? ガース様!? 冒険者ギルドの方々……!?」
「もう大丈夫だ! 盗賊どもは全員無力化した! 怪我はないか!?」
ガース隊長が力強く叫ぶと、女性たちは互いに抱き合い、安堵の涙を流して崩れ落ちた。
「よ、よかった……! 神様……メリス様……!」
「村長様や、男たちは……!? みんな殺されてしまったのでは……!?」
絶望的な表情で尋ねる母親に対し、カロンは温かく微笑みかけた。
「安心してください。村の男たちも、村長さんも、全員無事です。あなたの娘さんも、床下で無事に生き延びて、村であなたの帰りを待っていますよ」
「あ……ああ……! 娘が……! あの子が無事だったのですね……! ありがとうございます……! ありがとうございますぅぅ……!!」
母親は床に額を擦り付けて号泣し、広間は深い感謝と歓喜の涙で満たされたのであった。
正午過ぎ。
カロンたち討伐隊に守られ、一人の犠牲者も出すことなく村落へと生還した女性や子供たち。
村の広場では、奇跡的に生き返った夫や父親たちと、無事に生還した妻や子供たちが涙の再会を果たし、抱き合ってむせび泣く感動の光景が広がっていた。
「おかあさん……! おかあさん……!」
「ああ……私の可愛い子……! 怖かったでしょう、よく頑張ったわね……!」
先ほどの幼い少女が母親の胸に飛び込み、二人は固く抱き合って涙を流していた。
その姿を見ていた駄女神メリスは、いつの間にか村人から手渡された手作りの蒸し芋をモグモグと頬張りながら、「ん〜、一件落着ね! このお芋、素朴で美味しいわ!」と満足げに笑っていた。
その後、村長が放った早馬の報を受け、近隣の砦から帝国の国境警備守備隊五十名が村へと駆けつけてきた。
洞窟に転がる百名以上の完全昏睡状態の盗賊たちと、アストル教国の支援物資の残骸を見た守備隊長は、顎が外れんばかりに驚愕し、カロンとハインリヒ大公の権限を持つ一行に対し、直立不動で最敬礼を捧げた。
「盗賊の身柄は、我が守備隊が責任を持って帝都の裁判府へと護送いたします! クロル村の防衛警備も、直ちに一個小隊を常駐させます!」
守備隊への引き渡しは、完璧な形で完了した。
その夜。
カロンたちは、村人たちが総出で用意してくれた空き家と集会所で、一泊の休息を取ることとなった。
村の男たちが裏山で仕留めてきた野鹿のローストや、手作りのチーズ、素朴な麦のパンがテーブル一杯に並べられ、ささやかながら温かな感謝の宴が催された。
ガース隊長は、久しぶりに父親である村長と差し向かいで座り、酒を酌み交わしていた。
白髪の父親が、息子の逞しくなった肩をポンと叩く。
「ガースよ……お前は良い主君と、途方もない仲間を持ったな。あのカロン学長という御仁……ただのドワーフではない。あのお方がいなければ、我が村は今頃、この世から消滅しておった」
「……ああ、分かっているよ、父上。カロン学長は……この国の、いや、この世界の未来を変えるお方だ。俺は、この命を賭けてあのお方を支えてみせる」
親子の絆が、静かに深まっていく。
カロンは集会所の縁側に腰掛け、夜風に吹かれながら、満天の星々を見上げていた。
隣には、トコトコと歩み寄ってきた風の神シルフが、ちょこんと腰を下ろした。
「カロンさん」
「シルフ様。眠れないのですか?」
「ううん……とっても、胸がぽかぽかしてます……。あのお母さんと女の子が、ぎゅーって抱き合っているのを見て……わたし、風を吹かせてみんなを運んで、本当によかったなって思いました……」
シルフがへにゃりと笑う。
「ええ。私たちの工学も、神々の力も……すべては、あの温かな笑顔を守るためにあるのですよ」
カロンが優しく微笑むと、シルフは嬉しそうに尖った耳をピコピコと揺らした。
翌朝。
抜けるような黎明の紫紺の空が、東の峰々を黄金色に染め上げていく。
村人全員が広場に並び、名残惜しそうに手を振る中、青と白のメガEVバスのエンジン――インバーターが静かに励磁音を響かせた。
助手席のガース隊長が、前方を鋭く見据える。
「カロン学長。この尾根を越えれば、いよいよアストル神聖教国の国境関所――『白亜の関』です!」
「了解した。全員、シートベルトを締めろ!」
カロンがアクセルペダルを深く踏み込んだ。
キィィィィン……ッ!
大地を揺るがすモーター音とともに、十トンの鉄の巨躯が、朝陽を浴びて西の国境へと向かって力強く発進した。
邪教の企みを打ち砕き、真なる平和を勝ち取るための、神々と工学の最終進軍が、いよいよ始まろうとしていたのであった。




