第71章:帝都、クーデターが起こる(中編)
第71章:帝都、クーデターが起こる(中編)
総本山であるメリス大聖堂を瞬く間に沈黙せしめ、五百名を超えるアストル教の潜入部隊と腐敗僧兵を「三日間の完全昏睡」へと叩き落とした青と白のメガEVバス。
十トンの巨躯は、唸りを上げる四輪のインホイールモーターに導かれ、次なる反乱の中枢――ゲスハルト帝国大学が座す文教地区へと向かって疾走していた。
帝都の中央環状路を進む車窓の外には、混沌と硝煙が広がっていた。
大聖堂の陥落をいまだ知らぬアストル教徒の残党や、私兵を率いて略奪に走る反乱派貴族の部隊が、市街地のあちこちで王宮近衛の防衛隊や自警団と激しい白兵戦を繰り広げている。
石畳には槍衾が並び、火炎魔法の焦げ跡が壁を黒く染めていた。
だが、それらの小競り合いは、メガEVバスが通り過ぎる「一瞬」で、すべて不自然な沈黙へと塗り替えられていった。
最前列の特等席で腕を組む駄女神メリスが、車窓から外を一瞥し、軽く指を弾く。
パチン。……パチン。
澄んだ乾いた音が鳴るたびに、窓の外で剣を振り上げていたアストル教の呪術師や、棍棒を振り回す過激派の学生兵たちだけが、白目を剥いて次々と前のめりに崩れ落ちていった。
交戦していた国王派の近衛兵たちは、目の前で敵が急にバタバタと昏倒していく怪現象に呆然と立ち尽くし、ただ走り去る青いバスの残像をポカンと見送るしかない。
運転席のカロンは、大型ステアリングを巧みに操りながら、自身の固有魔術を展開していた。
「――『アナライズ・ダーク(深層走査)』」
カロンの瞳の奥に、淡い紫色の幾何学模様が浮かび上がる。
前世の工学者としての空間把握能力と、高位の走査魔法が融合した視界。路上の人間たちの魔力パターン、生体電位、そして魂の波長が、色分けされたワイヤーフレームのように網膜上にマッピングされていく。
(……信じられない精度だ。敵味方が激しくもみ合い、刃を交えている乱戦の極致だというのに、メリス様の神聖麻痺パルスは、アストル教の呪術因子を持つ者、反乱派貴族の紋章を帯びた者だけをナノ秒単位で識別して撃ち抜いている。国王派の正規兵や無関係の市民には、かすり傷一つ負わせていない……)
普段はアップルパイとパフェのことしか頭にないような自堕落な駄女神だが、こと「神としての権能」を振るう瞬間においてのみ、その処理能力はスーパーコンピューターすら裸足で逃げ出す絶対の神性を誇っていた。
「ふふん、見たかしらカロン! 私の華麗な狙い撃ち! あんな有象無象、車輪の小石を跳ね飛ばすようなものよ!」
メリスが得意げに鼻を鳴らす。
「ええ、恐れ入りましたよ。……ですが、エネルギーの浪費には気をつけてくださいね。本丸はまだ先ですから」
カロンが冷静に応じる横で、後部座席に座る一人の青年が、青ざめた顔で窓の外を見つめていた。
マルクスであった。
膝の上に置いた拳を固く握りしめ、銀縁眼鏡の奥の瞳には、痛恨といら立ち、そして深い悲痛の色が浮かんでいた。
「マルクス君、大丈夫かい?」
赤信号も交差点の規制もない帝都の道をドリフト気味に曲がりながら、カロンがバックミラー越しに声をかける。
「……あ、いえ……すみません、カロン学長。……情けない話ですが、胸が痛むんです。あそこで反乱の旗を掲げて倒れている連中の中には、ほんの二か月前まで、帝国大学の講堂で机を並べていた顔見知りの学生や講師が何人も混ざっていました……」
マルクス――前世の佐藤教授は、自嘲気味に息を吐いた。
「伝統と格式を誇る帝国最高の学府が、真理の探究を忘れ、隣国の邪教に操られて権力闘争の道具に成り下がるなんて……。知性を重んじるべき学者たちが、なぜこれほどまでに愚かな暴挙に走ってしまったのか……」
カロンは前方をしっかりと見据えながら、静かに、しかし温かみのある声で言った。
「権威に胡坐をかいた組織は、内部から腐りやすいものだよ。前世の大学でも、似たような派閥抗争や予算の奪い合いは腐るほどあったじゃないか。君が心を痛める必要はない。君はすでに新しい道――ルーセン工科大学で、民の暮らしを真に豊かにする『生きた学問』を切り拓いているんだからね」
「……カロン学長。ありがとうございます」
マルクスは眼鏡を押し上げ、深く頷いた。
バスは文教地区の緩やかな坂道を登り切り、目的地へと到達した。
そこには、ルーセン工科大学の白く眩い近代的な超高層タワー群とは対極をなす光景が広がっていた。
広大な敷地を囲む、苔むした古い石造りの外壁。その内部には、中世の修道院を思わせる重厚で薄暗いゴシック調の石造建築が点在し、巨大な公園のように生い茂る木々の間に、古めかしい講堂や図書館が配置されている。
これが、ゲスハルト帝国大学の全貌であった。
その外壁が途切れ、鉄の格子門が構える正門前でも、激しい衝突が起きていた。
「帝国大学の知性こそが国家を導くのだ!」「無知なる王を排除せよ!」と叫び、魔導書を手に炎や氷の魔術を放つ強硬派の教授陣や学生たち。それに対し、学府を守ろうとする警備隊が必死に盾を並べて防戦している。
「はいはい、お勉強ばかりして頭が茹だっちゃったお馬鹿さんたちね〜☆」
プシューッとバスのブレーキが鳴るのと同時に、メリスが窓から顔を出し、パチンと指を鳴らした。
パァァァァンッ!
眩い閃光が正門を包み込んだ瞬間、投石や魔法の詠唱を行っていた数十名の反乱派教員と学生たちが、一斉にバタバタと糸の切れた操り人形のように昏倒した。
開かれた門を押し通り、バスは大学のキャンパス内へと進入していく。
敷地内の舗装されていない小道を、十トンのEVバスが静かに進む。
木漏れ日の差す芝生の上や、図書館の階段には、メリスの神威に当てられて気絶したアストル教の扇動員や過激派学生たちが、あちこちで折り重なって倒れていた。
その時、マルクスが立ち上がり、前方を指差した。
「カロン学長! あそこの古いレンガ造りの建物の前で止めてください!」
「あそこか? 了解した」
バスが急停車したのは、キャンパスの最果て、鬱蒼とした針葉樹の影に隠れるように建つ、ひどく老朽化した二階建ての研究棟の前であった。
バスのステップを駆け下りたマルクスに続き、カロン、リアリス、そして護衛としてバログ大親方とギルバートが後に続いた。
研究棟の一階廊下へ踏み込むと、床には数名の反乱派学生が気絶して転がっていたが、一番奥の「植物生理・薬草学研究室」の頑丈なオーク材の扉の前には、机や棚、分厚い百科事典が積み上げられ、手製の頑強なバリケードが築かれていた。
「クリフ教授! マルクスです! 無事ですか!?」
マルクスがバリケード越しに叫ぶと、バリケードの隙間から、ぼさぼさの白髪に煤けた丸眼鏡をかけた、痩身の老学者が恐る恐る顔を覗かせた。
「……ん? マルクス……? マルクス君なのかね!?」
バリケードが内側から手際よく解体され、中から白衣をまとった老教授と、震えながらフラスコを抱きしめていた数名の助手たちが出てきた。
怪我はないようだが、研究室の棚には破壊された痕跡があり、緊迫した籠城戦の跡が生々しく残っていた。
「クリフ教授、ご無事で何よりです……!」
マルクスが駆け寄り、老学者の手を固く握りしめた。
この老学者こそ、マルクスがゲスハルト帝国大学に在籍していた頃の直属の指導教官であり、唯一彼を温かく見守ってくれた恩師――クリフ教授であった。
「ああ、マルクス君! 無事だったのか! いや、それどころか……風の噂で聞いたぞ。ルーセンという地方都市の工科大学で、若くして新設学部の学部長に抜擢されたそうだな?」
「はい。すべては教授の厳格かつ温かいご指導のおかげです」
マルクスが深々と頭を下げる。
クリフ教授は安堵のため息をつき、自嘲気味に肩をすくめた。
「私のおかげなどと……。見ての通り、私は大学の主流派――マンハイム総長やアストル教に媚びを売る強硬派の連中に真っ向から異を唱え続けた結果、研究予算を削られ続け、このオンボロ棟へ追いやられた窓際学者だよ。先ほども『我らの聖戦に協力しろ』と踏み込んできた連中を追い払うために、眠り薬の煙幕を撒いて立てこもっていたところさ」
「先生の信念は、決して間違っていませんでした。……あいつらは、もう終わりです」
マルクスが力強く告げると、後ろから腕を組んだ駄女神メリスがズケズケと入ってきた。
「ちょっとアンタたち! 師弟の感動の再会は結構だけど、早く王宮へ行って王様を助けないと、私の豪華晩餐会が焼け野原になっちゃうでしょ!! 行くわよ、さっさとバスに戻りなさい!」
「わ、わわっ!? だ、誰かね、その無礼極まりない絶世の美女は!?」
目を白黒させるクリフ教授に対し、マルクスは苦笑いを浮かべて一礼した。
「教授、詳しい事情は後ほど必ずご説明に上がります。事態が収束したら、ぜひルーセンへお越しください。先生の研究を何不自由なく続けられる、最新のバイオ実験設備をご用意してお待ちしておりますから!」
「え……? あ、ああ……分かった、約束だぞ、マルクス君!」
教授と助手をバリケードの安全な室内に戻し、一行は再びメガEVバスへと駆け戻った。
ドアが閉まると同時に、カロンはシフトノブをトップギアへ叩き込み、次なる目的地――帝都の心臓部たる王城へと向けてアクセルを踏み抜いた。
メガEVバスは、帝都の中央大通りを東へと疾走していた。
目指すは、広大な敷地を誇る帝国の権力の頂点――ゲスハルト王城。
近づくにつれ、空気の振動が激しさを増していった。
ドオオォォォン……!という重砲撃のような轟音と、何千人もの怒号が風に乗って響いてくる。
「見えたぞ、王城の外郭だ!」
助手席のハインリヒ大公が前方を指差す。
そこは、すでに完全な戦場と化していた。
王城を取り囲む高さ十五メートルの外郭白壁。その正面にそびえる巨大な鉄の跳ね橋外門は、アストル教の攻城魔導兵器によって無残にも叩き破られ、黒煙を上げて半壊していた。
外門の前では、数千人に及ぶ反乱軍――黒い鎧をまとった帝都警備兵、アストル教の狂信武装集団、そして貴族たちの私兵部隊が密集陣形を組み、王宮の内郭へ向けて雪崩れ込もうとしていた。
「くそっ、外門を突破されてるじゃねえか!」
ギルバートが大剣の柄を握り締める。
バログ大親方も「突撃か!? この鉄の箱で轢き潰すか、カロン!」とミスリル槌を構えた。
「その必要はありませんよ」
運転席のカロンは、ペダルを緩めることなく冷徹に告げた。
「――メリス様、お願いします」
「任せなさい!」
前扉のガラススリットから身を乗り出したメリスが、両手を大きく天へと広げた。
その神々しい金髪が、黄金のプラズマを帯びて逆立つ。
「我が神聖なる領域を穢す、哀れな操り人形ども……『絶対静謐』!!」
キィィィィィィィン――……ッッ!
目に見える爆発も、物理的な衝撃波もなかった。
ただ、耳鳴りのような高周波の神聖波動が、同心円状に外門前の大広場全体を駆け抜けていった。
その瞬間。
「突撃ィィィッ! 王の首を――……がふっ!?」
「アストルの神の御名におい――……へぶっ!?」
叫んでいた反乱軍の隊長が、突撃していた騎兵が、呪文を唱えていた魔導兵が。
まるで、目に見えない巨大な巨人に頭上から同時に鉄槌を叩き込まれたかのように。
全員が白目を剥き、膝から崩れ落ち、次々と石畳の上へバタバタと折り重なっていった。
千人。二千人。
密集していた反乱軍の大軍勢が、わずか五秒足らずの間に、文字通り「一人残らず」完全な昏睡状態となって沈黙したのである。
「う、うわぁぁぁぁ……」
最後尾で見ていたマリアベルが、寒気を感じて両腕を抱きしめた。
カロンの工学兵器ですら成し得ない、神という超常存在のデタラメなまでの制圧速度。
ズズズズズ……ッ。
メガEVバスは、地面一面に転がる無数の敵兵の間を器用に縫いながら、開け放たれた外門を何食わぬ顔で通過し、王城の広大な前庭へと滑り込んでいった。
前庭のあちこちでは、さっきまで命がけで戦っていたはずの王宮近衛兵たちが、突然目の前で敵が一斉に気絶したという異常事態を呑み込めず、槍を構えたまま「え……?」「え、何これ……?」と困惑しきって顔を見合わせているシュールな光景が広がっていた。
そんな彼らの横を、青と白の巨大なバスがスーッと横切り、王城の中央本館の前に停車した。
そこにある本館の大鉄門は、巨大な閂で固く閉ざされていた。
反乱軍の進入を寸前で防ぎ、徹底抗戦の構えを維持していたのである。
プシューーーッ!
エアブレーキの音が響き、バスの前扉が開いた。
降り立ったのは、真新しい大公の星章を胸に佩き、威風堂々たる歩調で進み出たハインリヒ大公であった。
その両脇を、学長ローブをまとったカロン、そして巨大な大剣を肩に担いだギルバートが固めている。
門の狭間(銃眼)から、緊張で引きつった近衛兵たちの弓がカロンたちへと向けられた。
「止まれ! 何者だ! ……ん? ま、待て、あの星章は……!?」
門上の監視台から、近衛騎兵隊の副隊長が目を丸くして身を乗り出した。
「だ、大公閣下!? ハインリヒ大公閣下であられますか!?」
「いかにも、ハインリヒである!」
大公の張りのある声が前庭に響き渡った。
「ルーセン自治領より、国王陛下をお救いすべく緊急参陣した! 外門および前庭の反乱軍は、すべて我が軍勢――ならびに同行せる至高の主神の御力により、完全に無力化・昏倒せしめた! 直ちに開門せよ!」
「な……反乱軍を、すべて……!?」
副隊長が門の外を見やると、確かにさっきまで王宮を呑み込もうとしていた数千の反乱軍が、外門の向こうで一網打尽に転がって静まり返っている。
ギギギギギ……ッ!
重厚な鎖の音が軋み、王城本館の巨大な鉄扉がゆっくりと内側へ開かれた。
カロンがバスを誘導し、中庭へと巨体を滑り込ませると、背後で再び鉄門がガチャンと固く閉ざされた。
バスのステップから、シルフの手を引いたリアリス、トーラ神、バログ大親方率いるドワーフ親方衆、そして待ちきれない様子のメリスが続々と降り立つ。
出迎えた王室執事長と近衛兵たちは、馬もいない巨大な鉄の箱から、神々とドワーフの大集団が吐き出されてくる異様な光景に、腰を抜かさんばかりに震えていた。
「大公閣下、カロン学長……! よ、よくぞご無事で……! 国王陛下のもとへご案内いたします!」
近衛兵たちの先導を受け、一行は王城の最深部、厳重な結界が張られた謁見の間に隣接する「防空避難シェルター室」へと急行した。
厚さ三十センチの防護扉が開かれた。
室内には、近衛の精鋭に守られた国王セルセデス3世、イザベラ王妃、ハミル第一王子、セレスティア第一王女の姿があった。
ハミル王子は剣を抜き身のまま構え、国王も自ら長剣を腰に下げて臨戦態勢をとっていたが、怪我はなく、全員無事であった。
「父上、扉が……! ……あ、あれは!?」
ハミル王子が目を見張った。
扉の向こうから現れたのは、誇らしげに胸を張るハインリヒ大公、カロン、そして――先日のルーセン行幸で親交を深めた、三柱の神々と仲間たちであった。
「へ、陛下! ハインリヒ、救援に参陣いたしました!」
大公が膝をつく。
「おおお……! ハインリヒ大公! カロン学長! それに神々の皆様方まで……!」
セルセデス3世は剣を鞘に納め、駆け寄ってハインリヒ大公の両肩を抱き起こした。
王妃や王女も胸を押さえ、涙を浮かべて安堵の息を漏らす。
「まさか、ルーセンから駆けつけてくれるとは……! 早馬を出してから、まだ半日も経っておらんぞ!? 一体どうやってあの五百キロの距離を踏破したのだ!?」
大公が誇らしげに答える。
「カロン殿が新たに開発いたしました、八十人乗りの大型電動乗合車――『メガEVバス』の第一号車に全員で乗り込み、不眠不休で街道を疾走してまいりました!」
「な……あの献上された鉄の馬車の、さらに大型のものか……! なんという機動力……!」
ハミル王子が感嘆の声を上げる。
ハインリヒ大公は、これまでに大聖堂と大学、そして王宮前庭の反乱軍を、メリスの神聖麻痺によってすべて無力化してきた経緯を簡潔に報告した。
セルセデス3世は深く天を仰ぎ、重いため息をついた。
「……すまぬ、大公。そしてカロン学長。……余の不明が、このような事態を招いてしまった。大司教バルデスとマンハイム総長が消息を絶った件で、中央のメリス教総本部と帝国大学の不満が限界に達していたのは知っていた。だが、まさか奴らが隣国のアストル教と裏で手を組み、これほど大規模なクーデターを仕掛けてくるとは……。余の政治的配慮の甘さが、都を戦火に巻き込む口実を与えてしまったのだ……」
苦渋に満ちた国王の謝罪。
しかし――その神妙な空気を、一瞬で粉微塵に吹き飛ばす声が響き渡った。
「ちょっと王様! 反省会なんて後回しよ、後回し!!」
ズカズカと王冠の前に歩み出たのは、仁王立ちの駄女神メリスであった。
「そんなことよりね! 私のディナーはどうなってるのよ!? 王宮の厨房は無事なんでしょうね!? 王宮専属の料理長たちは生きてるの!? 残りの反乱分子どもを全員叩きのめして掃除してきてあげるから、今すぐ極上のフルコースと特大ケーキの準備を始めさせなさいよねッ!!」
「………………………………」
避難室内の近衛兵全員が、顎が外れそうな顔で固まった。
一国の存亡を賭けた軍事クーデターの最中に、国王の前に詰め寄ってディナーの催促をする主神。
後ろに控えていた風の神シルフは、両手で顔を覆って「ふぇぇ……メリス様、王様が困ってますぅ……」と小さくなり、大地の神トーラも「やれやれ……我が同胞ながら、食への執着だけは天界一だな」と苦笑いを浮かべていた。
しかし、セルセデス3世はポカンとした後、腹の底から大爆笑を響かせた。
「わはははは! 相変わらずでいらっしゃるな、メリス様! よろしい! 厨房は地下の防護区画にあり、料理人たちも食材も全員無事だ! 反乱が完全に鎮圧された暁には、王宮の蔵を空にしてでも、帝国史上最高の宴を用意いたしましょうぞ!」
「よーし、言ったわね! 言質取ったわよ!」
メリスは満面の笑みで親指を立てた。
「さて、残る敵の根拠地はどこだ?」
カロンが問うと、セルセデス3世は執務机の地図を広げた。
「大聖堂と大学が制圧された今、残る反乱軍の中核は――このクーデターに資金と私兵を提供していた、貴族街の保守派反乱貴族たちの屋敷群だ。筆頭格であるクロイツァー侯爵邸をはじめとする五つの大貴族の屋敷に、残党の兵力やアストル教の工作員が集結し、立てこもっているとの情報が入っている」
「分かりました。そこを叩けば、反乱の頭脳と資金源は完全に絶たれますね」
カロンが頷く。
ここで、部隊の再編成が行われた。
シルフとトーラの二神、そしてバログ大親方と父ガイルを含むドワーフの精鋭十名は、王宮の安全を絶対確実なものとするため、国王一家の護衛として本館に残留することが決定された。大地の神と風の神が本館に鎮座している限り、いかなる軍勢が押し寄せようと王宮が陥落することは絶対にあり得ない。
「よしカロン、行くわよ! デザートの前の軽い運動よ!」
メリスが意気揚々と号令をかける。
カロン、ハインリヒ大公、ギルバート、リアリス、マルクス、そしてガース隊長率いるルーセン兵を乗せ、メガEVバスは再び中庭の鉄門を飛び出していった。
それからの三時間――
帝都の最高級住宅街である貴族街は、前代未聞の「神速の電撃掃討劇」の舞台となった。
クロイツァー侯爵邸、ヴォルフガング伯爵邸、バーデン子爵邸……。
高い塀と鉄柵で囲まれ、数百名の私兵や傭兵が弓や魔導銃を構えて立てこもっていた反乱貴族たちの豪邸の前に、青と白の巨大なバスが轟音とともに横付けされる。
屋敷の私兵たちが「な、何だあの荷馬車は!? 射て!」と矢を放とうとした瞬間。
バスの窓からメリスがパチンと指を鳴らし、広範囲の『絶対静謐』が屋敷全体を包み込む。
ドササササッ!
屋敷の庭、見張り台、テラス、そして屋敷内の応接室に至るまで。
反乱を企てていた貴族たち、アストル教の残存幹部、雇われた私兵や暗殺者たち全員が、一言の弁明を述べる隙すら与えられず、一瞬にして白目を剥いて絨毯の上へ転がり落ちていった。
カロンのアナライズ・ダークで屋敷内の生存者と昏睡状態を確認し、ガース隊長の兵士たちが踏み込んで首謀者たちを手錠で縛り上げ、次の屋敷へとバスを急行させる。
一台のEVバスと一柱の駄女神による、あまりにも一方的で、あまりにも圧倒的な電撃作戦。
五つの反乱貴族の屋敷すべてを完全制圧し、最後の反乱首謀者であるクロイツァー侯爵を捕縛し終えた時、帝都の空には完全な闇が覆い、街を覆っていた硝煙の雲はハッキリとは見えなくなっていた。
午後10時。
王城の本館前に、任務を終えたメガEVバスが埃まみれになって帰還した。
正面階段の上に現れた国王セルセデス3世は、近衛兵たちに対し、威厳に満ちた声で布告を発した。
「全軍に命ず! 反乱の首謀者たるアストル教徒、帝国大学の強硬派、ならびに反乱貴族どもは、至高の神々とルーセン大公軍の電撃作戦により、帝都全域において完全に鎮圧・無力化された!
直ちに各街区へ伝令を飛ばし、昏睡せる反逆者どもを一網打尽に捕縛せよ! 逃亡を許すな! 帝都の秩序を回復せよ!!」
「「「オオオオオオオッッ!!!!」」」
王宮を取り囲んでいた近衛兵たちから、帝都の夜空を突き破らんばかりの大歓声と勝利の鬨が巻き起こった。
こうして――
ゲスハルト帝国の屋台骨を揺るがし、国家崩壊の危機にまで発展しかけた大規模軍事クーデター事件は、ルーセンから疾走してきた一台の巨大バスと、食欲に燃える駄女神の圧倒的な武威によって、わずか半日のうちに、呆気ないほどの完全決着を迎えたのである。
しかし――事件の火種が消え去った後には、捕縛された膨大な数の反逆者たちの処理、アストル教の背後関係の追及、そして何よりも……約束された「帝都史上最大の晩餐会」という名の、もう一つの嵐が待ち受けていたのであった。




