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第61章:空調特需のツケと新世代エネルギー網

第61章:空調特需のツケと新世代エネルギー網


帝都からの辣腕査察官ギュンターの鋭い目を「鉛板と銅メッシュによる電磁遮蔽(ファラデーケージ)」で見事に欺き、地下に眠る石像群の危機を完全に隠蔽しおおせてから数日。

ルーセンの街には、再び活気と平穏が満ち溢れていた。


ゲオル商会を通じて販売が開始された家庭用・産業用エアコン「カロン・クール」は、夏場の猛暑を完全に制圧した実績から、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで売れ続けていた。

貴族の邸宅や富裕層の商館だけでなく、新工房区のパン屋、鍛冶工房、仕立て屋、そして一般市民の集合住宅に至るまで、街中の至る所の外壁に室外機が据え付けられていく。ドワーフ留学生や街の電気工事職人たちは、連日連夜、壁のスリーブ開口と配線工事に駆け回る嬉しい悲鳴を上げていた。


しかし――文明の利器が急速に普及する時、その背後には必ず「インフラの限界」という巨大なしっぺ返しが待ち受けているのが、工学の歴史の常であった。


その日の午後二時。

秋の気配が混じりつつも、午後特有の強烈な西日が照りつけ、街中の気温がぐんぐんと上昇していた時間帯のことだった。


ルーセン工科大学、二十階建て校舎タワーの二階――学長室。

カロンが第一期生の卒論テーマの構想メモを整理していたその時、


チチチ……ッ。


天井に埋め込まれた直流魔導蛍光灯が、微かに音を立てて小さく明滅した。

それと同時に、壁の上部に取り付けられていたエアコンの送風ファンが、一瞬だけ回転数を落とし、また元の回転へと戻る。


カロンの手がピタリと止まった。


(……電圧の降下(サグ)? いや、周波数の乱れか……?)


前世の中山教授の記憶が、瞬時に警報を鳴らした。

カロンは席を立ち、学長室の壁に設置してある配電盤の主電圧計(自作の可動コイル型魔導電圧計)の指針に目を凝らした。

通常であれば「直流二百ボルト」をピタリと指しているはずの針が、百八十五ボルト付近まで沈み込み、細かく震えている。


その時、ドタバタと激しい足音が廊下に響き、学長室の扉が勢いよく開け放たれた。


「学長! 大変です! 地下の中央配電司令室へ来てください!」


飛び込んできたのは、工科大学第一期生の電気工学専攻の俊英、ドワンであった。

作業着の袖を捲り上げ、その顔には隠しようのない焦燥が張り付いていた。


「ドワン、配電盤の電圧降下だな?」


「はい! ライネス川の水力発電所から引き込んでいる基幹送電線の電流値が、定格限界の九十五パーセントを突破しました! 変電用魔導トランスの油温が急上昇しています!」


「すぐに行く!」


カロンはペンを放り出し、ドワンと共にエレベーターへ飛び乗った。


校舎タワーの地下二階、重厚な耐火扉の奥にある「ルーセン中央電力統括司令室」。

そこは、カロンがライネス川の水力発電所、新工房区、大学タワー、そして旧市街の配電網を一元管理するために構築した、この街のエネルギーの心臓部であった。


壁一面に設置された巨大な盤面には、各エリアの配電系統を示す系統図が真鍮と発光ダイオードで描かれ、無数の電流計、電圧計、そして異常を知らせる警報ランプが並んでいる。

室内では、ドワーフ留学生たちと学生たち十数名が、青ざめた顔で計器の数値を読み上げ、手動の遮断器レバーの前に張り付いていた。


「南地区、商業街区の消費電流、さらに百二十アンペア上昇!」

「新工房区のパン工場群、全基エアコン稼働! 負荷が止まりません!」

「第一変電所の降圧トランス、温度が八十度を超えました! 冷却ファンが追いつきません!」


怒号のような報告が飛び交う中、カロンは中央の司令コンソールへ駆け寄った。


メインメーターが示す現在の都市全体の総消費電力――三千二百キロワット。

それに対し、ライネス川の第一水力発電所に据え付けられている水車発電機三基の合計最大出力は――三千三百キロワット。


予備マージンは、わずか百キロワット――全体の三パーセント足らずしか残されていなかった。


「……信じられん負荷の上昇曲線だ」

ドワンが震える手でグラフ用紙を示した。

「カロン学長がエアコンを発売される前まで、日中のピーク電力はせいぜい千五百キロワット程度でした。夜間の街灯や路面電車のフル稼働時でも二千キロワットで余裕があったんです。それが……この数日間で街中のエアコンが一斉に回り始めた途端、昼過ぎのピーク電力が二倍以上に跳ね上がりました!」


エアコンの普及速度が、カロン自身の想定を遥かに超えていたのだ。

人間もドワーフも、一度「冷房の快適さ」を知ってしまえば、もう二度と団扇を仰ぐ生活には戻れない。

今日の午後、気温が最高潮に達した瞬間、ルーセン中の家庭、商店、工房が申し合わせたようにエアコンのスイッチを「最強・冷房」で一斉に投入したのである。


ジリリリリリリッ!!


コンソールの赤色警報灯が激しく回転し、けたたましいベルが鳴り響いた。


「総負荷、三千二百八十キロワット! 限界値まであと二十キロワットです!」

ドワーフの学生が悲鳴を上げる。


「学長! このままでは発電機の励磁コイルが焼き切れ、送電網全体が連鎖的に保護停止します! 都市全体の完全停電――『ブラックアウト』が起きてしまいます!」


ブラックアウトが起きれば、エアコンが止まるどころではない。

上下水道の電動ポンプが停止して街中の水が止まり、路面電車が立ち往生し、冷蔵庫の食品が腐敗し、町全体の家電が停止する。近代都市ルーセンの機能が、完全に麻痺してしまうのだ。


「カロン学長、非常用遮断器を作動させますか!? 旧市街か商業地区の送電線を強制遮断(計画停電)すれば、発電機の焼損は防げます!」

ドワンが主幹レバーに手をかける。


だが、カロンは鋭い声で制止した。


「待て、ドワン! 安易な計画停電はパニックを引き起こす。……まだ手はある!」


カロンはコンソールの右端にある、紫色のレバーを指差した。


「大学タワー地下の『緊急用人造蓄電魔石バンク(メガ・バッテリー・システム)』を直ちに系統連系(グリッド・タイ)させろ! 夜間に水力発電の余剰電力で充電しておいた五百キロワット時のバックアップ電力を、全系統へ逆潮流放電するんだ!」


「蓄電池からの直接給電……! 了解!」


ガチャンッ!!


ドワンが紫色の極太レバーを力任せに押し込んだ。


ブゥゥゥゥン……ッ!!


地下のバッテリー室から、低周波の重厚な放電音が響き渡った。

人造蓄電魔石の巨大なラックから、大容量の直流電流が配電盤へと流れ込み、水力発電所の負担を一気に肩代わりしていく。


メーターの針が、三千二百キロワットから二千八百キロワットへとスッと後退した。

トランスの唸り音が一段落し、警報ベルがカチリと鳴り止む。


司令室内に、ホッとした息の音が漏れ広がった。

学生たちが胸を撫で下ろし、床に座り込む。


しかし、カロンの表情は依然として険しいままであった。


「……耐えられたのは、あくまで一時しのぎに過ぎない。このバッテリーバンクの容量では、もってあと三時間だ。夕方になって気温が下がり、エアコンの負荷が落ちるまでは凌げるが……明日も同じ猛暑が来れば、バッテリーが底をついて即座に破綻する」


カロンは壁の系統図を見つめ、拳を強く握りしめた。


「ルーセンの発展スピードに対して、『エネルギー供給基盤(電源インフラ)』の拡張が完全に周回遅れになっている。……根本的な大増電計画を、今すぐ実行に移さねばならない!」


その日の夕方。

ピーク電力が落ち着き、蓄電バンクの充電を再開させた後、カロンは校舎タワー三階の階段教室に、工科大学の全教員、ドワーフ留学生、そして第一期生・第二期生の研究室リーダーたち総勢八十名を緊急招集した。


教壇の黒板の前に立ったカロンは、チョークを走らせ、ルーセンの電力需給バランスの過酷な現状を叩きつけるように描き出した。


「諸君。先ほど、我がルーセンは電力崩壊(ブラックアウト)の一歩手前まで追い詰められた。原因は明白だ。『カロン・クール』の爆発的普及による電力需要の爆発的増大である」


学生たちに緊張が走る。


「エアコンという文明の利器を配ったのは私だ。ならば、その動力を担保する責任もまた、我々技術者にある。ライネス川に第二水力発電所を建設する計画もあるが、ダムの築堤と水圧鉄管の敷設には最低でも半年から一年の工期が必要だ。……明日の、そして来週の電力危機には到底間に合わない」


最前列に座っていたボルト副学長が、眉をひそめて手を挙げた。


「カロン学長。現在研究を行っている、石炭や木炭を燃やす火力発電所なら、ボイラーとタービンを据え付ければ一ヶ月ほどで形にはなろうが……それでも明日の電力には間に合わんぞ。一体どうやって、数日のうちに数百キロワットもの新たな電力を生み出すというのじゃ?」


カロンは不敵に微笑み、黒板に一つの巨大な図形を力強く描き殴った。


風を受けて力強く回転する三枚羽根の巨大な風車――『大型風力発電タービン』である。


「自然の恵みを利用するのだ、ボルト先生。エレン山脈から吹き下ろす無尽蔵の『谷風』……この巨大な流体運動エネルギーを、我々の魔導工学で即座に電力へと変換する!」


カロンはチョークを置き、具体的な工学的ブレイクスルーを解説し始めた。


「ルーセンの北東にそびえるエレン山脈からは、昼夜を問わず冷涼で強い吹き下ろし風――『山谷風』が平原へ吹き抜けている。先日のエレン山調査の際、風速計で計測した平均風速は毎秒七メートルから十メートル。風力発電にとって、これ以上ない理想的な風況だ」


カロンは黒板をトントンと叩いた。


「構造を説明しよう。風力を効率よく回転力へ変換するため、翼長十メートルのプロペラブレードを三枚備えた水平軸風車を設計する。

ナセル(発電機室)の心臓部には、以前から研究室で試作を重ねてきた『大容量・実験用交流同期モーター』をそのまま逆転利用(リバース・エンジニアリング)して発電機へと流用する!

そして、最大の課題であるブレード、主軸、タワー円柱などの超大型・高強度部材……通常なら鋳造と加工に数ヶ月かかるこれらすべての重要構造物を、私の『土魔法(マテリアル・トランスミュート)』とガロニアの超合金『カロン・スチール』を融合させ、今夜一晩で一気に直接生成・成形する!」


「な……! 学長の生成魔法で、あの巨大な風車の部材を丸ごと一晩で……!?」

ドワンや留学生たちが息を呑む。


「そうだ。土木基礎工事は大学敷地北側の高台で直ちに開始する。今夜から不眠不休で部品を生成し、現場へ運び込んで組み立てるぞ。……ただし、いくら突貫工事で進めても、三基の風力発電機が完全に組み上がり、送電網へ連系できるのは『明日の夕方』になる見通しだ」


ボルト副学長がハッと目を見張った。

「し、しかし学長……! それでは明日の昼、今日以上の猛暑が訪れた際の電力ピークをどうやって乗り切るのじゃ!? バッテリーバンクは数時間しか持たんぞ!」


カロンは自らの掌を握りしめ、静かに、しかし覚悟に満ちた声で言い放った。


「明日の昼のピークは――私が現場の主幹送電線へ直接、高位の『サンダーボルト』を制御放電し、力尽くで電力を補給して凌ぎます」


「「「な、なんじゃとおおおおっ!?」」」


教室がひっくり返るような大絶叫が巻き起こった。

人間発電機――いや、ドワーフ自らが魔導雷撃を直接グリッドへ叩き込んで都市の電力を維持するという、前代未聞の荒技であった。


「私の魔力と『サンダーストレージ』の回路制御があれば、数時間程度のピークシフトなら耐えられます。私が命がけで電力を維持している間に、諸君らは風力発電機を完成させ、夕方に起動させるのだ!

諸君! 工科大学の総力を結集し、このルーセンを大陸初の『多電源統合型スマートグリッド都市』へと進化させるぞ!!」


「「「オオオオオオオッッ!!!!」」」


若き技術者たちの瞳に、未曾有のエネルギー危機に立ち向かう情熱の炎が燃え上がった。


作戦は、その日の日没と同時に開始された。


校舎タワーの地下工房。カロンは作業着の袖を捲り上げ、床に並べられた高純度シリコン鋼板と、ガロニアから届いたばかりの超強靭耐熱鋼『カロン・スチール』のインゴットの前に立った。


「物質結合の再編、結晶構造の異方性配列――『マテリアル・トランスミュート・アドバンスド』!」


カロンの両手から、目も眩むような青白い光の奔流が溢れ出した。

前世の中山教授としての流体力学・構造力学の極致が、魔法の光となって鋼材を包み込む。


航空力学に基づいた高揚力・低抵抗のNACA翼型を誇る、長さ十メートルのプロペラブレード。内部には蜂の巣状のハニカムリブが寸分の狂いもなく走り、驚異的な軽さと剛性を両立している。

続いて、直径八十センチの主軸シャフト、遊星歯車増速機の大歯車、そして高さ二十メートルの白く輝く円筒形タワーセクション三節分が、床の上で次々と実体化していった。


「す、すごい……! 図面通りの三次曲面が、一瞬で歪みなく削り出されていく……!」

ドワンや留学生たちが息を呑みながら、完成した部材をクレーンで台車へと積み込んでいく。

ナセルの内部には、研究室から運び出された実験用大型モーターが手際よくマウントされ、強電界ネオジム魔石を用いた永久磁石発電機へと組み替えられていった。


一方、現場となる大学キャンパス北側の高台――通称「エレン見晴らしの丘」では、土木専攻チームと建設ギルドによる基礎工事が夜を徹して行われていた。

カロンの開発した「早強ポルトランドセメント」を流し込み、土魔法で硬化発熱をコントロールすることで、わずか数時間で所定の圧縮強度を軽々とクリアした頑丈な円形基礎が三基分、完璧に立ち上がった。


深夜を過ぎ、東の空が白み始める頃――

カロンが魂を削って生成し終えた全三基分の風力発電コンポーネントが、重機と大型馬車によって続々と丘の上へと運び込まれていった。


「大型魔導起重機(タワークレーン)、巻き上げ開始! 第一節タワー、建て起こし!」

ドワンの指示のもと、職人たちと学生たちが油圧トルクレンチを握り締め、夜明けの風の中で一心不乱にボルトを締め上げていった。


翌日の正午。

容赦ない太陽が天頂に昇り、昨日の猛暑を上回る焦熱の熱波がルーセンの街を覆い尽くした。


街中の家庭や工房でエアコンが一斉に唸りを上げ、電力需要のグラフが垂直に跳ね上がっていく。


校舎タワー地下二階の中央配電司令室。

緊張の糸が張り詰める中、コンソールのメーターが冷酷な数値を刻み始めた。


「総負荷、三千二百キロワット突破! 水力発電所、定格出力百パーセントに到達!」

「地下蓄電バンク、全基全開放電中! ……しかし放電レートが追いつきません! 周波数が低下、送電電圧が百九十ボルトを割り込みました!」


「カロン学長へ連絡! 限界です!」


その時、第一変電所の受電室――巨大な母線(高圧銅バー)が剥き出しになった高圧キュービクルの前に、汗だくのカロンが立っていた。

徹夜で風車の部品を生成し尽くした身体には重い疲労がのしかかっていたが、その瞳は鋭く研ぎ澄まされていた。


手元には、太い超伝導魔導ケーブルが主母線へとガッチリと接続されている。


『学長! 電圧が持ちません! ブラックアウトまであと三十秒です!』

ドワンの悲痛な通信がスピーカーから響いた。


「よし……任せろ!」


カロンは大きく息を吸い込み、両手で魔導ケーブルの端子を握りしめた。

体内の全魔導回路を、雷属性の極致へと接続する。


「雷よ、秩序ある奔流となりて街の血脈を満たせ――『サンダーボルト・レベル7』! 並列制御――『サンダーストレージ・インバーター同調』――直流二百ボルト・パルス平滑連続放電ッ!!」


バチバチバチィィィッッ!!!


カロンの全身から、目も眩むような青白い電撃の奔流が噴き上がった。

本来であれば敵を一瞬で感電死させる破壊の雷撃を、カロンは前世の電気回路理論を駆使し、超精密なスイッチング周波数制御によって「極めて安定した直流二百ボルトの電力」へと強制変換しながら、母線へと叩き込んでいったのである。


ズズズズズ……ッ!


地下配電司令室のメインメーターが、劇的な跳ね上がりを見せた。


「受電母線に大規模逆潮流を検知! 電圧、百九十……百九十五……二百ボルトへ急復帰!」

「電流供給、プラス五百アンペア! トランスの負荷が安全圏へ押し戻されました!」

「学長が……学長お一人の魔力で、街の電力不足分を丸ごと給電されています!!」


司令室にいた学生たちが息を呑み、目頭を熱くした。

一人のドワーフが、街の何万人もの人々の暮らしを守るため、自らの肉体を巨大な発電機に変えて踏みとどまっているのだ。


「ぐっ……ううおおおおおっ……!」


変電室で雷を放ち続けるカロンの額から、滝のような汗が吹き飛ぶ。

体内の魔力が急速に削り取られ、筋肉が軋みを上げる。


(耐えろ……! まだだ、まだ倒れるわけにはいかん! 丘の学生たちが……風車を立ち上げるその瞬間まで、一秒たりとも電気を落としてたまるか!!)


カロンの咆哮とともに、青白い雷光がさらに激しさを増していった。


死闘は、太陽が西の稜線へと傾き始める午後四時半まで続いた。


気温がわずかに下がり始め、カロンの魔力がいよいよ底を突きかけた――まさにその瞬間。


『学長! 風力一号機、二号機、三号機……すべての組立とナセル内配線、受電盤への接続工事が完了しました! いつでも回せます!!』


ドワンの弾んだ叫び声が、通信機から響き渡った。


カロンは荒い息を吐きながら、放電をゆっくりと絞り込み、ついに魔法を停止させた。

膝に手をつき、肩で息をしながら通信機へ叫び返す。


「ドワン……! よくやった! 直ちに……風車を起動しろ!!」


『了解です!』


舞台は再び、夕暮れのエレン見晴らしの丘。


西の空が燃えるような朱色に染まり、エレン山脈の冷涼な谷風が、ゴウゴウと地鳴りを立てて丘へと吹き下ろしてきた。

丘の上には、カロンの超合金カロン・スチールで組み上げられた、全高三十メートルを超える三基の巨大な白い風力発電タワーが、夕陽を浴びて神々しくそびえ立っていた。


風速計の針が、毎秒六メートル、八メートル、十メートルへと跳ね上がる。


タワーの根本にいたドワンが、ブレーキ解除索を力任せに引き抜いた。


「風速、カットイン速度を突破! ヨー旋回、風上へ正対! メカニカルブレーキ……解除ッ!!」


カシャンッ!


ブレーキが外された瞬間。


シュルル……シュルルルル……ッ!


巨大な三枚の白いプロペラブレードが、重厚に、そして滑らかに回転を始めた。

風を孕んだブレードが夕闇を切り裂き、回転速度がグングンと上がっていく。


ヒュオオオオオォォォォンッ――!!


美しい風切り音とともに、ナセル内部の増速機が唸りを上げ、改造された同期発電機が励起された。


地下配電司令室のドワンから、無線を通じてルーセン全域へ向けた勝利の絶叫が轟いた。


『風力一号機、グリッドへ同期完了! 出力百キロワット! 二号機、三号機も全連系! 合計風力発電出力――四百キロワットを突破しましたッ!!』


「「「うおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」」」


丘の上で見上げていた教員たち、学生たち、職人たち、そして作業を見守っていた大勢の市民たちから、空を突き破らんばかりの大歓声と拍手が巻き起こった。


夕暮れの風の中、三基の巨大な風車が優雅に、力強く回転を続けている。

太陽が沈みゆく薄暗がりの中、ルーセンの街中の窓々に、エアコンの稼働を維持したまま、何千、何万もの温かな電灯の明かりが一斉に灯っていった。


電圧計の針は、二百ボルトからピクリとも動かなかった。

都市の明滅は完全に消え去り、安定した極上のエネルギーが、街の隅々まで行き渡ったのである。


その夜。

大学タワーの二階、エアコンの冷風が心地よく吹き抜ける巨大な学食(メガダイナー)は、エネルギー危機を完全克服した学生たちと職人たちの祝勝会で埋め尽くされていた。


「風車に乾杯! カロン学長、万歳ッ!!」

「俺たちの手で、街の電気を守り抜いたぞォッ!!」


冷えたエールと熱々の料理がテーブルを飛び交う中、カロンは壁際のボックス席で、ボルト副学長やドワンと共に、新しく出力された電力需給チャートに目を通していた。

カロンの顔には激闘の疲労が残っていたが、その表情は極めて晴れやかであった。


「見事なものじゃな、カロン」

ボルト副学長がジョッキを置き、深く感嘆のため息をついた。


「水力、風力、そして蓄電魔石バンク……。自らの身を削ってまで時間を稼ぎ、若者たちに形を作らせた。天候や時間帯による発電のムラを完璧に補い合う、これがそなたの言う『スマートグリッド』というやつか」


「はい。単一の電源に依存していては、機器の故障や猛暑一つで都市が干からびてしまいます。自然の多様な恵みを組み合わせ、ネットワークで融通し合うことこそが、真に強靭(レジリエント)な都市インフラの姿なのです」


ドワンも目を輝かせて頷いた。

「学長、僕たち、電気工学の本当の重みと誇りを学びました。この街の電気は、僕たちが絶対に守り続けます!」


教え子の逞しい言葉にカロンが目を細めていると、通路からドタバタと騒がしい足音が近づいてきた。


「ちょっとカロン〜! 聞いたわよ〜!」


現れたのは、大食堂の特大ローストビーフサンドを両手に持った、金髪の駄女神メリスであった。

口の端にマスタードをつけながら、ドヤ顔でカロンの前の席にドカリと腰を下ろした。


「メリス様。また講義棟を徘徊していたのですか」


「徘徊じゃないわよ、視察よ、視察! ……それにしてもカロン、アンタやっぱり私の他に、シルフちゃんのこと、すっごく尊敬してるのね!」


「……は?」

カロンが眉をひそめると、メリスは自慢げに豊満な胸を反らせ、人差し指をピンと立てた。


「だってそうでしょ! アンタが丘の上に建てたあの大きな三枚羽根の風車! あれ、私の仲良しの『風の主神シルフちゃん』を崇めるための、最新式の御神体(風の神殿)なんでしょ!? 風をいっぱい集めて街をピカピカ光らせるなんて、シルフへの信仰心の表れ以外の何物でもないじゃない! さっきシルフに念話で『カロンがアンタのために巨大な風車を三つも建ててくれたわよ』って点数稼ぎをしておいたわ!」


「………………………………」


カロンは持っていたフォークを落としそうになり、深く、深いため息をついた。


「メリス様……あれは流体力学と電磁誘導に基づいた純然たる『風力発電機』であって、シルフ様の御神体ではありません。勝手な解釈で天界の神々に変な通信を送らないでください……」


「え〜〜っ! 堅苦しいこと言わないの! シルフちゃん、すっごく喜んで『じゃあルーセンの丘には、一年中いつでも発電機が壊れない程度の心地よい強風を吹かせてあげるね!』って言ってたわよ!」


「「な、何じゃとおおおおっ!?」」


ボルト副学長とドワンが椅子から転がり落ちそうになった。


カロンは額を押さえ、絶句した。

(……風の神の神託による、局所的永久風況補償だと……!? 風力発電の最大の弱点である『風の息(風速の不規則な変動)』が、神の気まぐれによって完全にフラット化されてしまったのか……!?)


工学者として、自然法則の歪みに眩暈を覚えつつも、発電効率の観点から言えばこれ以上ないチート級の神風であった。


「……ま、まあ……発電量が安定するなら、結果オーライとしておきましょう……」

カロンが力なく呟くと、メリスは「でしょ〜! 私に感謝しなさいよね!」とローストビーフサンドを豪快にかぶりつき、大食堂の笑い声に包まれていった。


深夜。宴がお開きとなり、静寂が戻ったキャンパス。


カロンは一人、三十階建てメガタワーの最上階展望テラスへと上がった。

涼やかな秋の夜風が、心地よく肌を撫でていく。


見下ろせば、闇の中に浮かび上がるルーセンの街並み。

その中心で、街灯の温かな光の河が縦横無尽に流れ、冷房の効いた快適な部屋の中で、人々が平和な眠りについている。

北の丘を見やれば、三基の白い風力タービンが、シルフの優しい神風を受けながら、規則正しく、力強くブレードを回し続けていた。


自らの肉体を削って繋ぎ止めた昼の電力と、夜の風が生み出す豊かな光。

自然の脅威に怯え、停電に怯えるだけだった都市が、技術と人々の結束によって自立した瞬間であった。


「水力、風力……そして蓄電魔石。エネルギーの自給自足は、これで第一段階を完了したな」


カロンは夜空を見上げた。

満天の星々が、漆黒の天幕の上で静かに瞬いている。


この街が手に入れた揺るぎないエネルギー基盤は、やがて来るであろう帝都との交渉や、さらなる巨大プロジェクト――大陸横断鉄道や長距離電気自動車網の敷設を支える、強靭な心臓となるはずだ。


「さあ……明日は第二期生たちの送電工学の実習だな」


カロンは小さく微笑み、充実感に満ちた心地よい疲労とともに、温かな我が家が待つフロアへと静かに戻っていったのであった。

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