第44章:巨塔の建設と開講のファンファーレ
第44章:巨塔の建設と開講のファンファーレ
大聖堂工房の裏手に広がる広大な更地。
朝靄が晴れ渡ると同時に、地鳴りのような重機の駆動音と、黄色い安全ヘルメットを被った職人たちの掛け声が響き渡った。
「これより、ルーセン工科大学メインキャンパスタワーの建設工事を開始する! 全工区、安全第一で作業にかかれ!」
カロンの号令とともに、異世界史上初となる「超高層二十階建てビル」の突貫工事が幕を開けた。
二十階建て・高さ八十メートルにおよぶ超重量建築を支えるため、何よりも重要となるのが「基礎杭地盤工事」である。
カロンは前世の土木工学知識を遺憾なく発揮し、自作した大型の「魔導油圧アースオーガー(掘削重機)」を稼働させた。
ズドドドドドッ!!
巨大なスクリューが唸りを上げて回転し、地下十メートルにある強固な花崗岩の支持層(ベアリング層)まで垂直な大口径の穴を次々と穿っていく。
そこへ、十二名のドワーフ留学生たちがクレーンを操作し、太さ六十センチの極太異形鉄筋籠を吊り込んで穴の中へ降ろしていく。
「生コンクリート圧送車、スタンバイ完了!」
「スランプ値(流動性)ヨシ! 打設開始ッ!」
大聖堂工房から敷設された仮設パイプラインを通じ、普通ポルトランドセメントを用いた高強度生コンクリートが、穴の底から一気に圧送・充填されていく。わずか数日で、地下の強固な岩盤と一体化した数十本もの巨大な「場所打ちコンクリート杭」と、厚さ二メートルのベタ基礎マットスラブが完成した。
基礎が完全に固まると、いよいよ上部躯体の建設が始まった。
現場の中央には、カロンが魔法クラフトで組み上げた高さ百メートル級の「クライミング式大型タワークレーン」がそびえ立った。
クレーンが空を舞い、ガロニアから運ばれてきた極太のH鋼フレーム、D22異形鉄筋、そして再利用可能な鋼製メタルフォーム(型枠パネル)を軽々と吊り上げていく。
カロンが考案した工法は、前世の超高層ビル建設で用いられる「積層クライミング工法」であった。
1階の柱と耐震壁に鉄筋を配筋し、型枠を建て込んで高強度コンクリートを打設。
カロンの急結触媒魔法によってコンクリートが半日で設計基準強度に達すると、型枠を油圧ジャッキで2階へとスライド上昇させ、床スラブと柱を連続して打設していく。
「留学生配筋班、3階スラブのダブル配筋完了!」
「4階型枠、レーザー水準器で垂直精度コンマ二ミリ確認!」
「5階コンクリート打設開始!」
留学生たちはカロンの指示のもと、熟練の現場監督のようにテキパキと各フロアの施工を指揮した。
カイやミミル、ルーカスたち孤児たちも、地上での資材仕分けやボルトの締め付け確認、配線の通線作業などを熱心に手伝った。
一週間で二フロアが立ち上がるという驚異的な超ハイスピード施工。
青空を背景に、灰色の巨塔がまるで竹の子のようにぐんぐんと天へと伸びていく様子に、ルーセンの町民や商人、街道を行き交う旅人たちは、毎日足を止めてぽかんと口を開けて見上げていた。
「おいおい……見ろよ、あの大聖堂の裏の建物……もう十階を超えたぞ!」
「あんな高い建物、神話のバベルの塔以来じゃないか!?」
「地震や風で倒れたりしないのか?」「馬鹿言え、カロンさんの鉄筋コンクリートだぞ! 岩山より頑丈に決まってる!」
タワーが十五階、そして最上階の二十階へと達した頃、カロンはタワーの中央コア部分に、この建物の真の心臓部となる設備を据え付けた。
『高層対応・魔導トラクション式高速エレベーター(定員二十名・二基)』である。
屋上に高出力の巻上機と滑車を設置し、複数本の鋼鉄製ワイヤーロープで客車とカウンターウェイト(釣り合い重り)を吊り下げる。調速機による非常停止安全装置を完備し、各階の扉には光電管センサーを模した魔導挟み込み防止装置が組み込まれた。
ボタンを押せば、わずか三十秒で1階から20階の展望フロアまで、揺れもなく滑らかに垂直移動できる近代工学の結晶。試乗したボルト副学長は、窓の外に広がるルーセンの街並みと遥かな山々を見下ろし、「……鳥にならずとも、人はここまで高く昇れるのか」と涙ぐんで震えていた。
躯体が完成した後の内装工事も、カロンの徹底したモジュール化によって電光石火で進められた。
1階エントランスホール
床一面に磨き上げられた人造大理石が敷き詰められ、受付カウンターには最新の案内表示板が設置された。奥には五百人を収容できる大講堂が広がり、反響音を計算した吸音壁と大型黒板が据え付けられた。
2階学食
あの大食堂の女将さんが運営する大学直営レストラン。一度に二百人が食事できる広々としたテーブル席と、最新鋭のオール電化厨房、冷水・温水サーバーを完備。
3階〜9階講義フロア
すべての教室に、均一で目に優しい調光式魔導電灯、換気扇、そしてカロン特製の「規格デスク&チェア」が整然と並べられた。
10階〜20階研究室フロア
工作機械、オシロスコープ、精密天秤、薬品ドラフトチャンバー、高圧電力端子、耐火素材保管庫が各専門分野に合わせて完璧にセットアップされた。
着工からわずか三ヶ月。
秋が深まり、木々が鮮やかな紅葉に染まる頃――
青空を突くように堂々とそびえ立つ、白とグレーの近代的な巨塔『ルーセン工科大学メインキャンパスタワー』が、完全なる竣工を迎えたのである。
記念すべき開校の日。
秋晴れの澄み切った陽光が降り注ぐ中、ルーセン工科大学の1階大講堂には、超満員の熱気が満ち溢れていた。
講堂の扇状に広がる座席を埋め尽くしたのは、厳正なる入学試験と書類選考を突破した第一期生・総勢三百名であった。
その顔ぶれは実に多彩だった。
職人街の工房から送り込まれた熱心な若き鍛冶師や大工たち、冒険者ギルドから推薦された元斥候や魔導士たち、ゲオル商会が全国から集めた向学心あふれる商人見習いたち、そして――カロンの教えを受け、特待生として堂々と合格を果たしたカイ、ミミル、ルーカスたちメリス教会の子供たち。さらには、王都や遠方の諸都市から噂を聞きつけて駆けつけてきた人間の若者たちもいた。
身分や種族、貧富の差を一切問わず、「学びたい」という純粋な知的好奇心と情熱だけを基準に集められた若き俊英たちである。
壇上には、来賓として招かれたハインリヒ侯爵、執事長セバスチャン、ギルバート、マリアベル(ゲオル)、ガース隊長、ハンス隊長、トーマス神父。
そして教員陣として、学長のカロン、副学長のボルト教授、そして教員用のアカデミックガウンを誇らしげにまとった十二名のドワーフ講師陣が並び立った。
開会のファンファーレが鳴り響き、まず領主ハインリヒ侯爵が壇上の中央へと進み出た。
侯爵は引き締まった表情で学生たちを見渡し、威厳と喜びに満ちた声で語りかけた。
「新入生の諸君、そしてルーセンの誇り高き民よ! 本日、ここに我が領地、いや世界における知の最高峰――『ルーセン工科大学』が開校したことを、領主として心より祝福する!」
講堂全体から割れんばかりの拍手が湧き起こった。
「かつて、学問とは一部の特権階級や王宮の学者だけのものであった。技術とは、閉じた工房の中で秘匿されるものであった。しかし、カロン学長がもたらした『工学』は違う! それは万人に開かれ、世界を正しく理解し、人々の暮らしを豊かにし、平和を築くための力である! 諸君よ、この巨塔の中で大いに学び、己の知恵を磨き、世界を塗り替える偉大な先駆者となってくれたまえ!」
侯爵の力強い祝辞に、学生たちは目を輝かせ、熱狂的な拍手で応えた。
続いて、盛大な拍手に迎えられ、初代学長であるカロンが壇上のマイク……を模した集音・拡声魔導具の前に立った。
ドワーフの小柄な体躯ながら、その佇まいには前世の中山教授として培った圧倒的な知性と威厳、そして教育者としての温かな慈愛が満ち溢れていた。
「新入生の皆さん、ルーセン工科大学へようこそ」
カロンの落ち着いた、よく通る声が静まり返った講堂に響き渡った。
「皆さんがこれから足を踏み入れる『工学』の世界は、魔法のように呪文を唱えれば一瞬で奇跡が起きる世界ではありません。そこにあるのは、地道な観察、厳密な数学的計算、物理の法則への理解、そして幾度もの失敗と実験の積み重ねです」
カロンは壇上から、集まった学生たち一人ひとりの顔を真っ直ぐに見つめた。
「ネジ一本の太さを正確に測ること。金属が熱でどう伸びるかを計算すること。水とセメントの比率を正しく混ぜ合わせること。……それら一見地味に見える小さな基礎の積み重ねこそが、何百人の命を運ぶ路面電車を走らせ、夜の闇を払う光を灯し、決して崩れぬこの二十階の巨塔を大地に打ち立てる力となるのです」
学生たちは息を呑み、カロンの一言一句を胸に刻み込んでいた。
「この大学には、身分の貴賎も、種族の壁も、貧富の差も存在しません。真理の前には、侯爵も、ドワーフも、エルフも、孤児も、すべて平等です。失敗を恐れず、常に『なぜそうなるのか』を問い続け、得た知識を誰かの幸せのために使ってください。諸君の学びが、この世界の未来を創るのです」
カロンが式辞を締めくくると、講堂が揺れるほどのスタンディングオベーションが巻き起こった。最前列のカイやミミルは涙を浮かべながら手を叩き、後ろの職人たちも拳を突き上げて歓声を上げていた。
式典の後半では、ボルト副学長からルーセン工科大学の革新的なカリキュラムが発表された。
【第1学年(基礎工学課程)】
微分積分学、線形代数学、基礎物理学、材料力学基礎、図面製図法、標準計測実習。
【第2学年〜第3学年(専門工学課程)】
機械・車両工学科:機構学、熱力学、流体力学、EV・鉄道車両設計実習。
電気・電子工学科:電気回路理論、電磁気学、変電・送電工学、魔導回路設計。
土木・建築工学科:鉄筋コンクリート工学、構造力学、都市計画、上下水道衛生工学。
物質・応用化学科:セメント・無機材料化学、冶金・合金工学、薬学調合工学。
【第4学年(先端研究・卒業研究)】
10階以上の各専門研究室に配属され、ドワーフ講師陣やカロン学長と共に、新技術の開発・実用化プロジェクトに挑む。
前世の高等教育の精緻なシステムが、この異世界に完全に移植された瞬間であった。
開講式が無事に終了し、学生たちが excitement(興奮)冷めやらぬ様子で各フロアの教室や2階の学食へと散らばっていった後。
カロンは、2階の角部屋に設けられた広々とした『学長室』へと戻ってきた。
部屋には、ガロニア製の頑丈な無垢材の大型執務デスク、壁一面の巨大な書棚、そしてルーセンの街並みを一望できる大きなガラス窓が備えられていた。
コンコン、とノックの音が響き、ボルト副学長が温かいお茶のトレイを持って入ってきた。
「ふう……カロン学長、素晴らしい開講式だったな」
「ボルト先生……いえ、ボルト副学長。お疲れ様でした。先生がいてくださって本当に心強かったです」
二人は窓辺に立ち、眼下に広がる街並みを見下ろした。
眼下には、整然と区画された新工房区の美しい街並み。
二本の銀色のレールの上を、路面電車が軽快な鐘の音を響かせて走っている。
そして、この大学の門をくぐり、夢と希望を胸に教科書を抱えて歩く若者たちの姿。
(……中山教授として生きていた前世。そして、ドワーフの魔導士カロンとして転生した今世)
知識とは、ただ一人の頭の中に眠らせておくものではない。
こうして人々に分け与えられ、受け継がれ、社会を豊かに変えていく奔流となってこそ、真の輝きを放つ。
「さて、カロン。明日からは記念すべき最初の基礎力学の講義だな」
ボルト副学長が眼鏡の奥の瞳を細めて笑う。
「ええ。教えがいのある、素晴らしい学生たちばかりです。……明日から、忙しくなりますよ」
カロンは満面の笑みを浮かべ、手元のチョークを握り直した。
交易都市ルーセンの青空高くそびえ立つ巨塔から、世界を根底から前進させる「知と技術の新たな時代」が、今まさに堂々と幕を開けたのであった。




