第43章:ルーセン工科大学の胎動
第43章:ルーセン工科大学の胎動
秋の心地よい風が通りを吹き抜ける交易都市ルーセン。新工房区『カロン・ニュータウン』の完成と、防具カスタム専門店を開いたドガースの躍進など、町は日々目覚ましい産業の発展を遂げていた。
大聖堂を改装した『カロン魔導工学研究所 & ルーセン未来技術工房』では、連日のようにカロンによる特別講義が行われていた。
集まっていたのは、ガロニア中央学舎から派遣されてきた十二名の若きドワーフ留学生、そしてメリス教会から通うカイやミミル、孤児院や貧困区の子供たちである。彼らは材料力学、熱力学、電気磁気学、そして規格化と精密加工の神髄をスポンジのように吸収し、急速に卓越した技術者へと成長しつつあった。
しかし、この知の殿堂の存在が広く知れ渡るにつれ、工房の外から熱烈な視線と声が押し寄せるようになっていた。
ある朝、カロンが大聖堂の正門を開けると、そこにはルーセンの職人街で名を通す鍛冶工房の親方、甲冑工房の重鎮、仕立て屋ギルドの幹部、さらには薬師ギルドの長たちが、十数名も列をなして待ち構えていた。
「カロンの旦那! 頼む、うちの若い弟子をあんたの講習に通わせてやってくれねえか!」
「うちの工房の若頭もだ! あいつら、あんたが作ったノギスや規格ネジを使ってはいるが、その背後にある計算や力学の理屈が分からんで手探り状態なんだ! 月謝なら金貨十枚でも二十枚でも払う!」
「頼みます! これからの時代、カロン様の教える『工学』を学ばねば、工房の未来がないのです!」
親方たちは深々と頭を下げ、懇願してきた。
規格化部品と精密機械加工がもたらした産業革命の凄まじさを目の当たりにした彼らは、従来の「見て盗め」という徒弟制度の限界を痛感し、体系化された近代的な教育を弟子たちに受けさせたいと渇望していたのである。
カロンは彼らの手を握り、穏やかに応じた。
「親方たちの熱意はよく分かります。ですが、現在の大聖堂工房の講義室は手狭で、機材や安全管理の面からも、これ以上生徒を増やすのは物理的に難しいのです。……少し時間をください。必ず、皆さんの弟子たちが存分に学べる場を考えますから」
親方たちを納得させて見送ったものの、カロンの胸には強い問題意識が残った。
知識を一部の者だけに独占させるのは、工学者としての本意ではない。学ぶ意欲のあるすべての者に門戸を開くべきなのだ。
その日の午後、カロンは領主邸へと呼び出された。
大広間で待っていたハインリヒ侯爵は、執事長セバスチャンが淹れた温かい紅茶を前に、真剣な眼差しで切り出してきた。
「カロン殿。単刀直入に言おう。我がルーセンに、身分や種族を問わず、最先端の技術と学問を授ける『正式な高等教育機関』を設立してはもらえまいか」
侯爵は身を乗り出し、熱を込めて語った。
「町中の工房主たちから、私のもとへも連日陳情が届いておる。『カロン殿の技術を公的に学べる学校を造ってくれ』とな。今やルーセンは、王都や他領の貴族からも注目される一大工業都市となった。だが、これを一過性の流行で終わらせず、次世代へと受け継ぐには、強固な教育基盤が不可欠だ。……カロン殿、君が学長となり、世界最高峰の学府をこの町に打ち立ててほしいのだ!」
領主からの正式な要請。それは、カロンが胸の奥で温めていた夢と完全に一致していた。
「侯爵閣下、願ってもないお話です。中途半端な職業訓練所ではなく、基礎科学から先端応用工学までを網羅する、この世界初の『工科大学』を創設いたしましょう」
「おお! 引き受けてくれるか! 名は何といたそう?」
カロンは迷うことなく答えた。
「『ルーセン工科大学』です」
工房に戻ったカロンは、前世である「中山教授」としての記憶をフル稼働させ、キャンパスの設計に取り掛かった。
大聖堂工房の裏手には、かつてアストル教の資材置き場や荒れ地となっていた広大な空き地が存在していた。敷地面積は十分にある。しかし、将来的に何千人もの学生や研究者が集まることを考えれば、平屋や低層の建物を並べるのは土地の無駄遣いだった。
「鉄筋コンクリート(RC)技術を極限まで高めれば、この世界に前例のない垂直方向への大空間――『超高層ビル型キャンパス』が建設できる」
カロンが製図台の上に引き直した図面は、驚くべき地上二十階建て、高さ八十メートルの超近代型メガタワーであった。
1階
天高六メートルの大理石吹き抜けメインホール、総合案内窓口、大学事務局、入試課、大講堂。
2階(厚生・教員フロア)
学生や一般客も利用可能な巨大な学食、教員大執務室、会議室、そして学長室(カロンの部屋)。
3階〜9階(学部講義フロア)
百人以上を収容できる階段式大講義室、中講義室、製図室、基礎物理・化学実験室、大型スレート黒板完備の教室群。
10階〜20階(先端研究室・専門ラボフロア)
機械工学、電気電子工学、材料工学、建築土木工学、都市計画学、魔導情報工学など、各専攻の高度な実験室と研究室。屋上には気象観測台と魔導通信アンテナ。
夕方、カロンは大聖堂の講義室にガロニアからの十二名の留学生たちを集め、完成した二十階建てビルの設計図を披露した。
「みんな、見なさい。これが我々の建てる『ルーセン工科大学』のメインタワーだ」
「「「な……な、なんじゃこりゃああああっ!?」」」
図面を見た瞬間、ドワーフ留学生たちの絶叫が響き渡った。
「に、二十階建て……!? 雲に届くような高さじゃないか!」
「外壁も柱もすべて鉄筋コンクリートの一体ラーメン構造……! 計算上の耐震性と耐風圧性能が完璧にクリアされている!」
「俺たち、こんな神話の巨塔みたいな学校を建てる現場に関われるんですか!?」
興奮で鼻息を荒くする留学生たちに、カロンは微笑みながら告げた。
「関わるどころではないぞ。君たちには、建設作業の主力を担ってもらうと同時に――大学が開校した暁には、『講師(指導助手)』として教壇に立ち、基礎講義や実習の指導を受け持ってもらいたい」
「お、俺たちが先生に……!?」
若きドワーフたちは顔を見合わせ、やがて誇らしげに胸を叩いた。
「やります! カロン先輩から学んだ最先端の工学を、新しく入ってくる人間や後輩たちに叩き込んでみせます!」
留学生たちの力強い協力を取り付けたカロンは、続いて教員と第一期生の募集を開始した。
冒険者ギルドへ向かい、ギルド長のギルバートに構想を伝えると、ギルバートは太い机を叩いて大絶賛した。
「最高だ! 冒険者の中にも、引退後のセカンドキャリアに悩んでいるインテリや、魔導具の鑑定・修理を本格的に学びたい若手が山ほどいる。ギルドの会報で特待生の募集を大々的に告知しよう! それに、引退した優秀な薬草学者や魔物生態学者を教員として推薦してやるぜ!」
さらにゲオル商会を訪れると、マリアベルも商才を輝かせて賛同した。
「素晴らしいプロジェクトです、学長殿! 我が商会からは、商業数学や流通工学の講師を派遣いたしましょう。また、国内外の提携商館へ案内を出し、各地の有望な若者たちへルーセン工科大学への入学を呼びかけますぞ!」
そんな中、カロンにとって最大級の驚愕と歓喜をもたらす報せが、故郷ガロニアから届いた。
ある朝、路面電車に乗って大聖堂工房へやってきたのは、あの恩師――ボルト教授その人であった。手には大量の学術書と着替えの詰まった大型トランクを携えている。
「やあ、カロン。噂の『工科大学』の設立計画、聞き及んで駆けつけたぞ」
「ボルト先生! ガロニアからわざわざお越しいただきありがとうございます。しかし、トランクまで持ってどうされたのですか?」
カロンが尋ねると、ボルト先生は眼鏡をくいっと押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「どうされた、ではないわい。ガロニア中央学舎の教授会に辞表……いや、長期出向届を叩きつけてきたのだ。『我が愛弟子が世界初の工科大学を興すというのに、このボルトが立ち会わんでどうする!』とな。カロン、私をその大学の『副学長』として雇う気はないかね?」
「ええっ!? 先生が副学長に……!?」
カロンは仰天した。ドワーフ界の最高権威であるボルト教授が、自ら副学長として運営に参画してくれるなど、これ以上ない強力な援軍であった。
「願ってもないことです! ぜひ、副学長として大学のカリキュラムと教員統括をお願いいたします!」
「うむ! 任せておけ!」
カロンは慌てて製図台へ戻り、二階フロアの図面にペンを走らせた。学長室の真横の特等地に、広々とした『ボルト副学長室』を追加で描き加えたのである。
こうして、最高の布陣と燃え盛る情熱を胸に、ルーセン工科大学建設プロジェクトは力強い産声を上げたのであった。




