第42章:防具オタクのこだわりと秋葉原の風
第42章:防具オタクのこだわりと秋葉原の風
故郷ガロニアへの酒樽輸送作戦を成功裏に終え、ミスリルや特殊耐熱鋼のインゴットという貴重な手土産を抱えて交易都市ルーセンへと帰還したカロン。
大聖堂工房――『カロン魔導工学研究所 & ルーセン未来技術工房』では、今日から再びガロニア中央学舎からの精鋭留学生十二名を集めた、高度な工学講義と実習の日々が再開されていた。
留学生たちは皆、極めて優秀で勉強熱心だった。
熱力学に基づく溶鉱炉の効率化に情熱を燃やす者、材料力学を応用して強靭な建築用トラス骨組みの計算に没頭する者、水力タービンの流体力学的翼形状を改良しようとする者。各自が自分の得意分野を見つけ、貪欲にカロンの知識を吸収している。
しかし――その十二名の中に、明らかに他のドワーフたちとは一線を画す、極めて特異で強烈な情熱を抱えた男が一人いた。
名を、ドガースといった。
がっしりとした体躯に短い焦げ茶色の髭、度の強い拡大ゴーグルを常に額へ押し上げている若いドワーフである。
彼が他のドワーフと決定的に違っていたのは、その「異常なまでの防具愛(防具オタク)」という点であった。
ガロニアにいた頃から、ドガースは武器や農具、建築資材の鍛造には目もくれず、暇さえあれば羊皮紙の隅々にまでびっしりと甲冑、ラウンドシールド、カブト、ガントレット(小手)、グリーブ(脛当て)の細部スケッチを描き連ねていた男だった。
「おいドガース、また甲冑の草摺の段数なんぞ描いてるのか? そんな細かい隙間の金具なんぞ、適当に革紐で縛っときゃいいだろうが」
「何を言うか! この腿と腰の隙間を覆う装甲板のオーバーラップ角度こそが、下段からの斬り上げに対する絶対防御と、前屈姿勢時の可動域を両立させる至高の美学なんだぞ! お前たちには防具のロマンが分からんのだ!」
そんな調子で周囲から変わり者扱いされていたドガースだったが、ここルーセンへ留学し、カロンが生み出した「JIS/ISO規格のネジ、ボルト、精密ヒンジ、スプリング、L字金具」に触れた瞬間――彼の中に眠っていたオタクの魂が、大爆発を起こしてしまったのである。
「こ、これは……! 寸法公差コンマ零五ミリの精密ヒンジに、M4規格の高張力皿頭ボルト……!? これがあれば……これさえあれば、市販の吊るし(既製品)の防具に、自由自在に追加装甲や可動バイザーを後付けできるじゃないか!!」
ある日の午後、大聖堂工房のメインホールで作業を終えたカロンの元へ、ドガースが巨大な図面の束を抱えて血相を変えて駆け寄ってきた。
「カロン先輩! 頼みがあります! 俺の……俺の長年の夢を聞いてください!」
「おや、ドガース。どうしたんだい、そんなに興奮して」
カロンが作業台の上を片付けると、ドガースはバンッと音を立てて机の上に図面を広げた。
そこに描かれていたのは、常軌を逸した細密さで製図された、無数の「防具用オプションパーツ」の設計図群だった。
『追加積層式・複合ショルダークラウド(肩装甲)』:市販の肩当ての上に、規格ヒンジとボルトで二重に増設する跳弾プレート。
『ガントレット用・耐打撃ナックルガード&手首ダンパーヒンジ』:打撃武器を受け止めた際の衝撃を手首に逃がさない、小型スプリング内蔵の追加小手パーツ。
『シールド用・アンチピアススパイク&追加エッジリフレクター』:既存の盾の周囲にボルト留めし、槍の刺突を滑らせて弾く外周補強レール。
『フルフェイス兜用・開閉スリットバイザー換装キット』:視界と防御力を無段階で調整できる、カム機構付きの交換用バイザー。
「カロン先輩! 俺、新しく完成した北の新工房区の店舗スペースの一角を借りて、『防具専門のカスタムパーツショップ』を開きたいんです!」
ドガースは鼻息を荒くし、身を乗り出して熱弁を振るった。
「今、ルーセンには規格化された安くて頑丈な新型鎧が大量に出回っています! でも、冒険者や騎士の中には、『もっと特定の魔物に特化した装甲が欲しい』『自分の体格や利き腕の癖に合わせて肘の曲がり角度を調整したい』『人と違うかっこいい意匠の兜を被りたい』っていう、深いこだわりを持つ連中が絶対にいるはずなんです! 俺は、そういう防具マニアたちに向けて、自分で組み立て・換装できるレアな追加パーツを開発して売りたいんです!」
ドガースのギラギラとした情熱と、机の上に並ぶ「規格パーツを組み合わせて自分好みに強化・換装する」というコンセプト。
それを見た瞬間、カロン――前世の中山教授の脳裏に、懐かしくも強烈な光景がフラッシュバックした。
(……あ、秋葉原だ。これは完全に、前世でよく学会の合間に通った『秋葉原の自作パソコン街・パーツ専門店』のノリそのものじゃないか……!)
既製品の完成品PC(大手メーカー製)が普及した後に必ず現れる、グラフィックボードやCPUクーラー、静音ファン、光るPCケース、特注ケーブルを買い集めて自分だけの最強マシンを組み上げる自作PCマニアたちの熱気。
ドガースがやろうとしていることは、まさにその「防具版・自作カスタムパーツ市場」の創出そのものだったのだ。
(工学の歴史において、規格化の次に来るのは必ず『カスタマイズと多様化(アフターマーケット市場)』だ。……実に面白い。この男、ただのオタクではなく、市場の次なる進化の潮流を本能で嗅ぎ取っている)
カロンは思わず口元を緩め、太い腕を組んで頷いた。
「いいだろう、ドガース。やってみなさい。新工房区の空き店舗を一軒、君の研究開発ショップとして使うことを許可しよう。大聖堂工房の工作機械を使って部品を試作するのも認める。……ただし、講義と課題研究はおろそかにしないこと。いいね?」
「ほ、本当ですかカロン先輩っ!? うおおおおっ! ありがとうございます!! 俺、最高の店を作ってみせます!」
ドガースは飛び上がって歓喜し、図面を抱えて猛ダッシュで新工房区へと駆けていった。
それから二週間の月日が流れた。
新工房区『カロン・ニュータウン』は、路面電車の運行とともにますます活気を増していた。1階の工房街からは絶え間なく金属を削る音が響き、2階から4階の住居エリアには洗濯物がはためき、職人の家族たちの笑い声が溢れている。
カロンは講義の合間の見回りを兼ねて、ドガースが開店させたという店舗の様子を見に行くことにした。
新北門駅から徒歩三分、大通りから一本入った好立地。
真新しい鉄筋コンクリート4階建てビルの1階に、異様な存在感を放つ看板が掲げられていた。
『防具カスタム&換装パーツ専門店――アーマード・ドガース(BTO承ります)』
ガラス張りのショールームを覗き込むと、店内にはすでに数名の冒険者や若い兵士たちが詰めかけ、食い入るように陳列棚を眺めていた。
カロンが扉を押し開けると、澄んだベルの音が鳴り響いた。
カランコロン……。
「いらっしゃいませ! お探しのパーツの規格寸法と、お使いのベース甲冑のメーカーをお伺いします!」
カウンターの奥から元気よく出迎えたのは、真新しいエプロンを着けたドガース……ではなく、彼が独自に雇ったらしい、テキパキとノギスを構える若い人間の店員だった。
「おや……カロン先輩! 来てくださったんですね!」
店の奥の作業ブースから、油まみれの革手袋をはめ、額に拡大ゴーグルを装着したドガースが満面の笑みで飛び出してきた。その顔は、これまでの人生で見たことがないほど生き生きと輝いていた。
「ドガース、大盛況のようだね。……それにしても、随分と本格的な店構えじゃないか」
カロンが店内を見渡すと、前世の秋葉原の専門店を彷彿とさせる光景が広がっていた。
壁一面に並べられた整然たる棚には、美しく磨き上げられた金属パーツが、用途別・部位別に細かく分類されて陳列されていた。
その一つひとつに、ドガースが手書きした詳細なスペックシートとポップ(商品説明カード)が添えられている。
カロンは棚の前に立ち、陳列されたパーツを見て思わず開いた口が塞がらなくなった。
【腕部関節・死角防御プレート & 偏心強化ヒンジセット(Ver.2.1)】
『一般的なプレートアーマーの弱点である「脇下および肘内側」への斜め四十五度からの刺突を完全ブロック! カロン規格M5ボルトで既存の籠手へポン付け可能! 可動角を損なわずに防御力+35%!』
【兜用・開閉式スリットバイザー『ファルコン・アイ』】
『市販のオープンヘルムをフルフェイス化! 三段階のノッチ調整により、索敵時の広視界と、突撃時の完全防護を指先一つで切り替え可能! 真鍮メッキ仕上げで威圧感抜群!』
【脚部用・急所防護増加スカート(スプリングショックアブソーバー付き)】
『下段からのオークの棍棒打撃を、内蔵小型コイルスプリングが衝撃分散! 腰への負担を劇的に軽減する前衛戦士必携の追加装甲!』
「……な、何だこれは……!」
カロンが呆気にとられていると、ドガースが得意げに胸を叩いた。
「どうですカロン先輩! これが俺の開発した『追加防具キット』です! 今までなら、腕の関節を強化しようと思ったら甲冑丸ごと特注で買い直すしかありませんでした。でも、うちのパーツなら、今持っている標準規格の鎧に穴を二つ開けてボルト留めするだけで、ピンポイントで弱点を補強できるんです!」
さらに店内の中央には、堂々たる木製看板が掲げられていた。
『あなただけの最強防具を構築――BTO(Build To Order:受注組み上げ)アーマー承ります!』
「BTOまでやってるのかい……?」
カロンが尋ねると、ドガースは目を輝かせて頷いた。
「はい! お客さんの『予算』『戦う獲物』『筋力』『好みのデザイン』をヒアリングして、ガロニア製の標準ベースフレームに、うちの各種追加装甲、軽量化スリットプレート、耐熱インナーライナーをその場で組み合わせて、世界に一着だけの最適化アーマーを即日組み上げて納品するんです!」
現にカウンターでは、大柄な重戦士が店員と真剣な表情で相談していた。
「おい店員、東の森のジャイアントエイプ狩りに行くんだけど、背後からの叩きつけに耐えられる背部追加装甲はあるか?」
「それでしたら、こちらの『D-04型・脊椎保護リブプレート』に、衝撃吸収ダンパーワッシャーを四発噛ませるのがベストです! 重量増加はわずか八百グラムに抑えられますよ!」
「おおっ! それをつけてくれ!」
トントン、キュッキュッ!と、カウンターの奥で手際よくトルクレンチを使ってボルトが締め上げられ、わずか十五分でカスタム甲冑が完成して客に手渡されていた。客は「すげえ……! 身体に吸い付くようにフィットするぞ!」と大喜びで金貨を支払っている。
ドガースはカロンを店の最奥にある、カーテンで仕切られた「特別開発ラボ」へと案内した。
そこには、怪しげな青や赤の光を放つ試作甲冑が一体、マネキンに着せられて鎮座していた。
「……ドガース、これは一体何だね?」
カロンが見つめると、ドガースはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、スイッチを入れた。
ピカーッ……!
なんと、甲冑の胸当ての隙間、肩装甲のエッジ、そして兜のバイザーのスリット部分に埋め込まれた発光魔石のラインが、美しいサイバーブルーにビカビカと輝き始めたのである。
「名付けて、『魔力可視化・イルミネーション・ゲーミング……じゃなくて、エナジーアーマー』です!!」
(ゲ、ゲーミングPCならぬ、『ゲーミング甲冑』だと……!?)
カロンは頭を抱えそうになった。前世の秋葉原で、ファンやメモリ、水冷チューブを七色にピカピカ光らせて悦に入っていた自作PCマニアの姿が、完全に目の前のドワーフと重なっていた。
「ドガース……光らせてどうするんだ? 夜間の隠密行動で敵に見つかるだけじゃないか」
カロンが工学者として至極真っ当な突っ込みを入れると、ドガースは人差し指をチッチッと左右に振った。
「カロン先輩、分かってませんねえ! もちろん隠密時には消灯できます! でも、迷宮の暗闇の中で、パーティのリーダーが青く光る甲冑で先頭を歩いてたら……めちゃくちゃかっこいいじゃないですか!! 『あいつ、ただの規格鎧じゃなくて、特注の魔導パーツを積んでるぜ』って、ギルド酒場で一目置かれること間違いなしです!」
「……機能性ではなく、完全な自己満足と見栄のためのパーツか」
「はい! 男のロマン、冒険者の見栄です! すでに何人かの高ランク冒険者から『金ならいくらでも払うから、魔力を流すと赤く発光する胸当てを作ってくれ』って予約が入ってます!」
ドガースの屈託のない笑顔と、防具の可能性を極限まで楽しんでいる姿に、カロンはついに噴き出してしまった。
「カハハッ! なるほど、参ったな! 機能美だけでなく、持つ者の心を昂らせるのもデザインの立派な価値だ。……ドガース、君の情熱は本物だよ」
「へへっ、カロン先輩にそう言ってもらえるのが一番嬉しいです!」
ドガースは鼻の頭を掻きながら、心底幸せそうに笑った。
店を出たカロンは、秋の心地よい風が吹き抜ける新工房区のメインストリートを歩いた。
振り返ると、『アーマード・ドガース』のガラス戸の向こうで、ドガースが身振手振りを交えながら、若い冒険者に熱心にヒンジの可動角度を説明している姿が見えた。
(規格化という『基礎』を築いたからこそ、その上に『遊び心』と『個性の追求』という花が咲く。……産業の発展とは、まさにこういうことだな)
カロンが持ち込んだネジやセメント、規格化の技術は、ただ効率を上げるためだけのものではなかった。こうして若者たちの情熱に火をつけ、新たなビジネスを生み出し、人々が笑顔で自分のこだわりを追求できる豊かな社会を創り出している。
前世の中山教授として、そして今世の魔導工学者として、これほど誇らしく、嬉しい光景はなかった。
夕暮れの鐘が鳴り響く頃、カロンは自身がオーナーを務める大食堂へと戻ってきた。
扉を開けると、新型換気扇の静かな排気音とともに、香ばしいニンニクと肉の焼ける匂いが漂ってきた。
「おかえりなさい、大家さん! 今日も一日お疲れ様!」
女将さんと娘が満面の笑顔で出迎えてくれる。
カウンター席に腰を下ろすと、冷えた果実水とともに、今夜の特製ディナーが運ばれてきた。
四口IHコンロの超強火で一気に焼き上げられた、肉厚でジューシーな「牛リブアイステーキ・オニオンハーブソース添え」と、山盛りのマッシュポテト、そして具沢山のオニオングラタンスープ。
「いただきます」
ナイフを入れると、驚くほど柔らかい肉からジュワッと肉汁が溢れ出す。
絶品の料理を一口ずつ大切に味わいながら、カロンは今日見たドガースの輝く笑顔を思い出していた。
食事を綺麗に平らげ、二階の自室へと戻る。
蛇口を捻り、自慢の電気温水器からたっぷりと張られた四十一・五度のお風呂に肩まで浸かる。
「――ふあぁぁぁ……っ」
湯気に包まれながら目を閉じると、温かいお湯が全身の疲れを解きほぐしていく。
規格部品の普及、留学生たちの目覚ましい成長、新工房区の活気、そして秋葉原の風を巻き起こす防具オタクの誕生。
すべてが、確実に、そして予想もしなかった面白い方向へと広がり始めている。
「……明日も、工房で留学生たちと面白いモノを作るとしよう」
カロンは至福のため息を漏らし、温まった体で柔らかなベッドへと潜り込むと、満ち足りた静寂の中で穏やかな眠りへと落ちていった。




