第40章:ルーセン工房街づくり(後編)
第40章:ルーセン工房街づくり(後編)
インフラが完璧に整った新工房区の広大な敷地で、いよいよ都市の主役となる「建築物群」の建設工事が幕を開けた。
カロンが掲げた基本コンセプトは、前世の近代都市計画で大成功を収めた「標準モジュール化による鉄筋コンクリート造4階建て複合建築」であった。
個々の職人がバラバラに木造の掘っ立て小屋を建てるのではなく、街区ごとに統一された美しいデザインと同一の規格寸法を持つ中層ビルを連続して打設していく。これにより、建設スピードを極限まで高め、耐火性・防音性・耐震性を完璧に担保することができるのだ。
1階フロア(店舗・工房エリア)
天高三・五メートル。大型の搬入用シャッターと耐荷重強化コンクリート床を備え、大型の炉や工作機械を設置してもビクともしない設計。道路側にガラス張りのショールームを設け、製品を直接道行く客に販売できる。
2階〜4階フロア(職人住宅エリア)
各階に独立した二〜三世帯分の近代アパートメントを配置。広々とした居間、独立した寝室、子ども部屋を備えた快適なファミリー向け住居。
将来用エレベーターシャフトの先行確保
建物の中央階段吹き抜けの隣に、将来的な電動エレベーターの導入を見据えた垂直シャフト(昇降路空間)をあらかじめコンクリートで確保。当面はパイプスペースや換気シャフトとして利用する。
カロンは東側回廊の精密工作機械をフル稼働させ、再利用可能な「鋼製システム型枠」を大量に生成。
現場に設置された大型タワークレーンが、鉄筋籠と型枠パネルをリズミカルに吊り上げ、留学生たちとカロンが次々と階層を組み上げていく。
一階の壁と柱を配筋し、コンクリートを打設してスラブ(床)を形成。硬化したら型枠を上階へスライドさせ、二階、三階、四階と、まるで積み木を重ねるような驚異的なスピードでビルが立ち上がっていった。
ビルの躯体が組み上がると、内部の設備工事(内装・衛生・電気)が一斉に開始された。
カロンが導入したのは、かつて領主邸や自身の大食堂に導入した最高峰の魔導住宅設備であった。
各住居のキッチンには、冷水と温水が両方出るステンレスシンクと、二口IH魔導コンロ。
浴室には、ボタン一つで適温の湯が張れる「小型貯湯式電気温水器」と深型バスタブ。
トイレには、地下下水道へと直結した陶器製の「水洗式洋式トイレ」。
そして居間や寝室には、天井埋め込み式の調光電灯、夏用の壁掛け扇風機、配電盤、そしてガロニア製の小型冷蔵庫と全自動洗濯機が標準装備として備え付けられた。
当初、カロンは最初の数棟の設備配管や配線を自ら手本として施工して見せた。
しかし、数日も経つと、驚くべき変化が起きた。
「カロン先輩! 三号棟の二階と三階、給排水管の結びとアース線の配線、規定トルクで完了しました!」
「四号棟の型枠締め付け、レーザー水準器で垂直精度コンマ五ミリ以内を確認しました!」
ガロニア中央学舎の十二名の留学生たちが、カロンの理論とノウハウを凄まじい吸収力で血肉に変え、自律的に現場を指揮して施工を進め始めたのだ。
さらに、教会の子供たちの活躍も目覚ましかった。
カイは配筋の結束線をハッカーで留めるスピードにおいて留学生たちに引けを取らない腕前を見せ、ミミルは壁紙クロス貼りとクッションフロアの敷設を狂いなく完璧な美しさで仕上げていった。ルーカスたち孤児院の少年たちも、小型電動ドリルを器用に扱い、電灯器具やスイッチプレートの取り付けをテキパキとこなしていく。
「みんな……本当に素晴らしい上達ぶりだ」
カロンは教壇に立つ教授のように、目を細めて頼もしい弟子たちの姿を見つめた。
ただ知識を教えるだけでなく、本物の現場で手を動かし、モノづくりの歓喜を共有する。これこそが、カロンが目指した最高の教育の結実であった。
彼らの驚異的な奮闘により、当初の予定を遥かに上回るペースで、四十棟以上におよぶ4階建て複合建築群が、美しい街並みとなって立ち並んでいった。
住宅と工房が整ったところで、カロンはこの新工房区の経済と生産を支える二大中核施設の建設に着手した。
一つは、新北門停留所のすぐ前に建設された『新工房区中央生鮮市場』である。
ガラス屋根の吹き抜けを持つ巨大なコンクリート平屋ドーム建築。
内部には、中州の赤玉ブドウや新鮮な野菜、肉、魚を扱う数十の店舗ブースが並び、すべてのブースに冷水・温水が出るシンクと小型業務用冷蔵庫が完備された。
中央には、女将さんの食堂の支店となる「フードコート」も設置され、職人たちが仕事の合間に安価で栄養満点の温かい食事をとれる環境が整えられた。
そしてもう一つ――カロンが工学者のこだわりとして建設したのが、新工房区の西側に聳え立つ巨大な施設、『ルーセン総合資材センター(大型ホームセンター)』であった。
前世の日本の巨大ホームセンターをモデルにしたこの施設には、あらゆるモノづくりの材料が集約された。
金物・部品コーナー:M3〜M20までの全規格ボルト・ナット、ヒンジ、ワッシャー、スプリング、キャスター。
金属・木材資材コーナー:ガロニアから直送された均一厚みの圧延鋼板、真鍮板、アルミ形材、防腐集成材。
工具・計測機器コーナー:ノギス、マイクロメーター、トルクレンチ、電動ドリル、タップ・ダイス、保護具。
土木・建築資材コーナー:ポルトランドセメント袋、配合済み乾燥生コンクリート、異形鉄筋、耐火レンガ、配管パイプ。
「これがあれば、職人たちは材料やネジが足りなくなるたびに遠くまで買い出しに行く必要がない。このセンターに来れば、必要な規格資材が適正価格でその場で一瞬で揃う」
ゲオル商会が運営を担当することとなり、マリアベルは「カロン殿、これは商売の革命ですぞ! 世界中から商人が買い付けに来ます!」と目を輝かせて歓喜した。
工事開始から二ヶ月の月日が流れた。
秋晴れの爽やかな青空の下、新北門前の大広場には、色鮮やかな花飾りが施された記念アーチと特設ステージが組まれ、見渡す限りの群衆――数千人におよぶ職人、移住希望者、町民、そして警備兵たちが広場を埋め尽くしていた。
ステージの中央には、正装をまとった領主ハインリヒ侯爵、執事長セバスチャン、商会長マリアベル、冒険者ギルド長ギルバート、東門ガース隊長、北門ハンス隊長、トーマス神父、そして黄色い安全ヘルメットを誇らしげに被ったカロンと十二名の留学生、教会の子供たちが勢揃いしていた。
ハインリヒ侯爵が一歩前に進み出ると、広場の喧騒が一瞬で静まり返った。
侯爵は感極まった面持ちで、広大な新工房区の街並みを見渡し、高らかに宣言した。
「領民たちよ、そして我がルーセンへ集いし誇り高き職人たちよ! 見よ、この美しき奇跡の街並みを! 泥一つなきコンクリートの道、地下を流れる豊かな水と電気、空を駆ける路面電車、そして燃えることなき頑丈なる工房と住まい! これらはすべて、類稀なる叡智を持つカロン殿と、若きドワーフたち、そして我が町の子供たちの手によって生み出された未来の姿である!」
ワアアアアッ――!!
割れんばかりの大歓声と拍手が、地鳴りのように響き渡った。
「ここに、ルーセン新工房区――通称『カロン・ニュータウン』の正式開街を宣言する!!」
パチパチパチパチッ!
侯爵の手によって金色のテープが切り落とされた瞬間、パンパカパーンと祝砲が鳴り響き、色とりどりの紙吹雪が秋空を舞った。
チンチーンッ!と新北門駅の路面電車が誇らしげに警鐘を鳴らし、満員の乗客を乗せた祝賀列車が滑らかに走り出した。
町開き式が終わるやいなや、待ちわびていた職人たちと家族による、熱烈な入居ラッシュが始まった。
「おい、見てみろよ! 一階の工房がめちゃくちゃ広いぞ! 搬入シャッターも軽々開くし、床がコンクリートだから大型の金床を置いてもビクともしねえ!」
「二階の部屋を見て! 蛇口を捻るだけでお湯が出るわ! 部屋の中に明るい電灯があって、水洗のトイレまでついてる……! 本当に私たちがこんな立派な場所に住んでいいの!?」
あちこちのビルから、職人たちの歓喜の叫びと、妻や子供たちの嬉し泣きする声が溢れ出した。
中央のメインストリートでは、資材センターから台車で大量の規格鋼板やネジを運び込む鍛冶師たちの姿があり、1階のショールームには早くもピカピカに磨かれた新型甲冑や美しい装飾武具が並び始めていた。
中央市場のフードコートでは、女将さんの食堂の支店から立ち上るローストビーフやパスタの香ばしい匂いに誘われ、大勢の職人たちがジョッキを片手に乾杯を交わしていた。
かつての過密と騒音の悩みは完全に解消され、新工房区は一瞬にして、世界で最も生産性が高く、最も清潔で、最も活気に満ちた「近代産業の心臓部」として力強く鼓動を始めたのである。
六、 星空の下の祝宴と静かな湯浴み
その夜、新工房区の中央広場では、カロンたちを讃える盛大な前夜祭が繰り広げられていた。
広場に並べられた無数の長テーブルには、中央市場から届いた山盛りの肉料理、焼きたてのパン、赤玉ブドウの果実、そして冷えたエールとワインが所狭しと並べられていた。
「カロン先生、乾杯!」
「先輩、俺たち本当にやり遂げましたね!」
留学生たちは顔を真っ赤にしてジョッキを掲げ、カイやミミル、孤児院の子供たちは果実水を片手に山盛りの肉にかぶりついていた。ハンス隊長とガース隊長が肩を組んで豪快に笑い合い、トーマス神父が涙を浮かべながら子供たちの笑顔を見守っている。
カロンは冷えた果実水を口に含みながら、光り輝く街並みと、そこに集う人々の満面の笑顔を静かに眺めていた。
(……ゼロから立ち上げた新工房区。道路、水道、電気、電車、そして集合住宅。前世で学んだ工学のすべてが、こうして多くの人々の暮らしを守り、希望を生み出す力となった)
胸の奥深くに、温かく、そして何物にも代えがたい深い達成感が満ちていく。
賑やかな宴が夜更けを迎え、満足げな留学生たちや子供たちを見送った後、カロンは静かに路面電車に揺られて自身のアパートへと戻ってきた。
二階の自室に入り、鍵をかける。
静まり返った部屋の浴室へ向かい、蛇口を捻って自慢の電気温水器から完璧な四十一・五度のお湯をバスタブにたっぷりと張った。
服を脱ぎ、湯船へとゆっくりと肩まで体を沈める。
「――あああぁぁぁ……っ」
心地よい湯気が立ち込める中、二ヶ月間にわたる大突貫工事の疲労が、温かいお湯の中にすーっと溶け出していった。
湯船の縁に頭を預け、目を閉じる。
あの広大な草原に立ち並んだ美しいビル群、資材センターで目を輝かせていた職人たち、そして未来を担う弟子たちの頼もしい成長。
中山教授としての過去と、ドワーフの魔導士カロンとしての現在。
その二つが交錯し、この異世界の大地に着実に刻み込まれた文明の確かな足跡。
「……良い街が、できたな」
カロンは至福のため息を漏らし、温まった体で柔らかな毛布へと潜り込むと、満ち足りた静寂の中で穏やかな眠りへと落ちていった。




