第39章:ルーセン工房街づくり(前編)
第39章:ルーセン工房街づくり(前編)
カロンが旧大聖堂の工房でプラスネジやヒンジ、ボルトといった要素部品の「標準規格化」を打ち立ててから二ヶ月。そして、ポルトランドセメントと異形鉄筋による「鉄筋コンクリート(RC)技術」を確立し、東門の崩落した城壁を一瞬で修復してから一ヶ月の月日が流れていた。
この短期間で、交易都市ルーセンを取り巻く環境は劇的な変貌を遂げていた。
「おい、東門の鍛冶屋にまた他領から親方が弟子を連れて移住してきたらしいぞ!」
「武器防具の通りを見てみろよ。規格品の板金とネジを使った防具屋が、毎日のように新装開店してる!」
「宿屋もアパートもどこも満室だ。空き家なんざ一つも残ってねえってよ!」
カロンがもたらした革命の噂は、街道を行き交う商人や冒険者の口を通じて、瞬く間に近隣の諸都市、そして王都にまで拡散していた。
「ルーセンに行けば、寸分の狂いもない均一な規格鋼板とネジが手に入り、誰でも最高精度の武具が短時間で作れる」「壊れてもネジ一本で現場修理ができる」「頑丈で軽い奇跡の甲冑が、従来の半値で作れる」――。
その噂を聞きつけた近隣都市の鍛冶職人、甲冑師、革細工師、研ぎ師、そして一旗揚げようとする新米の武器職人たちが、こぞってルーセンへと押し寄せていたのである。
しかし、急激すぎる人口流入と産業の爆発は、必然的に一つの巨大な物理的障壁へと突き当たった。
「土地の絶対的な枯渇」である。
中世の都市構造そのままに、頑丈な外側城壁によって周囲をぐるりと囲まれたルーセンの町には、これ以上新しい工房や住宅を建てるスペースがどこにも残されていなかった。既存の住宅地は過密化し、工房からは夜遅くまで槌音が響いて騒音問題が持ち上がり、職人たちの住居難は深刻を極めていた。
この危機的状況に、領主ハインリヒ侯爵が決断を下した。
「町の北側に広がる広大な平原を丸ごと取り込み、職人たちとその家族が快適に暮らし、腕を振るえる『新工房区』を一から建設する!」
そして、この前代未聞の都市拡張プロジェクトの総指揮を執る人物として、領主邸から大聖堂工房のカロンへ、緊急の出頭要請が届いたのは至極当然の成り行きであった。
領主邸の大広間。
円卓の上には、カロンが前世である「中山教授」としての都市計画学・土木工学の粋を集めて描き上げた、巨大な羊皮紙の図面が広げられていた。
カロンを囲むように、ハインリヒ侯爵、執事長のセバスチャン、そして商会長のマリアベル(ゲオル)が食い入るように図面を見つめている。
「侯爵閣下。これまでの都市のように、無計画に家を建て増し、曲がりくねった路地を広げていくだけでは、将来必ず交通麻痺と衛生悪化、そして大火災による壊滅を招きます。今回建設する北の新工房区は、最初から百年先を見据えた『近代計画都市』として設計すべきです」
カロンは図面上の主要なポイントを指し示しながら、淀みなくプレゼンテーションを開始した。
新外壁(外郭防壁)の建設
既存の北側城壁の外側に広がる草原地帯を大きく囲い込むように、全長二キロメートルにおよぶ強固な新防壁を構築。材料は石積みではなく、東門で実証済みの「鉄筋コンクリート(RC)一体構造」を採用し、魔物や外敵の攻撃を完全に遮断する。
碁盤の目状の広幅員道路
町の中央を貫くメインストリートは幅二十メートル、東西に交差する枝道も幅十メートルを確保。荷馬車や大型車両がスムーズにすれ違える直線道路を格子状に配置し、路面はすべて粉塵の立たないコンクリート舗装とする。
ライフラインの地下完全共同溝化
道路の地下に、あらかじめ大型のコンクリート共同溝を埋設。上水道管、下水道管、そして大容量の送電線をすべて地下に通し、景観を損なわずメンテナンス性を極限まで高める。
路面電車の延伸ネットワーク
カロンの工房前を通る既存の路面電車本線から分岐ポイントを新設。新工房区の中央通りを南北に貫き、新設する「新北門」まで直通する新路線を敷設する。資材や製品の大量輸送を担う大動脈とする。
統一規格の4階建て中層RC複合建築群
乱開発を防ぐため、建物はすべて規格化された「鉄筋コンクリート造4階建て」で統一。1階を頑丈で防音性の高い「店舗・工房スペース」、2階から4階を職人の家族が快適に暮らせる「集合住宅(近代アパート)」とする職住近接の街区設計。
「……な、なんと整然とした美しい街並みなのだ……!」
ハインリヒ侯爵は息を呑み、図面を指先でなぞりながら感嘆の声を漏らした。
「道路が真っ直ぐに通り、地下に水と電気が流れ、中央を路面電車が走る……! しかも、建物はすべて燃えない石……いや、あの頑丈無比なコンクリート製だと!? カロン殿、これが本当に実現できるのかね!?」
「ええ。ガロニアからの鉄筋と、ルーセンで生産を開始したセメント、そして川の砂利と水があれば、魔法と規格工法を組み合わせて短期間で建設可能です」
「素晴らしい! 全面的に許可する! 予算も、人員も、町の全権をカロン殿に委ねよう。我がルーセンの未来を担う新工房街を、ぜひとも築き上げてくれたまえ!」
侯爵の力強い承認を受け、異世界初となる近代メガプロジェクト「ルーセン新工房区建設」が正式に幕を開けた。
工房へ戻ったカロンは、ガロニアからやってきた十二名の若きドワーフ留学生、そしてメリス教会から集まったカイ、ミミル、ルーカスたち孤児たち全員を特別実験講義室に招集した。
黒板には、先ほど侯爵に見せた都市計画図が拡大して貼り出されている。
「みんな、よく聞いてほしい。これより、町の北側の広大な草原に、何百人もの職人たちが暮らす新しい町――『新工房区』を建設する!」
「「「うおおおおっ!!」」」
留学生たちから咆哮のような歓声が上がった。
「新しい町を一から作るのか!」「俺たち留学生が、都市計画の現場に関われるなんて最高だ!」と、若いドワーフたちの瞳に職人の血が激しく滾る。
カイやミミルたちも「先生、僕たちも手伝うよ!」「測量の手伝いなら任せて!」と元気いっぱいに手を挙げた。
カロンは全員に黄色い安全ヘルメットと反射材付きの作業ベストを配り、作業工程を説明した。
「まずは、現場の正確な測量とマーキングだ。いくら頑丈なコンクリートを打っても、基準線が狂っていれば街全体が歪んでしまう。精密な測量こそがすべての土台だ」
一行は測量機器を荷車に積み、町の北門を抜けて外側の草原地帯へと繰り出した。
見渡す限りの緑の平原。
カロンは前世の測量工学の知識を活かし、能力で自作した高精度の「レーザーセオドライト(光波測量機)」と金属メジャーを三脚にセットした。
「留学生班は、二百メートル間隔で境界杭(木杭)を打ち込み、水糸を張れ! カイとルーカスは反射プリズムのポールを真っ直ぐに支えてくれ!」
「了解!」
「ポール、垂直良し!」
カロンが望遠鏡を覗き込み、ミリ単位の精度で角度と距離を測定していく。
「ポイントAから北へ五百メートル、東へ三十度! 杭を打て!」
カケヤを振るう留学生たちの力強い音が草原に響き渡る。
朝から夕方まで徹底的に測量を行った結果、夕暮れを迎える頃には、見渡す限りの草原の上に、新外壁の境界線、碁盤の目状のメインストリート、街区ブロック、そして建物の基礎位置を示す白い石灰のラインと木杭が、完璧な幾何学模様となって大地に刻み込まれた。
翌朝から、本格的な土木工事が開始された。
大聖堂工房の地下保管庫から、山のように積まれた普通ポルトランドセメント袋、D16およびD22の極太異形鉄筋、そして木製型枠パネルが、電気自動車に牽引された大型荷車によって現場へと次々と運び込まれた。
さらに、現場のすぐ東側を流れる大川から、カロンの土魔法によって清澄な水と大量の川砂、粒の揃った砂利(骨材)が無尽蔵に採取され、仮設の骨材プラントに積み上げられた。
「さあ、まずは町を守る最前線――『鉄筋コンクリート新外壁』の打設だ!」
カロンの号令で、留学生たちとカロンの阿吽の呼吸の作業が始まった。
カロンが先頭に立ち、外壁ラインの地面に手をかざす。
「『アース・トレンチング』――基礎地盤掘削、強固岩盤置換!」
深さ二メートル、幅四メートルの巨大な基礎溝が瞬時に削り出され、底面が魔法コンクリートでカチカチに締め固められる。
そこへ、留学生たちが異形鉄筋を運び込み、ハッカーを使って結束線で格子状にガッチリと組み上げていく。立ち上がった鉄筋の網は、高さ六メートルにおよぶ巨大な鉄の森のようだった。
その両側に大型の型枠パネルを挟み込み、セパレーターで固定。
電動ポータブル大型ミキサーが唸りを上げ、セメント、砂、砂利、水を黄金比で練り上げた生コンクリートが、バケツリレーとホイストクレーンによって型枠の中へ一気に流し込まれていく。
「バイブレーターをかけろ! ジャンカ(充填不良)を出すなよ!」
「端部までしっかり充填確認!」
カロンの急結触媒魔法により、打設されたコンクリートは驚異的な速度で水和反応を起こし、カチカチに硬化していく。
型枠を外すと、朝日の下で、継ぎ目一つない完璧な滑らかさを誇る厚さ八十センチ、高さ六メートルの「鉄筋コンクリート新外壁」が、草原を切り裂くように延々と屹立していった。
そして、その新外壁の中央に建設されたのが、新たな都市の玄関口となる『新北門』であった。
頑丈なRC造の門アーチには、カロンが加工した極厚の鋼鉄製スライドゲートが据え付けられた。
さらに門の脇には、東門警備詰所をさらに進化させた「二階建て近代警備詰所」が建設された。詰所の内部には、明るい電灯、水道直結の流し台、換気扇、そして冬用の暖房配管までが完備されていた。
その作業の一部始終を、腕を組んで見守っていた男がいた。
現行の内側北門の警備隊長を務める歴戦の騎士――ハンス隊長であった。
ハンス隊長は、鉄の手甲で完成したばかりの新外壁を思い切り殴りつけた。
ガギィィンッ!
鈍い金属音が響き、手甲が凹んだだけで、灰色の壁には傷一つ付かなかった。
「……う、ううむ……!」
ハンス隊長は唸り声を上げ、開いた口が塞がらない様子でカロンを見つめた。
「東門のガースから『カロン殿の土木魔法とセメントは異次元だ』と耳にタコができるほど聞かされていたが……これほどとはな。石工が何ヶ月もかけて積む城壁を、わずか数日で、それも傷一つ付かん岩盤の塊として作り上げてしまうとは……! しかも、この新北門の詰所……東門の詰所よりさらに広くて快適ではないか!」
「ハンス隊長、気に入っていただけましたか?」
カロンが微笑むと、ハンス隊長は太い髭を揺らして満面の笑みを浮かべた。
「気に入るも何も、最高だ! これほどの堅牢な防壁と近代的な詰所があれば、北の山脈からオークや魔物の大群が押し寄せてこようと、爪の先ほども通さんぞ! 警備隊一同、心より感謝する!」
新外壁と新北門が完成し、安全な作業エリアが完全に確保されると、工事は内部の「インフラストラクチャー(基盤設備)構築」へと移行した。
ここでも、カロンの前世の先進土木技術が炸裂した。
「道路を開通させる前に、すべての管路を地下に埋設する! 二度と道路を掘り返す必要のない『共同溝システム』を構築するぞ!」
カロンは碁盤の目状に引かれたメインストリートの中央を、幅三メートル、深さ三メートルにわたって土木魔法で一気に掘削。
その地下空間に、工場で成形しておいた「ボックスカルバート(箱型RC暗渠ブロック)」を隙間なく連結して埋設していった。
暗渠の内部には、以下のライフラインが整然と配管・配線された。
上水道幹線:川の上流の取水場から引き込んだ清澄な飲料水を、電動高圧ポンプで送る耐圧ステンレス配管。
下水道幹線:各街区からの生活排水や工房の廃水をスムーズに下流の浄化池へ流す、滑らかなコンクリート排水管。
電力・通信幹線:水力発電所からの高圧送電ケーブルを耐火絶縁ダクトに収め、各街区の変圧器へと分岐させる地下配線網。
地下インフラが完璧に整うと、その上部に砂利を敷き詰めて転圧し、道路の舗装工事が始まった。
カロンが開発した「電動ロードスプレッダー(コンクリート舗装機)」に生コンクリートが投入され、厚さ二十センチの高強度コンクリート版が、幅二十メートルのメインストリートの上に滑らかに敷き詰められていく。
表面には雨の日のスリップを防ぐための「箒目刷毛引き仕上げ」が施され、両脇には雨水をスムーズに流す側溝と集水桝が完璧な勾配で設置された。
泥濘や粉塵とは無縁の、白く輝く美しい近代舗装道路が、新工房区の端から端まで縦横無尽に走り抜けた。
インフラ工事の最終段階は、新工房区の物流と交通を支える「路面電車の延伸工事」であった。
カロンは、大聖堂工房の前に敷設されている既存の路面電車本線から、新工房区へと向かうための「複線分岐ポイント」を設置。
そこから新工房区の中央を南北に貫くメインストリートのど真ん中へ、二本の銀色に輝く重軌条レールを敷設していった。
レールとレールの間はコンクリートで平坦に埋め込まれ、歩行者や荷馬車が跨いでも一切足を取られない安全な併用軌道となっている。
上空五・五メートルの位置には、道路両脇に建てられたスマートなRC製電柱のアームから、給電用の銅製架線がピンと張られた。
作業開始から約二週間。
大聖堂工房の前から新北門のターミナル停留所まで、全長約一・五キロメートルの新設軌道が、一本の銀色の動脈となって完全に繋がった。
試運転のため、カロンが運転する深緑色の路面電車・試作一号車が、澄んだ鐘の音を響かせながら新路線へと滑り込んできた。
チンチーンッ!
ガタゴト、ガタゴト……!
滑らかなコンクリートの目抜き通りを、音もなく軽快に走り抜ける路面電車。
車窓からは、美しく区画整理され、地下に豊かな水と電気が張り巡らされた、広大な新都市の敷地が一望できた。
試乗していた留学生たちやカイ、ミミル、そしてハンス隊長から、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
「すげえええっ……! 本当に新しい門まで電車が通ったぞ!」
「道路もピカピカで、泥一つ跳ねない!」
新北門の駅に電車がピタリと停車し、カロンが運転席から降り立つと、一同の熱い視線がカロンへと注がれた。
「よし……これで、都市の骨格となる『外壁』『道路』『上下水道』『電気』『軌道交通』の全インフラが完成した」
カロンはヘルメットを脱ぎ、心地よい汗を拭いながら、整然と広がる街区を見渡した。
「次はいよいよ、職人たちが暮らし、働くための『鉄筋コンクリート4階建て複合建築群』の建設に取り掛かるぞ!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
夕暮れに染まる新工房区の大地に、若きドワーフたちと子供たちの希望に満ちた咆哮が、力強く響き渡ったのであった。




