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第3章:工房訪問とドワーフの暮らし

第3章:工房訪問とドワーフの暮らし


「さあカロン、お父さんにも顔を見せに行きましょう! あなたが目を覚ましたって知ったら、きっと腰を抜かして喜ぶわ!」


老医者が去った後、フラウは弾んだ声でそう言った。

カロン――元・大学教授の中山実は、小さく頷いた。

「うん、行ってみるよ」


事故で記憶を失ったという設定である以上、父親と対面しておくことは今後の生活基盤を固めるためにも不可欠だった。何より、五十年間材料工学の教育と研究に捧げてきた中山にとって、「ドワーフの鍛冶工房」という現場は、知的好奇心を強烈に揺さぶる未知の実験場そのものだった。


工房は、自宅のある住宅区画から歩いて十分ほどの距離にあるという。

フラウに手を引かれ、鉄の扉を押し開けて外へ出ると、住宅区画の細い廊下を抜けた先で視界が一気に開けた。


「……これは、すごいな……」


カロンは思わず足を止め、周囲を見渡した。

そこに広がっていたのは、想像を絶する規模の巨大な天然地下空間だった。

天井の高さはゆうに二十メートルを超え、見上げる岩肌の要所要所には、神秘的な青白い光を放つ魔導ランプや、油を燃やす松明の火が規則正しく並んでいる。幅十メートル以上はある大通りが幾何学的に掘り抜かれ、まるで巨大な地下神殿か、未来都市の地下シェルターを思わせる景観だった。


通りには、無数のドワーフたちが行き交っていた。

皆一様に小柄だが、横幅があり、丸太のような四肢を持っている。分厚い革のエプロンを締め、肩に巨大なツルハシを担いだ鉱夫の集団。何頭もの頑丈な地底駄獣(毛むくじゃらの巨大なトカゲのような生物)に、鉱石を満載した荷車を引かせている運搬人。すれ違いざまに大声で怒鳴り合い、それが挨拶であるかのように豪快に笑い合う職人たち。


(湿度はやや高めだが、空気の淀みがない……。風が一定方向に流れているな)


カロンは工学者としての観察眼を働かせた。

天井の随所に掘られた巨大な縦穴から、外気の新鮮な空気が自然対流によって引き込まれ、街全体を循環した後に排気孔から排出される「自然換気システム」が構築されているのだ。動力のない時代において、気流のドラフト効果を都市規模で計算・配置している土木技術の高さに、カロンは深い感銘を受けた。


歩きながらすれ違うドワーフたちが、フラウの姿を見て次々と声をかけてくる。

「おう、フラウ! 買い出しかい?」「ガイルの奴、今日も工房で鬼の形相で槌を振るってたぞ!」

「ええ、みんな聞いて! うちのカロンが……カロンが目を覚ましたのよ!」


フラウが得意げに叫ぶと、通りを歩いていたドワーフたちが一斉に足を止めた。

「な、なんだって!?」「あの落盤事故で昏睡してた坊主がか!?」「おいおい、医者も匙を投げかけてたんじゃなかったのか……!」「祖神トール様のお導きじゃ!」


ドワーフたちがわらわらと集まり、カロンの頭をくしゃくしゃに撫でたり、肩を叩いたりして祝福してくれた。どの手もヤスリのように硬く、煤と油の匂いが染み付いていたが、その瞳には同胞を心から思いやる純粋な温かさがあった。

人間社会の大学教授会や学会で見え隠れするような陰湿な政治的駆け引きとは無縁の、素朴で情に厚い職人社会。カロンの心に、異世界に対する警戒心が少しずつ解けていく感覚があった。


住宅区画から連絡大通路を抜け、一段低い階層へと降りていくと、肌を刺すような熱気と、ズシン、ズシンと地響きを立てる重低音が空気を震わせ始めた。

金属同士がぶつかり合う甲高い打撃音。鞴(ふいご)が空気を吸い込み、吐き出すリズミカルな重低音。そして、鼻腔を突く強烈な硫黄とコークスの燃焼臭。


「ここからが『工房区』よ。ガロニア中の金属加工と鍛冶が集まっている場所なの」


フラウに案内され、重厚な鉄板で補強された大きな両開き扉の前に立った。

扉の上部には、交差した金槌と火床(ほど)を模したレリーフが彫り込まれている。


ギギギ、と重い音を立てて扉を開けると、そこは一面の「赤と黒の世界」だった。

広大な石造りの工房内には、十基を超える大型の火床が並び、真っ赤に熾った炭火がオレンジ色の焔を吹き上げている。筋骨隆々のドワーフ職人たちが、上半身裸に革のエプロンを纏い、汗を飛び散らせながら巨大な金槌を振るっていた。


カン! カン! キン! と響き渡る鍛造の音。

熱せられた鋼が叩かれるたびに、火花が四方八方へと派手に飛び散る。


カロンの視線は、工房の最奥に鎮座する巨大な設備に吸い寄せられた。

(……原始的な竪型炉(たたら炉に近い小規模高炉)か!)


高さ三メートルほどの耐火粘土と石積みで作られた炉に、上部から鉄鉱石と石炭(コークス状に蒸し焼きにしたもの)が交互に投入されている。炉の下部からは、二人の若いドワーフがシーソーのような大型足踏み鞴を全力で踏み込み、空気を送り込んでいた。

炉の羽口(はぐち)付近の覗き窓からは、まばゆいばかりの白色の光――千二百度を超える高温の炎が垣間見えている。


その高炉の前で、巨大な鉄製トングを用いて真っ赤に溶けかけた半溶融状態の粗鉄(ブルーム)を取り出そうと奮闘している、一人のドワーフの姿があった。

背丈は百三十五センチほど。横幅はフラウ以上に広く、まるで岩塊が服を着て歩いているような圧倒的な威圧感がある。顔の下半分は、赤茶色の剛毛を緻密に編み込んだ見事な大髭で覆われ、太い腕には血管が浮き出ていた。


「あなた! ガイル!」

フラウが工房の騒音に負けない大声で叫んだ。


作業をしていた男――父親のガイルが、眉間に深い皺を刻んだまま振り返った。

「ああん?! フラウか! 今は大事な出湯(しゅっとう)のタイミングだ、邪魔をすん――」


ガイルの言葉が、途中でピタリと止まった。

トングを握っていた太い両腕が、ガタガタと激しく震え出す。

彼の視線は、フラウの隣に立ち、しっかりと自分の足で床を踏みしめているカロンへと注がれていた。


「カ……カロン……? お、お前……」


ガイルはトングを炉の横の砂場に投げ捨てると、足をもつれさせながら大股で駆け寄ってきた。

そして、カロンの目の前にドサリと膝をついた。


「お前……本当に、カロンなのか……? 立って……目を開けているのか……?!」


煤で真っ黒に汚れたガイルの顔に、みるみるうちに大粒の涙が溢れ出し、黒い汚れを白い筋となって洗い流していった。

カロンは、父親の切実な瞳をまっすぐに見つめ返し、静かに、しかし力強く応えた。


「うん、お父さん。僕、もう大丈夫だから。心配かけてごめんなさい」


「う……うおおおおっ……! カロン! 我が息子よ……!!」


ガイルは咆哮のような叫び声を上げると、丸太のような両腕でカロンの小さな身体を抱きしめた。

熱い。身体中から発せられる鍛冶の熱気と、汗と油の匂い。そして、骨がきしむほどの強烈な力。五十代の大学教授としてのプライドなど吹き飛ぶほどの、圧倒的な親の愛の重みだった。


「おい、見ろよ!」「ガイルのところの坊主だ!」「本当に目を覚ましたのか!」

作業を止めた職人たちが次々と集まり、口々に歓声を上げる。


その時、工房の奥からドスドスと重厚な足音を響かせ、一際大きな体躯の老ドワーフが歩み出てきた。

頭頂部は禿げ上がっているが、背中まで届く灰色の髭を何本もの真鍮リングで束ね、片目には深い刀傷がある。手には使い込まれた巨大な親方鎚(マスターハンマー)を握っていた。


「……何の騒ぎじゃ」

「お、親方!」

ガイルが慌てて立ち上がり、涙を拭った。


親方と呼ばれた老ドワーフは、カロンの前に立つと、片方の鋭い眼光でカロンをじろじろと値踏みするように見つめた。

そして、不意にニヤリと豪快な笑みを浮かべた。


「あの落盤で頭を割られ、魂が抜けかけていた小僧が……よくぞ冥府の扉を蹴破って戻ってきたもんじゃ。祖神トール様も粋な計らいをしてくださる」

親方はガイルの広い背中をバシッと叩いた。

「ガイル! お前はもう今日は仕事を上がれ! 息子が生きて帰ってきたんじゃ、炉の番なんぞ他の若い奴らに任せて、早く家に帰って祝いの盃を交わしてこい!」


「親方……! ありがとうございます!」

ガイルは何度も頭を下げ、フラウとカロンの手を引いて工房を後にした。


自宅へ戻る道中、ガイルはずっとカロンの手を離さなかった。その手はゴツゴツとして硬かったが、驚くほど温かかった。


居間に戻ると、フラウが先ほど老医者から受けた診断結果――身体には一切の異常がなく、奇跡的に完治していること――をガイルに伝えた。

ガイルは鉄のテーブルに拳を置き、何度も深く息を吐き出した。


「そうか……そうか……。本当によかった。一時はどうなることかと思ったぞ。……おい、カロン。どこか痛むところはないか? 頭がぼーっとしたりはせんか?」

「うん、身体はすごく軽いよ。ただ……」

カロンは少し困ったように眉尻を下げて見せた。

「お医者様にも言ったんだけど、事故の衝撃のせいで……昔の記憶がほとんど思い出せないんだ。父さんのことも、工房のことも、街のことも……」


ガイルの表情が一瞬、悲しげに曇った。

しかし、すぐに彼は大髭を揺らして力強く笑い飛ばした。


「ハハハ! そんなことか! 気に病むな、カロン! 記憶なんぞ、生きてメシを食って槌を握っていれば、そのうち嫌でも思い出す! 生きていてくれた、それだけで十分すぎるくらいじゃ!」


その豪放な優しさに、カロン(中山実)は胸の奥がじんわりと温かくなるのを覚えた。

前世の自分にも娘がいたが、研究と講義に追われ、これほど真正面から感情をぶつけて抱きしめたことがあっただろうか。ドワーフという種族の持つ直情的な温かさに、中山は深く救われていた。


「父さん、僕、この街のことをもっと知りたいんだ。どんな場所があって、どうやって生活が回っているのか……教えてくれる?」

「おお、いくらでも教えてやるぞ!」


ガイルは身を乗り出し、身振り手振りを交えて地底都市ガロニアの構造を語り始めた。


ガイルの話によれば、ガロニアは大きく分けて六つの主要区画によって構成されているという。


中央住宅区:自分たちが暮らすエリア。洞窟の壁面に掘られた集合住宅が立ち並び、安全性が最も高い。


工房区:先ほど訪れた鍛冶・金属加工の中心地。大小五十を超える工房がひしめき、武器、防具、農具、生活金物を昼夜問わず製造している。


鉱山区:街の最下層からさらに奥へと続く採掘現場。鉄鉱石、銅、亜鉛、鉛、そして稀にミスリルなどの希少金属や魔石が採掘される。落盤や有害ガスの危険と隣り合わせの過酷な職場でもある。


倉庫・交易区:地上の人間やエルフ、獣人の商隊と物資の受け渡しを行うエリア。外部へ通じる巨大な昇降機(リフト)と防衛用の鉄門が設置されている。


商店・歓楽区:飲食店、酒場、道具屋、宿屋が集まるエリア。ドワーフたちの憩いの場であり、情報交換の中心地。


中央行政・学校区:街の長老会が政を行う役所、大診療所、そしてカロンたちが通う教育機関(学校)が集約されている。


「……なるほど。完全な階層型都市構造ですね」

「おう! ドワーフは全員が何かの役割を持って働いておる。遊んでいる奴は一人もおらん。カロン、お前も体が完全に良くなったら、学校でしっかり学んで、いずれは俺のような一人前の鍛冶職人になるんじゃぞ」

「うん、頑張るよ」


カロンが素直に頷くと、ガイルは上機嫌で鼻歌を歌い始めた。


「さあさあ、話はそのくらいにして! 今日はカロンの快気祝いよ。腕によりをかけて作ったんだから、たくさん食べなさい!」


台所からフラウが、両手に抱えきれないほどの料理を乗せた巨大な鉄の大皿を運んできた。

鉄のテーブルの上に、ドンッ! と豪快に置かれた料理の数々。


カロンは目を輝かせてテーブルの上を見つめた。

並んでいたのは――

山盛りにされた真っ白な「マッシュポテト」。

分厚さ三センチはあろうかという、塩漬け肉を豪快に焼き上げた「厚切りハムステーキ」。

そして、木製の巨大なジョッキになみなみと注がれ、白い泡を吹きこぼしている琥珀色の液体――「エール(ビール)」だった。


「お前も今日はたらふく呑んで食え!」

ガイルが当然のような顔をして、木製ジョッキの一つをカロンの目の前にトンと置いた。


カロン(中山実)は、そのジョッキを見つめて硬直した。


(……待て。前世の中山実は、体質的にアルコール分解酵素をほとんど持たない、筋金入りの下戸だった。ビールの小瓶を半分空けただけで急性アルコール中毒一歩手前まで顔が真っ赤になり、救急搬送されかけたことすらある……)


いくらドワーフの身体に転生したとはいえ、前世の強烈なトラウマが脳裏をよぎる。それに、外見はどう見ても九歳の子供だ。


「あの……父さん、母さん。僕、喉がすごく渇いているから……水が飲みたいな」


カロンが控えめにそう口にした瞬間。


ピキリ、と室内の空気が凍りついた。

ガイルがジョッキを口に運ぼうとした姿勢のまま固まり、フラウはスプーンを取り落としそうになって目を見開いた。

二人はまるで、「太陽が西から昇った」とでも言われたかのような、この世の終わりを見る目でカロンを凝視している。


「…………カロン」

ガイルが、地を這うような低い声で呟いた。

「お前……今、何と言った?」


「え? あ、水が飲みたいって……」

「み、水を……生水を呑むだと……!? 正気かカロン!!」

ガイルがガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「えっ?! な、何がいけないの……? ドワーフが水を飲むことって、そんなに異常なことなの?」

カロンが慌てて尋ねると、フラウが青ざめた顔で額に手を当てた。


「カロン……記憶を失っているから仕方がないけれど……ドワーフたるもの、喉を潤すのは『麦酒(エール)』か『蒸留酒(スピリッツ)』と決まっているのよ! 地底の水は鉱物毒や雑菌が混ざっている危険があるから、煮沸して発酵させた酒を飲むのが私たちの何千年も続く掟なの! ましてや夕食時に水を要求するなんて……そんなの、森の軟弱なエルフか、病気で寝たきりの病人くらいなものよ!」


「子供でも……酒を飲むの?」

「当たり前じゃろうが!」

ガイルが髭を逆立てて熱弁する。

「ドワーフの赤ん坊は、離乳食代わりに薄めたエールを飲んで育つんじゃ! 九歳にもなれば、夕食時にジョッキ一杯のエールを喉越しよく干すのが一人前の男への第一歩だ! 水を飲んで腹を壊したらどうする!」


(……とんでもないアルコール耐性社会だ……!)


カロンは激しいカルチャーショックに打ちのめされた。

中世ヨーロッパや過酷な環境下において、水質汚染を避けるために醸造酒を生水代わりに飲用していた歴史は知識として知っていたが、九歳の子供が日常的に晩酌を行う文化が標準化されているとは夢にも思わなかった。


「で、でも……病み上がりだから。まだ胃腸が本調子じゃないかもしれないし……」

カロンが必死に言い訳を重ねると、フラウは「まあ……一理あるわね」と納得しかけた。


「仕方がないわね。煮沸して冷ました『湯冷まし』を持ってきてあげるわ。でもカロン、身体が完全に治ったら、ちゃんとお酒も呑めるようにならなきゃ駄目よ?」

「は、はい……努力します」


フラウが持ってきてくれた冷ました水を一口飲む。金属臭のない、すっきりとした軟水だった。

一方、ガイルは「まったく、軟弱な……」とぼやきながら、豪快にジョッキを傾け、ぷはーっと泡を飛ばしながら一気にエールを飲み干した。


気を取り直して、食事に箸――ではなく、鉄のフォークを伸ばす。

厚切りハムステーキにナイフを入れ、一口大に切って口に運んだ。


(……ん! 美味い!)


表面はカリッと香ばしく焼き上げられ、噛み締めると芳醇な豚肉(おそらく地底飼育されている家畜肉)の脂と肉汁がジュワリと口いっぱいに広がる。強めの岩塩と、微かにピリリと効いた地底ハーブの風味が絶妙だった。

マッシュポテトも、バターと塩がたっぷりと練り込まれており、ねっとりとした舌触りで素朴ながら極めてエネルギー効率の高い味わいだった。


「美味いか、カロン!」

「うん! すごく美味しいよ、母さん!」

「ふふっ、お代わりはいくらでもあるからね!」


家族の温かい笑顔に包まれながら、カロンは皿の上の料理を綺麗に平らげていった。


豪快な夕食が終わり、テーブルの上が片付けられた。

満腹感とともに、心地よい疲労感が小さな身体を包み込む。


「カロン、寝る前に身体を拭いておきなさいね」


フラウに案内されたのは、居間の隅に置かれた大きな木樽の前だった。

樽の中には、清らかな水がたっぷりと溜められている。


「お風呂……湯船に浸かる習慣はないの?」

カロンが尋ねると、フラウは不思議そうに首を傾げた。

「湯船? お湯を溜めて全身を浸かるの? そんなことをしたら、薪や石炭がいくらあっても足りないわよ。ドワーフはみんな、水に浸した布で身体の煤や汗を拭き取るだけよ」


(やはりそうか。地底都市における燃料と水の消費管理は極めてシビアだ。入浴文化が存在しないのも熱力学・資源管理の観点からすれば当然の帰結だな)


カロンは素直に頷き、樽の水に麻の布を浸して固く絞ると、顔や首筋、手足についた汚れを丁寧に拭き取っていった。

冷たい水が肌を刺激し、頭がスッキリと冴え渡る。


寝室に戻り、固いわらベッドの上に横たわった。

天井のランプの芯を絞ると、部屋の中は再び心地よい薄暗がりに包まれた。


遠くから、夜間も稼働を続ける工房の微かな打撃音と、地底を流れる地下水脈のせせらぎが、子守唄のように微かに響いてくる。


カロンは暗闇の中で、自分の小さな右手をじっと見つめた。


(五十代の大学教授・中山実としての人生は終わった。家族を失った悲しみは、今でも胸の奥をチクチクと刺す。だが……)


今日出会った、不器用だが深い愛情を注いでくれる父ガイル。

自分を抱きしめて涙を流してくれた母フラウ。

そして、活気と熱気に満ち溢れたドワーフたちの地底都市ガロニア。


(この世界は、過酷だが生きている実力感に満ちている。そして何より……私の持つ材料工学の知見と、神から与えられた【構造鑑定】や【魔力】があれば、この世界の技術水準を根底から押し上げ、彼らの暮らしを劇的に豊かにできるはずだ)


入浴設備、上下水道、高効率な製鉄炉、規格化された部品加工――。

やりたいこと、やるべき課題は山のようにあった。

知的好奇心と工学者としての情熱が、胸の奥で火床の炭火のように赤々と燃え上がるのを確かに感じながら、カロンは静かに瞼を閉じ、深い眠りへと落ちていった。


こうして、ドワーフの少年カロンとしての波乱に満ちた第一日が、静かに幕を閉じたのだった。

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