第4章:学校体験と芋だらけの食生活
第4章:学校体験と芋だらけの食生活
深い眠りから覚めると、薄暗い寝室の空気は前夜と変わらず、冷涼で引き締まっていた。
天井のランプの油は燃え尽き、壁面の隙間から漏れ出す廊下の常夜灯の淡い赤橙色が、岩肌の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
「……ん……」
カロン(中山実)は、わらベッドの上で身じろぎをした。
目覚め自体は極めて爽快だった。前世の中年期に悩まされていた慢性的な睡眠不足や偏頭痛は一切なく、少年の頑健な肉体は一晩の休息で完全にエネルギーを充填していた。
だが、覚醒と同時に、下腹部にずしりと重い圧迫感が押し寄せてきた。
(……トイレに行きたいな)
生理現象だけは、異世界に転生しようがドワーフの肉体になろうが誤魔化せない。
カロンはベッドから飛び起き、革のズボンを穿き直して居間へと向かった。
鉄の扉を開けると、居間の竈からはすでにパチパチと炭の爆ぜる音が聞こえ、母フラウが朝食の準備を始めていた。
「おはよう、カロン。よく眠れた?」
「おはよう、母さん。……あの、トイレの場所を教えてほしいんだけど」
「あら、そんなことまで忘れちゃったの? この居間のすぐ隣、あの鉄の引き戸の奥よ」
フラウが指差したのは、台所のすぐ脇にある無骨な引き戸だった。
「ありがとう」
カロンは小走りで引き戸を開け、中へと滑り込んだ。
個室の広さは一畳ほど。
床面は平滑に削られた一枚岩でできており、その中央に直径二十センチほどの丸い穴がぽっかりと口を開けていた。穴の周囲は鉄のプレートで縁取られ、汚れが付着しにくい工夫が施されている。
そして穴の脇には、澄んだ水が満たされた大きな木樽と、木製の柄杓が一本置かれていた。
(なるほど……汲み取り式というよりは、水洗に近い落下式か)
用を足した後、カロンは柄杓で樽の水を汲み、穴の中へと勢いよく流し込んだ。
水とともに排泄物は吸い込まれるように垂直な配管の奥へと落ちていき、数秒後に遥か地下深くでピチャリと微かな水音が響いた。
(落差を利用した自然落下方式だな。便層の底には地下水脈の放水路が直結しており、水流によって都市の外郭部か農耕・肥料プラントへと一括輸送されている構造か。一見原始的だが、アンモニア臭の逆流を防ぐためのトラップ構造のような空気抜きの傾斜がつけられている。下水処理と衛生管理への配慮は、中世ヨーロッパの都市部よりも遥かに進んでいる)
カロンは木樽の綺麗な水で念入りに両手を洗い、麻の布で水気を拭き取って居間へと戻った。
居間の鉄のテーブルには、すでに三人分の朝食が並べられていた。
ちょうど工房へ出勤する準備を整えた父ガイルが、大髭を揺らしながらドスンと椅子に腰を下ろしたところだった。
「おう、カロン! 顔色がいいな。しっかり食って、体力をつけろよ!」
「いただきます、父さん」
カロンは自分の席に着き、目の前の料理に視線を落とした。
そこに置かれていたのは――
石のように黒く焼き締められた、拳骨ほどの大きさの「ライ麦パン」が一つ。
そして、皮ごと塩水で茹で上げられた、大ぶりの「ジャガイモ」が二個。
飲み物は、湯気を立てる素朴な白湯だった。
(……朝食は、これだけか)
前世の感覚からすれば、あまりにも潔いまでの炭水化物オンリーのメニューだった。
カロンはまず、ライ麦パンを手に取った。ずっしりと重い。
両手で割ろうとしたが、まるで木片を握っているかのように硬い。前歯を立ててガリッと噛みつくと、顎に強い衝撃が走った。
「ぐっ……」
「ハハハ! どうしたカロン、歯が立たんか? ドワーフの歯なら、そのくらいの硬さの堅パンは一噛みで粉々じゃろうが!」
ガイルは豪快に笑いながら、同じライ麦パンをバリボリとまるでクッキーでも食べるかのような勢いで噛み砕き、ジョッキのエールで流し込んでいる。
(咀嚼筋と歯のエナメル質の強度が人間とは段違いなんだな……)
カロンは白湯にパンの端を浸し、少しふやかしてから口に運んだ。
素朴な酸味と、穀物特有の香ばしさが広がる。決して不味くはない。
続いて茹でジャガイモの皮を剥き、岩塩を少しつけてかじる。ホクホクとした自然な甘みがあり、空腹の腹には染み渡る旨さだった。
だが、食べ終えたカロンの頭の中には、一つの疑問が浮かんでいた。
(昨夜はマッシュポテト。今朝は茹でジャガイモ……。ドワーフの主要炭水化物は、芋類に極端に依存しているということか)
食事が終わると、ガイルが立ち上がり、革のエプロンを締め直した。
「カロン、今日から学校に行ってみるか? ボルト先生にもお前の無事を知らせておかんとな。友達の顔を見れば、失った記憶も刺激されるかもしれん」
「うん、行ってみたい。学校がどんな場所なのか、見ておきたいんだ」
「よし、じゃあフラウ、案内を頼むぞ。俺は工房の火入れに行ってくる!」
ガイルはそう言い残すと、颯爽と家を出て行った。
「さあ、カロン。カバンを持って行きましょうね」
フラウから渡されたのは、分厚い牛革を鋲で留めた、ランドセルのような頑丈な肩掛け鞄だった。中には薄い石板が一枚と、石膏を棒状に固めたチョークのような筆記具が入っている。
フラウに手を引かれ、二人は中央大通路を歩いて「中央行政・学校区」へと向かった。
通りを行くドワーフの子供たちが、同じような革鞄を背負って元気に走り回っている。どの子も背は低いが、丸太のように太い手足をしており、階段をものすごい勢いで駆け上がっていく。
やがて、巨大な一枚岩の壁面に三層構造の窓とアーチ状の入口が掘り抜かれた、威風堂々たる建物――「ガロニア中央学舎」に到着した。
入口をくぐり、石造りの廊下を進んで職員室のような一角へ入ると、奥の机で書類に目を通していた老ドワーフが顔を上げた。
「――おや、フラウではないか。それに……おおっ! カロンか!?」
その人物は、立派な灰色の髭をきちんと整え、真鍮のフレームの片眼鏡をかけた、知的な風貌の老ドワーフだった。身に纏っているのは、煤汚れのない清潔な厚手の毛織物のローブである。彼こそが学舎の責任者であり、カロンの担任でもある「ボルト先生」だった。
「先生、ご無沙汰しております。うちのカロンが……昨日、奇跡的に目を覚ましまして」
「おお……! なんということじゃ! あの落盤事故から一か月……診療所の老医師からも『脳死状態に等しい』と聞かされていたので、ワシも胸を痛めておったのじゃよ……! よくぞ、よくぞ戻ってきてくれた!」
ボルト先生は机から飛び出し、カロンの手を固く握りしめた。
その瞳には、教え子の無事を心から喜ぶ教育者としての純粋な情熱が宿っていた。
「ただ……先生。頭を強く打った影響で、事故前の記憶がすっかり抜け落ちてしまっているようなのです」
フラウが申し訳なさそうに告げると、ボルト先生は「ふむ」と顎髭を撫でた。
「記憶喪失か……。だが、これほどしっかり立ち、目にも理性の光が宿っておる。肉体と知能に異常がないのであれば、何の問題もない。カロン、学校のことも忘れてしまったかの?」
「はい、先生。申し訳ありません」
カロンが礼儀正しく頭を下げると、ボルト先生は感心したように目を丸くした。
「ほほう、以前よりも随分と落ち着き払った口調じゃな。よし、ならばワシが校内を案内しながら、この学舎の仕組みを一から教えてやろう。フラウ、安心してお帰りなさい。息子さんはワシがしっかり預かるよ」
「先生、よろしくお願いいたします!」
フラウは深く頭を下げ、安堵した様子で帰路についた。
ボルト先生はカロンを連れ、石造りの校内をゆっくりと歩き始めた。
「いいか、カロン。この学舎には、ガロニア中から集まった約百五十人のドワーフの子供たちが通っておる。入学は六歳、そして十八歳までの十二年間をここで学び、一人前の大人として社会に巣立っていくのじゃ」
(十二年制の一貫教育か。人間で言えば小・中・高校を合わせたスパンだな)
「我が校で教える教科は五つ。『数学』『工学』『理科』『語学』『社会』じゃ。……じゃがな、ドワーフにとって何より尊いのは『物造りの知恵』と『大地の理』じゃ。ゆえに、時間割の実に七割以上は【数学・工学・理科】の三教科に充てられておる!」
ボルト先生が胸を張って指差した先には、幾つもの特殊な教室が並んでいた。
棚一面に様々な鉱石サンプルや試薬の瓶が並ぶ「理科実験室」。
小型の火床や金床、木工用の旋盤がずらりと設置された「学習工房」。
図面を引くための巨大な製図板が並ぶ「設計演習室」。
一方で、人間社会の学校にあるような施設との違いも際立っていた。
「先生、保健室のような休む部屋はないのですか?」
「保健室? そんな軟弱な部屋はないぞ。具合が悪くなったら、すぐ隣の区画にある大診療所へ直接担ぎ込むのがドワーフの流儀じゃ」
「では、運動場やプールは……?」
「プール?! 水泳などというエルフの川遊びのような真似を、地底でしてどうする! 体力をつけるための駆け足なら、外の大洞窟通路を往復十キロ走れば十分じゃ!」
(なるほど……。極めて実学主義、徹底したエンジニア・職人養成機関というわけだ。音楽室や家庭科室がないのも当然だな)
前世で工学部教授としてカリキュラム作成に携わっていた中山にとって、この「実用工学に全振りした教育システム」は、清々しいほどに合理的で好感が持てるものだった。
「さあ、ここがお前の学ぶ三年生の教室じゃ」
ボルト先生に連れられて入った教室には、頑丈な鉄の一体型デスクが並び、カロンと同年代――九歳前後のドワーフの少年少女が二十五人ほど座っていた。
男の子はすでに全員うっすらと髭を生やし、女の子は髪を太い三つ編みに結わえている。
カロンが教室に入った瞬間、静寂が破られた。
「おい……! カロンじゃねえか!?」
「すげえ! 本当に生きてたんだ!」
「落盤でぺしゃんこになって死んだって噂だったのに……!」
席から一斉に子供たちが立ち上がり、カロンを取り囲んだ。
肩を小突かれたり、背中をバシバシと叩かれたりする。手加減というものを知らないドワーフの子供の打撃力は相当なものだが、カロンの頑丈な身体はびくともしなかった。
「みんな、静かにせい! 席に着け!」
ボルト先生が教壇の石板を指し棒で叩くと、子供たちは慌てて自分の席へと戻った。
「カロンは奇跡的に回復したが、落盤の衝撃で過去の記憶を失っておる。お前たち、変にからかったりせず、しっかり助けてやるんじゃぞ。……では、一時間目の授業を始める。『工学』じゃ!」
カロンは空いていた窓際(といっても窓の外は洞窟の壁面だが)の席に腰を下ろし、革鞄から石板を取り出した。
教壇に立ったボルト先生が、石膏チョークで石板に文字と図を書き殴っていく。
「さて、今日のテーマは『鉄の基本特性と加工温度』じゃ。鉄鉱石から取り出したばかりの粗鉄は硬くて脆いが、これを火床で真っ赤になるまで加熱し、大槌で何度も打ち叩くことで粘り強さが増す。なぜ熱すると叩きやすくなるのか……それは、鉄の中に眠る『火の精霊』が目を覚まし、金属の粒子を柔らかくほぐすからじゃ!」
(……精霊論か)
カロン(中山実)は、思わず内心で苦笑した。
現象としては「再結晶温度以上の加熱による熱間加工(格子欠陥の回復と動的再結晶)」を説明しているのだが、理論の根底が呪術的・精霊信仰的な解釈に留まっているのだ。
「火床の色が『鮮やかな橙色』のときが最も叩きやすく、『暗い赤色』に落ちてから叩くとヒビが入る。この色の見極めこそが、一人前の鍛冶屋になるための第一歩じゃ。見て覚えよ、体で覚えよ!」
生徒たちは「おおーっ!」と感嘆の声を上げ、必死に石板へメモを取っている。
(なるほど……。経験則としての温度管理(色温度による判別)は確立されているが、なぜそうなるのかという熱力学・金属組織学の理論体系が欠落しているわけか。放射輝度による温度推定は正しいが、鋼の炭素含有量(状態図)によって適切な鍛造温度域は大きく変わるはずだ)
大学教授として何千回と教えてきた基本中の基本である。
カロンにとって、この授業はもはや退屈を通り越して、子守唄を聞かされているようなものだった。頬杖をつきながら、ぼんやりと石板に鉄―炭素系状態図の概略を落書きして時間を潰す。
午前中の二コマの授業(工学の基礎)が終わり、正午の鐘が洞窟内にゴオォンと鳴り響いた。
「よし、昼飯じゃ! 給食当番は配給を受け取ってこい!」
ボルト先生の号令とともに、教室の後ろから大きな木箱が運び込まれた。
ドワーフの子供たちが列を作り、一人ずつ配給を受け取っていく。
カロンも順番に並び、自分の木皿を差し出した。
給食当番の少年が、トングで木箱からゴロゴロと何かを皿の上に乗せた。
――コロン。コロン。コロン。
皿の上に乗せられたのは、湯気を立てる、拳大の「茹でジャガイモ」が、きっかり三個。
それ以上でも、それ以下でもない。
「はいよ、カロン! 今日のは『岩塩ハーブがけ』だから当たりだぞ!」
「……ありがとう」
カロンは自分の席に戻り、皿の上の三つのジャガイモをじっと見つめた。
スープはない。パンもない。肉の一片すら添えられていない。
ただ、皮付きのジャガイモが三個、鎮座しているだけだった。
(朝:ライ麦パンとジャガイモ。昼:ジャガイモ三個……)
周りのドワーフの子供たちは、「うめえ!」「今日の芋はホクホクしてるな!」と大喜びで皮ごとジャガイモに食らいつき、あっという間に二個、三個と平らげていく。彼らにとって、これは至極真っ当で豪華な昼食なのだ。
カロンは小さくため息をつき、一個目のジャガイモを手に取った。
皮を剥き、ハーブ入りの岩塩を少しつけて口に運ぶ。
……味はいい。甘みがあり、ビタミンCやカリウムも豊富だろう。
二個目を食べる。……まだ美味しい。腹も膨れる。
三個目を食べる。……口の中の水分が完全に奪われ、喉がつかえそうになる。
(栄養学的に言えば、ジャガイモは優れたエネルギー源だが、タンパク質と脂質が決定的に不足している。ドワーフの屈強な筋肉量を維持するためには、もっと良質な動物性タンパク質や大豆類が必要なはずだ。……それに何より、毎日これでは精神的に飽きる!)
前世の豊かな日本の食文化――ラーメン、カレー、定食、寿司、パスタ――が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
文化の発展は、食の多様性と直結している。この街の産業を近代化させると同時に、食糧生産と調理法の改革も急務であると、カロンは固く心に誓った。
昼食休憩が終わると、午後の授業が始まった。
午後は「数学」と「理科(地学)」の二本立てだった。
数学の授業では、ボルト先生が石板に三角形を描き、辺の長さの比率や一次方程式の応用問題を出し始めた。
「いいか、坑道を掘り進める際、傾斜角度と掘削距離から深さを計算できねば、落盤や地下水脈の誤貫通を引き起こす! この式を解ける者は――」
「先生、答えは斜辺が十三メル、深さは五メルです。ピタゴラスの定理……三平方の定理を用いれば瞬時に導けます」
カロンが指を立てて即答した。
「……な、なんじゃと……?! ま、まだ計算式を書き終えてもおらんのに……!」
ボルト先生が目を丸くして固まった。
続く理科の地学の授業でも同様だった。
「地層の褶曲と鉱脈の偏析についてじゃが……」
「マグマの分化作用に伴う比重分離ですね。密度の高いクロムやチタンなどの超塩基性岩が下層に沈降し、珪酸分の多い花崗岩質マグマが上層にペグマタイト鉱床を形成します。断層の変位を考慮すれば、第三鉱区の先にあるのは鉛亜鉛鉱脈の可能性が高いです」
「………………」
ボルト先生は持っていた指し棒を床に落とし、口をパクパクと金魚のように開閉させた。
教室中の生徒たちが、まるで神像を見るような目でカロンを凝視している。
(……しまった。あまりにも初歩的すぎて、大学院生に指導するノリで口からスラスラと解説を吐き出してしまった……)
カロンは内心で冷汗を流したが、すでに手遅れだった。
午後の授業がすべて終わり、放課後となった。
ボルト先生は終始、カロンの顔を「恐ろしいものを見るような目」で見つめ続けていたが、特に咎められることもなく、カロンは帰路につくことができた。
中央大通路を歩き、自宅の住宅区画へと戻る。
頭をフル回転させたせいで、空腹感がピークに達していた。昼のジャガイモ三個など、疾の昔に消化し尽くされている。
(今夜は何だろうか。昨日は祝いの席だったからハムステーキが出たが、今夜も肉料理があるといいのだが……)
期待を胸に抱きながら、カロンは自宅の鉄の扉を押し開けた。
「ただいま、母さん」
「あら、カロン! お帰りなさい! 学校はどうだった? お腹空いたでしょう、今ちょうど夕飯ができたところよ!」
台所でフラウが、満面の笑みで鍋の蓋を開けていた。
居間のテーブルに運ばれてきた大皿を見て、カロンの足がピタリと止まった。
――湯気をモクモクと立てる、見事な黄金色の塊。
皮が裂け、蜜のような糖分が滲み出ている、立派な「サツマイモ(地底甘芋)」が、山のように積まれていた。
カロンは……完全に言葉を失った。
(朝:ライ麦パン、ジャガイモ。昼:ジャガイモ三個。夜:サツマイモの山……!!)
もはや三食すべてが芋類である。
主食もおかずもデザートも、すべてが芋。芋の完全包囲網だった。
「どうしたの、カロン? ぼーっと突っ立って。今日の甘芋はね、外の商隊から仕入れた最上級品なのよ! 冷めないうちに召し上がりなさい!」
そこへ、仕事を終えたガイルが汗を拭きながら帰ってきた。
「おおっ! 美味そうな甘芋だな! やっぱり一日の終わりのエールには、この甘い芋が一番合うわい!」
ガイルはドカッと椅子に座ると、サツマイモを真っ二つに割り、ハフハフと言いながら美味そうに頬張り、冷たいエールを喉に流し込んだ。
カロンは魂の抜けたような顔で椅子に座り、小さなサツマイモを手に取った。
一口かじる。
……甘い。前世の安納芋のように濃厚で、しっとりとしていて、素材としては間違いなく一級品だ。
だが、カロンが今切望しているのは、塩気の効いた肉汁であり、新鮮な葉野菜のシャキシャキ感であり、温かい出汁の旨味だった。
(耐えろ……。今は肉体を維持するためのカロリー摂取だ……)
カロンは無心でサツマイモを咀嚼し、湯冷ましで流し込んだ。
食事が終わり、昨日と同様に木樽の水で身体を清め、寝室のわらベッドに横たわった。
暗闇の中で、カロンは天井を見つめながら拳を固く握りしめた。
(学校の授業レベルは完全に把握した。初歩の初歩に付き合っている時間は無駄だ。明日からは、講義をただ受動的に聞くのではなく、こちらから知識を提示し、現状を動かすためのイニシアチブを握る)
そして何より――
(この街の生産性と経済力を向上させ、地上から多彩な食材を輸入できるだけの富を築く。私の胃袋と食文化の尊厳のために、明日は全力で工学の授業をジャックしてやる……!)
五十代の老教授のプライドと、飽食の日本人としての執念が、小さなドワーフの肉体の中で激しく融合した。
カロンは静かな闘志を燃やしながら、深い眠りへと落ちていったのだった。




