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第31章:堕ちた教会と地下のカタコンベ

第31章:堕ちた教会と地下のカタコンベ


交易都市ルーセンにおけるカロンの名声は、留まる所を知らない勢いで高まっていた。

水力発電所の建設に始まり、町中への送電網敷設、領主邸や商業区の電化、そして町民たちの足となった「異世界路面電車」の開通。さらには、かつて劣悪だった東門詰所や食堂の劇的リフォーム、井戸ポンプと給水設備の普及に至るまで、カロンの手掛けた事業はすべて人々の生活を劇的に向上させていた。


しかし――光が強くなれば、自ずと濃い影が落ちるのが世の常であった。

急速に町の英雄として祭り上げられていくカロンを、苦々しい思いと激しい嫉妬、そして底知れぬ憎悪で見つめる巨大な勢力が存在していた。


この町で古くから権勢を誇ってきた宗教勢力――『アストル教』である。


事の発端は、カロンがこの世界へ転生してきた際、あの駄女神――もとい、慈愛と生産を司る女神メリスから「メリス教の教会に寄付……じゃなくて、少し手助けしてあげてね」と泣きつかれたことにあった。

カロンは約束通り、町の西区にある零細なメリス教の教会を拠点とし、身寄りのない孤児たちや貧困区の子供たちへ無償で文字や算術を教える学校を開設した。親方団と共に教室を三倍に拡張し、電灯を灯し、井戸ポンプを設置して清潔な水を引いたことで、教会の評判は町中で爆発的に高まっていたのである。


だが、それはアストル教にとって面白くない事態だった。

アストル教はこれまで、高額な寄付金を納める貴族や大商人など、選ばれた富裕層のみを優遇し、貧困層を「前世の罪深き者」「神に見放された劣等種」として蔑み、事実上見捨ててきた。それにもかかわらず、ぽっと出のドワーフが一銭の得にもならない貧民の教育を始め、町民の支持を急速に集めている。既存の権威を揺るがされ、寄付金の集まりに陰りが出始めたアストル教上層部が、カロンを激しく敵視するのは必然であった。


元大学教授であるカロンは、当初は彼らの冷たい視線や嫌がらせを「教条主義的な組織特有のやっかみか」と軽く受け流していた。

しかし、ここ数日、その嫌がらせは明らかに一線を越え、露骨で凶悪なものへとエスカレートしていた。


ある朝は、発電所の水路や工事現場に腐敗した生ゴミや汚物が大量に投げ込まれた。

またある日は、町を歩いているカロンめがけて、猛スピードの大型馬車が意図的に突っ込んできた。頑強なドワーフの肉体と咄嗟の身体強化魔法で躱したものの、並の人間であれば即死していたであろう悪質な凶行だった。


そして決定打となったのは、昨夜の夢だった。


薄暗い精神空間のような場所に、あの金髪碧眼の駄女神メリスが突然姿を現し、涙目で騒ぎ立てたのだ。

『ちょっとカロン! 大変よ! あなた、アストル教の裏金で雇われた「闇ギルド」の凶悪な殺し屋たちに命を狙われているわよ! 私の可愛い信徒たちや子供たちにも危害が及ぶかもしれないんだから、なんとかしなさいよね!』


夢から覚めたカロンは、冷たい汗を拭いながら奥歯を噛み締めた。

(……普段は温厚で冷静な私だが、さすがに腹に据えかねてきたな)


自分個人の命を狙われるのも不快極まりないが、何より何の罪もない教会の子供たちや町の人々を巻き込もうとするその卑劣さに、カロンの胸の中で静かな、しかしマグマのように熱い怒りがフツフツと燃え上がっていた。


敵の正体と実態をこの目で確かめるべく、カロンは昼前の最も人通りが多い時間帯を選び、町の中心部に聳え立つアストル教の大聖堂へと足を運んだ。


白亜と金箔で塗り固められた巨大な大聖堂は、町のどの建物よりも威圧的で豪奢を極めていた。ステンドグラスから差し込む色彩豊かな光の下、大広間には上等な絹の衣服をまとった貴族や裕福な豪商たちが大勢跪いていた。


祭壇の中央に立っていたのは、金糸の刺繍が施された豪奢な法衣に身を包んだ、異様なまでに肥え太った中年神父――大司教代行のバルガスであった。三段腹を揺らし、脂ぎった顔に傲慢な笑みを浮かべながら、バルガスは朗々とした声で説教を行っていた。


「……信徒の皆様、思い出されよ! 人は生まれながらにして『選ばれし者』と『選ばれざるゴミ』に分かれておるのです! 我らアストル教に多大なる寄付を捧げ、神の威光を称える者こそが真のエリート! 一方で、西区の泥水すする孤児や貧民どもは、神に呪われた前世の業を背負う下劣な存在! あのような者どもに教育を施し、神の秩序を乱そうとする異端のドワーフなど、いずれ神罰が下り地獄の業火に焼かれるでありましょう!」


集まった富裕層の信徒たちは、「おお、アストル神の御心のままに」と感涙しながら金貨を献金箱へと投げ入れている。


カロンは柱の陰から、冷徹な工学者の眼差しでその光景を見つめていた。

そして、前世の分析眼と魔導解析を融合させた鑑定魔法を静かに発動させた。


「『アナライズ・ダーク(悪意鑑定)』」


カロンの視界が一変する。

祭壇の上で神聖ぶって説教を垂れるバルガス神父の全身が――どす黒い汚泥のような漆黒のオーラで完全に塗り潰されていた。

そのオーラからは、強欲、傲慢、殺人教唆、横領、そして筆舌に尽くしがたいおぞましい邪気の匂いが立ち込めていた。神職などとは名ばかりの、根っからの腐りきった悪党である。


(……救いようのない外道だな。神の名を騙り、裏で手を汚して私腹を肥やしているわけだ)


実態を完全に把握したカロンが踵を返し、大聖堂の重厚な扉から出ようとしたその時、背後から冷たい複数の視線を感じた。

振り返ると、祭壇の脇に控えていた数名の若い神父たちが、法衣の下に武器を隠し持っているような殺気を帯びた眼光で、じっとカロンの背中を睨みつけていた。


カロンは気付かないふりをして大聖堂を後にしたが、事態がもはや一刻の猶予もない危険水域に達していることを肌で感じ取っていた。


夕方、いつものように子供たちへ授業を行うため、カロンは西区のメリス教の教会へと向かった。

しかし、白亜の教会の前に到着した瞬間、異様な静けさとただならぬ空気の重さにカロンの眉が跳ね上がった。


新しく拡張された教室の扉を開けると、そこには授業の準備をする子供たちの姿はなく、頭を抱えて激しく取り乱している老神父――トーマス神父と、泣き腫らした顔のカイとミミルの姿があった。


「トーマス神父! どうしたのですか、子供たちは!?」


カロンが駆け寄ると、トーマス神父は蒼白な顔を上げ、震える手で一枚の汚れた羊皮紙を差し出してきた。


「カロン先生……! あ、ああ……なんということじゃ……! 先ほど、貧困区からここへ向かっていた孤児たち三名が……黒装束の男たちによって無理やり馬車に押し込められ、連れ去られてしまったのです……!」


「なっ……!?」


カロンが奪い取るように羊皮紙に目を落とすと、そこには乱暴な文字でこう殴り書きされていた。


『異端のドワーフとメリス教に告ぐ。今すぐこの町からすべての事業を畳み、永久に出て行け。さもなくば、捕らえたガキどもの命の保証はない』


「卑劣な……ッ!」

カロンの手の中で羊皮紙がクシャリと握り潰された。子供たちを人質に取り、自らの利権と教勢を守ろうとするそのやり口に、カロンの怒りは沸点に達した。


「ミミル、カイ、怪我はないか?」

「うん……! 僕たちは少し遅れて来たから無事だったけど、あいつら、ルーカスたちを無理やり……! カロン先生、助けて! ルーカスたちを助けてよ!」

カイが涙を流しながらカロンの服にしがみつき、ミミルも「お願いします、先生……!」と祈るように手を握ってきた。


トーマス神父が涙を拭いながら、声を絞り出すように言った。

「……カロン先生。おそらく子供たちは、アストル教の大聖堂の地下深くに存在する『地下牢』に囚われております。あそこは昔、異端審問や処刑が行われていた忌まわしい迷宮……町の衛兵隊ですら、教会の不可侵特権に阻まれて手出しができない闇の領域なのです……!」


「不可侵特権など、子供の命の前には何の価値もありませんよ」


カロンは静かに、しかし冷気すら帯びた絶対的な声色で告げた。

「神父様、カイ、ミミル。ここで待っていなさい。子供たちは――私が必ず無傷で連れ戻す」


教会を飛び出したカロンは、まず東門の警備詰所へと向かった。

詰所では、非番の兵士たちとガース隊長が路面電車の運行日誌をまとめていたところだった。カロンが駆け込んで事情を一気に説明すると、隊長は机を激しく叩いて立ち上がった。


「何だとッ!? アストル教の連中め、ついに子供の誘拐にまで手を染めたか! 許せん!」

「隊長、すぐに我々も出動しましょう!」

兵士たちが一斉に槍を手に取る。


しかし、ガース隊長は苦渋に顔を歪めた。

「……くそっ! アストル大聖堂は領主令でも不可侵の宗教特権が認められておる。正規の警備隊が令状なしに正面から踏み込めば、教皇庁を巻き込んだ政治問題になり、即座に武装解除を命じられかねん……! カロン殿、今すぐ領主閣下へ直談判し、突入令状を取り付けるまで待ってくれ!」


「令状を待っている間に、子供たちがどうなるか分かりません」

カロンは首を横に振った。


「私が単独で乗り込み、子供たちを救出します。隊長たちは、私が大聖堂の正面を制圧した後、周囲を包囲して逃亡者を捕縛し、子供たちの保護を行ってください。……それで『事後承諾の突入』という形にできるはずです」


「カロン殿……! 一人で乗り込むなど、あまりに無茶だ!」

「私を誰だと思っているのですか? ドワーフの魔導士ですよ」


不敵な笑みを浮かべ、カロンは風のように東門を飛び出した。


夜の帳が完全に下り、街灯の乏しい大聖堂の広場は深い闇に包まれていた。

豪奢な大聖堂の正面階段には、法衣ではなく革鎧を着込み、抜き身の短剣や鉄パイプを手にした人相の悪い男たち――闇ギルドのごろつき十数名が、周囲を警戒するようにたむろしていた。


「おい、本当にあんなガキども人質にして大丈夫なのかよ?」

「バルガス大司教代行がたんまり金を払ってくれたんだ。文句言うな。あのドワーフが泣きついてきたら、そのまま路地裏で首を刎ねて――」


「――誰の首を刎ねるって?」


闇の中から、低く響くドワーフの声が響いた。


「ああっ!? 誰だッ!」

ごろつきたちが一斉に武器を構えて振り返る。

そこには、青白い魔力の燐光を全身から立ち昇らせたカロンが、仁王立ちしていた。


「貴様、例のドワーフか! へっ、のこのこ一人で現れやがって! ミンチにしてや――」


「問答無用だ」


カロンは右手を突き出し、魔力を一気に解放した。


「『ファイヤーボール』!」


ドォォォンッ!!


巨大な火球が轟音とともに炸裂した。

爆風と衝撃波が階段前のごろつきたちを一瞬で吹き飛ばし、石畳の上を激しく転がしていく。一撃で前衛の悪党どもは戦闘不能となり、白目を剥いて倒れ伏した。


カロンは歩みを止めず、大聖堂のそびえ立つ重厚なオーク材の巨大扉の前に立った。頑丈な鉄の閂で内側から厳重に施錠されている。


「子供たちを閉じ込める扉など、この世に必要ない」


カロンは両手を扉に押し当て、魔力を極限まで凝縮させた。


「『ファイヤーボール・レベル4』――指向性超高圧解放!!」


ズガァァァァァンッ!!


教会の巨大な扉が、凄まじい爆縮とともに木端微塵に粉砕された。

吹き飛んだ扉の破片が礼拝堂の奥へと散乱し、爆轟が大聖堂全体を激震させた。


煙が立ち込める大聖堂の中へ、カロンは堂々と足を踏み入れ進んだ。


礼拝堂の奥では、爆発の轟音に驚愕した二十名近くの神父たちが、法衣を乱しながら短剣や杖を構えて待ち構えていた。その中央には、昼間見かけたあの太った大司教代行・バルガスが、顔を脂汗で濡らしながら絶叫していた。


「な、なんだ貴様はぁぁっ!? 神聖なるアストル大聖堂に武力侵入するなど、万死に値する大罪ぞ! 出会え、出会え! この異端の化け物を八つ裂きにせよッ!」


神父たちが一斉に攻撃魔法や短剣を構えて襲いかかってくる。


「神聖を語る悪党どもが、どの口で吠えるか!」


カロンは杖代わりの指先を天へと掲げた。


「『サンダーボルト・レベル5』――広域スタン放電!」


バチバチバチィィィッ!!


礼拝堂の天井から、目も眩むような青白い雷光の網が一斉に降り注いだ。

凄まじい高圧電流が神父たち全員の体を駆け巡る。


「ぎゃああああっ!?」

「あばばばばばっ……!」


致死量の一歩手前で精密にコントロールされた電撃の嵐。神父たちは全身の筋肉を硬直させ、白煙を上げながら次々と床へと崩れ落ちていった。バルガスも「ぶぎゃっ!」と豚のような悲鳴を上げてその場に倒れ込み、全身を痙攣させながら痺れて指一本動かせなくなっていた。


わずか数秒で、礼拝堂内の敵は完全に無力化された。


しかし――カロンが奥へ進もうとしたその時。

祭壇の裏手にある薄暗い「懺悔室」の頑丈な扉が、内側からギシギシと嫌な音を立てて軋み始めた。


バキィッ!


扉が内側から暴力的に蹴破られ、中からドロリとした腐敗臭とともに、異形の怪物たちが姿を現した。


「ウオオオォォ……」

「カチ……カチカチ……」


肉が腐り落ち、濁った瞳で涎を垂らす人型の怪物――『グール』。

そして、錆びついた剣と盾を握りしめ、眼窩に青白い燐光を宿らせた白骨の戦士――『骸骨剣士(スケルトン・ナイト)』。

総勢十体以上のおぞましい魔物の群れが、懺悔室の奥から次々と這い出してきたのだ。


「な……ッ!?」


カロンは思わず後ずさりし、工学者としての冷静さをかなぐり捨てて激しく動揺した。


(ば、バカな……!? 神聖なはずの町の教会から、こともあろうに本物の『アンデッド・モンスター』が湧き出てくるだと……!?)


昼間の説教で「神に選ばれしエリート」などと嘯いていた教会の実態は、裏で闇ギルドと結託するどころか、死霊術(ネクロマンシー)の邪悪な温床そのものだったのだ。


グールたちが腐肉の爪を振り上げ、骸骨剣士たちが錆びた剣を構えて一斉に襲いかかってくる。


「ええい、悪霊どもが! ……確か、この魔法が効くはずだ!」


カロンは咄嗟に、聖属性の浄化魔法を展開した。


「『ターンアンデッド』!!」


カロンの全身から、太陽の如き純白の聖なる光が放射された。

光を浴びた瞬間、襲いかかってきたグールや骸骨剣士たちは断末魔の叫びを上げる間もなく、全身から白い煙を噴き出し、瞬く間に光の粒子となって昇華し、粉々に砕け散って消滅した。


「……ふう、理論通り聖属性魔法には滅法弱いようだな」


カロンは乱れた息を整え、アンデッドたちが湧き出てきた懺悔室の奥へと足を踏み入れた。そこには、地下へと続く隠された螺旋階段が、闇の奥へと口を開けていた。


螺旋階段を深く、深く下っていくと、空気は一層冷たく湿り気を帯び、カビと腐敗の臭いが濃密になっていった。


階段を降り切ったカロンの目の前に広がっていたのは、驚くべき広大な地下迷宮――いわゆる『カタコンベ(地下墓所)』であった。

薄暗い石造りの通路の両脇には、壁をくり抜いた無数の長方形のスペースがあり、そこには布に巻かれた古いミイラや白骨死体が無造作に安置されていた。


「……なんという悪趣味な地下施設だ。まさに魔窟だな」


カロンは指先に『トーチ』の魔法を灯し、足音を殺して迷路のような通路を進んでいった。


ガサリ……。

石壁の窪みから、ミイラが突如として動き出し、グールと化した死体が手を伸ばしてくる。

通路の曲がり角からは、複数の骸骨剣士が剣を打ち鳴らしながら襲撃してくる。


「邪魔をするな! 『ターンアンデッド』!」

「『ターンアンデッド』!」


カロンは迷うことなく聖なる光を連発した。通路を満たす純白の閃光がアンデッドどもを一瞬で塵へと還し、立ち塞がる障害を薙ぎ払いながら奥へ奥へと突き進んでいく。


迷宮を駆け抜けること数分。

通路の最奥にある巨大な鉄の扉を押し開けると、そこは天井の高い広大な儀式の間のような大広間だった。


広間の奥、頑丈な鉄格子の檻の中に、泣き叫びながら身を寄せ合う数名の子供たちの姿があった。


「ルーカス! みんな!」

カロンが叫ぶと、檻の中の子供たちがパッと顔を上げた。

「カ、カロン先生……!?」


しかし、カロンと子供たちの間に、カチャリと骨の擦れる重厚な音が立ち塞がった。


広間の中央、豪奢な石の玉座から立ち上がったのは、頭に黄金の王冠を戴き、漆黒の豪奢なマントを羽織った巨大な白骨の王――『ワイトキング』であった。その手には、不気味な黒い魔力を放つ大型の魔導杖が握られていた。


「フハハハ……生きたドワーフが、我がカタコンベの奥底まで迷い込んでくるとはな。吾輩は死せる者どもの王、ワイトキング――」


名乗りを上げ、自らの威厳を示そうとするワイトキング。

しかし――激怒しているカロンには、アンデッドの自己紹介をのんびり聞く余裕など微塵もなかった。


「悪党の講釈を聞く時間はない! 即座に消え失せろ!!」


カロンは間髪を入れず、両手を突き出して最大火力の魔法を間断なく叩き込んだ。


「『ターンアンデッド』! さらに『ファイヤーボール・レベル4』――連射ッ!!」


カッ……!! ドガガガガガアンッ!!


至近距離から叩き込まれた聖なる浄化の閃光と、超高熱の火球の連打。

ワイトキングは呪文を唱える暇すら与えられず、

「な、何ィィィッ!? 話を聞かんかバカモ――ぐわあああぁぁぁっ!!」

と絶叫を上げながら、聖なる炎に包まれて瞬く間に骨ごと焼き尽くされ、黄金の王冠だけを床に残して完全に灰燼へと帰した。


「ふん、話が長すぎるんだよ」


カロンは一瞥もくれず、子供たちの囚われている鉄格子の檻へと駆け寄った。

鍵を探す時間すら惜しい。


「大地よ、我が剛力となれ――『ゴーレム・アーム』!」


カロンの両腕に岩石の魔導装甲が瞬時に宿り、怪力で檻の鉄格子を掴んだ。

メキメキメキ……バキィィィッ!


極太の鉄格子の扉が、まるで紙屑のように力任せに引きちぎられ、床へと投げ捨てられた。


「みんな、怪我はないか!?」


カロンが檻の中に飛び込むと、恐怖に震えていた三人の孤児たちが一斉にカロンの胸や足元にしがみつき、大粒の涙を流して泣き叫んだ。


「カロン先生ええぇぇっ! 怖かったよおぉぉっ!」

「先生が助けに来てくれた! うわあぁぁん!」


「よしよし、もう大丈夫だ。よく頑張ったね」

カロンは子供たちの頭を優しく撫で、抱きしめた。


しかしその時、檻の隅に腰を下ろしていたもう一人の人影が、カロンの目に留まった。

いつもの孤児たちではない。薄汚れた緑色の革鎧を身につけ、背中に弓を背負った、透き通るような銀髪と尖った長い耳を持つ――美しい少女の姿だった。


(……エルフ……?)


少女はカロンの圧倒的な戦闘と鉄格子を引きちぎる怪力を呆然と見つめていたが、やがて立ち上がり、バツが悪そうに耳をピコピコと動かしながら口を開いた。


「あ、あの……ありがとね。まさか、ドワーフの魔導士が単身でここまで助けに来てくれるとは思わなかったわ」


「君は……? なぜこんなところに囚われていたんだい?」


カロンが尋ねると、エルフの少女は悔しそうに頬を膨らませた。

「私はリアリス。冒険者ギルド所属のBランク冒険者よ。最近この町で浮浪児が消える事件が続いてたから、アストル教の裏を調査してたんだけど……油断して麻痺毒の罠にかかって捕まっちゃって。本当に不覚だったわ」


リアリスは腰の短剣を確かめると、キリッとした眼差しでカロンを見つめた。

「カロンさん、よね? 子供たちを助けてくれて本当にありがとう。……私、一刻も早くギルドマスターにこの大聖堂の地下の惨状とアンデッドのことを報告してこなきゃいけないから、先に行くわね! また後でギルドで!」


リアリスは身軽な動きで檻を飛び出すと、風のような素早さで螺旋階段を駆け上がっていった。


「やれやれ、元気なエルフのお嬢さんだ」

カロンは苦笑しつつ、三人の子供たちを両腕に抱きかかえ、ゆっくりと地下のカタコンベを後にした。


地上の一階・大聖堂の礼拝堂へと戻ると、そこにはすでに大勢の武装した兵士たちが展開していた。


ガース隊長を先頭とする東門警備隊が、電撃で痺れて倒れていたバルガス神父をはじめとする悪徳神父たち全員を手際よく頑丈な縄で縛り上げ、身柄を拘束しているところだった。


「隊長!」

カロンが声をかけると、ガース隊長が弾かれたように振り返った。


「カロン殿! ご無事でしたか! ……おお、子供たちも!」


無事に救出された孤児たちの姿を見て、兵士たちから「やったぞ!」「全員無事だ!」と歓声が上がった。ガース隊長は縛り上げられたバルガス神父を睨みつけ、苦々しそうに吐き捨てた。


「カロン殿、先ほど先に地下から脱出してきたエルフの冒険者――リアリス殿からすべて聞いた。地下のカタコンベにアンデッドを飼い慣らし、子供たちを誘拐して人質に取っていたとはな……。アストル教の腐敗はここまで極まっていたのか。これで教会の不可侵特権など完全に消滅だ。領主閣下へ報告し、この大聖堂は即座に接収、関係者全員を重罪人として裁く!」


縄で縛られたバルガス神父は、「ひ、ひぃぃ……お許しをぉぉ……!」と涙と鼻水を垂らして命乞いをしていたが、兵士たちによって無慈悲に引きずられていった。


大聖堂の外へ出ると、夜の広場には連絡を受けたトーマス神父とカイ、ミミルが必死の形相で駆けつけてくるところだった。


「ルーカス! エミリア! トビー!」

「神父様! カイ兄ちゃん! ミミル姉ちゃん!」


子供たちはカロンの腕から飛び出し、神父やカイたちと抱き合って大声で泣きじゃくった。

トーマス神父は子供たちの無事を確かめると、カロンの前に跪き、地面に額を擦り付けるようにして涙を流した。


「カロン先生……! カロン先生……! なんとお礼を申し上げたらよいか……! 貴方様は、この子らの……メリス教の真の救世主でございます……!」


「神父様、顔を上げてください。大切な教え子たちを守るのは、教師として当然の義務ですから」


カロンが穏やかに微笑むと、夜空に輝く満天の星が、救われた子供たちと白亜の教会を優しく照らし出していた。


こうして、交易都市ルーセンを長年牛耳ってきたアストル教の闇は白日の下に晒され、カロンの手によって完全に打ち砕かれたのであった。

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