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第27章:街道の急襲と洞窟の黒幕

第27章:街道の急襲と洞窟の黒幕


朝靄が川面を白く包み込む早朝、カロンは水力発電所の建屋内で、巨大な水力タービンと発電機の定期点検を行っていた。

回転軸のベアリングに魔導潤滑油を注ぎ、計器類の指示値を確認する。ガロニアの親方団と共に組み上げた設備は極めて良好に稼働しており、町へ絶え間なく清澄な電力を送り届けていた。


「よし、振動も電圧も規定値通りだな」


カロンが工具を拭い、作業を終えようとしたその時、発電所の外から激しい足音と荒い息遣いが響いてきた。


「カロン殿! カロン殿はおられますかッ!?」


扉が勢いよく開き、駆け込んできたのは東門の詰所で勤務している見慣れた若い警備兵だった。金属の胸当てを揺らし、血相を変えて肩で息をしている。


「どうした、そんなに慌てて。何があったんだね?」

カロンが冷静に問いかけると、兵士は胸を押さえながら悲痛な声を絞り出した。


「た、大変です! ガロニアへ向かう街道で、ゲオル商会の輸送馬車隊がオークの群れに襲撃されました! しかも……目撃証言によれば、ただのオークの群れではなく、上位種の『オークキング』に率いられていたとのことです!」

「何……!? オークキングだと?」


オークキングといえば、並のオークとは比較にならない巨躯と知性を持ち、一国の小隊をも壊滅させかねない高ランクの魔物である。


「商隊の護衛部隊は散り散りになり、命からがら商人一名が東門へ逃げ延びてきて凶報を知らせてくれました。昨日の売上金や重要物資がすべて強奪された模様です! 現在、ガース隊長が緊急出動の準備を整えておりますが、相手がオークキングとなると我々兵士だけでは戦力的にあまりに心許ない……! カロン殿、どうか……どうかお力をお貸しいただけないでしょうか!?」


兵士は頭を深く下げ、震える手で懇願してきた。

カロンは前衛で肉弾戦をこなす頑強なドワーフの肉体と、多彩かつ強力な後衛魔法を操る稀代の魔導士である。その実力は、東門詰所のリフォームや普段の工事を通じて兵士たちの知るところとなっていた。


(ゲオル商会の馬車……昨日精算したガロニアへの送金や資材も積まれていたはずだ。それに、町を守る兵士たちを見殺しにはできん)


カロンは迷うことなく頷いた。

「分かった。すぐに行こう。現場までは私の車を使う」

「は、はいッ! ありがとうございます!」


東門の前に急行すると、そこにはすでに重装備を整えたガース隊長と、槍を構えた精鋭の兵士二名が待機していた。


「カロン殿! すまぬ、職人のあなたをこのような危険な討伐に巻き込んでしまって……!」

ガース隊長が苦渋に満ちた表情で頭を下げた。


「隊長、挨拶は後だ。時間が惜しい、全員これに乗ってくれ」


カロンが指差したのは、昨日町中をお披露目走行した銀色の小型電気自動車(EV)だった。本来は二人乗りだが、後部の荷台スペースを簡易座席として活用すれば四人が十分に搭乗できる。


「こ、これに乗るのか……!?」

「馬がいないのに本当に走るのか……?」


ガース隊長と兵士二名はおっかなびっくり車体に乗り込み、座席や手すりを恐る恐る握りしめた。

カロンが運転席に収まり、魔導キーを回してサンダーストレージからモーターへ電力を送り込む。


キィィィン……!


高周波の励磁音が響き、カロンがアクセルペダルを深く踏み込んだ。


ドッ――!


背中がシートに強く押し付けられる強烈な加速とともに、電気自動車は東門を飛び出し、街道を矢のように疾走し始めた。


「うわああああっ!?」

「は、速い! 馬車どころの騒ぎじゃないぞこれ!」

「景色が……木々が一瞬で後ろへ流れていくッ!」


ガース隊長と兵士たちは目を限界まで見開き、風圧に顔を歪ませながら手すりに必死にしがみついた。馬の足なら半日近くかかる悪路を、カロンの車は精密なサスペンションで衝撃をいなしながら、驚異的な速度で踏破していく。


走行開始からわずか数十分。車は襲撃地点とおぼしき森の入り口へと滑り込んだ。


街道の路肩に車を停車させ、カロンたちは周囲の状況を検分した。


「……奇妙だな」

カロンは地面にかがみ込み、轍の跡を指でなぞった。


街道には、急ブレーキをかけたような乱れた馬車の車輪痕が深く刻まれていた。しかし、現場にはオークの襲撃時に必ず散乱するはずの馬車の木片や、破壊された木箱、血痕などの残骸が一切見当たらなかったのだ。


「隊長、見てください。荷物をその場で奪って馬車を破壊したのではなく、馬車ごとどこかへ引きずって運んだような跡があります」

「うむ……オークにしては統率が取れすぎているな」


カロンの鋭い観察眼が、街道脇の草むらが不自然に押し倒され、最近何者かが重量物を引きずって通った獣道を発見した。


「この先だ。足音を忍ばせて進もう」


四人は武器を構え、鬱蒼と生い茂る森の奥へと足を踏み入れた。

木漏れ日が遮られた薄暗い獣道を進むと、獲物の気配を嗅ぎつけたゴブリンが三体、奇声を上げて茂みから飛び出してきた。


「ギギャッ!」

「散れ! 迎撃!」


ガース隊長が先頭で大剣を一閃させ、一体の胴を両断する。兵士二名も息の合った槍衾で残る二体を的確に串刺しにして仕留めた。


「ふう……手際が良いな、さすがは門番の精鋭だ」

カロンが小声で称賛すると、兵士たちは緊張の中にも誇らしげな笑みを浮かべた。


さらに森の深部へと進むと、切り立った岩壁の根元に、ぽっかりと口を開けた巨大な自然洞窟が現れた。そしてその洞窟の入り口には、大木のような棍棒を手にした四体のオークが、周囲を警戒するように見張りに立っていた。


「見張りが四体……。カロン殿、どう攻める? 下手に騒ぎ立てれば奥の群れが一斉に出てくるぞ」

ガース隊長が耳元で囁く。


「任せてくれ。内部に気取られないよう、風の刃で音もなく一瞬で仕留める」


カロンは物陰から静かに右手をかざし、魔力を高密度に凝縮させた。


「生活魔法――『ウインドカッター・レベル4』」


不可視の真空刃が、風鳴りすら置き去りにする超音速で四筋放たれた。

空気を切り裂く微かな擦過音とともに、四体のオークの首元を同時に過つことなく両断する。


ドサリ……。


四体の巨躯は、仲間に危険を知らせる咆哮を上げる間もなく、一瞬にして物言わぬ肉塊となって崩れ落ちた。


「な……ッ!?」

「一撃で四体のオークを……それも音もなく……!?」


後ろで見ていた兵士たちが、信じられないものを見る目で息を呑んだ。ドワーフといえば土や火の魔法、あるいは純粋な鍛冶と怪力のイメージが強い。これほど高度で冷徹な風魔法の狙撃を放つカロンの実力に、彼らは改めて戦慄を覚えていた。


「驚くのは後だ。中に突入するぞ」


四人は見張りの死角をすり抜け、洞窟の内部へと侵入した。

洞窟は一本の広大な地下通路となっており、奥へ進むほど光が届かない完全な暗闇が支配していた。


カロンは指先を軽く鳴らし、無詠唱で魔法を発動した。

「『トーチ』」


淡い温白色の魔導球がふわりと宙に浮かび上がり、一行の周囲数十メートルを昼間のように明るく照らし出した。


「おお……! 松明の煙も出ず、手も塞がらない。本当にカロン殿の魔法は便利極まりないな!」

兵士が感嘆の声を漏らし、一行は足音を殺しながら奥へと進んだ。


やがて通路の先が開け、天井の高い巨大なドーム状の空洞に突き当たった。

岩陰から身を潜めて広間の様子を覗き込んだ四人は、息を呑んでその光景を凝視した。


広間の中央には、奪われたゲオル商会の輸送馬車がそっくりそのまま鎮座していた。その周囲を取り囲むように、十数体もの獰猛なオークたちが並び立ち、最奥の岩座には、通常のオークの倍以上――三メートルを超える巨躯を誇る漆黒の毛並みの『オークキング』が、巨大な戦斧を抱えて座していた。


そして――馬車の積荷である金貨の詰まった木箱に手をかけ、薄汚い笑みを浮かべている一人の人間の男の姿があった。


「あいつは……! ゲオル商会の元番頭、ガストンではないかッ!?」

ガース隊長が低く唸った。


ガストンは、以前商会の金を横領しようとしてゲオルに見限られ、追放されたはずの悪徳商人だった。

領主の館を電化した後、横領が見つかって大事になったらしい。


ガロニアへの送金計画と輸送ルートを事前に把握し、オークを手引きして馬車ごと強奪した張本人だったのだ。


「へっへっへ……これだけの金貨とガロニアの希少鉱石があれば、他国へ高飛びして一生遊んで暮らせるぜ……!」

ガストンが下品な笑い声を響かせる。


その時、小石を踏む微かな音が広間に響いてしまった。


「誰だッ!?」

ガストンが跳ね起き、岩陰の四人へ視線を向けた。

「チッ、町の警備兵どもか! オークども、叩き潰せ! 皆殺しにしろッ!」


ガストンが胸元から取り出した不気味な黒い魔導具を掲げると、十数体のオークの目が赤く発光し、狂気じみた咆哮を上げて一斉に突進してきた。


「来ますッ!」

兵士二名が槍を構えるが、十数体の突進は圧倒的すぎる質量だった。


「下がっていろ!」

カロンが一歩前に躍り出た。両手を前方に突き出し、全身の魔力を最大級に解放する。


「『サンダーボルト・レベル5』――拡散放射!」


ドォォォォンッ!!


洞窟全体を激震させる雷鳴が轟いた。

カロンの手のひらから放たれた極太の青白い雷光は、広間全体へ網の目のように分岐・炸裂し、突進してきた十数体のオークたちを一瞬で呑み込んだ。凄まじい熱量と電撃の嵐が吹き荒れ、肉の焦げる異臭とともに、オークの群れは断末魔を上げる間もなく一撃で全滅した。


煙が立ち込める広間に、膝をついて激しく息を乱す巨躯――辛うじて雷撃に耐え抜いたオークキングだけが残されていた。


「ぐ、グオオオオッ……!」

深手を負いながらも、オークキングは怒りに目を血走らせ、戦斧を振り上げて立ち上がった。


「オークキングめ、手負いだな! ここは俺が仕留めるッ!」

ガース隊長が果敢に飛び出し、大剣を上段から叩き込んだ。


ガキィィィンッ!


甲高い金属音が洞窟に反響する。

手負いとはいえオークキングの剛力は凄まじく、隊長の大剣と戦斧が激しく鍔迫り合いを演じ、火花を散らした。実力はほぼ互角。


しかしその瞬間、後方にいたガストンが邪悪な笑みを浮かべ、胸元の指輪を掲げた。


「死ねッ! 『ダーク・スピア』!」


不気味な黒煙をまとった漆黒の槍が、無防備なガース隊長の脇腹めがけて音もなく放たれた。


「隊長ッ、危ない!」

兵士の叫びも間に合わず、闇の槍が隊長の鎧を貫いた。


「ぐああああっ……!?」

ガース隊長は血を吐きながら吹き飛び、岩壁に叩きつけられて倒れ伏した。傷口からどす黒い闇の魔力が侵食し、急速に体力を奪っていく。


「隊長!!」

兵士二名が駆け寄るが、ガストンは勝ち誇ったように嘲笑を浮かべた。


「ハハハ! 馬鹿めが! 次は貴様だ、ドワーフの小僧ッ!」


カロンは静かに怒りを滾らせ、掌をガストンへ向けた。

「貴様……許さん。『ウインドカッター』!」


鋭利な風の刃がガストンを襲う。しかし――ガストンの周囲に展開された半透明の黒い結界に接触した瞬間、風の刃は霧散するようにかき消えた。


「無駄だ無駄だ! この『魔導中和の宝珠』がある限り、いかなる魔法攻撃も俺には届かん!」

さらにカロンが放った『ファイアーボール』も『サンダーボルト』も、結界に触れた瞬間に光を失い、完全に無効化されてしまった。


(魔法無効化の魔導具か……! エネルギー系の魔導攻撃をすべて中和しているな)


カロンの工学的思考が瞬時に状況を分析した。

ならば、エネルギーではなく「純粋な質量による物理攻撃」で叩き潰すのみ。


カロンは地面に素早く魔法陣を展開した。

「『アイスボール』――足元凍結!」


直接ガストンを狙うのではなく、ガストンの足元の地面を瞬時に極低温の氷で凍りつかせた。

「うわっ!? な、何だ足が……滑って動けん!?」

結界に守られながらも、ガストンは氷に足首を固められ、完全に機動力を失った。


間髪を入れず、カロンは土木系召喚魔法を叩き込んだ。


「大地よ、我が命に従え――『ゴーレム・クリエイション』!」


ズズズズズッ!


洞窟の岩盤が盛り上がり、身の丈四メートルを超える巨大な花崗岩のゴーレムが瞬時に実体化した。

ガストンが見上げ、顔面を蒼白にする。


「ひ、ひぃぃぃっ……!? ゴーレムだと……!?」


「叩き潰せ」


カロンの冷徹な号令とともに、岩石のゴーレムが巨木のような右腕を豪快に振り下ろした。


ドゴォォォォンッ!!


魔法無効化の結界ごと、岩石の拳がガストンを大地へ叩き伏せた。結界の宝珠は粉々に砕け散り、ガストンは一撃で昏睡状態となって白目を剥いて倒れ込んだ。


残されたオークキングも、ゴーレムの追撃の薙ぎ払いによって岩壁へ叩きつけられ、頭部を粉砕されて完全に息絶えた。


戦闘が終わると、カロンはすぐに血を流して倒れているガース隊長の元へ駆け寄った。

闇の毒素が全身を巡り、呼吸は浅く、顔色は土気色に変わっていた。


「隊長、しっかりしろ!」

カロンは隊長の胸元に両手を当て、体内へ聖なる治癒魔力を流し込んだ。


「『キュアポイズン・レベル3』――そして『ヒール・レベル3』!」


眩いエメラルドグリーンの光が隊長の全身を包み込んだ。

体内に巣食っていた闇の毒素が一瞬で浄化され、引き裂かれていた脇腹の傷口が、肉眼で見える速度で肉を盛り上げ、完全に塞がっていく。


「……う、ううむ……っ」


ガース隊長が大きく息を吸い込み、しっかりと目を開けた。


「た、隊長! よかった……!」

兵士二名が涙を流して喜んだ。


隊長は自分の腹部を触り、傷一つ残っていないことに驚愕しながら起き上がった。

「カロン殿……またしても命を救われたな。……それにしても、見事な戦いぶりだった。敵の群れを一撃で殲滅し、魔法を封じられても即座にゴーレムを操って物理で叩き潰すとは……まさにカロン殿の独壇場だったな」


カロンは苦笑しながら、倒れたガストンの所持品を調べた。

その懐からは、先ほど砕けた魔法無効化の宝珠の残骸と、オークの精神を強制支配していたと思われる不気味な黒いペンダントが出てきた。


「これは……闇ギルド製のご禁制の魔導具だな。オークを操って輸送馬車を襲わせた証拠だ」

「ガストンめ、重罪で終身刑は免れんな」


ガース隊長がガストンを頑丈な縄で縛り上げる間、カロンは広間に残されたゲオル商会の輸送馬車と、山積みにされた金貨の木箱に手をかざした。


「『空間収納(アイテムボックス)』」


スッ……と音を立てて、巨大な馬車と大量の荷物が丸ごと空間の裂け目へと吸い込まれ、綺麗さっぱり消え去った。


それを見たガース隊長が、再び目を丸くして叫んだ。

「な、馬車ごと丸ごと消えたぞ!? カロン殿、まさか伝説級の空間収納魔法まで持っているのか!?」


すると、隣にいた若い兵士が、至極当然といった表情で深く頷いた。


「隊長、驚くことはありませんよ。『カロンさんだから』あり得ます」


もう一人の兵士も「ええ、カロンさんなら当然です」と平然と笑っている。


ガース隊長は呆気にとられたように兵士たちとカロンを見比べ、やがて太い髭を揺らして吹き出した。

「……カハハ! 全くだな! 『カロン殿だから』で全て説明がつくわい!」


洞窟内に温かい笑い声が響き渡った。


昏睡したガストンを担ぎ、四人が洞窟を出て車へ戻り、町へと帰還した頃には、西の空はすでに燃えるような茜色に染まっていた。


東門に到着すると、商人や警備兵たちが歓声を上げて出迎えた。

カロンが空間収納から無傷の輸送馬車と奪われた金貨の木箱を取り出してゲオルに返還すると、商会長は涙を流してカロンの手を握りしめ、言葉にならない感謝を捧げた。ガストンはそのまま東門の地下牢へと連行されていった。


「カロン殿、本当にありがとうございました! 貴方はこの町の恩人です!」

ガース隊長と兵士たちの熱い見送りを受け、カロンは急いで車を走らせた。


「いかん、もうこんな時間か! 授業が始まってしまう!」


教会に飛び込むと、新しく広くなった教室で、カイやミミル、子供たちが今か今かと待っていた。

「カロン先生、遅いよー!」

「先生、全身汚れているよ。」


カロンは息を整えながら教壇に立ち、いつものように優しく熱心に算術と文字の講義を行った。子供たちの無邪気な笑顔と真剣な眼差しに触れていると、先ほどまでの血生臭い戦いの緊張が、すーっと解けていくようだった。


授業を終え、夜の帳が下りた町を歩いてアパートへと戻る。

一階の食堂の扉を開けると、新型かまどの温かい木の香りと、美味しそうな料理の匂いが出迎えてくれた。


「おかえり、カロンさん! 大捕物の話、聞いたよ! 本当にお疲れ様!」


情報が伝わるのは、早いものである。


カウンター席に深く腰を下ろすと、今日一日の激闘と移動の疲労が、どっと全身に押し寄せてきた。


(……やれやれ。元は大学教授だったというのに、異世界に来てまで魔物の王や悪徳商人と命がけのバトルをする羽目になるとはな。こういう物騒な騒動は、もう金輪際ご勘弁願いたいものだ……)


カロンが心の中で苦笑混じりのぼやきを漏らしていると、女将さんが出来立て熱々の大皿を運んできてくれた。


「はい、お待たせ! 今夜は疲れた体に一番効く、特製ハーブで煮込んだ柔らか牛スネ肉のシチューと、焼きたてのライ麦パンだよ!」


湯気とともに芳醇な赤ワインとデミグラスの香りが立ち上る。

スプーンで口に運ぶと、口の中でホロホロと崩れる牛肉の濃厚な旨味が広がり、冷えたエールが乾いた喉を心地よく潤した。


「……美味い」


カロンは無我夢中で絶品のシチューとパンを平らげ、皿を綺麗に空にした。


食後、二階の自室へと戻り、鍵をかける。

昨夜設置した自慢の浴室へ向かい、蛇口を捻ると、電気温水器から完璧な四十一・五度のお湯が湯船を満たしていく。


服を脱ぎ、たっぷりと張られた湯船にゆっくりと肩まで浸かった。


「――ふあぁぁぁ……っ」


全身の筋肉の芯まで染み渡る極上の温もり。

激闘の疲れも、張り詰めていた神経も、温かいお湯の中に溶けて流れていく。


町を守り、子供たちに知恵を授け、美味しい食事を食べて温かい風呂に入る。

教授としての知識とドワーフとしての技術が、今日も誰かの平穏と自分自身の幸福を守り抜いた。


「……極楽だな」


カロンは満足げに目を細め、湯上がりの清潔なベッドへと潜り込んだ。

柔らかな毛布に包まれると、心地よい疲労感とともに、深い安らかな眠りの中へと落ちていった。

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