第1章:異世界誤召喚
第1章:異世界誤召喚
「――いいですか、諸君。材料工学において『硬さ』と『強さ』は決して同義ではありません。例えば、炭素鋼をオーステナイト領域まで加熱した状態から急冷すると、結晶格子の中に炭素原子が無理やり閉じ込められ、極めて硬度の高い『マルテンサイト組織』が形成されます。しかし、この状態の鋼は内部応力が極限まで高まっており、ガラスのように脆い。強い衝撃を受ければ、あっけなく粉々に砕け散ってしまいます」
国立大学・工学部本館の第一大講義室。
階段状に広がる二百席ほどの座席は、午後の心地よい日差しを浴びながらノートを取る学生たちでほぼ満席となっていた。
教壇に立っているのは、材料工学科の教授・中山実、五十三歳。
少し白髪の混じった短髪に、銀縁のスクエア眼鏡。仕立ての良いグレーのスーツの上からでもわかる、学者特有のわずかに丸まった背中だが、教壇に立って講義を行うときの彼の声は太く、よく通り、学生たちを惹きつける独特の熱量を持っていた。
「そこで不可欠となるのが、再加熱処理――すなわち『焼き戻し(焼戻し)』です。適切な温度で再び熱を加えることで、格子内の歪みを解放し、過飽和な炭素を微細な炭化物として析出させる。これにより、組織は『ソルバイト』や『トルースタイト』へと変態し、硬度を適度に保ったまま、外力に対して粘り強く耐える性質――いわゆる『靭性』を獲得するのです」
チョークを走らせる中山の手が、心地よいリズムを黒板に刻む。
鉄―炭素系二元状態図、変態点を示す曲線、結晶構造の模式図が、流れるように美しく描かれていく。三十年近くにわたり研究と教育の最前線に立ち、幾多の論文を発表してきたベテラン教授にとって、この講義は身体の一部のような日常そのものだった。
(今日の講義が終わったら、先週提出された実験レポートの採点をして……ああ、今夜は妻と約束していたロールキャベツを作る番だったな。春から独立して一人暮らしを始めた娘からも、近いうちに顔を出すと連絡があったし、週末は久しぶりに家族で外食でもするか)
チョークの粉を払いながら、中山の脳裏にふと家庭の穏やかな光景が浮かぶ。何気ない、しかし何物にも代えがたい幸福な日常。
そんな、どこにでもある火曜日の三限目。
異変は、前触れもなく、唐突に訪れた。
「……さて、このS曲線における恒温変態図――いわゆるTTT図を見てみればわかる通り……ん?」
中山は、自分の右手に奇妙な違和感を覚えた。
握っていたはずの白チョークの重みが感じられない。指先の触覚が、まるで麻酔を打たれたかのように急速に薄れていく。
不審に思って手元に視線を落とした中山は、我が目を疑った。
自分の手が、透けていた。
チョークを挟んでいるはずの人差し指と親指が半透明になり、その向こう側にある黒板の深緑色がはっきりと見えているのだ。
「えっ……? なんだ、これは……?」
中山の困惑した呟きが、ピンマイクを通じてスピーカーから大講義室全体へと響き渡った。
最初に異変に気がついたのは、最前列の中央で熱心にノートを取っていた男子学生だった。
「えっ?! ど、どうしたの……??」
隣に座っていた女子学生も顔を上げ、教壇を見て息を呑む。
「ちょっと待って……なんか中山教授、薄くなってきていない……? 足元が透けてる……!」
「し、信じられない。プロジェクターの影か何かの光の悪戯じゃないよな……!?」
さざ波のようなざわめきが、一瞬にして二百人の学生全体へと広がっていった。
ざわざわ、ざわざわと、恐怖と混乱の混ざり合った声が講義室を満たす。学生たちが次々と立ち上がり、スマートフォンを構える者、唖然として口を開けたまま固まる者、あまりの怪奇現象に青ざめて後ずさりする者など、教室内は騒然となった。
「みんな、落ち着きなさい……! これは、何かの視覚的な錯覚か……っ」
中山は学生たちを宥めようと声を張り上げた。
しかし、その声はまるで分厚いガラスの向こう側から響いているかのようにくぐもり、次第に小さくなっていった。
身体の輪郭が、急速に淡い光の粒子へと分解されていく。スーツの布地も、皮膚も、肉も、骨も、すべてが質量を失っていくような奇妙な浮遊感。足元の床を踏みしめる感覚が完全に消失し、重力という概念そのものが世界から抜け落ちていく。
「中山先生!!」
「先生が消える……! 消えちゃう!!」
手からすり抜けたチョークが床に落ち、カランと乾いた音を立てて粉々に砕けた。しかし、その音すら中山の耳には届かなかった。
学生たちの悲鳴と絶叫が、遥か遠くの底へと吸い込まれていく。
視界が真っ白な光で焼き尽くされたかと思うと、次の瞬間、中山の意識は底知れぬ暗闇の中へと滑り落ちていった。
「――この特性から適切な加工方法を導き出すには、まず母材の……っ?! な、なんだ!? 周りが……!?」
中山は叫びながら目を見開いた。
教壇に立っていたはずの足元には、床が存在しなかった。
上も下も、右も左もない。どこまでも果てしなく広がる、完全な漆黒の世界。講義室の壁も、黒板も、二百人の学生たちの姿もどこにもない。音も風も温度すらもない、絶対的な虚無の空間だった。
「夢……? 私は、講義中に急な貧血で倒れて、夢でも見ているのか……??」
中山は自分の頬を抓ろうと手を伸ばしたが、触れるべき身体の感覚がひどく曖昧だった。だが、思考だけは驚くほど明晰で、パニックを起こしそうな理性をなんとか繋ぎ止めていた。
「違うわよ」
不意に、頭上から澄み渡るような声が降ってきた。鈴を転がしたような、美しく透明感のある声音。
漆黒の空間の中心に、柔らかな純白の光の輪が生まれた。その光の中から、ふわりと一人の女性が宙に舞い降りるようにして現れた。
「?!」
中山は言葉を失った。
現れたのは、床に届くほど長いプラチナブロンドの髪をなびかせた、信じられないほどの美貌を持つ女性だった。陶器のように白い肌に、夜空の星を閉じ込めたようなサファイア色の瞳。豪奢な刺繍が施された純白のローブを身に纏い、その背後には淡い後光が差している。到底、現世の人間とは思えない神々しさを放っていた。
「私は転生の神で、メリスといいます。……佐藤教授、あなたは先ほど、講義中に重い心筋梗塞で倒れて亡くなりました。突然の死に混乱し、受け入れがたいでしょうが、どうか心を鎮めてください。あなたの魂は今、神の導きのもとにあります」
女神メリスは、胸元に優美に両手を当て、聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら厳かに告げた。
しかし、中山はその言葉の冒頭で、強烈な違和感を覚えて眉をひそめた。
「……あの、私、中山ですが。」
「え?」
メリスの神々しい微笑みが、ピクリと硬直した。
「……ええと、佐藤教授? 死の直後の魂というものは、肉体を離れたショックで自己の記憶や同一性に一時的な混乱をきたすことがよくあります。でも心配はいりませんよ。私の力で魂を浄化し、安らかな眠りと次なる生を――」
「ですから、私は中山です。中山実。工学部で材料工学を教えている教授です」
中山は冷静に、事実を淡々と指摘した。
「佐藤教授というのは、おそらく隣の第二大講義室で講義をしていた、理学部生物学科の佐藤先生のことではありませんか? 佐藤先生は確かに以前から心臓の持病を抱えていらっしゃって、先月も入退院を繰り返していましたが……」
「…………え?」
女神メリスのサファイア色の瞳が、限界まで見開かれた。
彼女は慌ててローブの袖から、黄金の光を放つ羊皮紙のような巻物を取り出すと、指先を凄まじい速度で動かして空間にホログラムのウィンドウを展開した。
「ちょ、ちょっと待って……対象者座標:東経139度……北緯35度……工学部講義棟、第一大講義室……? えっ? 佐藤教授がいるのは理学部講義棟……あっちが第二……? え、召喚陣のアンカー座標、経度を一分(0.01度)ズラして設定した……? 隣の部屋の、まったく病気でもない健康な人間を魂ごと引っこ抜いた……? 嘘でしょ……!?」
女神の顔から、先ほどまでの神聖な威厳が潮が引くように消え去った。
みるみるうちに顔面蒼白となり、額から滝のような冷や汗が吹き出す。メリスは震える指先で空中に幾何学的な魔法陣を描き、何やら見えない相手と緊急通信を始めた。
『※□&#%$!??』
「#&*@§☆!!(どうしよう、統括部!? 隣の部屋で元気に講義してた別人を誤回収しちゃったんだけど!?)」
『§¶†‡……!!(何やってんだこのポンコツ女神! 魂の固有IDと座標の二重照合を怠るなってあれほど言っただろ!)』
「☆※□!!(だって同じ時間帯に同じような白髪交じりの教授が隣同士で講義してるなんて思わないじゃないのー!)」
神々しいはずの美女が、激しい手振り身振りを交えながら、中山にはまったく理解できない神界言語で喚き散らしている。
中山は呆気に取られながら、その醜態を無言で見つめていた。
やがて、通信相手から一方的に切断されたらしく、メリスは「ひっ……!」と短く悲鳴を上げた。
そして、ギギギ……と油の切れた機械のようなぎこちない動きで中山の方へと振り返った。
メリスは両手を頭の後ろに回し、ペロリと舌を出し、右目をキュッと瞑って言った。
「間違えちゃった、てヘ☆」
暗黒の空間に、凍りつくような沈黙が流れた。
「『間違えちゃった、てヘ』……じゃないですよ!!!」
中山の怒声が、漆黒の虚無を揺るがした。
大学内でも「温厚で滅多に声を荒らげない紳士」として知られていた中山教授の、五十年の人生で間違いなく最大の絶叫だった。
「なんだその軽薄な態度は! 間違えたとはどういうことですか!? 私は今、二百人もの学生を前にして後期試験に向けた極めて重要な講義をしていたんですよ! これは夢ですね!? 質の悪いタチの悪い悪夢だ、早く覚めてくれ!」
「ゆ、夢じゃないです……本物の神界過失事故です……」
メリスは人差し指同士をツンツンと突き合わせながら、床に正座するようにして縮こまった。
「夢じゃないなら、今すぐ元の講義室に戻してください! 私には家族がいるんですよ! 妻もいますし、就職したばかりの娘もいる! 来週には重要な国際学会での発表も、学科の予算会議も控えているんです! すぐに元の場所に戻しなさい!」
中山の正当すぎる剣幕に押され、メリスは泣きそうな顔で再び空間を操作し、神界の上層部へ通信を繋いだ。
『&%$#……(現世への巻き戻し再接続は……?)』
『□◎&%……(無理に決まってんだろ、魂を引き抜いた時点で肉体側は心停止・崩壊プロセスに入ってる)』
数分間の深刻なやり取りの後、通信を終えたメリスは、今にも消え入りそうな蚊の鳴くような声で言った。
「……あのう。大変申し上げにくいのですが……元の世界に戻るのは、あなたの世界流に言うと物理的にダメと言うか……不可逆反応が起きちゃってまして……諦めてください」
「は……? 物理的にダメ……?」
中山の頭から、スーッと血の気が引いていった。
「あのですね……神界の強制転生・召喚術式というのは、霊子力学的に肉体から魂を完全に解離させてこちらの高次元階層に引き上げるシステムなんです。で、あなたの元の肉体はですね……魂という生体維持の核を失った瞬間、物質崩壊……ええと、素粒子レベルで霧散してしまいまして……もう戻るべき『器』が存在しないんです……」
「な……んだと……?」
中山は、虚無の空間にへたり込みそうになった。
もう戻れない。
妻の手料理を食べることも、娘の結婚式を見ることも、自分が三十年かけて築き上げてきた研究室に戻ることも、二度とできない。すべては、この目の前にいるポンコツな神の、たった一度の不注意と座標設定ミスによって奪われたのだ。
「ふざけるな……! あんまりだ……! 誰のせいでそんなことになったと思っているんだ!」
「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!!」
メリスは床に額を擦り付ける勢いで土下座した。もはや神の威厳など完全に消滅し、取り返しのつかない大事故を起こした現場責任者の姿そのものだった。
「じゃあ……私はどうなるんですか!? ここで永遠に意識だけの存在として消滅するのか!?」
「そ、それだけは絶対にさせません! こちらの全面的な過失ですから! 責任を持って、別の安全な世界に転生してもらいます! そうですね、魔物のいない平和な世界の、裕福な人間の農家の赤ちゃんに……」
「私が赤ちゃん!?」
中山は即座に噛みついた。
「冗談じゃない! 私が今まで五十年以上かけて積み上げてきた知識や経験はどうなるんですか!? 金属工学、結晶力学、材料組織学、熱処理技術……何千冊もの専門書を読み込み、幾度もの実験と失敗を重ねて培ってきた私の知恵はどうなるんです!?」
「あ、それはですね、輪廻転生の基本ルールでして……赤ちゃんの脳の許容量に合わせて、前世の記憶は綺麗さっぱり忘れてもらいます」
「忘れてもらいます、じゃないでしょうが!!」
中山は激昂した。
「私の人生のすべてを消し去る気か!? 命を奪われ、家族を奪われ、その上、私が誇りを持って生きてきたアイデンティティたる学問の知識まで奪われるというのか!? どう責任をとってくれるんですか!!」
「ひぃぃっ! ごもっともです! 完全にこちらの不手際です! ちょっと待ってください、何とか前世の記憶を維持できる特例措置を探しますからぁぁ!」
メリスは半泣きで絶叫しながら、猛烈な勢いで空間のホログラムを操作し、神界のデータベースを狂ったように検索し始めた。
「あ、もしもし統括管理部ですか!? 緊急コード777です! こちらのミスで誤回収した魂の処遇についてなんですが……はい、本人の強い希望で記憶の完全保持を要求されていまして……ええ、大人の精神構造と膨大な知識のままでも破綻せずに定着できる『空き容器』はありませんか!? 農家の赤ん坊じゃ納得してもらえなくて……はい……はい……えっ!?」
メリスが必死の交渉を続けている間、中山は腕を組み、冷徹な目でその様子を睨みつけていた。
理系研究者としての冷静さが、怒りの底から徐々に頭をもたげていた。
(すでに元の世界に戻れないという事実が確定している以上、感傷に浸って泣き叫ぶのは非合理的だ。今すべきことは、この過失を犯した神から自分にとって最大限有利な条件を引き出すこと――いわば、示談交渉だ)
「……ドナーは、ドワーフね。鍛冶屋の息子? 採掘場の落盤事故に巻き込まれて、身体はほぼ無傷だけど魂がショックで抜け落ちて脳死状態……なるほど、魂の波長は……うん、ピッタリ合致するわ! 了解です、その枠、キープでお願いします!」
通信を終えたメリスが、パンと手を打って中山に向き直った。その顔には「完璧な解決策を見つけてきましたよ」と言わんばかりの営業スマイルが張り付いている。
「お待たせしました、中山教授! 特例中の特例が認められました! 脳死状態になってしまったドワーフの子供の肉体にあなたの魂を定着させ、奇跡的に記憶を保ったまま、生まれ変わってもらいます!」
「……ドワーフ? あの、神話やファンタジーに出てくる、背が低くて屈強な、鉱山や鍛冶を得意とする種族のことか?」
「はい! まさにそのドワーフです! しかも実家は高名な鍛冶工房! あなたのその『材料がどうのこうの』という専門知識を活かすには、これ以上ない最高の環境だと思いませんか!?」
中山は顎に手を当てて考え込んだ。
ドワーフの鍛冶屋の息子。
……悪くない。いや、工学者としての血が、不謹慎にもわずかに騒ぐのを自覚した。
鉄、鋼、鉱石、炉の炎、熱処理。もしその異世界の中世的な鍛冶技術の中に、現代地球の高度な材料工学・金属組織学の理論を持ち込んだらどうなるか。成分比率の制御、温度管理による相変態の利用、不純物の除去法……。それは一人の技術者・研究者として、知的好奇心を強烈に刺激されるシチュエーションだった。
「……なるほど。記憶の保持と、その転生先については承諾しよう。だが、それだけでは私の被った損害に対する補償としては到底足りないな」
中山は眼鏡を押し上げる仕草をしながら(実際には眼鏡はないのだが)、冷ややかに交渉を続けた。
「うっ……ま、まだ何か……?」
「当然でしょう。私は五十代の文化的な現代日本から、未開かもしれない異世界の、しかも子供の身体に放り込まれるわけです。言葉が通じなければ知識も使えない。非力な子供の身体で過酷な労働に耐えられる保証もない。それに、神の過失で強制移住させられる私への、明確な『慰謝料』が提示されていません」
「ぐ、ぐうの音も出ない正論……!」
メリスは額を押さえてよろめいた。どうやら相手が悪かったらしい。感情論で喚く人間なら丸め込みようもあったが、目の前の男は緻密な論理と損害賠償の概念を持つ老獪な大学教授である。
「わかりました! もう私の個人裁量の権限を限界まで使って、お詫びのギフトを上乗せします!」
メリスはヤケクソ気味に両手を広げた。
「まず一つ目! あらゆる種族の言葉、文字、古代文献まで瞬時に理解・発話できる【完全言語理解】! これで現地の言葉も技術書も読み放題です!」
「ふむ、最低限のコミュニケーション・インフラだな」
「二つ目! どれだけ重い鉱石や素材、完成品でも重量無視で無制限に保管でき、中の時間が完全に停止する【無限収納】の魔法! 高温に熱したインゴットを入れたら、熱いまま取り出せます!」
「ほう……! 熱力学的エントロピーを無視した時間停止保管か。それは熱処理の温度保持や、空気中での酸化防止の観点から見ても極めて有用な機能だな」
中山の目がキラリと光った。
「そして三つ目! 本来、ドワーフ族は魔力操作が苦手で魔法が使えない種族なんですが……あなたには特別に【賢者クラスの魔力と魔法の才能】を付与します! 火、水、風、土等の全属性魔法に適性を与え、さらに物質の構造や成分、魔力流を詳細に透視・分析できる【構造鑑定】の力もセットにします! これで魔法を使った超精密加工も思いのままです!」
「……なるほど。物質の内部構造を非破壊で検査できるのか。X線回折装置や電子顕微鏡なしで結晶構造や内部欠陥をリアルタイムで観測できるなら、冶金プロセスの最適化は飛躍的に容易になる」
中山は満足げに頷いた。
家族との突然の別れは断腸の思いであり、その悲しみが消えることはない。だが、与えられた条件は、技術者・科学者としての第二の人生を歩むには余りあるほど魅力的なものだった。失われた命を嘆くより、新たな世界で自らの知を極め、生き抜くことこそが、自分という人間を全うする道だろう。
「分かりました。その条件で示談としましょう」
「よ、よかったぁぁ……! 示談成立ですね!」
メリスは心の底から安堵のため息をつき、胸を撫で下ろした。
「では、魂の転送シークエンスを開始します。中山教授……いえ、新しい世界でのあなたのお名前は『カロン』となります。どうか新しい人生を、達者に生きてくださいね!」
メリスが神々しく(しかしどこか解放感に満ちた笑顔で)杖を掲げると、漆黒の空間がまばゆい黄金の光で満たされていった。
「それでは、いってらっしゃい!」
中山の意識は、再び心地よい光の奔流の中へと飲み込まれていった。
こうして、中山教授はどこかの世界にドワーフとして生まれ変わることになったのである。




