究極鎮痛魔法アルティメットモルヒネ
藍藻が発するモノテルペンの臭いでアンナは目を覚ました。
「ここは」
石造の天井。
暗く湿った空気。
トランスー4,5ーエポキシー(E)ー2ーデセナールとアンモニアが混ざった匂いがアンナの鼻を刺激した。
「カビと血と尿の臭い……現実世界に戻ってこれたようね」
手足を動かし、目視する。
左手の指は四本で、その先にはキラキラしたネイル。
特におかしなところはないようだ。
「うう……」
誰かのうめき声を聞いて、アンナは跳ね起きた。
裸電球の明かりの下で、切断された肉片たちが、震えていた。
アンナは隣で寝ていたマモルに気づいた。
「あなた、起きて!」
「ううん」
辺獄での戦闘と現実世界への帰還。
百戦錬磨の勇者マモルとはいえ、相当の精神負荷。
普段なら、血の匂いですぐに飛び起きるマモルが、頭を押さえながらノロノロと半身を持ち上げた。
「アンナ、おはよう」
「おはようじゃないわよ」
ラーメンの汁に油滴が浮いている。
それを箸で集めて一つの塊にする。
マモルのボキャブラリーで部屋の様子を描写するとこのようになる。
「なんだこれ」
「切断されたユージが結合して、元の姿に戻ろうとしているのよ。あと、ベリアルも」
キューブが左右に揺れながら移動する。
隣あったキューブがくっついて、より大きなキューブになるたびにブルンと震えた。
「見たことあるぞ。四つ集まると消えるんだろ」
「そんなわけないでしょ」
移動、反発、結合を繰り返して大きくなっていく。
そんなキューブの様子が面白く、マモルは見入っている。
「ベリアルが約束を果たして『結合』の魔法を発動させたのよ、今度は私たちが約束を果たす番。あなた、手伝って」
マモルは頷く。
右手で九字を切り、指で印を結ぶ。
「慈雨」
部屋に漂う魔素のスピンが一斉に同じ方を向いた。
魔素同士が寄り集まり、細かな霧となって可視化された。
マモルの指の動きに合わせてゆっくりと回転し始める。
霧が巻き上げられ、上下運動が始まると、魔素の塊が雲となった。
慈雨。
それは魔素を生命力に変換し、細胞レベルで賦活する。
勇者マモルの固有魔法である。
金色の雨がキューブの上に降り注ぐ。
「この部屋は魔素が濃厚だ、加速していくぞ」
「やってちょうだい」
肉片たちの動きが活発になる。
プルンプルンとくっついて盛大にその身を揺らす。
はっきりと人間の形がわかるようになった。
「ヒールレイン セカンドギア!」
マモルは指を天に突き上げた。
その周りを雨雲が高速で回転し始める。
雲同士がさらに集合し、巨大化する。
雨粒は大きくなり、降水量も増していく。
「ヒールレイン オーバードーズ!」
マモルの指先から雷光一線。
雨は、いや、もはやそれは滝のような激しい水流となり、再生途中の肉体に放水された。
過剰な魔素の流入で、肉体は激しく痙攣し、大きく飛び跳ねる。
「本当に大丈夫なのか! アンナ」
辺獄の女神の庭で打ち合わせた通りに、回復魔法を発動させているのだが、マモルはだんだん不安になってきた。
ヒールレイン オーバードーズは、アンデッド向けの最上位攻撃魔法なのである。
未だかつて人に向けたことはない。
「大丈夫。私に任せて」
さすがに専門職。
アンナは落ち着き払っている。
「古の 盟約ここに きこしめせ 痛いの痛いの 飛んでゆけ」
アンナクラスになると、魔法の発動にもはや印は不要。
腕の動き、発する言葉が直接魔法のトリガーとなる。
「究極鎮痛魔法」
唱えるや、再生中の肉体の震えがピタリと止まる。
再生のスピードが加速する。
肉体からは白煙が上がり始める。
生命力を過剰に流し込み、そこで発生する炎症や痛みを超強力な鎮痛魔法で抑え込む。
アクセルとブレーキを同時に踏みつける荒療治。
「あと少しだ」
小柄なベリアルの体は既に修復が終わっていた。
高身長なユージは手足の一部を残すのみ。
あと一体、大きな体が残っている。
これは、誰であろうか。




