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ヴォゲエエ

「あなた、ユージの回復魔法を止めて」


 アンナの指示で、マモルは魔法の出力を絞る。

 放水が止み、ヒールレインならぬ、ヒールミスト状態。

 思わず駆け出すアンナ。

 問答無用でユージを抱きしめた。


「母さん、く、苦しい」


 ユージは母の逞ましい腕の中で意識を取り戻した。

 慌ててアンナは抱擁を緩める。

 しかし、今度は、ユージの顔をホールドして何度も何度もキスをした。


 ユージは困惑の表情を浮かべる。

 母の過保護は嬉しい反面、反発も覚える。

 だが、首より下の感覚がない。

 母の腕を跳ね除けたくても動くことができない。


「鎮痛魔法がまだ効いているわ。内臓の修復が完了するまで、しばらく横になっていなさい」


 アンナの強制膝枕が気恥ずかしい。

 しかし、体は動かず、状況を甘んじて受け入れるしかない。


「ベリアルは?」


 ユージの位置からは、目の前の大きな肉塊が邪魔して、ベリアルの姿が見えない。


「ほぼ修復は終わっているから、命に別状はないわ」

「そう、それは良かった」

「少し眠りなさい」


 アンナはそっと胸に手を置いて、ぽんぽんとリズミカルに叩く。

 ユージの力が抜けていく。

 すぐに小さな寝息に変わった。


 アンナは小さな嘘をついた。

 ベリアルの肉体の修復はほとんど終わっている。

 でも、未だに意識が戻らない。


「心配だね」

「ええ。ひょっとしたら、魔族の体と回復魔法の相性が悪いのかもしれない」

「マモルの回復魔法は人間用だから、特に問題はないよ」

「そうだといいけど」

「神族が魔族を心配するんなんて」

「わがままだし、無茶苦茶だし、別に好きじゃないわ」

「そうなのか」

「でもまあ、戦友としては信頼できるかな。ちゃんと『結合』の魔法を探し出してきたし」

「早く戻って来て欲しい?」

「まあ、そうね。それが約束だし」

「約束か」




「おい、アンナ」

「え、な何?」

「このデカブツも、回復はあらかた終わったぞ」

「そう、ありがとう。じゃあ、ヒールレインの出力を弱めてくれる。回復と鎮痛のバランスを取るわ。こちらにコントロールを渡して」

「ああ、そうしよう。ところで」

「何?」

「誰と話していたんだ?」

「え、貴方じゃないの?」

「いや、俺じゃないが」


「私だよ」


 二人の前に黒い影がぬっと現れた。


「魔王! ベリアル」

「いつからそこに」


「依代の肉体が回復したところかな」

「戻って来てるなら、早く肉体に戻りなさいよ」

「いや、だって、魔族の姿でいられるのも滅多にないからさ、堪能しておこうと思って」

「お前な、勇者の前だぞ、また討伐されたいのか」

「なんだよ『結合』の魔法を探して、こっちは大変だったんだぞ。ありがとうの一言ぐらいあってもいいだろう」

「それは……ありがとう」

「で、お前の方はどうなんだ、マモル」

「ぐっ……。ありがと」

「はぁ、よく聞こえないな。天下の勇者ともあろうものが、助けてもらって挨拶もできないとは、嘆かわしいねぇ」

「あなた!」

「ああ、わかったよ。魔王ベリアル。本日は、結合の魔法を探していただき、大変ありがとうございます! おかげで息子も無事、回復致しました」

「へへ。まあ、今日のところは大人しく戻ってやる。本音も聞けたしな」

「本音?」

「やめて!」

「あ、ちなみに、そのデカブツ」

「ああ、こいつは誰なんだ」

「デリアの弟のサムソンだよ。そいつ拘束しておいた方がいいぞ。そろそろ意識を取り戻しそうだ」

「何! 先に言え!」


 マモルが慌ててサムソンに駆け寄る。

 腕を後ろ手に回して、結束バンドで両手と両足を固定した。

 そのドタバタの間にベリアルは自分の依代の中に戻る。


「ヴォゲエエ」


 ベリアルが頭を抱えてエビのように体を曲げた。


「ぜがいがぐわんぐわん、まゔぁってる」

「そりゃそうでしょう。貴方のキューブがいくつか踏み潰されていたから」

「ぢぐじょうめ!」

「内臓の一部が破壊されてるんだから、じっとしてて。傷が開くわ」

「ぐぞ、デリアめ! 呪ってやる。お前もわかっているなら、止めろよな!」

「止める前に戻ったのはそっちでしょう」


 鼓動に合わせて内臓を殴りつけられるような鈍い痛みが広がる。

 鎮痛魔法が効き過ぎて世界がぐるぐるまわり続けている。

 とめどなく吐き気が襲ってくるのに、吐ける物が無い。

 胃が捻れるような強烈なえずきにベリアルは涙した。


「痛い、気持ち悪い、痛い」

「生きている証拠よ。我慢して」

「そうか、戻って来れたんだな」

「まあ、おかえり?」


 アンナは照れ笑い。


「だだいま」


 ベリアルは涎を流して応答した。

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