それは終わりを告げるようでもあり、始まりを知らせるようでもあった
押しつぶされた草が発するモノテルペンの香りでベリアルは目を覚ました。
「ここは」
空がある。
青い空。
さっきまで黒いタールに塗り潰されそうだったはずなのに。
爽やかな風がベリアルを撫でた。
「どうやらうまくいったようね」
ベリアルは半身を起こす。
手足を動かし、目視する。
特に異常はないようだ。
指は五本で、その先には爪がある。
「地の文が叛逆する様子もないみたいだし」
ベリアルは意味不明なことをブツブツ呟いている。
「ステータスオープン」
視界の中に四角い窓が開く。
「お、レベルアップしている」
レベルの文字の横には『11』と表示されていた。
「えーたった一つだけ? 結構冒険したと思ったけど」
レベルの下には体、力、速、魔、運という項目が並んでいる。
運を除いた四つの項目の横には「F」が記されていた。
Lv:10→11
体:F
力:F
速:F
魔:F
運: A→B
ベリアルは口に手を当てた。
「運がAからBに……あ、これってAランクじゃなくて、ひょっとして16進数?」
ベリアルは草原に仰向けになって、笑い転げた。
ずっと運以外がFランクだと思っていたけれど、実は結構なチートだったのかもしれない。
そのことが、ひどく面白くて、引きつるような笑いが止められない。
「Fより上のGがあるかもだけどさ」
ひとしきり笑った後で、ベリアルは急に真顔に戻る。
「それよりも、これだ」
ベリアルは右下に表示されている数字に注目した。
『2/5』
それは『人体操作説明』の進捗を示す数字。
「凸子さんに感謝しないとね」
ベリアルは尊敬している配信者の放送を思い出す。
「あの動画を観ていなかったら、あのままタールに呑みこまれていたかもしれないわ」
池の中で黄金のアロワナを見つけた瞬間に、ベリアルはステータス画面を開いた。
アロワナ、すなわち『結合』の数式を入手した瞬間に、ベリアルは『チュートリアルその1』を完了させた。
その結果はご覧の通り。
「面白いから終わらせないで取っておいたけど、記憶世界から出発地点にワープできて本当に良かった」
イベント中に別のイベントを発生させて、特定シーンから抜け出すイベイベントキャンセルワープントキャンセルワープ。
ベリアルが尊敬している凸子という配信動画ではそう呼ばれていた。
それは、ジャンプのチュートリアルを保留したまま、ラスボスに挑むという、過酷な縛りプレイ動画である。
「私の場合は、早々にバグ技がナーフされたから簡単だったけれど」
もしかしたら、が対策されている可能性だってあった。
そもそも、イベントキャンセルワープ自体が起こらなかった可能性も。
「でも、私は賭けに勝った。流れが来ている。ここはたたみかけるべきね」
ベリアルはステータス画面を整理する。
重要なアイテムが格納されるインベントリに3つの数式が鎮座していた。
「さて、私の体を元に戻そう。ついでにユージも」
ベリアルはインベントリから『結合』の数式を解き放った。
空に現れた金色のアロワナが優雅に回遊を始める。
螺旋を描きながら、上に、上に登っていく。
それに呼応するように、魔素が波打ち、圧縮されていく。
その軌跡が魔法陣を描く。
徐々にアロワナの姿が消えていく。
そして、とうとう空に溶け込んで、完全に見えなくなった。
「これで『結合』の魔法は実行された。現実世界では『結合』のプロセスが実行されているだろう」
圧縮された魔素が解放されていく。
カーン、カーン
空気を打ち鳴らし、甲高い音を発した。
それは鐘の音に似ていた。
「後はアンナ、あんたの『鎮痛』魔法に賭ける」
鐘の音が世界に鳴り響く。
それは終わりを告げるようでもあり、始まりを知らせるようでもあった。




