デッドライン
勇者マモルは引き出した巨大な盾を地に刺して、呪文を唱えて強化する。
眩い光がマモルとアンナを包み、防衛ラインを布陣する。
聖女アンナは愛する夫の背後で、祈りの言葉を口にする。
「そんな盾! 何するものぞ! さあ、やっておしまい!」
デリアの発破に海馬の尻尾がギュルンと跳ねた。
パッ!
音の無い音。
次の瞬間には、海馬の尻尾が弾けて消えた。
「何だと!」
あまりに咄嗟、予想外。
デリアは全く対応できず、マモルとしても動けない。
パシュン。
気の抜けた発射音をアンナは背中に聞いた。
海馬の頭のすぐ横に、黒く渦巻く穴が開く。
「あれは、ブラックホール弾」
海馬の体がズルズルズルと吸い込まれる。
海馬はとうとう耐えきれず、紐を切られた凧のように、制御を失い落下する。
そのままマモルたちの前に、
ドスン
と落ちる。
盛大に砂塵が舞い上がる。
海馬は悲鳴をあげた。
人間には聞き取ることができない周波数の悲痛な叫び。
濛々と立ち込める砂煙が波動に揺れて、奇妙な図形を描き出す。
その衝撃で無限回廊の壁の一部が崩落するも、マモルの防御は鉄壁だった。
「苦労してるじゃないか」
聞き覚えのある声に、振り向くアンナの目が開く。
そこにいたのは息子のユージ。
「お前こそ、銃の腕が落ちてるんじゃないか」
マモルは振り向きもせず答えるが、その声は少し嬉しそう。
「くそ、次から次に、忌々しい!」
デリアは怨嗟の声をあげた。
アンナは重大な事実に気付いてしまう。
「ベリアル。あなた結合の魔法をちゃんと見つけたのね」
突然の息子の訪問。
それは、ベリアルが、魔王なのに約束を果たした確かな証拠。
結合の魔法が行使されたことを示している。
「でも……」
そしてもう一つ。
重大な懸案事項。
ユージは小さなころは病弱だった。
事ある毎に大熱を出しては倒れ、アンナを心配させた。
いつしか、その精神は、辺獄を彷徨うようになり、見兼ねたアンナは辺獄に庭を作った。
マモルの、多少無茶苦茶な、肉体改造のお陰もあって、ひきつけ自体は改善された。
それでも、嫌なことがあるとすぐ、辺獄に逃げ込む癖は残り、それに名前を付けたのは、外ならぬアンナ。
「あなた、乖離しているわね」
現実世界では今まさに、結合のプロセスが進行している。
それは、ユージとベリアルに深刻な事態が迫っていることの証明。
アンナはベリアルとの約束を思い出す。
「デリアの『切断』は、時間的連続性を保ったまま、空間を切断する」
「つまり、バラバラになるけれど、死にはしないという事ね」
「そうだけど、でもそれは単なる死の延長」
「どうして?」
「生きるためには、どうしたって物質をやり取りしないと駄目だろう。お腹も空くし、トイレにも行く。それは細胞だって同じこと」
「もし、一部が死んだらどうなるのかしら」
「そうだなぁ。多分痛みは感じない」
「神経は切断されているものね」
「ただ緩やかに死に至る、ただね」
「ただ? 何」
「途中で元に戻ったら」
ベリアルが眉を顰める様子がとても印象的だった。
「止まっていた時間が動き出す。細胞たちが溜め込んでいた情報を、一気に流して」
「痛そうね」
「痛いってもんじゃないよ。私なら」
「私なら?」
「痛みを感じる前に死ぬ」
今、目の前に、息子が来ているその事実。
「あなた! 早く現実世界に戻らないと!」




