アンナの帰還
長い、長いエスカレーターが、音もなくアンナを上に運んでいる。
アンナの目に世界の様子が飛び込んできた。
眼下には、白い巣箱が規則正しく並んで、どこまでも広がっていた。
「すごい速さで進んでいるみたいだけど」
世界の方が広過ぎて、ほとんど実感がない。
一面を埋め尽くしていた巣箱が、あっという間に一つの四角に凝縮された。
「おっと」
今度は、その四角が幾つも幾つも現われた。
寄り集まって、凝集され、そして、また、同じ場面が繰り返された。
「いったい幾つの世界が接続されているのかしらね」
アンナの頭上で、ミツバチが八の字を描いて飛んでいた。
「はち?」
ミツバチはダンスを止めない。
縞々模様のお尻を振り振り、飛翔は激しさを増して行く。
「八十、百、千、万、十万、百万、千万、一億……」
ミツバチが動きを止めた。
「八十億?」
羽を振るわせて、ミツバチが答えた。
「すごい数の世界が辺獄に繋がっているのね」
アンナは身を乗り出した。
繰り返される世界の様子を眼下に眺め、あくびを一つに、伸びをした。
「ふあああ」
変わり映えしない世界に、飽きてきて、アンナはエスカレーターにしゃがみこむ。
コトンコトンと小気味いい音が、アンナを眠りに誘う。
意識が世界と混濁する前に、アンナはマモルとユージの姿を見た気がする。
ブーンという羽音に起こされて、アンナは目を開けた。
そこは見慣れた女神の庭。
ゴーヤが平和そうに揺れていた。
パーゴラの藤の花に蜂が飛び交っている。
「ああ、女王蜂が言っていたのはこのことだったのね」
アンナは蜂に手を振った。
「あなたがここに連れて来てくれたのね。ありがとう」
そして、手に起きた異変をじっと見つめた。
「身体が戻っているわ」
顔、お尻、腹、胸。
あちこちを触って確かめる。
アンナの体は元の大人の姿。
裏世界に行っていたことが夢のように思えた。
「もちろん、約束は覚えているわよ」
そこにべリアルがいるような気がして、アンナは一人呟いた。
アンナは小屋の引き戸を開けた。
蒸れた土のような独特な臭いが溢れ出す。
ここにはいつも農機具を置いている。
「これがいいかな?」
アンナは壁にかかった鎌を手に取る。
二、三度振りまわして、首を捻る。
「今日はこの気分じゃないね」
鎌を戻す時に、目の端に光が見えた。
私を使えと囁く声に、アンナは静かに頷いた。
それは、農具としては使い道がなく、武器というには粗雑過ぎた。
杖というにはあまりにも太い、無数の針を打ち込んだだけの丸太であった。
「聖杖カウデクス、貴方に決めたわ」
アンナはカウデクスを軽々と肩に担いだ。
「さて、じゃあ、約束を果たしに行きましょうか」
アンナは玉座へと続く秘密のドアに、杖を振り下ろした。




